第1話:帰還/ワイルドハート
「色即是空──遍くすべてはゼロに帰る。私の《
更地にされたバトルゾーン。
加えて、今の砲撃によってシールドは全て叩き壊されてしまった。
だが、それだけではない。
これはゲームであっても遊びではない事を、全身に駆け巡る痛みが、血が思い起こさせる。
これは真のデュエル。
命と命のやり取りなのだ──
「ッ……ンだよ、今の。そよ風か何かかァ?」
軽口を叩き、膝を抑えて頭を起こす。
「ダメ! ダメですッ! 立ってはいけませんッ! それ以上は、死んでしまいますッ!」
起き上がろうとしたが、駆け寄る少女の声が頭の中で何度も何度も響く。
こんな大怪我をするのは何時ぶりだろうか。
身体から温もりと一緒に力が抜けていく。
命の危険を感じた。
しかし──
「オメー、まさか……この俺様に諦めろ、って言ってんじゃねぇンだろな……!」
「ッ……で、でも!」
「俺様に降参しろってか。冗談じゃねンだよッ!」
──青年は根っからの勝負師だった。
もっと言えばデュエマバカであった。
例え死んだとしても──勝負を投げ出す事が正しい事とは彼には思えなかった。
「勝負はまだ、終わってねぇぞ……!」
青年の名は
後に彼は、
「
※※※
──数時間前。
「腎臓と眼球が何で2つあるか知ってるかッ!! 2つセットなら倍で売れるからだぞゴルァッ!!」
金、暴力、SEX、そしてデュエル・マスターズの渦巻く街──人は眠らぬこの街をNEO東京と呼んだ。
力無き者は搾取され、金無き者は何も手に入れられず、知識無き者は骸まで搾り取られ、文字通り亡き者にされる……それがこの街の掟である。
それを体現したのが、NEO東京に蔓延る数多くの賭博場のうちの一つ、【カジノ・ワイルドハート】である。
煌びやかな装飾で飾られた薄暗い部屋の中、多くの欲望、希望、絶望が飛び交う場所。そこでは運、カン、そして己の手腕が全てモノを言う。
勝負につぎ込むのは己の持ち得る全て。勝者は全てを手に入れ、敗者は全てを失う。
ボロ切れ姿の少年は──経った今、全てを失ったばかりだった。
「か、勘弁してくださいッ! 眼球ッ! 眼球だけはッ!」
「いいや、ダメだねッ!! 負けたら掛け金が借金になって何倍にも跳ね返ってくる……テメェだって分かってて勝負したんだろ……なァ、オイッ!」
「う、うう……ッ、そんなぁッ……ああどうか神様ァ……」
「弱者に神様はいねぇッ!!」
泣きそうな顔で許しを乞おうとする少年。
何も彼も好き好んでこんな場所に来たわけではない。唯一の肉親である妹が病気になったので、その手術費を稼ぐため、提示されたのが二つの道であった。
片や男娼、片や地下カジノの【ワイルドハート】で開かれる大型大会への参加だった。勝てば一攫千金、しかし負ければ掛け金が借金へと膨れ上がって破裂する地獄の失うギャンブル。
少年は迷わず後者を選び、そして激しく後悔した。
(畜生ォ~~~ッ!! 何で、
このように、旨い話とは往々にして存在しないものである。
妹の治療費を稼ぐつもりが、自分が何人居ても一生かけても稼げないような金額の借金を負ってしまったのだ。
当然、少年の臓器全てを売っても足りるはずはなく。
かと言って、誰かが助けてくれるわけではない。そんなお人好しはそもそもカジノなどには来はしないのである。
「さてさて、テメェの口座の借金総額を確認させてもらうぜ……何々? 700万円……」
「うっ、うっ、ごめんよォ、マリ……」
「……バカな、700万円だとォ?」
「……?」
「700万円ンンンッ!?
「オイオイオイおっさん、サングラスよか老眼鏡がお似合いだぜ。そいつの口座の何処に借金があるってンだ?」
何処からともなく声が響いた。
そこへ、その場の全員の視線が注がれる──サングラスを掛けた金髪の青年が、ギラギラした歯を見せて立っていた。
人を殺した狂犬の如き双眸の奥には、燃え滾るような情熱が静かに横たわっていた。
「なっ、何で、
「減ってンじゃねえよ、消えたンだ。そこの700万円はマイナスじゃねぇ。
「んなっ!?」
男はもう1度端末を見直す。
収支は確かに+。少年が抱えている負債は消え失せているどころか、治療費には十二分の収支となっていた。
「ぐ、ぐぬぬッ……!」
「あ、ありがとうございますッ……! この恩は──」
「良いからさっさと失せンな。テメェの所為でまたボロアパート暮らしだぜ、どうしてンくれんだオイ」
「は、はいッ……!」
少年は脇目も振らずに地下カジノから出て行った。
それを見届けた青年に向かって、黒服が詰め寄る。
それが、まるで「有り得ない出来事」であるかのように、問い質す。
欲望と利己が渦巻くカジノで利他的な行動をしただけではない。それだけの譲渡が出来る程に青年が稼いでいる事に対して、だ。
「き、貴様、何をした……ッ!?」
「オイおっさん」
「何だッ!?」
「此処シングルはねぇのかよ? 俺新弾のカード買いてえンだけど」
「カジノはカドショじゃねェよッ! 俺の質問に答えやがれ! 何であのガキの借金が消えてんだッ!?」
「ンなモン簡単だろーがタコハゲ野郎。俺があいつの口座に、此処で稼いだ全額をぶち込ンだ。それだけだ」
「……って事ァお前か! この【ワイルドハート】で最近連戦連勝している猛者ってんのは……!」
「あン? 俺様が勝っちゃマズいのかよ? ところで、この地下カジノで開かれていた大会……参加者の殆どが
「ッ……何故その事を!!」
「ああん?
「……あッ……!」
黒服は慌てて口を抑えた。
しかしもう遅い。カマを掛けられたことに気付いた黒服は激情したように青年に掴み掛かる。
「ッ……俺をおちょくってんのかッ!? 此処の運営主任であるこの俺をッ!!」
「おちょくってなんかねェ、テメェが勝手にゲロったンだよヌケサクが」
「き、キサマァァァーッ!!」
黒服が金髪の青年に向かって拳を振り上げたその時だった。
「おォォォーッほっほっほっほッ!! そういう言いがかりはよろしくないのだわよ、お客様ッ!!」
高笑いが響き渡る。
カジノに入ってきたのは、深紅のドレスに身を包み、惜しげもなく美脚を晒した──ケツアゴの
爪先から見て、胸元で全てを察した青年は思わず口を抑える。致命的に似合っていない女装であった。
「あん? 誰だこのオカマ……」
「コラ!!
「知らねェよッ。で、そのオカマが何の用だよ?」
「そういう言いがかりをつけられると、商売上がったりと言いたいわよ、お客様ァ……此処はワイルドハート、紳士の社交場なのだからッ!」
オカマ──レッドクイーンは柔らかくも不気味な笑みを浮かべてみせる。あくまでもしらばっくれるつもりのようである。
紳士の社交場なんて嘘っぱちだ、と青年は吐き捨てる。
視覚的攻撃による吐き気を堪えながら、青年は数えるように指を立てた。
「サクラだけじゃねえよ。セカンド・ディールの変化形、マークド、つばめ返し……と、イカサマのオンパレード……此処はサーカスか奇術小屋か? 大方ウマい話があるって持ちかけてイカサマ賭博に持ち込み、そして搾り取るだけ搾り取る……ってところか?」
「おーっほっほっほ!! 此処は由緒正しい決闘場、ワイルドハートよ。イカサマなんて有り得ないわッ! ンッンッ、有り得ないわッ! 大事な事だから、二回言ったのだわよッ!」
「由緒正しい、ねぇ……? その由緒とやらに根拠はあンのか?」
「貴方の言いがかりの100倍くらいはあるつもりよ? 此処は神聖なるゲームの殿堂ですもの」
「何だって? 神聖だと……このカジノ場がか?」
「かつて、この街にはデュエマプレイヤーによる大きな
──
それは、NEO東京で鎬を削り合う、デュエマプレイヤーを多く抱えたチームの事。
それは全部で四つ存在し、それぞれの性質はトランプのマークである小アルカナ、即ちスートに例えられた。
その中で、ハートに当てはめられたのが「デュエリストのデュエリストによるデュエリストのための共同体」の【ワイルドハート】だった。
此処で育てられた強力なプレイヤー達は、各組織の闘争で非常に恐れられた。
環境読み、構築、プレイングスキル、どれを取っても一線級。文句なし。
何かとデュエルで勝負をつける風潮のあるこの街に於いて、タダのプレイヤーの集まりでしかない彼らが恐れられたのは、純粋かつ単純な「強さ」からであった。
好きだから究めた。勝ちたいから究めた。そんなデュエマバカ共が集まった【ワイルドハート】は、最早ただのゲーマー集団ではない。NEO東京に於ける「強者」の象徴だった。
しかし──その栄光は長くは続かなかった。形あるものは必ず壊れる。組織も例外ではなかった。
「【ワイルドハート】は、デュエマの神話! カードゲーマーやギャンブラー達にとっては、まさにアゴがれ……じゃなかった憧れってわけよ! にも拘らず、【ワイルドハート】はある日突然無くなった。理由は今でも分からないわ! どうせ、内輪モメでしょーけどねェ」
「……」
「だけど……こんなに大きな施設だけが残ってるままなのは忍びないわよねェ? 私、ムダは嫌いなの! だから、
レッドクイーンは高らかに語る。
この施設はかつてのワイルドハートが修練場として使っていた場所。
彼らの溜まり場だった娯楽施設をカジノとして再利用としたのだという。
そして、【ワイルドハート】の名前を聞きつけて興味を持った客がこの場所に訪れた──
「このカジノの名前が【ワイルドハート】なのはその為! 此処は……由緒正しきデュエマプレイヤーの聖地ッ! ゲームの神話があった場所なのだから! 故に、イカサマなんて有り得ないのだわよッ!」
「……ヒャッハハハハ、何が聖地だ、クソ喰らえだぜッ! 要は、昔あったバカなカードゲーマー集団の名前を勝手に借りて、客寄せしてたってだけじゃねえか!」
「何ですってッ!?」
レッドクイーンの表情が強張る。
しかし息を継ぐ間もなく、青年の肩に何かが止まった。
愛くるしく動く小さな毛玉──キャッキャッ、と小気味よく笑うのは……赤いカナリアのような小鳥だった。
次の瞬間、小鳥の首輪から壁に向かって光が放たれる。
そこに映し出されたのは──青年が対戦した相手の手札の様子だった。
入れ替えられる手札、袖から出てくるカードの様子がしっかりと動画で撮影されていた。
それも、何試合分も──!
「んまッ!? どういう事!?」
「
周囲からどよめきが上がる。
最早言い逃れは出来ない。
このカジノ場がイカサマ塗れであることは立証されてしまったのだから。
よりによって、青年のペットによる撮影という力業によって──
「ぐぬぬぬぬ、貴方! 一体何が目的なのッ!?」
「決まってンだろが! このカジノをぶっ潰しに来たンだよ」
「何ですって!? 一体何の恨みがあって──」
「俺様はな……今更スートに興味はねぇ。ましてや別に地下デュエル場に文句はねえ、ギャンブルも大好きだ。だけどな──デュエマを穢す奴だけは許せねンだよなッ!」
「貴方は一体何者……ッ!?」
青年はにたにたと笑ってみせる。
ぶっ潰す、と宣言した通り、親指を下に向けて吐き捨てた。
「俺様は咢斗。【ワイルドハート】元リーダー、
ズッガァァァァァァーンッッッ!!
直後。轟音が響き渡る。
慌てるような声と悲鳴、逃げ惑う客や黒服たち。
「何だッ!? プ〇ウスかッ!?」
「パトカーだッ!!」
ありていに言ってしまえば、プ〇ウスミッツァイルならぬパトカーミッツァイルだった。壁を突き破り、地下室の階段を車両で突っ込んできたのである。
しかし、ただのパトカーではない。純白の車両は今の衝突でも傷一つ付いていない程頑強だ。更に、車体側面には──黒い文字で
その字を見た瞬間、この場に居る誰もが蒼褪めた。
「【
「【
「何時の間に!?」
ざわつく客たちや黒服たちが逃げる間もなく、車両の中からはヘルメットに純白のスーツを羽織った武装警官達が現れる。
そして、武装警官達を指揮するのは──階級章を腕に付けた若い、長黒髪の女。
咢斗にとっても見覚えのある人物だった。
彼女はカジノに地を付けるなり、張りのある声で言い放つ。
「此処に居る全員、デュエルで拘束せよッ!!」
【
それは、NEO東京における共同体・スートの一つ。
デュエルと武力行使によって秩序を貫く剣の如き組織だった。
そして、彼らによる一部始終を見ながら──咢斗は一人ごちる。
完全に出番を食われてしまった。
「……マジで、これで終わり?」
※※※
「よォ!! 相変わらず滅茶苦茶やってんじゃねえかッ!! 危うく死ぬかと思ったぜ俺は」
画して、パトカーミッツァイルによる警官たちの介入によって、裏カジノは撲滅されたのだった。
逮捕されていく客や黒服たちを横目に、咢斗は現場指揮に当たっていた女に話しかける。
張り詰めたような顔をしていた女だったが、彼を見るなり若干表情が和らぐ。
「咢斗君ッ!? 帰っていたのか!」
「ああ、ちょっと前にな。
「からかうな。君にだけは言われたくない。それに、そっちは相変わらずフラフラしているようだな。しかし、NEO東京には二度と戻らないと言っていたようだが?」
しかし、後は【
かつては咢斗と一緒に組織抗争とデュエルに明け暮れた仲だが、今はもうその面影はない。
「色々あったんだよ。で、かつての拠点がカジノになったって聞いてな……すっ飛んで帰ってきた」
「君の事だ、遊びに来たと思ったのだが?」
「バカ言え、潰しに来たんだよ。それをテメェらが横槍入れたンだろが」
「臍を曲げるな。治安維持は我々の仕事だからな。君とてもうスートのリーダーじゃない、タダの一般人だ──君がそう言ったのだぞ?」
「わーってるよ。でも……【ワイルドハート】の名前がヘンな事に使われてンのは我慢ならなかった」
丸椅子にどかっと座ると咢斗は肘をついてふてぶてしく溜息を吐く。
かつての組織は無くなった。
リーダーの座も、肩書も、何もかも捨てた。
さっきも自分の顔を覚えている者はもう誰も居なかった。
人は簡単に忘れ去られる。【ワイルドハート】は過去のものとなった。それを統べるリーダーさえも。
「【ワイルドハート】はレッドクイーンによって悪徳カジノの名前になってしまった。私としても残念な限りだ。君なら猶更だろう?」
「……そうだな。でも、これで良い。これで良かったんだ」
逮捕されていく客や黒服たちを見やる。
その中に──レッドクイーンの姿はない。
恐らく、どさくさに紛れて自分だけ逃げだしたのだろう、と彼は推測する。
「これで良かった、か。かつての【ワイルドハート】のリーダーが大人しくなったものだな」
「……」
咢斗は顔を伏せる。
それを見て、余程深刻な事情があるということを琥珀は察し「言わなきゃ良かった」と後悔した。
あれほど帰らないと言っていた街に彼は帰ってきたのだ。何かあったに違いない。
「大人しくなった、か。まあそうかもしれねえな。だけど、もう……スートとか、デュエルで日本一とか……どーでも良いんだ」
「咢斗君……」
「……つー訳だから、俺は帰るわ──邪魔して悪かったな、琥珀」
「あ、いや待ってほしい」
「ンだよ?」
カチャリ
席から立とうとした瞬間だった。
軽い金属音が鳴る。
咢斗は自由にならない手首に違和感を感じ、下を見やった。
「……琥珀さん、
「午前2時40分、
両手首に掛けられた手錠。
咢斗の額、首筋に無数の冷や汗が流れ落ちる。
そして、掛けた張本人である琥珀は──