「──両親が次のライブに来る……ッ!?」
「うん……久々に会いたい、って」
サクラは頷いた。
咢斗は彼女の不調の原因を確信した。
喧嘩別れ同然で出て行ってしまった両親に負い目を感じていた彼女は、よりによってその両親がライブを見に来ると伝えに来たことに戸惑っているのだ。
嬉しさ半分、しかし不安と困惑半分といったところだろう。
「あたし、分からないんだ。両親が怒ってるのかどうかも……」
「ンなモン、直接訊けば良いじゃねェか」
「怖いよ。だって、厳しいし……ひょっとしたら、無理矢理連れ戻しに来たのかもしれないッて思っちゃって。怖くて、何にも返せてないんだ」
「……」
「だから、どうすれば良いのか分からなくなっちゃって。どんな気持ちで次のライブに臨めば良いのか、分かんなくなっちゃって」
「サクラが素晴らしいアイドルであることは皆知っています。ご両親にもそれを見せてあげれば良いのではないでしょうか」
「いつも通りになんて……出来っこないわよ。考えたら考える度に、二人からどう思われてるのか気になっちゃって。アイドルなんて、あの二人が一番嫌いそうな職業よ」
何時になく弱気な様子でサクラは言った。
これは相当やられている。気丈な彼女だが、外向きには相当無理して振る舞っていたのだろう。
「ま、俺様親が居ねェから気の利いた事とか掛けてやれねェけどよ」
「……そうなの?」
「おう。俺様が小さい頃に両方共死んだ。物心つく前だから全然気にしてねェけどよ。だから、親がどうとか分かンねェンだ。だけど──あんた、アイドルの仕事は好きか?」
「……あたしが……?」
「ああ。他人がどうとかじゃねェ。あんたがアイドルの仕事が好きかどうかで決めるべきだ」
カカッ、と咢斗は笑うと席にもたれかかる。
「だって、自分の好きな事を誰かにとやかく言われる筋合いはねーだろうが」
「……辛くて大変。怒られる事の方が多いし。無理して笑顔を作って──ステージに出ないといけない。ゲロを吐きそうになっても、アンコールに応えなきゃいけない」
「っ……本当に、大変なんですね」
「──それでもあたしは、今の仕事が好き。確かに辛いこともある。大変なこともある。でも──あたしはこの仕事が好きだから今までやってこれた──」
「ハッ、良い事じゃねーか。自分で躊躇なく「好きだ」ッて言える事があンのはな。羨ましいくらいだぜ」
だからよ、と咢斗は続ける。
何時になく真剣な眼差しで問いかける。
「……自分の好きなモンくらい、自分の手で守らなくッてどうすンだ? ッてな」
「……!」
「なーんて、珍しく説教臭くなっちまッた。慣れねェ事するモンじゃねーわな」
「……いいえ。そうね。あたしが今の仕事が好きなのは……事実だから」
「なら、それで良い。親御さんに見せつけてやれよ。次のライブで存分にな」
「……大丈夫かな。リハーサルも明日だし、後ちょっとしか時間無いや」
「サァな。そっから先はあんた次第だろ」
言った咢斗は──そそくさと立ち上がる。
彼の視線はずっと、サクラではなく何処か一点を注視するようにして向いていた。
「悪ィ、俺様ちょっとトイレ行ってくるわ」
「アギト?」
「ソラ。もし俺様が帰って来なかったら、教えた通りGPSで俺のスマホ追ってくれ。良いな?」
「はぁ……はぁ!?」
「ボディーガードらしく守っといてやれよー」
困惑するソラ。
しかし彼女を差し置いて咢斗はそそくさと席を去っていく。
視線で何かを目で追うようにして──
※※※
「ブティックで1回。喫茶店に来るまでに1回。そして喫茶店の中で1回アンタの姿を見たぜ」
「……」
「俺様、偶然は2回まで信じる事にしてンだ。3度目はねェ──何モンだ?」
立ち止まる黒服の女。
彼女は大きなバッグを手に持っている。
こちらを一瞥したが、すぐさま何事も無かったかのように踵を返す。
しかし、その一瞬を黒鉄咢斗は見逃さなかった。
「やれ、ルッピーッ!!」
「ピッピーッ!!」
直後、咢斗のコート襟から甲高い鳴き声と共にルッピーが飛び出した。
その嘴は女の手を激しく啄み、彼女は甲高い悲鳴を上げて鞄を手放す。
その中からは──ビデオカメラが転げ落ちた。
床に転げた拍子に再生ボタンが押され、画面には今日のサクラの様子が映し出される。
「あッ……!」
「ご苦労、ルッピー。さてはて、テメェ……ずっとそのビデオカメラでこっちを撮ってやがったな? 俺様の背後取って堂々と盗撮たァ良い度胸してやがンじゃねーか」
「ッ……問いましょう。貴方、何者ですか」
「テメェがケツ追いかけてる相手のボディーガードだよ」
「ボディーガード──そんな凶悪な顔のボディーガードが居るとでも」
咢斗の額に青筋が浮かぶ。
顔が凶悪であることは最早言われ慣れてはいるが、怪しさ満載の黒服相手にだけは言われたくはなかった。
ましてや盗撮をしたことが今しがたバレた相手にだけは。
「姉ちゃん、冗談はグラサンだけにしとけよッ! こちとら正式に金貰って雇われてンだ。アパート代出す為になッ!!」
理由はどうあれ、盗撮となれば見過ごせない。
咢斗は琥珀から貰ったデュエルスフィアを天井目掛けて投げ込む。
通路にはシールドが浮かび上がり、デッキが飛び出して咢斗の手元に現れた──
「──さァ、デュエル開始だぜッ!!」
「ッ……聞いていた通り、何でもデュエルで決着を付けるのでございますね。良いでしょう、ワタシがお相手して差し上げますッ!」
※※※
「……よッッッえェ」
5ターン目。
そこにはクリーチャーを《ドギラゴールデン》に蹂躙され、《「王牙」》から大量展開された黒服の女の姿があった。
咢斗も途中でやる気を無くしてしまう程のワンサイドゲーム。
相手のデッキも、プレイングも初心者そのものだ。恐らくデュエマをルールだけ齧った初心者が、強そうなデッキを取り合えず握らされたのではないか、と推測される。
そして、何の障害も無く《雷龍ヴァリヴァリウス》による攻撃が彼女を貫いた──
「……たいあり」
──画して。決着はいとも簡単に、あっさりと付いてしまった。
捕縛用の電子ネットに捕らえられた黒服の女はそのまま通路の隅で縮こまっていたが、すぐさま──
「ごべんなざいいいいい、盗撮じでまじだぁぁぁぁ、この通りでずがらああああああ命だけはだずげてぐだざいいいい」
「ギャアアアアアーッ!! 泣くな面倒くさい事になるッ!!」
──先程までの威勢は何処へやら、そのまま泣き出してしまったのである。
顔面からは涙、鼻水、あらゆるものが噴き出している。
しかし、此処は公衆の面前。
このままでは咢斗の方にあらぬ嫌疑が掛けられてしまう。
「びええええ、あくまさんんん、ごろざないでぐだざいいいいい」
「誰が悪魔だッ!! 取り合えず警察まで来てもらうぞ」
「ぞれもやめでぐだざいいい、あやじいものじゃないんでずびびび」
「ギャアアアーッ!! テメェ!! 俺様の服で鼻水拭くんじゃねェェェーッ!!」
鼻水の付いたコートを引き離し、
どうしたものかと頭を抱えていた矢先──
「黒鉄君ッ!?」
「アギトッ! どうしたんですかっ!? ずっと来ないから──って、ええ!?」
声が通路の向こうから飛んで来る。駆け付けたのはソラとサクラだった。
「オメーら……ナイス! 良い所に来たッ!」
「アギト、その女の人は……? 何で女の人に乱暴を……!?」
「誤解だッ!!」
「……サイテー」
「オメーは分かって言ってンだろッ! コイツは今日一日サクラを撮ってたンだよ。盗撮魔だ」
「盗撮魔ァ!? 何でッ……!? ハッ、週刊誌の……!?」
「それもあるかもしれねェし、
「ずびっ、サク──サクラ様ッ!?」
黒服の女はサクラの方を向くなり様付けで彼女を呼ぶ。
やはり過激なファンか、と咢斗は再び彼女を取り押さえようと腕を掴んだが──
「ん……その声は……
「さ、サクラ様~~~おひざじぶりでずううううう!!」
驚愕の表情を浮かべたサクラが黒服の女の名を呼んだ。
……咢斗は沈黙する。
「……お宅ら、知り合い?」
「ごめんッ! うちのが迷惑掛けたわッ! 本当にごめんッ!」
「ええと、その方は一体……?」
「ずびっ、ずいません……ワタシ、旅館「染井」で従業員をやってる睡蓮院 泪と申します……」
「旅館……?」
「……あー、この際だから言っておくわ。あたしの家、かれこれ100年の老舗の旅館なの」
「うっうっ、ごめんなざい、旦那様の言いつけでサクラ様をずっと見張っておりました……旦那様夫妻はご多忙の身、ワタシが先んじて家の者と一緒にNEO東京に来ていたのです」
咢斗は全ての合点が行った。
サクラは元々旅館の一人娘で、両親は恐らくかなりの親バカである、と。
「はぁーあ、そういう事ね。だからって盗撮ってどうなのよ」
「正直、ワタシもしんぱいだったんです……雑巾を掛ければ壁にぶつかり、配膳をすれば茶碗を落とす、おバカでドジっ子のサクラ様が一人でこんな街で生きていけるとは到底思えなく……私も旦那様の提案に賛同しました……」
「悪い如月サン、俺様コイツがちょっとウザい」
「ごめん、あたしも同感」
画して。
身内であることが判明したため、咢斗はナミダを喫茶店の席まで連れていく。
そして、咢斗とソラの立ち合いの元、サクラとナミダは再会がてら積もる話をすることになったのだった。
「ワタシ、サクラ様が変な男のグループと絡んでいるのかと」
「どうしてそうなるのよ」
「……昨日、事務所から出てきたサクラ様を見つけて……サクラ様が変な男のグループとつるむようになったものかと……それに、不良の女の子まで……」
「ふりょっ……!?」
「ヒドい! この子のは自毛ッ! 泣きながら自然に相手をディスするのは相変わらずね……」
「い、異国の方だったのでございますか!? た、大変申し訳ございませんッ!」
早い話が早とちりであった。
事務所から護衛の為に付き添っていた二人を「悪魔のような形相の男」と「銀髪の不良少女」と勘違いしていたようである。
そして、そのまま彼女の後を付けていたのだという。自宅まで特定したのち、今日一日ずっと付き纏っていたのだという。
場合が場合ならばストーカーと糾弾されても仕方がないのだった。
「良い? ナミダ。この二人はボディーガード! この街の警察の【SWORD】の認可もバッチリ取ってるんだから!」
「ごめんなさいでしたぁ……」
サングラスを取っ払ったナミダは、泣きぼくろが印象的な慎ましそうな女性だった。
しかし、見た目に反してなかなか減らず口のようである。
そんな彼女に流石のソラも怒っているのか、腕を組むと言い放つ。
「私からも一つ!」
「は、はいっ……!?」
「……アギトが怖いのは顔だけですッ! 顔だけ! 見掛けで相手を判断するのは良くないと思いますッ!」
「俺様の事は良いンだよッ!! もう良いだろ俺様の顔の事はッ!!」
「「すいませんでした……」」
平謝りする約二名。
「でも、旦那様と奥様の気持ちも分かってあげてください……ッ!」
ナミダは、嗚咽混じりに声を絞り出す。
「……旦那様も奥様も寂しがっているようでした。昔から旅館の女将として育てる為に厳しく当たり過ぎたのかもしれないと後悔もされていました」
「……ナミダ」
「旦那様夫妻は決して、悪意があってサクラ様に辛く当たっていたわけではないのです。親子ケンカの末に引っ込みが付かなくなってしまったことも。行方知れずになってしまったことも。皆、悔やんでおりました」
「じゃああたしのライブを見に来るのは……? あたしを連れ戻しに来たんじゃないの……!?」
「お二方は……次のライブを楽しみにしておられるのですよ」
「……ッ」
サクラは言葉を失った。
そして──ゆっくりと口を開く。
「……そう、だったんだ……」
彼女の目から涙が零れ落ちていく。
「謝らなきゃ……二人に……ちゃんと会わなきゃ……!」
ぽつり、ぽつり、と言葉が漏れていく。
数年越しの再会を想像し、少女の凍り付いた心は徐々に溶けていくようだった。
それを眺めていたソラが咢斗に笑いかける。
「良かったですね、アギト。サクラ、これならスランプ……解決できそうです」
「……そうだな」
「……どうしたんですか?」
「喜んでるだけじゃダメだろ。まだ何にも終わっちゃいねェ。次のライブも、例の送り主も、そして俺様達の探し物も」
「あっ……確かに」
此処で疑問が一つ残る。
結局デュエライブ内部のドラグハートは愚か、脅迫状を出した犯人も見つかっていない。
後者は何事も起こらなければ良いとはいえ、前者については解決できていない状態が続いている。何も手掛かりが掴めていないのだ。
「オイ、一つ聞いて良いか」
「はい?」
「オメーら、まさかと思うけどコイツの事務所に変なモン送りつけて圧力掛けたりとかは──」
「し、してませんッ! 滅相も無い!」
「……そうか」
(誰なんだ……? 脅迫状の送り主は──何事起こらなきゃ良いけどよ)
※※※
「ソラ。デュエライブ内にまだドラグハートの反応はするか?」
「はい……でも、やっぱり反応が曖昧なんです……建物の全部からドラグハートの気配を感じるような……」
「何だそりゃ? まるで建物全部がドラグハートみてーな言い方だな。フォートレスじゃあるめーし……ウェポンなんだろ?」
「その、はずですけど……」
次の日。
ライブのリハーサル当日。
親とのわだかまりはある程度解消されたのか、今朝のサクラの表情は晴れ晴れとしていた。
しかし、謎はまだ一つも解決していない。
今朝の時点では未だに何も起こっていないのである。
「……とにかくだ。俺様はリハ中のサクラを護衛しておく。ソラ、お前は──ドラグハート探しを頼めるか?」
「バラバラで行動するんですか?」
「さもなきゃ見つかるモンも見つかりゃしねェだろ……ン?」
ふと、咢斗は窓が妙に暗い事に気付いた。
見てしまった咢斗の顔から血の気が引く。
無数の蔓が、まるで触手のように絡みつきながら窓に貼りついているのである。
「うっげ……こんなンだったッけ……?」
「何の蔓でしょう……? 緑化の為、ですか?」
「大方そうだろうけど、やりすぎじゃねえ……? なんか、ちょっと前までこんなんだったっけか……?」
ここ数日猛暑が続いたので、それで急成長したのだろうか、と推測する。
異常気象の猛威とそれに伴う植物のたくましさを感じつつ、咢斗とソラは楽屋の前で立ち止まった。
「二人共、お待たせッ!」
そんな声がすると共に、衣装に身を包んだサクラが現れる。
衣装は彼女らしく、ブレザー制服を改造したようなものとなっていた。
スカートはフリルになっており、髪型は快活なツインテールに仕立て上げられている。
今までとは打って変わって晴れやかな表情で、彼女はVサインをしてみせる。
「キマってンじゃねーか」
「リハーサルと言えど、気合入れてかないとね」
「その様子なら……心配無さそうですね!」
やはり精神的なものが大きかったのだろう。
スランプからは完全に脱却出来ているようだった。
「だからあんた達も……しっかりあたしを守ってよねッ!」
「……おうよッ!」
「任されましたッ!」
※※※
「アイドルなんて虚構の極み、下らない」
男は吐き捨てるように言い放つ。
そして──1枚のカードを誰にも見られないように静かに取り出し、起動を意味するその二言を言い放つ。
「龍・解」
直後、悪意が集積していく。
彼の手の元に──