※※※
「ドラグハートを探せって言われても……」
人々が慌ただしく動き回るデュエライブ社内。
その中で独り、ソラは人の流れに逆らって駆けていた。
しかし、ザンテツ・ビッグホーンの時とは違い、カードの反応が何処かしもに散っていて分からない。
咢斗は否定したが、まるでどこもかしこもドラグハートになっているようだった。
「一体、どうなって──あッ……!」
直後、窓を見やる。
蠢いている何か。
その正体に彼女は勘付く。
「……ウソ、でしょ……ッ!?」
冒涜的に、生命の理屈を無視したそれは一つの集積された悪意の元、主の元へ集っていく。
ようやく、ソラは気付いた。
デュエライブの
「アギト──ッ!!」
※※※
「みーんなーッ! 今日は、サクラのライブに来てくれて、サンキューッ! 先ずは一番”乙女心ロックオン!”から!」
振付。歌。踊り。
全てをとっても、サクラの動きは完璧に近い。
脅迫の事よりも両親の事の方が心残りだったのだろうか。
舞台裏でパイプ椅子に座りながら、咢斗は彼女のステージを見てひとりごちる。
「……誰かの希望……か」
アイドルも、そして
同じはずだった。
(俺様は……未だに……あン時の事を……)
咢斗は俯く。
浮かぶのは当時の情景。
色々取り巻く環境は違うものの、どうしても咢斗はサクラと自分を重ねてしまいがちだった。
「きゃあああああああああッ!!」
感傷に浸っていた咢斗はそこで現実に引き戻された。
突如、スタジオ後方の観客席から悲鳴が劈く。
慌ただしい声、そして炸裂音が響き渡る。
逃げ惑うスタッフたち、慌ただしい声。
その先にあるのは──撮影所を斧で振り回しながら破壊しながら現れた、四足の獣の身体に屈強な胴体を生やしたケンタウロスの如き巨龍の姿だった。
「オイイイイ!! 怪獣映画のリハーサルじゃないぞォォォーッ!?」
「プロデューサー、逃げてェェェーッ!!」
巨龍は斧で辺りを破壊し尽くしていく。
その度に震動がステージ裏にまで響き、足が縺れてしまう。
見ると、サクラは既に怯えた顔で足が竦んでしまっている。
助けようにも、巨龍が暴れ回っていることによって皆ステージに近付くことが出来ない。
<アギト、聞こえますかッ!?>
「ッ……ソラか!?」
無線機からソラの声が聞こえてくる。
<蔓ですッ! 外にあった植物の蔓が動いていたんです! もしかしてそっちで異変が……アギト!? 何ですかこの音!? 何が起こってるんですか!?>
「案の定だッ!! ドラグハートが実体化しやがったッ……!」
<VERUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!>
龍は一直線にサクラ目掛けて斧を振り回して飛んで行く。
意を決して咢斗はその場から飛び出す。
しかし巨龍は既にステージ近くまで動いていた。
「やっ、ヤダっ、何……アレッ……!?」
「ッ……如月サンッ!!」
斧の一振りが襲い掛かろうとした矢先、咢斗が彼女の傍に駆け寄った。すんでの所で斧の一撃はズレ、ステージに思いっきり突き刺さる。
しかし、間髪入れずに斧は再び振り上げられた──
「ヤダッ、ヤダ、ヤダヤダヤダヤダ──何なのよッ!?」
「しっかり掴まってろッ!!」
直後。咢斗の右手首に取り付けられた腕輪から勢いよくワイヤーが飛び出す。それが天井裏の鉄骨に勢いよく巻かれ、そして今度は装置がワイヤーを巻き戻すと共に二人の身体を持ち上げる。
遅れてやってきた第二撃がステージを粉々に砕く。
そして、視界から二人が消えた事に気付いた巨龍だったが──天井裏に居る二人を認めると、手に持った斧を思いっきり投げ飛ばす。
天井裏に突き刺さった斧は鉄骨を断つ──
「やっば──ッ!?」
鉄骨は斬られ、ぐらりと揺らめき巨龍の方目掛けて落ちていく。
ガバァッと開いた巨龍の口がこちらを喰わんとばかりに開く──
「たぁぁぁーッッッ!!」
次の瞬間だった。
巨龍の口がいきなり閉じ、態勢が崩れる。鉄骨こそステージに落ちたものの、咢斗達は掴まっていたので無事だ。
見ると──巨龍の前足が二本共、根元から丸太のように断ち切られている。
龍の足元には、《ガイハート》を握ったソラが立っている。
駆け付けた彼女が咄嗟にガイハートの力を顕現させたのだろう。
「ナイスだぜソラッ!!」
「成敗、ですッ!!」
<VERUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!?>
苦悶に顔を歪める巨龍は、しばらく咆哮していたが──突如、その姿が消えていく。
ソラの話の通り、龍の身体は1本1本の蔓の姿に戻っていく。
そしてまるでイトミミズのように床を這っていき、何処かへ去って行った。
「……逃げられたかッ……!」
「憑依者なしで実体化したから、長くは持たなかったのでしょう。恐らく次は……!」
「……何、何なの……!?」
ぼそり、とサクラが怯えた声色で呟く。
ぐいっ、と咢斗の襟を彼女が掴む──
「
「お、落ち着けッて、俺様も何が何だか──どわぁ!?」
次の瞬間、ワイヤー先の吸盤が外れる。
咢斗とサクラはズタズタのステージの上に落ちたのだった。
幸いだったのは──下敷きになったのは咢斗の方だったことであるが。
「……何でこんな事に……」
※※※
「──リハーサル中に怪物が襲撃、更に植物の蔓……か。我々、御伽噺を聞きに来たのではないのだぞ?」
その日は【SWORD】が来て事情聴取を受ける事になった。
監視カメラは全て内部に植物の蔓が絡んで破壊されていたらしく、当てにならない。
スタジオのスタッフの証言しか手掛かりはない。
しかし、怪物がアイドルのライブのリハーサルを襲撃したという事件は先に前例はない。
警察も捜査に難航しているようだった。
「スキンを被せた新型ロボット兵器だろうな……【金剛グループ】が怪しいが」
「しかし、それでは蔓の説明がつきません」
「どうせまた金剛が遺伝子組み換えしたのだろう」
「ええ……?」
「琥珀、ちょっと良いか?」
現場検証にやってきていた琥珀に咢斗はサクラを連れて問いかける。
部下と話していた彼女だったが、彼の声を聴くなり向き直り──憔悴した様子のサクラを見て目を見開いた。
「悪い。コイツを預かってやってくれねェか。脅迫状の件もあるし、狙われた可能性がある。一人暮らしだし、かなり危ない」
「大丈夫かッ!? か、可哀想に、こんなに震えて……!」
「琥珀姐さん……琥珀姐さんッ……うええ」
琥珀を見るなり、サクラは彼女に抱き着き泣き出した。
張り詰めた糸が切れたようだった。
破壊され尽くされたスタジオ。
踏み躙られたリハーサル。
全てが上手くいくと思っていたのに──それら全てが壊された。
その恐怖は、絶望感は、計り知れない。
「スマン、琥珀ッ! ……ボディーガードを任されたのに……この様だ」
「サクラには怪我一つない。こんな時に言うべきではないかもしれないが……ありがとう、咢斗。サクラを守ってくれて」
「礼ならソラにも言ってくれ。コイツが居なかったらヤバかった」
「……そうか」
「私は何もッ! して、ないです……」
「何を言う。咢斗君が言うなら頑張ったのだろう」
ソラは俯く。
ドラグハートを仕留め切れなかったことを悔やんでいるのだろう。
とはいえ憑依者無しで実体化していた以上、あの場でデュエルに持ち込んでもカードの姿に戻すことは出来なかったはずである。
本体であるカードを憑依者が持っていて、遠隔で操作していた──それが咢斗の出した推論だった。
「サクラちゃんッ、大丈夫ッスか!?」
その時だった。
スタジオに一人の男が飛び込んでくる。
ADの北村だ。サクラと親しかったので心配して駆けつけてきたと見える。
「なんかヤバげなドラゴンが出たって聞いて──よく追っ払えたッスね!?」
「追っ払ったつーか、向こうから逃げてったカンジだな」
「そ、そっスか……でも、良かったッス……」
「……にしても、ライブはどうなるンだろーな」
「一先ず、一週間後まで予定されていたものは出演者の安全も考慮して中止だ。勿論、次のアキバライブもな」
「でも、出演者の安全には替えられねェッス! 仕方ねェッスよ……次のライブが何でもない定例ライブだったのが──」
「何が
ギラリ、と咢斗の眼光が北村を睨む。
ゾッと彼の顔に青いラインが幾つも浮かんだ。
「……テメェ。如月サンがどんだけ次のライブに魂懸けてたか分かってンのかよ?」
「そ、れは──」
「仕方ねェ、じゃねェ。何かに打ち込む奴の気持ちも知らねェ癖に勝手に物事の価値を値踏みしてンじゃねェぞッ!!」
「わ、悪かったッス! そういうつもりじゃ──」
そこで咢斗は口を噤んだ。
今此処で彼を怒鳴りつけても何にもならないことは分かっていた。
「……琥珀。サクラの事は頼む」
「……ああ」
言った咢斗は撮影所を後にする。
しばらく、彼は後ろを歩くソラも見えてない
そして──壁を思いっきり殴りつけた。
「何やってんだッ!! 黒鉄咢斗ッ!!」
怒号が廊下に響き渡る。
ライブは中止。ドラグハートの狼藉も許した。
結果的に脅迫状の送り主の思い通りになってしまった。
「……アギト……」
「俺様、とんでもねェ大バカ野郎だぜッ……!」
「……」
「……失敗だった……ッ! ドラグハートが直接リハの途中を狙ってくるなんて……ッ! オメーをこっちに寄越すべきだった……ッ!」
「確かにリハーサルが滅茶苦茶になってしまったのは事実です。でも……あのドラグハートのカラクリが分からなければ、匙を投げることになっていたかもしれません」
「ドラグハートの所持者が見つかりゃそれで良いのかッ!? 如月サンはどうなるッ! ライブはどうなるッ! あいつが親御さんの為に準備してたライブはッ! どうなっちまうンだよッ!!」
「それはっ……!」
怒鳴ったところで、事件は起こってしまった。
それでも、済んでしまった事だと割り切れればどんなに楽だっただろうか。
憔悴しきって目から光を失ったサクラを思い出す。
「断定するべきだった……ッ! 脅迫状の送り主とドラグハートの持ち主は恐らく同じ、あのドラゴンの狙いは明らかに如月サンだった」
「……はい。サクラへの恐ろしい悪意を……殺意を感じました。ドラグハートは、サクラへの悪意で龍解したと考えられます」
「こんなの、許せる訳ねェだろ……ッ!! あいつが何をした!? あいつは……自分を応援してくれるファンをッ! 親御さんを……喜ばせたかっただけだ。それが、何でこうなっちまうンだよ!?」
悲痛な彼の声が廊下に響き渡る。
脆い
その姿は──かつての自分と重なって見えた。
決定的に違ったのは、彼女は本当に愚直に自分の仕事を全うしようとしていた。
「俺様が……もっと、賢かったら……ッ!!」
力無く拳が壁からずり下がる。
拳は震えていた。
それをソラの白い掌がふわりと包み込む。
「アギト。どうか自分を責めないでください」
「……だけど……!」
「私だって……ッ! サクラが悲しい顔をするところは見たくなかった……ッ!」
「……ッ」
「カードが……ドラグハートが、大切な誰かを傷つける所なんて……見たくなかった……!」
痛む胸を彼女は抑える。
泣きそうな顔で、彼女は咢斗に訴える。
「でも……アギトが怒りに飲まれて自分を傷つければ、アギトのカード達が悲しみます……! 私も悲しいです……!」
「……だけどッ!」
「アギトは、優しいんです。優しすぎるんです。だから、私も、ガイハートも……貴方に惹かれたんです……でも、そうやって自分を責め続ければ、
「……ッ!」
「私は……アギトがあの人のようになることを……望みません」
咢斗の拳は震えていた。
しかし。
それを抑える彼女の掌も、声も、震えていた。
悔しいのは自分だけではない。
咢斗は──漸く、それを悟った。
「……悪ィ。熱くなりすぎたみてーだ」
拳を緩めた咢斗は──その手をソラの頭の上に置く。
「……このままじゃ、いけねェよな……このままじゃ……よ」
「ッ……はい、アギト」
※※※
……仕留め損ねた。
このドラグハートの力を使えば、ライブを滅茶苦茶にして、あのアイドルも殺せたはずだ。
だけど、あの男が──黒鉄咢斗が邪魔をした。
オマケに時間切れと来た。
このドラグハートは下手をすれば自分を飲み込んで来る。
どうすれば──
「困っているみたいだね」
「ッ……!」
目の前に現れたのは──
瞳は宝石のような翠色。
そして、小悪魔のように口角を上げ、目の前に最初から居たかのように座っていた。
蒼いドレスに身を包んだ彼女は、さながら人形か妖精のようだった。
「あらあら、そんなに固まらくていいじゃない。私は貴方の味方。そして、そのドラグハート本来の持ち主」
「一体何を……ッ!?」
「《ボアロアックス》……それを有効活用させる方法を教えてアゲル。だからコレは少しお預け」
「……ッ! 返せッ! それが無いと──」
「フフッ、慌てないで。すぐ返してアゲル。だから……
甘美な囁きと共に、少女は妖艶に微笑む。
翠の双眸が、昏く輝いた。
「……