東京ドラグナーズ   作:タク@DMP

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第17話:炎上/ハート・クライシス

 ※※※

 

 

 

 安アパートの壁に寄りかかり、咢斗は呟く。

 タオルを掛けて寝そべるソラに話しかけた。

 

 

 

「ソラ……あンがとな」

「……ん。何てことはないです」

 

 

 

 胸の中で渦を巻く自責、そして怒りは収まりつつあった。

 勿論、犯人の事が許せたわけではない。しかしそれでも──

 次に会った時、サクラに何と声を掛けてやろう、と咢斗は考えていた。

 ずっと楽しみにしていた次の定例ライブは中止。

 そして、彼女が事件に巻き込まれたのを見て両親はどう思うだろうか。

 ナミダは──どう思うだろうか。

 皆、サクラの事を心配していた。

 咢斗もソラも──同じだ。

 

「……立ち直れッかな……如月サン」

「……分かりません」

「相当やられてたからな……そりゃそうかとしか言いようがねーけど」

 

 それでも、と咢斗は口を開いた。

 

「俺様……昔、組織(スート)のリーダーやってたから、あいつの気持ち……ちょっとだけ分かンだよ」

「……リーダーとアイドルが何か関係があるんですか?」

「ああ。組織(スート)のリーダーッてのは……メンバーたちの希望なンだ。メンバーたちの為に……時には自分が表に出て戦わなきゃいけねェンだよ」

 

 まあ俺様は自分が表に出てばっかだったけど、と咢斗は回想する。

 アイドルと形は違えど同じだった。

 当時の咢斗は──間違いなく、組織(スート)の希望だった。

 【ワイルドハート】どころか、NEO東京で当時の咢斗に勝てるプレイヤーが居るかどうかは分からないと言われる程だった。

 恐れられ、そして畏れられた紅蓮の暴君は──組織(スート)の誇りを背負っていた。

 

「……アイドルも、ファンに希望を振り撒く。俺達は表現するモンが違うだけで……誰かの希望に、誰かの誇りになってンだなって。だから、あいつの事応援してやりてェって思ってな」

 

 咢斗は目を伏せる。

 

 

 

「俺様は……自分の手でそれを壊しちまったから、似てるだなんておこがましいンだけどよ……」

「……くかー……」

「聞いちゃねえかー」

 

 

 

 何時の間にか寝てしまっているソラを、見つめ咢斗も目を閉じた。

 妙に暑い夜だった。

 

 

 

「……守って、やらねェとな……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……んあ?」

 

 

 

 肌を焼くような暑さ。

 そして息苦しさで咢斗は目を醒ました。

 外が赤い。熱い。

 そして、煙が──そして部屋が、燃えている。

 

「……ウソだろッ! ソラッ!! 起きろッ!!」

「ふぇっ……?」

 

 焦げ臭いにおいが鼻腔をくすぐるのか、鼻をひくつかせると、彼女は飛び起きた。

 カード含めた貴重品を入れたスーツケースを窓目掛けて咢斗は投げ飛ばす。

 激しい音と共にガラスが砕け散る。

 その音で彼女はいよいよ目を醒ましたようだった。

 

「ふぁあっ!? な、何ですか?!」

「火事だッ!! 部屋が燃えてやがるッ!!」

「燃えてって……ええええ!?」

 

 漸く自分達の身に起こっている事が分かったのか、ソラは飛びあがる。

 そして、すぐさま身の回りの物を纏め始め、飛び出そうとするが──あッ、と小さく声を上げて立ち止まる。

 

「サクラに選んでもらった……服ッ……!!」

「バカッ!! 戻るンじゃねェッ!!」

「だってッ! 折角サクラに選んでもらった服、脱衣所に置いたまま──あッ!!」

 

 燃えた壁が崩れて倒れる。

 想像以上に燃え広がり方は早かった。

 渋るソラを抱きかかえたまま、咢斗は手首のワイヤー装置を起動させる。

 スーツケースを地面へ投げ入れた後、彼がソラを抱えて飛び出すと──メキメキッ、と火の粉を吹いた部屋の天井が落ちた音がした。

 

 

 

「いっ、イヤだああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

  

 火事から一晩が空けた。

 近くの喫茶店で咢斗と琥珀は落ち合って、現状を話し合っていた。

 

「……放火との結論が出ている。火炎瓶が見つかった」

「……だと思ったぜ。アパート一棟がアッと言う間に全焼、それも夜間にだ。尋常じゃない燃え方だった」

「死者が居なかったのが幸いか。無事でよかった」

 

 ……咢斗は口を閉ざす。何も良くはない。ソラはあれからずっと泣いている。

 服諸共部屋が燃えたのがショックだったのだろう。

 部屋に残したものは全て黒焦げだった。

 結局、ホテル暮らしになってしまったがこの生活も何時まで続くか分からない。

 そして、ソラは完全に心を閉ざして部屋に閉じこもってしまっている。

 そのことを話すと、琥珀はやるせない様子で頷いた。

 

「そうか……あのサクラが……」

「え?」

「サクラは、なかなか他人と馴染めなかった。自己主張が激しいからな。グループアイドルが台頭する中、彼女がソロでやってるのはその為だ」

「……そうなのか」

「私は心配していたんだ。サクラが何時か孤立してしまわないか、と。でも……杞憂だったようだ。彼女は、誰かに服を選んでやれるくらい気遣いのある子になってたんだな」

 

 琥珀は何処か安堵したように言った。

 それは心のどこかでサクラの成長を喜んでいるようだった。

 

「私は……親とモメてこっちにやってきた彼女をずっと気に掛けていた。私を姉のように慕ってくれる彼女を無碍に出来ず、境遇を自らと重ね、結局行くところまで行かせてしまった」

「……後悔してンのか?」

「この街に住む事自体が茨の道だ。後悔していないと言えばウソになる。だけど……それ以上に、あの子が自分の意思でやりたいことをやってるのが嬉しいというのもウソではない」

「……そうかよ」

「だから、今回の件は……本当にやりきれない。あの子がこの件でアイドルを辞めなければ良いのだが──辞めても仕方がない事件ではあると思う」

「……俺様みてーに、か?」

「ッ……」

 

 咢斗の言葉に琥珀は言葉を失った。

 要らぬ所を刺激してしまったか、と繋ぐ言葉を探したが、咢斗は畳みかける。

 

「……俺様、実はその心配はしてねーンだよ」

「何故? 普通、あんな目に遭えば誰だって──」

「誰かの為に戦える奴ってのは強ェンだ。俺様が折れたのは……自分が可愛かったから、さ」

「……すぐに立ち直れると?」

「如月サンのアツいハート、俺様はボディーガードしてる中でガンガン感じた。俺様はその炎を絶やしたくはねェ。俺様は信じてる」

「何を根拠に……」

「ハッ、ド田舎からこんな街にやってきて、今じゃアイドルだぜ? あいつが根性あるッてあんたが一番分かってンだろ、琥珀の姐さんよ。可愛い妹分ッてなら──信じてやれよ」

 

 しばらくしただろうか。

 沈黙が続いた後、琥珀は「分かった」と頷いた。

 

「そっちも──ソラ君をよろしく頼む」

「あァ。だけど実際、大丈夫じゃ無さそうなのは俺様も同じでな」

「……?」

 

 咢斗の拳は震えていた。

 

「俺様、今回の件でソラに助けられてな。アイツ、自分も辛いときに……あいつは自分を責めてばっかの俺様を必死で抑えつけてくれた」

「……強いんだな」

「ああ。そのソラが、服が燃えた時に泣いたンだ。ずっと泣いて、部屋から出て来ねえンだ。服なんざ買ったら戻ってくるって思うだろ? だけど、そうじゃねェ。カードゲーマーなら分かるはずだ」

「……そうだな。服とカードでは一概に言えないかもしれないが……いや、そういうものだろう。愛着のあるものほど、目の前で喪えば心の穴になる」

「……ああ」

 

 暴君の瞳に一筋の光が宿る。

 それは怒り。

 そして──なりふり構わず誰かの為に戦うという覚悟だった。

 

 

 

「だから……許せねェンだよ。今度はソラまで泣かせたのが許せねェ」

 

 

 

「もう、くよくよしてる場合じゃねェンだ。やられてばっかは性に合わねェ」

 

 

 

「俺様が、全力で犯人を潰す」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 その日は早番で、琥珀は早くに家に帰っていた。

 事件の処理は上司達が中心に行う事になり、最近出ずっぱりだった琥珀は一旦休むように命じられたのである。

 というのは、彼女が家でサクラを匿っていたのもあるのであるが──

 

「ただいま、母さん」

 

 玄関を開けると、壮齢の女性が駆け込んできた。

 

「琥珀、お帰りなさい。お父さんは?」

「スタジオ襲撃に今度は放火だ。私は万が一の時に使い物にならなくなったら困るから、という理由で帰らされたが……親父は当分帰って来れないだろう」

「そう……」

「サクラは? 具合はどうだろうか」

「あの子は──」

 

 母が言いかけたその時だった。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

 声が響く。

 開いた玄関の先には、和服を着込んだ集団が待ち構えたように立っていた。

 思わず琥珀は身構えた。

 しかし、先頭に立っていた女が名刺を差し出す。

 そこには「旅館「染井」睡蓮院ナミダ」と書かれていた。

 

「こ、琥珀、この人たちは……!?」

「心配ない、と思う。サクラの実家の人達だ」

「ってことは、旅館の……!?」

「サクラの滞在先まで追いかけてきて、何の用だ」

「サクラ様が事件に巻き込まれたと知った旦那様が、すぐさまに連れ戻せと」

「ッ……やはりか」

 

 琥珀は母を手で下がらせる。

 そして、毅然とした態度でナミダに向き合った。

 

「断る。現在彼女の身柄を保護しているのは我々【SWORD】だ。これには法的拘束力がある。何人たりとも、今の彼女を引き渡すことは出来ない」

「しかし──」

「そして彼女はもう20だ。何処に行くかは彼女が決めるべきで、貴方達の決める事ではない」

「……しかし、危険ですッ! 何かあってからでは遅いでしょうッ!」

「前にも言ったはずだッ!! そうやってお前達が抑えつけるから、サクラは飛び出したんじゃないのかッ!!」

 

 激した琥珀にナミダは少なからず気圧されたようだった。

 しかし、それでも屈せぬと言わんばかりに彼女も言い返す。

 

「どうして……ッ!? 彼女から何か聞いたわけでもないのに……サクラ様の意思を勝手に決めてるのは貴女達の方ではないのですかッ!?」

「……いや、既に答えは聞いているんだ」

 

 

 

「心配かけてゴメンッ! 皆ッ!」

 

 

 

 奥から飛び出してきたのは──他でもないサクラだった。

 それを見て、旅館の面々は「サクラ様!?」と色めき立つ。

 しばらく見なかった一人娘。事件に巻き込まれたと聞いて不安がっていた彼らだったが、気丈に振る舞う彼女に何処か安堵を覚えていた。

 しかし。

 

「いきなり飛び出して、勝手な事をして悪かったって思ってる。だけどッ、家には帰らない。いや、今帰るわけにはいかないの」

「ッ……何故ですかサクラ様!?」

「あたしは……今回の事件で、初めてアイドルを辞めようかって思った。それくらい、怖くて、辛くて、絶望しそうになった」

「では私達と帰りましょうッ! サクラ様ッ!」

「でもッ……あたしは、途中で諦めて……ううん、アイドルであることを諦めきれないままアイドルを辞めて、そのまま自分が自分じゃなくなることの方がもっと怖いのッ!」

 

 此処で諦めることも、折れることも簡単だった。

 しかし、サクラにはその先の未来が見えてこない。

 それはきっと、自分のなりたかった自分ではないのだから。

 

「ダメダメだったあたしがようやく見つけられた、やりたいって思えた仕事だったの。笑顔をお客さんに届ける仕事……そして、今度は父さんと母さんだけじゃない。あんた達にも、あたしの歌で笑顔を届けたいって思ったのッ……! 今更自分勝手だってのは百も承知だけどッ!」

「そんな、どうして……怖くないのですか!? 死にたいのですか!?」

「あたしはこんな暴力には負けないってことを皆に伝える。笑顔を皆に届けるんだ。あたしの背中を押してくれた人の為にも報いなきゃいけない。だって、あたしは──アイドルだからッ!!」

「ッ……!」

「小さい頃は旅館の仕事に憧れてた……お客さんに思い出を、笑顔を、安らぎを与える皆が羨ましかった。あたしもそうなれたら、って思ってた。でも、あたしには……出来なかった。諦めてしまった。だから、もう諦めたくない」

 

 彼女は必死で訴えかける。

 己の炎がまだ消えていないことを。

 

「あたしはもう諦めない。だって今の仕事が……皆に元気を与えるアイドルの仕事が大好きなんだからッ!!」

 

 ナミダは黙って彼女の話を聞いていた。

 しかし──抑えきれなくなったのか、滝のような涙と鼻水が顔から噴き出す。

 

「ざぐらざまあああああああ」

「ちょっとナミダ!?」

「やれやれ、だから家に上げたくなかったのだが……」

「わだじ、わだじ、がんげぎじまじだああああずびびび」

「ギャアアアーッ!! 何故私のコートで鼻をかむッ!! 公務執行妨害で逮捕するぞッ!!」

 

 琥珀とナミダが揉み合う中、一度咳払いをすると──サクラは言い放つ。

 

 

 

「えーと……だから皆にお願いがあるの。良いかな……?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ソラ。帰ったぞ──?」

 

 

 

 ホテルの部屋に入る。返事はない。

 彼女はずっと沈んだままだ。ロクに食事もとっていない。

 そんな彼女を放ってはおけないが、どうすれば良いのかも分からない。

 彼女は──ベッドの上でずっとテレビを見ていた。

 【クラブゾン・ネットワーク】のアイドル配信だ。サクラの過去のライブの様子が画面には映し出されていた。

 

「……ソラ」

「ねえアギト。サクラは言ってました。辛いときも、悲しいときも、ゲロを吐きそうなときも──アイドルは笑顔で居なければいけない、と。アイドルは……あまりにも辛い仕事ではないですか? 私は……きっと無理です」

 

 何時になく弱気な様子で彼女は言った。

 

「私……すごく、胸が痛いです。苦しいです。サクラに選んでもらったのに。サクラ、あんなに嬉しそうだったのに。サクラに何て言えば……」

「……アイドルに限った話じゃねェけど──辛いときにそれに立ち向かい続けンのは無理なンだよな」

 

 咢斗はスマホの画面を取り出した。

 

「だけど、折れても折れてもまた立ち上がる……強い奴らッてのは往々にしてそうだ」

「これって──」

 

 ソラは画面に思わず食い入った。

 咢斗は笑みを浮かべた。

 

「……まだ終わっちゃねェよ。何にもな」

「……そうだ。まだ、何も終わってない……!」

「ああ。サクラはまだ咲ける。俺達もへこたれてる場合じゃねェって思わされちまうンだよな……こういう奴らを見てると。まさしくアイドルってな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 事件から数日。【クラブゾン・ネットワーク】のSNSでは一つの記事がずっと話題になっていた。

 

 

 

『ネキバ定例ライブ、予定通り開催! 【SWORD】と【クラブゾン・ネットワーク】、異例の締結!』

 

 

 

 何故だ。

 何故?

 何故ライブ中止が取り消された?

 あれだけのことがあったのに。

 まだ、如月サクラは立つつもりなのか?

 忌々しい。

 眩しい。

 憎たらしい程に。

 やはり、消さねばならない。

 絶やさねばならない。

 今日はライブの本番。脅迫状の通りに彼女がライブに立つ前に、彼女の最高の舞台を最悪の形で終わらせてやる──

 

 

 

「龍・か──」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「諦めの悪さなら優勝だよマジで」

 

 

 

 【SWORD】による厳重な警備体制が敷かれるという条件付きで、ライブは行われることになった。

 これはサクラが【クラブゾン・ネットワーク】のトップに直談判したため、そして琥珀も上司に掛け合ったことが功を奏した。

 暴力に、テロに屈しないという意志を示すため。

 そして──何より、サクラが、アイドル達が歌で多くの人たちに元気を与えたいため。

 

 

 

「私は元気ですッ! どんな困難にも負けるつもりはないからッ! だから……如月サクラッ! ハートを燃やして歌いますッ!」

 

 

 

 ライブは予定通りに今、始まろうとしている。

 そんな中、咢斗とソラは舞台から離れた場所に立ち寄っていた。

 

「希望だとか元気だとか、道徳の教科書みてーでヘドが出るッて奴もいるけど、俺様はキライじゃねェ。虚構にこそ希望はある」

「……」

「これ以上、サクラの邪魔はさせません。サクラのおかげで、私もまた立ち上がれたから。今度は私がサクラを応援する番ですッ!」

「……俺、忙しいんで」

「オイオイ釣れねえこと言うなよ。こっちのライブも楽しンでけよ」

 

 咢斗は──犯人に向かって言い放つ。

 

 

 

「なあ──()()()()()()()()

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