特殊賭博規制法──それは、違法カジノや地下デュエル場の経営及び利用を規制する法律だ。
とはいえ、NEO東京にはあまりにも多くの賭博施設がある為、余程悪質なものではない限り【SWORD】も見て見ぬふりをしているのが実情だ。
今回の【カジノ・ワイルドハート】は詐欺行為とイカサマ、違法臓器売買に携わっていたため検挙されるに至ったわけだが──
「君を逮捕する、咢斗君」
「……冗談だろッ!?」
ぐいぐい、と手首に掛かった手錠を引っ張りながら咢斗は吼えた。
幾らなんでも酷過ぎる。
自分はこのカジノ場を潰す為に潜り込んでいただけだ、と反論したくなったが最早アフターフェスティバル。
理由はどうあれ、客としてカジノを利用していたのは事実なのだから。
しかし、同時に咢斗はそれが建前でしかない事を知っていた。というか見抜いていた。目の前の琥珀は──発情したように頬を高揚させ、獲物を捉えたような目で咢斗を睨んでいる。
「嗚呼、勿論……いや恐らく多分きっと、すぐに釈放される……かもしれない。悪くて前科が付くくらいなものさ」
「良くねェよ、何言ってやがんだ琥珀ッ!?」
「だけどな咢斗君、知っているか? 容疑者は先ず留置所……そうだな、所謂代用監獄と呼ばれる場所にぶち込まれて
「取り締まり……まさか」
「そうだともッ! 君がNEO東京に帰って来るこの日を、私はずッッッと心待ちにしていたのだよッ!」
ビリヤード台に足を乗せた琥珀は、ゾッと顔を蒼褪めた咢斗の顎に手を当て、今にも唇と唇がくっつきそうな距離で情熱的に囁く。
年上のお姉さんに詰られるという、男ならば一度は憧れるはずのシチュエーション──咢斗は生憎全く興奮することが出来なかった。
情熱的な求愛行動? 冗談じゃない。狂気的な捕食行動という言葉が相応しい。
「咢斗君……【ワイルドハート】に居た頃、君は私の事をずっと避けていたね?」
「そ、そんな事はねーよ?」
「いいや避けていたッ! 私がわざわざ君とのデュエルの予定を入れる度に、君は何かと理由を付けてドタキャン、逃亡をしただろう? 私は傷付いたよ。女の子を傷つけるなんて、君は最低野郎だな、そうだろう?」
「そ、それは、そのぉ……だな」
「何故だ!? 何故私を避ける!? 君は根っからの勝負師だろッ!? デュエマ狂いだろうッ!?」
「……先に聞いておく、琥珀。今のテメェのデッキは──」
「勿論、
「ヒュッ……ダメだ、気分が……」
咢斗は危うく思い出し発狂するところだった。
剣琥珀──彼女もまた、違った意味でデュエル狂であり、それは今も昔も変わっていなかったのである。否、むしろ悪化していた。
同じスートの中では親しい間柄……姉御と弟分という関係の二人。しかし、何時からか咢斗の方からデュエルを避けていたのである。
「忘れたとは言わせないぞ、あの三日三晩の情熱的な決闘を……あれをもう1度やろう、私を満足させられるのは君だけだ咢斗君ッ!」
「テメェと100先※なんざ二度とやらねェ!! お帰りくださいマジでッ!!」
※100先──100回先に勝った方が勝ちとなるカードゲーマー同士の一般的な儀式
「ええい強情なッ! 思い出せッ! 君の情熱をッ! 私と君は、ナメクジの交尾の如く三日三晩デュエルし続けた仲だろう違うかッ!?」
「思い出したくなんかないねッ! 二度とゴメンだッ!」
咢斗が使っていたのは、ドラゴンを用いた最強の矛とも言えるデッキ。
一方の琥珀が使っていたのは──無数の防御壁に加えて大量のS・トリガーを搭載した最強の楯とも言えるデッキ。
この2つがぶつかり合った結果、悲劇は起こった。
今まで自分の耐久力を貫けるようなデッキに琥珀は出会ったことが無かったため、琥珀は自分の耐久力を貫けるデッキでなければ満足できなくなってしまったのである。
そして──悲劇は3度も起こった。
【天門ループの悲劇】、【悠久弾幕の悲劇】、そして【悠久チェンジの悲劇】……いずれも耐久デッキを持て余した琥珀が試し撃ちの為に咢斗を密室に閉じ込めて文字通り三日三晩デュエルし続けたというものである。
終わった時、咢斗はしばらく【ワイルドハート】の運営が出来なくなるほどやつれていた。そして琥珀は悪びれず、ツヤッツヤの様子で新たな耐久デッキの開発に勤しんだ。
こんな事が3度も続いたため、咢斗は琥珀とデュエルするのを避けるようになったのである。
「君のモルネクでなければ、私は満足できない体になってしまった……責任、取ってくれるよな?」
「嫌だッ!」
「くっ、散々私の心をかき乱しておきながら捨てられる……それはそれで興奮するが、私はデュエルしたいのだッ! 出せッ! 出すんだよ、君のモルトNEXTをッ!」
「モルネクは売ったッ! ついでに高いドラグハートも全部だッ! もうどこにも居ないッ!」
「なっ!? 何故だッ!! どうしてそんな酷い事をするんだッ!? お姉さん泣いちゃうぞッ!!」
「やめろみっともないッ!!」
本当に泣きそうな25歳警部補。これには部下達もドン引きである。
「仕事しろよ……」と全員目で言っている。
しかし、一度意地を張るとテコでも動かないのが剣琥珀という生き物だ。
「とにかく、君は此処で逮捕する。まあ安心してくれ、私の権限で取り調べ担当は私にしておいてやるから。三日三晩、留置所の独房で私とデュエルしようなッ! あはは、うふふ、えへへ……」
「あのー、警部補殿……」
「何だ君はッ! 今私は真剣に
呆れた様子で部下は咢斗が居た場所を指差す。
「……元リーダー、もう逃げてますよ?」
「……」
一瞬目を離した隙だった。
ビリヤード台の上には外れた手錠が置かれていた──
「あ、あ、あ、咢斗君ンンンーッッッ!?」
がくり、と彼女は頭を大げさに振り下ろす。
流石にショックだったが自業自得であった。
「警部補、さっきの人物は……?」
「いつか必ず捕らえてみせる、私の手でッ! だから君達は手を出すな、良いねッ!」
「はぁ……職権乱用の匂いがプンプンするなァ……あの人、本当なら協力者でしょ? 色々有利な供述とかしてくれたんじゃないですかァ?」
「そ・れ・よ・り・も、この店から何か
「ハッ!」
鑑識が幾つかの書類を持ってくる。
それは、店の売り上げが何処へ行っているのかを示すものだった。
そこに記されていた名前は──JOKER。
「ッ……やはり【
その名前を見て、琥珀は確信した。
咢斗がNEO東京に来たのは、カジノを潰しに来ただけではないという事を──
※※※
「ルッピー、あんがとなー……やっぱオメー賢いわ……」
「ピッピー♪」
肩に止まる自らのペットに咢斗は呼びかけた。手錠が外れたのは、一瞬の隙をついてルッピーが咥えた針金を鍵穴に差し込んでくれたからである。
こんな事もあろうか、と用意していたものが思わぬ形で役に立った。
兎角、一人で行動する事の多い咢斗はひたすらに用心深い性格だった。
今までの人生でも類を見ない酷い一日だった。
カジノを潰すついでに、自分も儲けるという算段が台無しである。
おまけに、よりによって【SWORD】に就任していた因縁のライバル……もといストーカーに目を付けられる始末。
結局住処はボロアパートのままだ。
そして何より──
「結局、【
──此処最近、NEO東京で蠢いている数々の犯罪。
それらに関わっているとされているのが、5つ目の
【
<【ワイルドハート】なんて生温い
……まさかな、と彼は首を振るう。
実質、【ワイルドハート】崩壊の原因になったとはいえ、かつての親友が犯罪シンジケートとズブズブだなんて考えたくはない。
しかし、それでも──かつての自分達の拠点が違法カジノに改造されていた挙句、それが犯罪組織と繋がっているという情報を知ったとならば、元リーダーとして咢斗が動かない理由は無かった。
組織に執着は無い。過去の栄光にも。
だからこそ──【ワイルドハート】に繋がり得るものは全て断ち切る。そのつもりだったのに、自分のやった事は全てお節介でムダに終わってしまった。
「あーくそ、ほとぼりが冷めた辺りでもう1回琥珀の所に行ってみるか? だけどなぁ……あいつ色々悪化してたしなァ……」
プシュ、とエナジードリンクのカンが小気味の良い音を立てて開いた。
吹き出た泡と一緒に中身を一気に飲み干し、タブレット端末から投影されたホログラム画像に指を滑らせた。
出てきたのは最新のニュースの数々。
その中には、既に【カジノ・ワイルドハート】潰崩のニュースも入っていた。
尚、レッドクイーンは未だに逃亡中とのこと。しかし、NEO東京──特にNEO港区となれば範囲は狭い。すぐに捕まるだろう、と咢斗は気にも留めなかった。
そして幸い、自分の事は何処にも書いていない。そこはやはり琥珀が良心を働かせて取り計らってくれたのだろう。
──その良心を普段から働かせてくれればどんなに助かっただろう、と誰かに愚痴りたくなったが。
「多分、向こうも俺様のケツを追いかけてる暇がないくらいヤベー案件抱えてるのかもな……」
ニュースを次々にスライドさせていく。
大企業【金剛エレクトロニクス】の新製品の発表会、大人気SNS【クラブゾン・ネットワーク】がプロデュースしているVtuberの炎上案件等々……
(結局【JOKER】とやらはタダの都市伝説かイタズラか……?)
思案するが、良さそうな答えは浮かんでこない。
かと言って調べる方法も見つからない。
そして──自分がフラフラしている間に、手に職を付けてNEO東京の秩序を守る為に戦っていた琥珀の事を思いだす。
咢斗は、もういっそ何もかも彼女に任せてしまえば良いのでは? と考えてしまった。
(そっか……そうだよな。別に、俺様が介入する義理なんて何処にもねンだよな……ッ)
結局──過去に決着を付けようとしていて、過去に囚われていたのは自分だったことに咢斗は気付いた。
もうこの街に、自分の居場所は何処にも無いのだと否が応でも思わせられる。
琥珀ならきっと自分を歓迎してくれるだろうが、荒事が多い上にガッチガチの公務員の【
何より彼女と一緒だとどうも気が休まらない。
(もう、余計なモンは背負わないと決めていた。俺様一人で……俺様一人で何とかなるって思ってたけど……現実は、俺様なんて居なくてもどうにかなる、だったか……)
何を勘違いしてたんだろな、と吐き捨てながら咢斗はゴミ箱にカンを捨てた。
ネオンの輝く街で、流れ星が妙に綺麗だった。
一瞬の輝きで燃え尽き、消えていくその様は──まるで自分の人生を示唆しているようで、感傷的になってしまう。
老いたな、と咢斗は自らを嗤う。まだギリギリ20歳にもなっていないというのに。
「ルッピー……俺様な、昔のデッキを手放したのを今はちょっと後悔してンだ」
「ピー……?」
「……俺様、【ワイルドハート】が無くなったのが──やっぱ辛かったのかもしれねェ。だから昔に繋がるものが全部憎たらしくて、手放した」
髪型も変えた。
容貌も変えた。
過去を思い起こさせるものは全て手放した。
思い出の切札である《ガイハート》も例外ではなかった。
しかし──心の空洞は何時までも埋まらないままだった。
「ピー……」
「ンあ? アッハハハハ、悪ィ悪ィ! オメーに心配されちゃァお終いだ! 感傷的なのは俺様らしくねェわなッ!」
不安そうなルッピーの顔を見て、無理矢理咢斗は笑い飛ばす。もう少しだけ頑張ってみよう、と思えた。
しかし、もう少し【JOKER】の事を調べるなら滞在費用も生活費も必要だ。
今は、昔住んでいたボロアパートに厚意でタダ泊まりさせて貰っているが、何時までもお世話になっているわけにはいかない。
かと言ってホテル暮らしはコスパが悪すぎる。本格的に宿泊費、否──住処を構える必要があるかもしれない、と思案した。
(つっても、先の事は何にも分からねンだよな……どっかに美味しい話でもねェモンか……真面目に働いてみるかね……?)
「ピー……ピー! ピーッ!」
「……ン?」
突如。やかましくルッピーが鳴きだした。思わずスマホの画面から目を離し、空を見やる。
流れ星が幾つも空に線を描いていた。
「……おい、待てよ」
そもそも、ネオンで夜空が暗くない上に空気の汚いNEO東京には流れ星どころか星が見える事さえ珍しい。
しかし──流れ星どころの騒ぎではない。空に何筋もの光が描かれている。
現に、周囲の人々もざわついてスマホを構えていた。
「オイオイオイ、待てよ……どうなってやがンだ……!?」
隕石? 火の玉?
それにしては、小さすぎる。
しかし、流星群にしては軌道が滅茶苦茶だ。
NEO東京のあちこちに、光の筋が
そしてそのうちの1つが落ちたのは──自分が住むボロアパートの方角だった。
「……ッ!?」
何か嫌な予感がして──彼は一目散に走り出す。
この流星群が、彼にとっての運命の特異点であることも知らずに──
※※※
てっきり、隕石が落ちてアパートが消滅したかと思ったがそんな事は無かった。
アパートはきちんと原型を留めており、全くの無事だ。
住人たちはと言えば、こぞって外に出て流星群の話題を話している。
すかさず咢斗は住民の一人に問い質す。
「流れ星はッ!?」
「火の玉がこっちに飛んで来たかと思ったら、ふらふらと廃港の方に……」
「マジかよ探しに行くわッ!」
「おいおいやめとけッて、咢斗! どうせ海に落ちてるがオチだよッ! しかもあそこは入れねえぞッ!?」
しかし、住民の静止を振り払って咢斗は廃港の方へ走り出す。
廃港は有刺鉄線とフェンスで閉鎖されており、誰も近付かない寂びれた港。
だが、咢斗はその抜け穴を知っている。フェンスに大きな穴が空いているポイントがあるのだ。しかもその場所は草むらに覆われて隠れており、咢斗以外は知らない。
(ッてこたァ、俺が一番乗りって事だよなァ~~~ッ!!)
咢斗は天体の分野には詳しくない。しかし、隕石相手にそこまでして躍起になっている理由は──
(隕石の欠片って、めっちゃ高く売れるって言うよなァァァ~~~! 売ったら、カードの足し……じゃなかった、家賃くらいにはなるンじゃねェかッ!?)
──この通りロマンもへったくれも無い。下心マシマシであった。売った金の使い道で真っ先に出てくるのがカードというのも、彼が如何にデュエマバカであるかを指し示していた。
駆け、駆け、駆け続ける。
欲望に胸躍らせ、走り続ける。
隠し穴は健在、そこを潜れば廃港はすぐそこだ。
「さァァァ~~てと、隕石は何処だァァァーッ!?」
咢斗が意気揚々と飛び出した──その時であるッ!
「ガァァァイィィィ……ギィィィンンンガァァァ……ッ!!」
唸るような声がその場に響き渡る。
否、最早声とかそういうレベルではない。
皮膚全部が震わされるような野太い咆哮だ。
「ン、だッ……!?」
咢斗は思わず足を止めた。
明るい。
明るすぎる。
照明も何も無い深夜の廃港を、もう1つの太陽の如く照らしている丸くて赤い火の球。
隕石ではない。
隕石は──宙に浮いて、ゆっくりと地上に降りて来はしない。
「っ……眩ッ……ンだよッ……!?」
「ピーッ!! ピーッ!! ピーッ!!」
警告するように、まるで引き返す事を促すかのようにルッピーが甲高く鳴き続ける。
鳥のカンが、危険を知らせているのだろう。
しかし、まるで吸い寄せられるように──咢斗は火の球に近付いていた。
「面白ェじゃねえかッ……!」
「ピーッ!?」
「ルッピー、腹を括れッ! こんな面白ェモン、一生見られやしねェぞッ!」
突き動かされるような好奇心のままに手を伸ばそうとしたその時──火の球が爆ぜる。
熱風が吹き荒れ、眩い光が辺りに満ちる。
一瞬、死を覚悟した咢斗だったが──痛みも、苦しみも無い。
それどころか眼前からは、完全に火の球は消えていた。
「何、だったンだ……ッ!?」
「ピー?」
「……暗いな。何にも見えやしねェ」
周囲は灯りもなく真っ暗な廃港に戻ってしまった。
再び懐中電灯を点ける。
何気なく火球があった場所を灯す──
「ンなッ……!?」
咢斗は言葉を失う。
目に入ったのは銀。透き通った雪のような銀髪が辺り一面にふわりと雪のように広がっていた。
それを恐る恐る払いのけると現れたのは妖精のような神秘を思わせる少女の顔。今は静かにその瞼を閉じて穏やかに眠りについているようだった。
咢斗の手は強張り、思わず息をすることをやめた。触れてはいけないモノに触ってしまったような背徳感を背筋で感じ取っていた。
自分の粗野な手で撫でるだけで、少女はすぐに壊れてしまいそうな気がした。
「空から……女の子に……」
少女のか細い指の先を見やる。
そこに落ちていたのは──鎖に覆われた剣のカード。
それ自体は、咢斗も良く知るものの一度は手放してしまったカードだった。
「《ガイハート》……ッ! 何で、コイツが……!?」
──ドラグハート・ウェポン、《銀河大剣ガイハート》。
それは、咢斗のかつての切札の1枚だったものの、デッキと一緒に売り払ってしまったカードだった。