第21話:糾弾/紅蓮の暴君
──前略。アイドルのボディーガードをやってたら途中で家が焼けた。
「……という訳でだな、良さげな場所を思い出したので君達にはここに住んで貰おうと思った次第だよ」
「何がという訳だよ」
前にもこのやり取りやったな、と咢斗は内心で毒づきながら腕を組んだ。
NEO港区には誰も近付かない廃工場が幾つかある。
それらの殆どは荒くれ者やギャングといったならず者の巣窟になっているのが殆どであるが、唯一例外となっているのが……爆発事故を起こして閉鎖されたこの工場であった。
なんせ中は崩れ落ちており、とてもではないが根城に出来るようなものではない。
「アギト……此処、本当に大丈夫なんですか? 暗いし、工場が壊れたままです」
「ピッピー?」
ルッピーを頭に乗せたソラが怪訝な顔で咢斗に尋ねる。
しかし暴君は何処か気分が悪そうに「俺様が聞きてーよ……」と返す。
心なしか顔色が悪い。
「ジャパニーズオバケが出てきそうな雰囲気……それはそれでワクワクしますけどっ!」
「ヒッ──」
暴君の口から小さな悲鳴が漏れた。
顔は心なしか血の気が引いており、下唇が小刻みに震えている。
そんな彼の様子を見かねた琥珀が「その辺にしといてやれ」と窘めた。
そして彼女は眉をひそめて、未だに唇が震えている暴君に小声で尋ねる。
「咢斗君……まさか、
「そんな事はねーよ!? ただ、此処の事故って人が死んでンだっけか? 幽霊が出てきたら危ねェだろ!? 俺様は平気だけど! 平気だけどッ!」
「そうなんですか!? 幽霊、出てくるんですか!? 見てみたいです!」
「都市伝説だ。事故が起こったのも何年も前だからな、根も葉もない噂が立っているのだろう。そこの暴君は信じているようだが」
「科学だけで世の中全部解決出来たら世話ねーだろ!? 警戒するに越したことはねェってこったよ!」
「成程、一理あります……!」
「……やれやれ、手の掛かる暴君だな……」
「う、うるせェ!! それよか琥珀、俺達ゃ一体何処に連れてくつもりだ!? まさか肝試しなんて子供染みた遊びに付き合わせるつもりじゃあるめーな!」
「……そう急かすな。確か、此処で合ってるはずだ」
言った琥珀は地面の砂を払いのける。
すると──現れたのは金の板。その近くにはタッチパネルのようなものが付けられている。
そこに番号を指で打ち込むと──音も立てずに板が引っ込んでいき、地下へ続く階段が現れた。
「これが、音に聞くジャパニーズオバケ屋敷……!?」
「ヒュッ……」
咢斗の口から魂が出ていきそうになったのを琥珀は見逃さなかった。
すかさず当身で彼の意識を引き戻す。
「ハッ、俺様は一体──」
「安心してくれ、断じてオバケ屋敷ではない。【ワイルドハート】のメンバー数が増えた時に第二第三の拠点を作っていたんだ」
「あー……そんな事もあったっけか。俺様面倒くさくて結局一回も見に行ってねェな……オバケ屋敷じゃなくて良かったァ……」
「誰がこんなものを作ったのでしょう? 電子錠付なんてハイテクです……!」
「現状、使えそうな拠点は此処しかない。他は【ワイルドハート】崩壊に際して取り壊されてしまったからな。後は、有事に備えた隠れ家として作られた此処だけだ」
階段を降りていくと──そこは、シェアハウスのような広さの住居となっていた。
地下である以上、日当たりとは無縁ではあるが、二人で生活するには広すぎるくらいには部屋が確保されている。
「すげェ! すげェよ! 此処ならボロアパートの頃よりよっぽど良い生活が出来るぜ!」
「ありがとうございます、コハク! これで当面の家には困りませんね!」
「なーに、サクラを守ってくれたお礼だ。これくらいはしなければな」
これくらいは、とは言うがこれで家賃の心配も狭い部屋の心配もしなくて済む。
何より、ボロアパートの時は確保できなかったプライベートも保証される。
「……にしても実質家一個は出過ぎた報酬だな」
「何を言っている。この家の資金は、昔の君の稼ぎで建てられたものだ」
「……え?」
「君は稼いだ金の殆どをチームの運営に充てていたからな。それが回り回って帰ってきたと考えれば良い」
咢斗は言葉を失った。
当時の自分は、そんなに稼いでいたのか、と絶句する。
地下決闘場、プロのデュエルリーグ、荒事の報酬などなど。
その殆どをチーム拡充の為に使っていたので、結局彼の手元に金は残らなかった。
「……過去に思わぬ形で助けられた……か」
「気を悪くしたなら済まない。だが……過去も悪いものばかりではない、だろう?」
「……だと良いけどな」
咢斗は思わぬ報酬に言葉を失う。
ともあれ、これで当面の生活には困らない。
部屋は綺麗に掃除されており、家具もそのままだ。
ソファにもたれかかると、咢斗は琥珀に尋ねた。
「……で? 俺様をこんな所に連れてきたからには……表じゃ話せねェ事があるンじゃねェか?」
「表では話せないこと……ですか。気になります!」
「ソラ君も……無関係ではないからな。先日の事件の顛末について話しておきたいのだ」
「北村か。あいつ、【JOKER】に関わっているんじゃねェかッて話だったな」
「じょーかー? アギト、【JOKER】って何ですか?」
「今、このNEO東京で最大のシェアを誇る犯罪シンジケートだ。多くの凶悪犯がこの組織に献金をしているらしい」
「……何か目的があってお金を集めてるってことですか?」
「そうなるな。奴らの目的はさっぱり分からんが……犯罪者の支援をして、その見返りに金を貰ってるらしい」
【JOKER】はNEO東京の治安維持をする上で目下最大の脅威と言っても良い。だが、未だに実態は掴めていない。
それ故、レッドクイーンと北村の逮捕は【JOKER】に繋がる有力なものである──はずだった。
「……レッドクイーンは店の帳簿に【JOKER】の名前があった事。北村は、家の犯行計画書に【JOKER】の名前が書かれていた事。このことから二人が【JOKER】から援助を受けた可能性は高いと思われた」
「じゃあ奴らに口を割らせれば──」
「そうもいかなくなったのだ。彼らは一貫して【JOKER】との関連性を否認していた」
「口止めされてンのか?」
「だろうな。だが、北村が犯行援助を受けていたのは確実。スタジオを襲ったあの怪物も……恐らくは奴らが手配したものだろうな」
「そ、そーだなー……」
言えるはずもない。
あの怪物がクリーチャーであることなど。
それこそオカルトの領域に足を突っ込んでしまう。
「まあ良い、君達も重々気を付けたまえ。特にソラ君」
「はいっ」
「東京はネキバやNEO渋谷のように治安の良い場所ばかりではないからな」
「……そ、そうですね」
「どっちにせよ【JOKER】……野放しには出来ねェな。
「……まだそうと決まったわけではないだろう」
「
ソラの問いかけに──思わず咢斗は首を横に振った。
「……何でもねェ……こっちの話だ」
※※※
「──すごいです! 広くて快適です!」
はしゃぐソラを横目に咢斗は部屋のテレビを付けていた。
まともにテレビを見るなんて、何年ぶりだろうか。
金欠は予定外の長期滞在が原因だったので、こうして安心して腰を落ち着けられる拠点を手に入れられたのは大きい。
改めて咢斗は琥珀に感謝するのだった。
無造作にチャンネルを変えているとニュース番組に変わる。
『【金剛エレクトロニクス】の開発した新エコロジーシステムが各地で賛否を生んでおり……』
『【クラブゾン・ネットワーク】のリーダー、氷堂Pは今回の社内の人間によるアイドル脅迫事件を受けて──』
「特に何もねェ、か……」
「アギト、どうしたんですか?」
ソラがルッピーを手に乗せて、咢斗の顔が覗き込む。
特にこれと言って何もない。久々の安寧に身を委ねているだけだ。
しかし、彼女を突き放すのも良心が咎めるので気になっていたことを問いかけた。
「結局、姫様の件について本国では何かあったのか?」
「既に……騒ぎになっているようです。姫様は飛行船から飛び降りて死んだという扱いに……」
「そう、なっちまうか……」
「私の方には、ドラグハートを集め次第早く本国へ戻ってほしいとのことで……」
「だよな。国の方としては、オメーが居ないと大変だもんな」
彼女は一刻も早く帰らなければならない。
それは──彼女がアルカナ王国で唯一の巫女だからだろう。
「カカカッ、まあ、仕方ねェ。ドラグハートが見つかるまでは──」
咢斗は口を噤んだ。
何が「仕方ない」なのだろうかと自問する。
彼女が居なくなることを──惜しむ自分が居る。
(バカ言ってンじゃねェ。こいつは巫女様だ。いずれは──帰らねェといけねンだから)
『それでは次のニュースをお伝えします。3年前の202便墜落事故の残骸が海底で発見され──』
「ッ!!」
その時だった。
不意に流れてきたニュースに咢斗の視線が向かう。
彼の眼球はぐりんと動き、下唇が途端に震え出した。
(202、便……?)
「この事故は……うちの国にも入ってきました。飛行機の大きな事故……」
『この202便は3年前、ハワイ諸島行きの旅客機となっており、太平洋上空で空中分解し──』
「事故──」
(次の試合。君は負ける事が出来ない。分かっているよな?)
「事故──」
「アギト?」
(違うッ! 君は勝っていたッ! あそこで《モルネク》で攻撃していれば、君は勝っていたんだッ!!)
「事故──」
(女かッ! あの女なんだろうッ! 紅蓮の暴君が女に絆されたのかッ!! ふざけるなよッ!! 紅蓮の暴君の名が、何人ものプレイヤーの魂を背負っているか、君は分かっているのかッ!?)
「
(最近思うンだよな……誰かの願いを、望みを断ってまで
(ねえ、
気が付けば。
「殺したのは、
(ウチは一回で良いから……この街から出てみたいんだ)
暴君は呼吸することを忘れていた。
(
唇が蒼くなった彼は一度痙攣すると──床に倒れ伏せる。
「アギトッ!?」
揺すり起こすソラの言葉は彼にはもう聞こえていなかった。
彼の意識は、闇へと消え落ちていく。
※※※
カードが意思を持つならば、俺は嫌われても仕方がない。
俺はあの時、自分のエゴでカードゲーマーが一番やってはいけないことをやったのだから。
仕方がない。
仕方がないのだ。
これは……俺の犯した、消えない咎。
──ある少女を、俺のエゴで殺した罰。
「なあ《ガイハート》……お前も……怒ってるよなぁ……きっと……」
「結局俺様、逃げる為に……お前も手放しちまった……」
「ごめんよォ……本当に、本当に、ごめんよォ……」
龍達が、俺をいつも取り囲む。
取り囲み、責め立てる。
紅蓮の暴君とは誰が言っただろう。
暴君とは、往々にして糾弾されるべき悪しき王なのだから。