※※※
「当時──紅蓮の暴君は、向かう所敵無しのデュエリストだった。それだけじゃない。彼と戦ったプレイヤーの中には心が折れて二度と戦えなくなった者もいた」
「……」
「彼自身も残虐なデュエルを繰り返し、対戦相手を叩き潰すようなプレイングを好んで使っていた。それが、”紅蓮の暴君”たる所以だな」
「私……アギトがそんな事をする人には思えませんでした」
「だろうな。過去の話だ」
「……」
咢斗が倒れた後、どうすれば良いのか分からず、ソラは琥珀を呼びつけた。
航空事故の特集を見て倒れた、と話すと琥珀は「心配は要らない」と言いはしたものの拠点に再びやってきたのだった。
彼はベッドに寝かされ、今もうなされている。
その顔を心配そうに見やりながら、琥珀は咢斗の昔話をしていた。
「咢斗君は……親が居ない。スラム育ちなんだ。小さい頃から何でも屋稼業で稼いでいたと聞く」
「そう言えば……そんな事を言ってました」
「ああ。だから彼は、一人で生きていかなくてはいけなかった。ありとあらゆる場所で、自分を強く見せる為に乱暴に振る舞った。実力も相まって、彼は何時しか”紅蓮の暴君”と呼ばれるようになった」
「……アギトに、そんな過去が……」
「だけどな。それでも……あいつは根は良い奴なんだ。表面上は悪ぶってはいるが、自分より弱い奴に力を振るう事はない。何より面倒見がいいだろう? 君に対してもそのようだが?」
「そう言えば……そうです。私、アギトにいっぱいよくしてもらいました。日本に来るのが初めての私に……」
「そうした彼の周りには自然と人が集まっていった。庇護されなくては生きていけない弱い者。強さの意味を探し続ける者。家に縛り付けられるのを嫌い、自由を求める者……【ワイルドハート】は咢斗に付いて来た者達の集まりだった」
最初はスラム街の自警団として。
次は、デュエマプレイヤーのチームとして。
そして次第に強さに惹かれた者達が集まっていき、巨大なデュエリストの共同体として。
「そして、そこまで大きく【ワイルドハート】を発展させたのは、偏に咢斗君の親友、
「ロキ……?」
「咢斗君が実務担当なら、ロキ君はさながら参謀にしてブレーン……組織の運営や資金のやりくりをやっていた」
「頭が良い人、ってことですか?」
「そうなるな。咢斗君や私が考えなしに突っ込むのを諫める役目も果たしていた」
「
「若気の至りさ。ともあれ、この二人のコンビは完璧だった。ロキはデュエルこそ得意ではなかったが、デッキビルディングなら誰にも負けなかった。そして、咢斗君は彼のデッキなら誰にも負けなかった」
文字通り阿吽の呼吸。
そして、無敵のコンビ。
【ワイルドハート】の紅蓮の暴君は、一人で成り立っていたわけではない。
この二人があって初めて成立していたといっても過言ではない。
それほどまでに、ロキが咢斗に与える影響は強かった。
「特に、ロキ君は……咢斗君に強く憧れていたみたいでね。咢斗君も、ロキ君に期待される手前、気の緩んだプレイングは出来ないと何時も言っていたよ」
「……応援し応援される関係だったんですね」
「なら、良かったんだがな……咢斗君は内心”紅蓮の暴君”として振る舞う事に疲れているようだった」
「え……?」
無理も無かった。
咢斗は周囲からも、そして身内からも勝ち続けることを期待されていた。
おまけに今更”紅蓮の暴君”のイメージは覆せない。情けない試合も、そして試合以外でもそのイメージを壊すような振る舞いは出来ない。
紅蓮の暴君は誰からも恐れられなければならない。
他の
「そんなの、酷いです……咢斗はきっと、誰かから怖がられるために強くなったわけじゃないのに……」
「そう、だな……”紅蓮の暴君”が、あくどい犯罪組織やギャングへの抑止力となっていた部分はある。だけど、今となっては……咢斗君の威を借りていたことへの正当化に過ぎない。そればかりか私達は……彼を人柱にしてしまった」
皮肉にも。
仲間を引き連れて結成された【ワイルドハート】が行き着いた先は、誰もが恐れる暴君の率いる巨大組織だった。
それは必ずしも咢斗が望んだものではなかった、と琥珀は回想する。
紅蓮の暴君は──常に孤独だった。
「……【ワイルドハート】が拡大されていく中、3年前にNEO東京を挙げて【アポロニアGP】という大型大会が開催された」
【アポロニアGP】は四つの
スポンサーは大企業の【金剛エレクトロニクス】で、優勝者にはハワイ旅行が進呈されたという。
しかし、その激戦区を破竹の勢いで勝ち進む男が居た。
【ワイルドハート】の看板を背負う紅蓮の暴君・黒鉄咢斗であった。
「私や他のメンバーが敗退する中、咢斗君だけが勝ち抜いていってね……まあ例の如く優勝するだろうと誰も疑わなかった」
「えーと、参加者はどれくらいだったんですか?」
「1万人だ」
「いちまっ……!?」
「その中を勝ち抜くのは容易な事じゃない。しかし、咢斗君は案の定やってくれたな。淀みなく、一戦一戦で対戦相手を容赦なく叩き潰していった」
「……」
「だけど、彼は優勝出来なかった。決勝戦……無名の小さな女の子に彼は負けた」
「アギトが、負けた……?」
「それも、ただ負けたんじゃない。彼の切札である《超戦龍覇 モルトNEXT》で攻撃していれば……勝っていたであろう場面だった」
理由は今でも分からない。
相手のニンジャ・ストライクを警戒し過ぎたか。
それとも、緊張でプレイングを間違えたか。
いずれにせよ、彼を一番許せなかったのは、デッキを作ったロキだった。
最強の
「ロキ君は”わざと負けた”と咢斗君を厳しく糾弾してね……二人の仲違いは決定的なものになった」
「……アギトが、わざと負けるだなんて……」
「相手の女の子に忖度したんじゃないか、というのがロキ君の言い分だ。だが、実際咢斗君はこの件以降姿を見せなくなってね。何か負い目があったのは確かだろう」
「……アギトも試合の結果に思い悩んでいた……?」
「だろうよ」
琥珀は禁煙パイポを咥えると、当時の彼の様子に思いを馳せる。
親友からは連日責め立てられ、メンバーからも疑惑の目を向けられる。
そして、咢斗自身が一番自分を責めるように苦しんでいたこと。
琥珀は──何も彼から聞き出すことは出来なかった。
「……そして、ある時……咢斗君から完全に覇気が消えた」
「……?」
「大会直後の航空事故だ。太平洋に墜落した202便……乗客の中には優勝者の女の子も居たらしい」
「……それって……さっきの……!」
「そこからはもう、早かった。彼は【ワイルドハート】解散を宣言。そして、ロキ君は【ワイルドハート】に代わる
琥珀曰く。
咢斗が完全に大人しくなってしまったのは、この頃だったという。
上っ面ではへらへら笑っているものの、その表情に精気は無い。
彼は死んだように生きていた。
そして、琥珀に「もう二度と帰って来ないかもしれない」と言い残したままNEO東京を去ったのだという。
「……アギトに、そんな事が……」
「とはいえ、訳アリの君を快く受け入れる辺り、彼の根幹は変わってはいないようだ」
「えっ!?」
「詳しく聞くつもりはない。咢斗君の事だ。何かしら考えがあっての事だろうからな」
琥珀はソラに軽くウインクしてみせる。
女の勘と言う奴だろうか。
彼女に隠し事はどうやら通用しないらしい。
「だけど君に……咢斗君の心を解かせるか? 私には……無理だった」
※※※
「チックショーッ!! 20連敗ッ!? この俺様が!?」
「おにーさん、弱いねーっ、あははっ」
最初に出会った時。
咢斗は彼女が完全に自らの盤面を支配してしまったことに息を呑んでいた。
まだ、これほどのプレイヤーが居たのか、という感嘆だった。
病院という見知った顔が誰も居ない場所だからか、咢斗は遠慮なく醜態を、そして素を晒せた。
勝てはしなかったが、久々にプライドも誇りも全部投げ捨ててデュエマが出来た。
「おにーさん、今まで戦ってきた中だと一番強いけど、まだまだかなー。マナに置いたカードで、3ターン目くらいにデッキの中身が全部分かっちゃったから」
「っ……本気で言ってンのか……?」
咢斗は口を噤んでしまった。
仲間内でわいわいやるデュエマ。
何時の間にそれは失われてしまったのだろう。
ただただ組織の為に、ただただ紅蓮の暴君の名を挙げる為に勝利を重ねる事が──
「そんだけ強ェのに、何で
「あははっ、うち、そういうのには興味ないの。病院の子達とデュエマやってるだけで充分だし」
「……」
「でも……退院したら、【アポロニアGP】に出るのは楽しみなんだっ。大きい大会に出るの、初めてだからさ」
少女は、屈託のない笑みで語っていた。
「あたし、このデッキのカード達が好き。大好き。だから……沢山活躍させてあげたい。そして……絶対に優勝したいんだっ。優勝して、景品のハワイ旅行にも行ってみたいし」
「そんなにハワイに行きてェのか?」
「行ってみたいに決まってるじゃん。おにーさんには分からないかもだけど」
少女は頬を膨らませて言った。
何度も訪れた事のある咢斗には、ハワイの有難みは薄れていた。
しかし、彼女はそれに並々ならぬ期待があるようだった。
「これで……最後かもしれないしさ」
「……?」
「なーんでもないっ」
少女は──いつも笑っていた。
明るく微笑む彼女は、まるで陽だまりのようだった。
(俺よりもよっぽど強くて)
(俺よりもよっぽど皆から慕われていて)
(俺よりもよっぽど真っ直ぐに、前向いて生きてやがる)
(あの時、
(俺はよりによって──あいつに一番やってはいけないことをやっちまった)
気が付けば。
少女の顔は白い骸となって朽ち果てていた。
「……何で、うちを殺したの?」
咢斗の首元に骨張った手が伸びる。
白い指の骨が咢の喉仏を突き刺す。
「ッ……!?」
「ねえ、何で? 何で? 何で何で何で?」
「ち、ちがっ、俺は──俺は、お前に──」
苦しい。
息が出来ない。
白い骸がずっとこっちを見ている。
咢斗は何も返すことが出来なかった。
首が締め付けられ、溺れるように頭の中が霞んでいく。
「
「アギトッ!? アギトッ!!」
「──ッ!!」
視界が明るく開ける。
そこには──心配そうにソラと琥珀が顔を覗き込んでいた。
呼吸が乱れて、上手く肺に空気が入らない。
心臓は未だに音を立ててバクバクと鳴っている。
そうして、咢斗は今までの光景が夢であることをようやく悟った。
「アギト……うなされてました……」
「酷い汗だ。拭くものを持ってくる。水も飲むと良い」
「良いッ!! 別に良いんだッ!!」
しかし、酷く蒼褪めた顔で咢斗は叫ぶ。
何処か錯乱した様子で、二人を拒絶するかのように手を広げた。
「俺は……俺の世話は良い。俺は……誰かにそうやって、良くしてもらう資格なんか──」
「資格資格って……誰かを助けるのにそんなものは要りませんッ!」
ソラは断言してみせる。
仮に、彼の過去が如何に荒んだものだったとしても。
彼が過去に大きな過ちを犯したとしても。
彼女にとっては関係なかった。
「アギトが居なければ、今私は此処には居ません」
「ッ……!」
「アギトが居たから、私はサクラやコハクに出会えたんです。デュエマのルールも教えて貰ったんです」
諭すように、彼女は咢斗の両肩に手を置く。
その眼差しは何時になく真剣そのものだった。
「私にとってのアギトは……過去じゃなくて、
身体の震えが止まっていく。
咢斗は、ようやく糸が切れたかのように首をもたれた。
「……悪ィ……変な夢見て、パニくってたみてーだ……」
「……アギト」
「しばらく、起き上がれそうにねェ。まだ……寒気がするからな」
「はいっ。今日は私にお世話させてください、アギトッ!」
嬉しそうに彼女はタオルを持ってきて、咢斗の背中を拭く。
ずっと死んだような顔だった咢斗だったが──少しだけ困ったように微笑んだのが、琥珀には見えた。