「……アギト? 大丈夫ですか?」
「……何とかな」
額に汗を垂らしたまま苦笑いしてみせる咢斗。
ソラから渡されたリンゴを頬張るが、咀嚼するのがいつもよりも心なしか遅い。
目も焦点が合っていない。何処か、違う場所をずっと見ているようだった。
今まで抑え込んでいたトラウマが甦ってしまったのだろう。
彼は、紅蓮の暴君と呼ばれていたのが嘘のように弱っていた。
「……情けねェ姿を見せちまったな」
「そんな事、ないです! 誰にだって、弱みは……辛い過去は、あります」
「……」
「私……コハクから全部聞きました」
「……俺様の過去を、か」
苦々しく彼は顔を歪めた。
今更隠しても仕方が無いか、という諦めこそあったものの、やはり無暗に他者に触られたくはない領域だった。
「……言っただろ。俺様は、許されねェ事をしたンだ。カードに好かれる資格も、許される理由もない」
「アギトが……わざと負けるだなんて、理由もなくするはずがありません」
「サイテーな理由だよ」
咢斗は目を伏せる。
当時の自分を思い起こすかのように。
「……勝ち続けるのが、嫌になってたンだ」
──《超戦龍覇モルトNEXT》召喚、効果でコスト5以下のドラグハートフォートレス──《バトライ閣》を場に出すッ!!
──《バトライ武神》で攻撃時に革命チェンジ発動!! 龍回避でキャンセルッ!! 閣ループ発動ッ!!
──デッキの中のドラゴンを全てバトルゾーンに出すッ!! 《ニコル・ボーラス》が手札を奪い、《偽りの王ナンバーナイン》が呪文を封じ、《偽りの王モーツァルト》が盤面を吹き飛ばし、《ドラゴ大王》がテメェのクリーチャーを封じるッ!
──《ガイNEXT》の効果で、俺様のクリーチャーは全員、スピードアタッカーだッ!! コイツでシメェにしてやるぜッ!!
「──紅蓮の暴君には、敗北は許されなかった。時として、それは誰かの夢を断つ事にも繋がっていった」
──また、紅蓮の暴君だよ。
──棄権だ棄権、どうせ勝てる訳がねェ。
──紅蓮の暴君が出る大会にはもう出ないようにしようぜ。
──大会の参加をお断りします。貴方が居ると、皆勝てないといって参加者が集まらないんでね。
「殿堂入り、だなんて理由で俺様が出られる大会は殆ど無くなった。【ワイルドハート】と”紅蓮の暴君”の名はあまりにもデカくなりすぎたンだろな……」
「そんな……」
「──俺様はロキの勧めで更なる強者を求めて地下デュエルに手を出した。電撃デスマッチ、アンティルール、とてもじゃねェが口に出せないような試合も沢山あったが何てことはなかった」
「……怖くは、なかったんですか?」
「それでも、金は稼げた。俺様が稼がなきゃ、【ワイルドハート】は拡大出来なかった」
今思えば、そんな必要は無かったのだ、と回想する。
あの頃の立ち位置に甘んじていれば、周囲から恐れられることもなかったかもしれない。
地下デュエルの悲劇を目撃することも無かったかもしれない。
しかし、足を止めることは──ロキが許さなかった。
それは他でもなく、紅蓮の暴君の名を穢すことだった。
──良い事じゃないか、【ワイルドハート】が大きくなったのは偏に君が恐れられているからだ。君の覇道で、NEO東京の治安は格段によくなってる。
──君が強くなることは結果的に、この組織のメンバーを守ることに繋がっているんだ。分かるだろ?
──
──この街ではナメられたら一巻の終わりだ。僕も、君も、分かっているだろ?
「実際、俺様を恐れてメンバーが危害に遭う事も無かった。でも、メンバーたちは皆俺様を避けるようになった」
ロキは聞く耳を持たなかった。
咢斗と同じく、スラム育ちだったロキは──人一倍「強さ」への執着があった。
そして、ようやく手に入れる事の出来た「強さ」を手放すわけにはいかなかったのだろう。
言葉巧みに咢斗の疑問を躱し、そして唆す。
強者の使命とは「勝ち続ける」「君臨し続ける」ことであると。
それが「紅蓮の暴君」である咢斗の使命であると。
「……最初のうちはそれでもいいと思ってた。だけど──」
──頼むッ! ここで優勝出来なきゃ、お終いだッ! 俺達ゃ親子そろって首を括らなきゃいけなくなるッ!!
──《バトライ武神》で攻撃時に、革命チェンジ発動。出すのは《蒼き団長 ドギラゴン剣》──そして龍回避でアタックキャンセルを行う。
──ヒッ──!! ふっ、ふざけるなッ! お前はッ! 俺達からそうやって搾り取るッ!! お前達みたいな「強者」が居るから、俺達は一生泥水を啜らなきゃいけなくなるッ!!
──……ドラゴンを場に出したので《閣》は再度龍解。これを無限に繰り返し、《武神》の効果で場に出すのは《ヴィルヘルム》、《モーツァルト》、《ニコル・ボーラス》、《ドラゴ大王》、《ナンバーナイン》、2体目の《モルトNEXT》──
──あっあっ、あああ、あああああああああああああああああああ!!
その大会の勝敗は語るまでも無かった。
相手の男は咢斗がデッキの中のドラゴンを全て場に出す前にその場から逃げ出した。
そして数日後──とある零細企業の社長が、息子と無理心中した事件が報じられた。
彼は多額の借金を抱えていたのだという。
その企業の社長の顔を調べた所──数日前に地下大会の決勝戦で出会った男と顔が同じだった。
「……そんな……自ら命を絶ってしまった……?」
「……ああ。だけど、地下デュエル場に来てる奴の中には……そういう奴もいる。人生の一か八かをあんな場所に委ねるしかない奴らがいる」
「……」
「それでも俺様は嫌になった。あの親父から……昔の俺達自身を重ねた。生きる為に泥水啜って、這いつくばっていたあの頃を。一歩間違えれば死んでいたあの頃を」
幼少期の咢斗とロキは──何でもやった、と回想する。
咢斗は過酷な労働と日雇いを繰り返し、身体を何度も壊した。死に掛けたこともあった。
ロキも、咢斗には言えないような「労働」で荒稼ぎをしていた。
彼は自らの受けた辱めの事は決して咢斗に話しはしなかった。しかし、その痕跡は彼の身体を見るたびに深く残っていた。
「施設に拾われて、やっとまともに生きられるようになって……でも、俺らはきっとラッキーだっただけだ。あの親父みたいに、そうじゃねェ奴らも居る」
今更だ、と言われればそれまでだった。
奪って、奪って、奪い尽くしてきた人生で。
せめて何か返せるものがないか、と始めたのが何でも屋稼業だった。
しかし、結局自分は──他者から奪ってばかりだった。
「【ワイルドハート】立ち上げた後、何でも屋稼業始めてようやくわかったンだ。この街には……俺様以外にも、必死こいて生きてる奴らが居る。それを、俺様がわざわざ踏み躙って良いのかよ? ッて」
「それは、ロキさんには伝えなかったのですか?」
「言える訳がねェだろ……「勝ちたくない」なんて勝負人としては……最悪の考えだからな」
それは、勝負を生業にする人間にとっては最も許されざる「傲慢」な考えであることを咢斗自身も分かっていた。
しかし──あまりにも咢斗の心には負荷がかかり過ぎていた。
周囲に見せかけていた虚栄と彼自身の心の強さのギャップが此処に来て彼を押し潰してしまっていた。
「……どんな相手も全力で叩き潰す。それが相手に対する最大限のリスペクトだ。俺様は──それを自分から投げ捨てた」
デュエマプレイヤー失格だな、と咢斗は自嘲してみせる。
ソラは何も言う事が出来なかった。
彼から改めて語られた過去は──想像以上に凄絶なものだった。
強くなりすぎた彼を待っていたのは、孤独と──勝ち続ける事への嫌悪だった。
だから、あの決勝戦で彼は勝利を自ら手放した。
しかし──それだけなのだろうか、とソラは思案する。
だが、これだけではただの大会でしかない【アポロニアGP】で咢斗が敗北を自ら選ぶ理由が見つからない。
(アギトはまだ、何か隠してる……?)
「──咢斗君ッ!! 大変だッ!!」
ソラが思案していた矢先。
扉が跳ね開けられる。
息を切らせて現れたのは──琥珀だった。
その手には端末が握られている。
「どうした?」
「【クラブゾン・ネットワーク】のSNSにとんでもない書き込みが、ってサクラから連絡が来てね……!」
「ハァ?」
「一体、どんな書き込みなんですか?」
「大会の開催告知だよ」
「何が問題なんだ? 大会の開催告知なんざ、いつもの事じゃねェか」
「問題はこの触れ込みだ。既に大反響を生んでしまっている」
言った彼女は1つのページを彼に見せた。
『【ジョーカー杯開催!】参加定員90名、過去に3回以上の公式大会優勝経験がある実力者のみ、
明らかに挑発染みた文言だ。しかも、こんな大会に参加しようとした覚えなどはない。
琥珀も「此処最近君も大会どころじゃなかったはずだからな」と、この告知の異様さを訴えている。
「罠だろうな。何処からどう見ても君を誘っているぞ。しかも、この書き方から見るに”紅蓮の暴君”がNEO東京に帰ってきたことを知っている人間の仕業だ」
見てみたところ、開催場所は地下の決闘場。
この時点でかなり胡散臭い。
普通、大型の公式大会はこんな場所では開催されない。カードショップや大型会場を貸し切る形になる。
しかし、この大会は違法性のあるデュエルも行われる地下決闘場を場所に指定している。
にも関わらず、参加条件は公式大会優勝経験がある実力者とある。
「俺様だけじゃねェ……他の
「更にそれだけじゃない。一番下を見てくれ」
咢斗は画面をスクロールして目を見開いた。
大会主催者の名前は──”第五の
「ッ……よりによって、自ら