「ああ、よく生まれてくれた。」
…どこからか声が聞こえる。聞いたことのあるようなとても懐かしい声。
「お前の名前は蓮斗、蓮斗だ。」
…暖かいのに少し寂しく感じる、そんな声だ。
その人が誰なのか、確かめるために帽子に手を伸ばして…
「こらー!いつまで寝てるのよ!」
俺は耳元で放たれたキンキン声にたたき起こされる。
「人形劇、もうとっくに終わったわよ。いつまで寝てるつもりなの?」
周りを見てみると、誰もいなくなっている。終わったのだったら起こしてほしかった。
俺の前にいるこの女は、アリス=マーガトロイド。人間ではなく種族としての魔法使いだ。
ここにきて日の浅い俺をかくまってくれている。(倉庫で)
「毎回毎回、寝ちゃって。そんなに私の人形劇が面白くないの?」
見ての通り彼女は毎週この人里で人形劇をしている。(見えないか)
人形劇自体は面白い。現に毎週この広場は人で埋め尽くされている。上海、蓬莱人形はとても人形とは思えないような多彩な演技をする。その技術を見るだけでも価値はあるだろう。だが…
「あのなアリス、こちとら徹夜で現場のセットを作ってたんだ。それをわかってくれよ・・」
彼女が俺をかくまってくれる条件は人形劇のセットを作ること。最初それを聞いた時には、楽勝だと思っていたのだが、これが案外難しく、人形劇のある前日には毎回地獄を見る羽目になるのである。
「はあ、もう三か月になるのだから早く慣れなさいよ。」
そんなこと言ったって難しいものは難しい。いままでこんな細かい作業をやってことをやってこなかった俺には、この作業に慣れるのはもう少し時間がかかりそうだ。
「今日も何か買うのか?」
これ以上説教じみたことを言われるのも嫌なので、話を変えることにした。
「今日はあなたの食べるものだけでいいわよ。ああ、でも久しぶりにドーナツを食べてみたいわね。」
魔法使いは食事を必要としない。師匠に初めて聞いた時は耳を疑ったが、どうやら彼女もそうらしい。
だが、魔法使いとなって日が浅く毎日食事をとることは続けているようだ。(菓子ばっかだが)
「そうか。なら寝たお詫びにおごるよ。」
「そう、じゃお願いね」
そうしないとキレるし。
どうやら随分人里に長居したようだ。空が赤くなっている。
「もう夕方かしらね?」
いつもなら日が沈む前に帰れるのだが今日はそうもいかないようだ。
夜になると妖怪がたくさん出てきて面倒臭いのだが・・そう思いつつ日が落ちるまでどのくらいあるか確かめるために胸にある懐中時計を見た。
「二時五十分?」
あり得ない。今は夏、しかも日の一番長い夏至の時期だ。こんなに早く日が落ちるわけがない。
空をよく見てみるといつも見る夕方のそれとは違った。まるで血のような色の空だった。
「おかしい、ここら一体に魔力を感じるわ」
アリスも気づいたようだった。魔力?なんでそんなもんが。
「アリス、いったい何が起こってるんだ?」
見ると、里の人間たちが胸を押さえ苦しがっている。
アリスは太陽光を遮る奇妙な空を見ながら言った。
「これはまた、巫女サマでも出てきそうな天気ね。」