東方呉爾羅伝   作:2147483647の塊

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怒りのヘカテー/神を宿す繭

幻想郷の約半分の面積を持つ迷いの竹林、その中に有る永遠亭。

此処の空間は歪み、振動もここではごく微弱に弱められている。

 

本来は薬屋であるのだが、今は薬師である筈の永琳が手術を行っている。患者は四人、霊夢、魔理沙、咲夜、早苗である。症状とあの忌々しい怪物が発していたチェレンコフ光から推測するに、急性放射線被曝によるものと見て間違いないだろう。

四人は寝かされ、熱に魘され、血液と共に胃の中身を全て吐き出し、筆舌に尽くし難い苦しみを受けている。

永琳は手始めに、放射性物質を素粒子単位で分解し、冷水シャワーでの洗浄の時間を短縮した。これで最も困難な体表の除染は完了した。

永遠亭には放射線に対する器具など在ろうはずも無く、対症療法での治療を選択した。

能力で早急に作り出した抗生剤に様々な薬剤を混ぜた物を投与し、空間中の細菌を分解し、無菌状態を作り出す。そして隔離施設等は無いので、空間を弄ってそれぞれ隔離し、応急処置的な治療を完了させた。即座に症状が出る程の重度の放射線障害であったが、永琳の尽力により此処までの短時間で、四人は一応命を取り留めた。

永琳は、かの怪物と相対する龍神について思案し、少々不安な、憂げな表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

純弧の空間、何も無い空白の如き光明に包まれた広く狭い世界に、へカーティアは友人と会うために訪れていた。友人の純弧と語らい、クラウンピースと三人で戯れ、地獄の女神と恨み募る神霊、人を狂わせる妖精はごく普通の女子と何ら変わらない楽しき一時を過ごし、それも終わりを告げようとしていた。クラウンピースが博麗神社の方へ向かい、へカーティアもこの空間より少々名残惜しそうに去ろうとしていた…その時、この空間から先程去った筈のクラウンピースが、動揺した様子でこの空間に戻り、へカーティアに外に発生した異変を伝えた。

 

「ああ、そんな事があったなんて!こんな事してる場合じゃないわ!じゃあね純弧!また来るわよん!」

 

へカーティアとクラウンピースはドタバタと去り、純弧は少し置いてけぼりにされた体で虚空を見上げた。

 

へカーティアが地獄に降り立って最初に見た光景は、何かが進んだ何の様に砕かれた大地。その周りには凄惨な屍が山と連なり、血と肉の絨毯と化していた。赤き大地は血肉で更に赤黒く染まり、幾つもの岩塊となって砕かれていた。遠くに見える筈の建物のシルエットは大多数が消え、僅かに残っていた建物の形も大きく歪み、拉げたものであった。先を辿って行けば、見渡す限りの全ての景色が黒く焦げ抉れ、何も残っていない場所さえ在った。

本来在るべき姿であった地獄よりも、遥かに直視に耐えぬ有様だった。地獄に存在していた物は全て焦土と消えて破壊し尽され、其処に居た、この怪物に対しては全くの無辜である者達も、破壊の力を振るわれ、恐怖を与えられ、そして塵芥の如きぞんざいさで無残に虐殺されていた。その破壊の痕より、以前に出会った黒く巨大な恐竜の様な怪物によるものだと、へカーティアは即座に察した。

まずへカーティアは深く悲しんだ。あらゆる海よりも深く、女神の無限の慈愛を以って、死を悼む涙を流し、心の底から悲しんだ。

次にへカーティアは強く怒った。地獄の業火を遥かに凌ぐ苛烈さで、祟りを下す神の全ての悪感情を以って、心の底から呪詛を上げた。

へカーティアの全身が怒りに小刻みに震え、恐ろしい量の、空間を塗り潰す様な魔力が地獄をあっという間に呑み込んだ。その凄まじさたるや、傍らにいた地獄でも実力者の類に入るクラウンピースがひぃっと情けない叫びを上げて震え、無間地獄の全ての生物が身動きが取れなくなった程である。しかし決して地獄の住民を軟弱と謗る事などとても出来はしない。へカーティアは魔術の根源そのものと言っても良い力を持つ、三界の地獄を統べ、あらゆる異界を縦横無尽に行き来するほぼ最高位の神である。如何なる神話も彼女を完全に陥れる事叶わず、打倒すべく戦争を起こした神々も、遂に権能の一部のみを譲り受けるに留まった程の、最古の神。鬼神も怪物も彼女と比すれば霞む圧倒的実力を前にして、畏怖せぬ者は居ない。

へカーティアは元来厳格さや悪意の類はこれといって持ち合わせておらぬ、鷹揚で奔放にして大らかな、数ある神格の中でもかなりの人格者であった。しかし、いや、それ故この惨劇は、普段殆ど怒りを露わにせず、飄々とした、風格や示威を重んぜぬへカーティアを激怒させた。表情から柔らかさは消え、普段は全く出さぬ、絶対強者の力が体より滲み出、変だなどと馬鹿にされていたが、確かにその神格にも拘らず親しみやすさを与えていたシャツとスカートは消え去り、今や地獄の女神としての正装であろう黒のキトンを身に纏っている。

怒りの矛先は、かの黒蜥蜴にも向いているものの、以前にゴジラと邂逅しているにも関わらず、碌に将来の危険性を予測する事の出来なかった自分にも向いていた。それも又怒りを増す一因である。

突如巨大な破砕音を響かせ、地獄の上層を貫き乍ら、莫大なエネルギーを宿した雷霆が、ほぼ光速で飛来した。軌道にはクラウンピースとへカーティアが入っている。第七層を突き破り、その戦術核を軽く上回り、一発で世界地図を書き換えなければならない程の威力が内包されたそれが、怒りに満ちる地獄の女神を焼き尽くそうと襲い掛かった。

へカーティアは、雷霆を確認しても狼狽の様子は無い。視線も向けず、ただ手を雷霆に突き出し、そして掌一つでそれを押し留めた。苦しむ様子も力む所作も無く、道端に落ちていた石ころを取るが如き感覚で雷霆を掴む離れ業をしてのけた。そのまま拳を軽く握ると、雷霆は大爆発するでも無く、無数の電撃となって飛び散るでも無く、硝子細工を槌で叩き割った何の様に雷霆は粉々になり、そして静かに、何の破壊も齎す事無く消失した。

そして、クラウンピースに純弧の仙界に一緒に戻るよう言い渡した。

「ピースちゃん、純弧の所に戻るわよ、彼女も協力してくれれば心強いわ。」

いつもの剽軽な抑揚の全く無い、抑えきれぬ怒りの込められた声であった。

 

純弧は友人が居なくなった事で、寂しそうにただ独りで虚空を見上げる時間を過ごし始めたが、それはほんの数分のみで終わりを告げた。へカーティアとクラウンピースが再びこの空間に戻って来たのである。

しかしその様子は数分前のものとは大きく異なっていた。へカーティアは仙界が押し潰され歪められんばかりの怒気と異常な力を放ち、心なしか炎のオーラを纏い、文字通り怒髪冠を衝く様な錯覚も覚えた。

純弧との長い付き合いの中でも怒りを顕わにしたへカーティアの姿は記憶に無く、それだけでも只事では無いと一目で解った。

純弧がへカーティアに何が起きたのか尋ねると、彼女は地獄で見た全てを事細かに説明し、その後それの元凶があの怪獣で有る事と、幻想郷に居るそれの撃滅に協力して欲しい、と頼んだ。

純弧は以前に付侵攻を行った際にへカーティアの助力を貰っている。それに彼女は単純に自分の良き友人であり、断る道理も意思も無く、快諾した。

へカーティアは一応幻想郷の閻魔にも、戦闘の二次被害の懸念の為にこれを話してから撃滅に来るそうなので、一足早く純弧がゴジラの元へ向かう事になった。

そうと決まれば話は早く、純弧は仙界を出て幻想郷に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄の一大勢力、是非曲直庁。その執務室の中には、忙しなく散乱した書類を片づけている死神達の姿と、奥のデスクに向かって書類仕事をしている一人の緑髪の少女が居た。少女こそが幻想郷の地獄管轄の閻魔、『四季映姫・ヤマザナトゥ』である。

彼女は此度のゴジラ襲撃による人員の大量損失、地獄そのものの被害等の始末、返り討ちに遭った四大鬼神長の復帰までの繋ぎの為に、普段の数倍のタスクを熟していたが、その顔には疲労の相は見て取れず、何なら先程から何度も何度も襲い掛かっていた地震の揺れでコップが倒れて中の飲み物を床に溢した事の方が片手間に淡々と行っていた夥しい量の被害処理より心中でウエイトを置いている節すら有った。獄卒の不足と破壊された地獄の代わりは八寒地獄の拡張で対応し、鬼神長の代役も被害者である幻想郷に、十王からの見舞いと詫びの意か、本局から直接派遣された。

映姫が書類の束をせっせと運んでいる映姫の配下の死神に、新しい飲み物を用意する様指示すると、書類を床に置いて、執務室より一度退出して数分後、執務室にコップを持って先の死神が戻って来た。コップの中身は、閻魔という役職には似つかわしくない、砂糖と牛乳をふんだんに入れた、最早コーヒーと言うのも憚られるコーヒーであった。

映姫がそれを啜り、肩に載った荷を下ろす何の様にふぅと息をつくのと同時に、執務室の立派な木製の扉がコンコンと叩かれた。

映姫が入室許可を出すと、扉はゆっくりと、客人によって開かれた。

すると、映姫の周りで働いていた死神らは皆一様に体中から汗を流し、指一本に至るまで体を硬直させた。音を立てて失禁する者さえ居た。映姫も面には出さねど扉の先からどっと執務室を飲み込んだ異様なまでの威圧感に、火を頬に押し付けられた様に感じられた。

扉から客人が姿を表す。赤い髪に、三つの球体を纏い、キトンを着た少女。表情こそ情け深い女神の微笑みが張り付けられているものの、眼差しのみは絶対零度の冷たさを持った、灼熱の瞋恚が覗く。

彼女の噂はかねがね耳にしていたが、こんな時にこんな処に現れるとは。悪意の少ない、地獄では人格者に分類される、一人で是非曲直庁以上の権能を持った高位の女神とは伝え聞いていたが、今のへカーティアを見るにそうは思えない。噂はそれ以上の何物でも無いのだが、それでもこの様な存在が悪意が少ないと評されるには余りにも憤怒に身を任せている。へカーティアは口を開いた。

「貴女が幻想郷の閻魔で良いのよね?」

 

「ええ、はい。私は幻想郷担当の閻魔の一人です。何の御用ですか?」

十中八九あの怪獣に関連するものであろうが、一応尋ねた。

その回答は、やはりその関連であったが、映姫の予想だにしないものだった。

 

「私は今からあの怪獣を叩き潰しに行くわ。その為に幻想郷に行きたいのだけれど、大丈夫かしら?」

 

へカーティアは人格者と言う噂も聞くが、それと同時に次元違いの力を持って居る。映姫もそこそこの実力こそあるが、この女神の勝負の土俵にすら上がれないだろう。それ程の実力者が直々に動くなどと言う事は稀である。荒事を生業とする妖怪の鬼や地獄の鬼神は別としても、彼女の地位も有れば更に動く事は少ない。あの怪物は四大鬼神長があっさりと下される程の恐るべき力を持ち、更に地獄を破壊したので、彼女が動いたとしても道理では不思議では無いが、へカーティアが討伐に乗り出すというのは多少意外だった。

此方としても断る意味は無いので一応許可を出す。

 

「ええ、大丈夫ですよ。尤も、私の許可なんて有っても無くても変わらないでしょうが。戦後処理の事も考えなければならないでしょうね。」

 

「そんな事ないわよ。安心したわ。是非曲直庁が居るなら心強いわ。じゃあ行ってくるわね。」

 

そう言って退室し、扉を閉めた音が執務室に響いた後、映姫は糸が切れた様にため息を付き、死神達も過呼吸になりながらへたり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白玉楼の中庭には、今や巨大な虫の姿は無く、白い絹で作られた、巨大な繭があった。

今までよりも神聖な神気を放ち、西行妖とも不思議な調和を生み出している。

縁側には相も変わらず開いた扇子を口元に当てて繭を眺める幽々子と、傍らで祈る様な姿勢を取っている小美人の二人が居る。

幽々子が愉快そうな微笑を浮かべながら言った。

「大きい繭だこと。もうすっかりあの子は見えなくなってしまったわ。ここから出て来るのは美しい、清廉潔白な蝶かしら、それともみすぼらしい、意地の悪い蛾かしら。」

 

小美人は答えた。

「「美しい蛾も居でしょうし、みすぼらしい蝶も居るでしょう。少なくともモスラはみすぼらしいことは無いです。」」

 

幽々子はからからと笑い、再び視線を、白絹の繭に向けた。

 

その様子は、花も葉も付けぬ死んだ西行妖と対比する様に、生命の胎動に満ち溢れていた。

 

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