東方呉爾羅伝   作:2147483647の塊

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忍び寄る金

平時で在れば、幾らかの活気が有る人里は、その活力を完全に失い、居なくなった道行く人々の代わりに、閑散とした風のみが我が物顔で音を立てて巡っている。

 

人里の端に、青い服を着た少女が立ち、すっかり寂れ、夜闇に溶け込む様に沈んでしまった家々を見回し、その後神妙な面持ちで、闇に包まれ風に靡く稲が広がる外を見つめる。

 

見れば、田畑の先にある不可思議な雰囲気を纏う壁を隔て、数秒おきに木が揺れ、鳥がざわざわと騒々しく、森から一斉に飛び立ち、森そのものが心憂き、いつもなら酒宴の宵にでもしているであろう十六夜月も、心なしか落ち着きを失って居る様で、まるで幻想郷そのものが慄いている様にも感じられる。

 

少女の名は『上白沢 慧音』。半人半妖のワ―ハクタクでありながら、その心根は人に近く、寺子屋で教鞭を執る、妖怪の中では異端と言える身の上であり、今はその立場と、彼女の持つ『歴史を隠す程度の能力』を使い、先程確定的となったゴジラ襲来に備え、人間を人里毎守る役割を一任されている。

 

人里を彼女の能力により歴史から隠し、ゴジラの意識が向かない様にしている。勿論彼女の能力とて万能では無く、或る程度以上の実力者には見破られ多少認識を阻害する程度の影響しか与えられぬ以上は、彼女のみの能力では人間に対する異常な怒りと憎悪を持ち、尚且つそれを闘いをした張本人から話された今の彼女自身にも未だ信じがたいが、幻想郷に君臨する実力者の総攻撃を耐える程の圧倒的な力を持つと言う此度の怪獣に人里が気付かれてしまう恐れは充分に存在し、よしんば認識されなかったとしても、それ程の力を持つ者が暴れれば、その余波のみでも人里が壊滅する事もあるだろう。

現に妖怪の山付近から天に向かって放たれた光の柱や妖怪の山の半分を吹き飛ばした一撃は、遠目でも人里位であれば一つ二つなら容易に灰燼に帰せるだろう威力と考えられ、もしあれを連発出来るのであれば、賢者達ですら敵わないのも納得出来る。

 

そこで、先程来た妖怪の賢者、八雲紫により夢と現の境界を弄り、認識改変を盤石なものとした上で、同じく賢者の立場に座する茨木華仙により、人里全体を異空間の様なものにし、外界から閉ざす事で対応した。だがそれも完全では無く、ある程度までの衝撃を緩和するのが精々であり、そこで慧音が能力を使って認識させないのが肝となる。

 

ここには人間が主として避難しているが、妖怪の避難先は命蓮寺となり、そこでも各々の処置を施す事で、幻想郷内の人妖の被害を出来るだけ減らしている。

住民は、意味は殆ど無いだろうが、家屋の中に籠り、外を出歩く人影などはどこにも見当たらない。

 

このようにして、幻想郷はゴジラの暴威に対する備えを執ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

影が夜闇の中に姿を顕した。半分程になった妖怪の山の地中から出て来たそれは、背は杉の木の林が腰程度であり、優に二倍を超している。飛び去った鳥も、この影と逆方向に逃げて行った事を加味しても、あの巨大な、直立し、長い尾を備える黒い影こそが、幻想郷に仇為す怪獣と見て間違い無いだろう。

 

怪獣はゆっくりと、まるで凱旋をする様な猛々しさと風格をもって歩く。その度巨大な振動が伝わり、人里にも若干の揺れが伝わる。月光が反射され、黒い影の背中のみを白く照らした。

 

地獄をも上回る地獄の行進は、数万年に亘る死を撒き、触れる者全てを鎧袖一触に破壊してゆく。この地に住まう者にとって放射線とは未知の脅威であり、知り得ず森が、生き物が、土地が、一切の情け容赦無く蝕まれ、死に近づいてゆく。

 

遠目にもその威圧は伝達し、慧音は息を飲む。

 

しかしその侵攻は、突如として止まった。

遠方からでもその金色の姿は良く見えた。暗雲が幻想郷の空を覆い隠し、暴風により木が根元から吹き飛び、ここからでもその存在が分かる。此方まで暴風の衝撃が届き、距離故幾らか和らいだが、尚強力な振動が届き、華仙の作った仙界に当たると、異様で不快な音が鼓膜に響いた。

 

風圧がぶつかって来たのを皮切りに、大量の光がゴジラに襲い掛かった。雲を纏い、轟雷を携えるは、幻想郷の最高神。

 

龍神が幾筋の雷霆を放てば、幾つもの破砕音と共に、閃光となりて慧音の網膜を焼いた。

 

暫くして、視界を快復した慧音は、一層能力を強め、また閃光に視界を潰される前に、慧音も屋内へ避難した。背後から、凄まじい轟音と咆哮が鳴り響いた。

 

 

 

 

賢者の施した結界を隔て、家屋の中でも、巨大な力同士がぶつかり合う度、梁が軋み、天井から杮がぱらぱらと舞い落ちた。採光窓を閉じようと、壁の僅かな隙間から光が差し、執拗に視界を攻撃する。

 

暫く戦闘が続き、すわ世界の終わりかと思う様な衝撃が走り、その後雷鳴も打撃音も聞こえなくなり、月明かりのみが差す様になった。

 

然し再び光と衝撃、破壊音が響く。戦闘はまだ終わっていない様であった。

 

 

 

 

 

 

 

暫し過ぎ、ふと慧音は、どたどたと人が出て行く音を聞いた。避難中であれば、外に出て行く用など無く、不審に思った慧音は、窓を開き外の様子を確認する。

 

先ず目に付いたのは、長大な金の龍。伝承通りの神々しさを放ち、蜷局を巻いて雲を纏っている。八雲紫と茨木華仙の尽力も、龍に対しては全くの無力だったようだ。この状況下において、幻想郷の最高神の出現は、絶大な信仰を集めた。魏怒羅がゴジラに既に斃された事を知らぬ里の住民は、かの怪物を鎮める様に、必死の形相で祈りを捧げる。

 

金の煌きを纏った龍は、平伏する人間を見下ろし、顏を近付け、それに気付き顔を上げた女性と視線を合わせ━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口を開き、喰らった。頭部の半分以上を失い、地に崩れ落ちた人の残骸は、不思議な事に、一滴の血も流す事無く、無機質な人形の様に転がった。更に顎を開いて閉じれば、屍も残らず消え去った。虚空と化した空間に、一人の子供が駆け寄った。表情を見る間も無く、今度は一口に龍の顎に浚われた。両足の踝までを除く全てが嘘の様に消え、外気に晒された足の断面も、赤では無い、異常な色彩を放ち、鮮血が噴き出る事は無かった。

 

人々はこの余りにも呆気無く、突飛な出来事に、茫然と立ち尽くしていたが、一人の恐慌の悲鳴を皮切りに、神への崇拝は、忽ちの内に打ち壊された。畏れは怖れへと変質し、篤い信仰は深い恐怖へと転換され、本能の鳴らす警鐘のまま、蜘蛛の子を散らす様に、一目散に逃げ出した。

 

金の龍神への信仰は一瞬にして消え去った。神の本質は信仰である。それが失われた今、龍神は別のナニカへの変質を遂げようとして居た。

 

身に纏う、高貴にして清涼な神気はどんどんと鳴りを潜めて行き、象徴たる雷雲は掻き消え、厳かな龍の顏は、より生物らしい表情へと変わって行ったが、不思議な事に一切の肉の感じが無く、ひたすらに静の不気味さを纏う。その身を彩っていた黄金が剥がれ、中から…

 

…剥がれた、と言う表現は正しく無い。信仰を失ったにも拘らず、寧ろ力を示す金の輝きは強まってすらいた。しかし、それと同時に、煌びやかな金の輝きとは真反対の、深淵なる黒より黒い闇が覗いたのだ。不可思議にも、闇は光によって掻き消される事無く、しかし光を侵食する事も無く、以前より遥かに強くなった輝く鱗の隙間より、全く光の差さぬ、闇の領域と調和していた。

 

今までよりも遥かに確固たる意思を感じさせ、意地の悪い、生物的でありながら、それで且つ神だった頃より不透明で、実体感が無く、そして力を持った眼球で叫喚を上げて逃げる群衆を見回し、虚空へ進んで行った。

 

龍が人を喰らい信仰を反故にし、龍ならざる何かと化した龍神を見た慧音が外へ出た時には、只餌食となった子供の足のみが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、命蓮寺。此処には妖怪が避難して来ていたが、此処にも魏怒羅が襲来していた。

 

人間と違いある程度の力を持つ妖怪達は、信心毎民を喰らった龍に、信仰を捨て迎撃した。

 

黄金と暗黒を混ぜた煌きを放ち始めた龍には、光は触れる事無くすり抜け、反対側に突き抜けて行った。全ての攻撃が一切触れる事すら出来ず、ただただ弾幕は虚空へと消えて行った。

 

魏怒羅は顎を開き、一人の妖怪に向けて突進して行った。その異様な視線は背筋が凍り付く様な怖気を与え、眼前の妖怪は震え、蹲るばかりである。口が届くか届かないかの所まで進み、多くの牙を備えた顎を閉じる直前、妖怪は宙に浮く感覚を覚え、来たる死は来なかった。

 

恐る恐る顏を上げると、誰かに抱え上げられていた。命蓮寺の住職、『白蓮 聖』である。彼女は身体能力強化魔法による驚くべき速さで妖怪を抱え上げ、凶器の並んだ異次元の顎から逃れた。標的を失った魏怒羅の頸は、そのまま突進し、先の建造物、地面も区別無く、破壊と言うより消滅に近い現象を引き起こした。

 

長大な身体に纏う異質な力は、この場の全てを戦慄させるに足るものであった。この場の者は死を覚悟し、決死の特攻を仕掛けようとする者か、恐怖に耐え切れず逃げ出す者の二つのどちらかである。

 

然し神ならざる魏怒羅の力は余りに異常であり、脅威としてこの場の全員を屠るのは造作も無く、それは容易に肌で感じる事が出来た。逃げる者も逃げ切る事など出来ぬ事は薄々感付いてはいたが、逃げるより他の選択肢は無かった。

 

それにも拘らず、神を捨てた魏怒羅、もといギドラは、命蓮寺に居る者を鏖殺する為動く事は無く、拍子抜けする程呆気無く退いて行った。気押された様子は無い。

 

全員が茫然自失とし、只ギドラの首が引っ込んで行く事を眺める事しか出来なかった。

 

 

かつて地球に襲来した黄金の終焉、キングギドラの首は三本あった。その内一本は人里、もう一本は命蓮寺を襲撃し、枷や封印として付与された神格や信仰を捨て去り、宇宙から襲来した当初の力と姿を取り戻した。

だが、首は残り一本。その首は、幻想郷最大の勢力にして、見方によっては龍神を信仰する最大の教徒集団とも言える、妖怪の山を襲撃した。

 

 

 

 

ゴジラに半分吹き飛ばされた妖怪の山上空を飛ぶ天狗が、突然現れた煌きの通り道となって、特徴である黒い羽根を残して消失した。敵わずと知りつつ、集まって来た白狼天狗を纏めて世界から粒子一つすら残さず消し去り、更に進み続ける。もう一つ、白狼天狗の集団が現れる。今度は先程より手練れに見え、人数も多い。だがギドラにとっては吹けば飛ぶ塵芥も同じであり、当たりもしない長刀が幾筋も振られるのを眺め、そして血の一滴も出す事無く、白狼天狗を撃破した。

 

更に進む。妖怪の山から完全に信仰が失われるまで。もう既に出会った白狼天狗の数は、優に百を超す。ゴジラにより突然半分程吹き飛ばされたにも拘らず、よくこれだけの人数が居るなと感心する程の数であった。

 

ギドラの前に、白狼天狗とは違う影が立ちはだかった。鼻が高く、赤い顔をしている大天狗であった。天狗が手に持った紅葉の形の扇を振るうと、暴風が刃となってギドラに襲い掛かる。空気が変じた鎌鼬はギドラの身体をすり抜け、一切の効力を及ぼす事は無かった。

 

ギドラは高次元的に瞬間移動を行い、大天狗の下半身を喰らう。背筋が凍り付き、自らが彼の龍に敵う筈は無いと確信的な認識が脳内を支配し、そうなった大天狗は交戦を続ける意思を失い、一目散に逃げて行った。それから暫くして、妖怪の山から魏怒羅に対する信仰が失われて行った。

 

ギドラが消えた後の妖怪の山には、虚無の静寂のみが残された。酸鼻極まる大虐殺が行われたにも関わらず、死臭漂う夥しい屍も無く、地を染める鮮血も無い様子は、非常に不気味で、寧ろ恐怖を誘うものであった。

 

 

 

 

 

キングギドラは、遥か昔に施された封を、その牙で完全に貫き引き裂いた。

 

終焉を齎す黄金の三頭龍は、この宇宙そのものに仇名し、星を容易に破壊する力を取り戻した。

 

そしてキングギドラは、星を滅する意思を、遥か昔、億年で勘定する必要のある期間持ち続けた。封じられた数千年の時間を取り戻さんと、黄金の終焉は猛る。

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