空には無数の月が浮かび、更に蜃気楼の様に視界が歪み、かと思えば圧倒的な光に閉ざされる。力の渦が質量を伴う暴風と成り、礫と成り、刃と成りて、全てを薙ぎ払わんとする。
然し中央に座する黒き巨影が一度牙を備えた顎を開けば、中から閃光が撃ち出され、頑強な首を傾ければ、口の向きに合わせて薙ぎ払う。
木星の赤班が数個入る程の範囲に渡り暴れ狂う魔力の渦は、放射熱線が当たったそばから消滅し、一周薙ぎ払えば、完全に猛威を衰退させた。空に浮かび、徐々に近付いて来る丸い月も、怪獣が上を向けば、多数在った月は撃ち貫かれ、忽ち月は形を失い、只の岩塊となって降り注ぐも、この場に居る者にとっては埃の有無も同じであり、何の影響も及ぼす事は無い。
放射熱線とは異なる破壊の光は、幾筋にも渡りゴジラに襲い掛かり、熱線により削られようとも尚物量は圧倒的であり、堂々と立つ怪獣に直撃した途端、大陸を包み込む程の範囲で爆轟が、範囲内を凄まじい轟音と共に吹き飛ばした。
爆風が消え視界が瑩徹となるのには数分を要した。明瞭となった視界には、測る事さえ馬鹿馬鹿しい大きさと深さのクレーターの中心に立ち、尾を揺らめかせる怪獣が映った。それと同時に異様な空間が怪獣の頸部を切断し、更に多数の一次元の世界がゴジラを貫き、それは三次元まで押し広げられて風穴を開ける。
ゴジラは生きていた。物理的な破壊力さえ持った咆哮を上げ、熱線を用いて上空に居る、自分を殺傷せんとする敵を撃ち落とす。へカーティアは光速で迫るそれを回避する事など容易かったが、薙がれた熱線は、距離故に一瞬でへカーティアに衝突し、蠱惑的な少女の躯体を、星をも砕く威力で消し飛ばした。それにより、小規模な次元を創造すると言う規格外の魔法も解け、ゴジラは解放された。体の輪郭が変わる程に押し広げられ開けられた穴は即座に塞がり、頸は皮一つ残さず切断されたにも関わらず、今やその傷があったと示すものはただ薄く滲んだ血のみである。そして、収まる事が無い処か、更に増大し深くなる憎悪と憤怒を宿した瞳で、異空間から歩み出たへカーティアを睨み付ける。
へカーティアは最早意味は無いだろうと、地球と月のへカーティアの身体をこの場から消し、多少困憊の混じったため息を吐く。もう何度この様な攻撃を繰り返した事か。この宇宙の中では数日が経過し、その間、彼の様な熾烈極まる攻撃をずっと受け続けながらも、尚あのような激情を浮かべ続ける。ゴジラとは、それ程までに大きな怒りを背負う程の経験をしたのか。ここまで強大であれば、怒らずとも敵を滅する事など容易いだろうに。
その烈しい炎熱を宿した眼球の裏に、何が映っているのかはゴジラのみぞ知る。死んだ同胞か、この世の終末か、或いはそれ以上の何かか。それが何であろうともどうでもいいし、特に知ろうとも思わない。だが、その怒りはとても厄介で、彼女の合計三つある頭を悩ませるには充分であった。
相手の精神が軟弱であれば、如何に強大な肉体を持って居ようと、魂を取り出して滅するだけで、指一本動かさずとも殺すなど容易い。だがゴジラにそれを行おうとも、数百万の怨念に固定された何の様に魂魄を取り出す事は出来ず、また肉体のそれと同じ様に、如何な精神干渉も、怒りと言うただ一点の烈火の感情に押し流されてしまい、一切の効果が無いのだ。
もうあの異様な感情の暴力を受けた回数も数え切れず、へカーティアは覚妖怪でこそ無いが、これ程までに強く、狂気と怨念に満ちた思念を受ければ、さしもの地獄の女神も、精神的な疲弊は表に出るまで著しくなる。地獄の怨念の全てを合算しても、ゴジラの余りに強い恨みには届くか否かであった。
その余りの頑丈さに半ば呆れ、赤い髪を弄びながら、指先に魔力を集めた矢先である。
へカーティアが余波による被害無くゴジラを誅殺するため誂えたこの世界に、招かれざる闖入者が押し入った事を感知した。元より何かの間違いで八雲紫等が侵入し、巻き添えになる事の無い様に、何重もの次元歪曲と空間魔法を掛けて創った世界であり、それを超えられる者など神々だとしてもそうは居ない。だがこの闖入者は、神の中でも有数の権能と力を持つ、三界の地獄の女神の施した世界そのものを捻じ曲げる程の力を有していた。
闖入者は、光を完全に失った黒曜の色をしており、形や大きさすら判別できぬ程闇に溶け込み、視界だけで判別するなら、余程注視しなければ存在にすら気付かぬ程であった。へカーティアが指先に作った光弾を消し、黒い宇宙の色を変えれば、それははっきりと視界に映った。
光の中でもそれは真黒であり、完全な球形をしていた。大きさは月と同等程もあった。
へカーティアが月を五百程ぶつけると、月は寧ろそれに吸い寄せられる様な軌道を描いて衝突し、五百の月を受けたにも関わらず、それは一向健在であった。今更特に驚きもしない。全長二百米、体高百米程度の怪獣が耐えたのである。怪獣が耐えられて、星に耐えられぬ道理はどこにも無い。それに、へカーティアには、この一切の光も熱も失った星が何なのか、おおよその見当が付く。
恒星が命を終えて成る白色矮星、自らエネルギーを発する事は最早無く、ただ余熱で輝き、冷え行くだけの星の更に成れの果て、輝きを完全に失い、夜空から姿を消した星こそが、闖入者の正体なのだろう。黒色矮星は非常に高い密度を誇り、直径が小さくなればなる程質量が大きくなる特徴がある。月程度の直径となれば、その質量は莫大なものになり、月を幾ら衝突させようと微塵も効果が無いのも納得である。しかし、何故黒色矮星などと言う物が此処に侵入し、光速に近い速度で、太陽系を壊滅出来る程の突撃をしている事についてはとんと判らぬ。その辺りの不可解さから、名付けるならば『妖星』と言った所であろうか。
地上から熱線が放たれ、突撃する妖星に激突した。月を打ち砕いた時などとは比較にもならぬ量の莫大なエネルギーの衝撃により、地球を遥かに上回る質量を持つ黒色矮星は、亜光速から急激に減速して停止に向かい、完全に勢いを殺され、暫く均衡を保ち、そして、超新星爆発と見紛う様な爆発と共に、妖星は重力の縮退圧を上回るエネルギーを受けて破壊され、それと同時に、へカーティアが即席で作った、地平線だけでも数千万粁も有る、たて座にある巨大恒星より遥かに巨大な天体の半分が消し飛んだ。
へカーティアがその規格外も規格外と言わざるを得ない力を目の当たりにし、まだこれ程の力があったのか、と心底うんざりとした様子で顏を歪めると、砕け散った黒色矮星の中心部に、何か異様な、肌をぴりぴりと刺す様な不快な気迫と、大きな力を示す、自然のそれとは大きく逸脱した現象が起きた。
熱線と妖星の、星系単位での途轍もない力の衝突により放たれた筈の、分子を電離させプラズマにまでする熱と、太陽が放つ光の数十倍の照度の閃光は無く、妖星の中心は絶対零度まで熱を奪われ、色を変えた宇宙を更に黒で塗り潰す闇に染められた。
闇の中、只一つ、中心も中心、月ほども有った黒色矮星と比べれば、非常に矮小と思える大きさであったが、先の妖星の脅威が可愛く思える程の力を纏い、ひしひしと次元の歪みと力を放つ、黄金の煌きが蠢いた。
まるで喰らっている何の様に、黄金の周囲の熱と光は著しく衰え続け、それに対応する様に、金の輝きは増大する。ふとその輝きはその場から消失し、次の瞬間には遥かに離れたゴジラの眼前に姿を顕した。遠方からではただ光が蠢いている様にしか見えなかったが、今やその全身の姿形は顕わとなっている。
その姿は、ゴジラが斃した筈の、魏怒羅とシルエットはそう変わらず、三頭二尾に大きな翼を広げた異形の、金色の龍と言う特徴こそ同じであったが、それを見て抱く印象は、ほぼ正反対と言う所まで変わっていた。
鰭に近い形状をしていた翼は、蝙蝠のそれの様に、更に横に広がり、マントの如く揺らめき、視界を大きく占領し、龍神であった時よりも威圧を感じるそれとなっていた。
三つの龍の頸は長さを増し、禍々しい深淵の闇と、神々しい黄金の煌きを同時に宿した三対六の眼球は、今までのそれよりも遥かに有機的で感情を持ったものであったが、それと同時に、この世界にあるどれとも異なる、未知の不気味さを持って居る。
その身に纏っていた大嵐と輝く神気は消え去り、翼をはためかせ飛ぶ姿はただ虚無と静寂のみを空気に伝える。何の破壊を轟音も齎さぬ様は、巨体と矛盾している様で、逆に非常な異質さを醸し出す。
体躯はより大きくなり、最早その大きさはゴジラを凌駕していた。その体色こそ変わらぬ金であるが、その内からは光にも呑まれぬ黒色が覗いていた。
その名はキングギドラ。星を喰らい、宇宙に仇為す黄金の終焉にして、文字通り次元の異なる強大極まる存在。
キングギドラは咆哮した。以前よりずっと生物感を纏い、長く大きい、相手を威圧させ恐怖に陥れる咆哮だった。
咆哮が終わった途端、奇怪な衝撃音が響き、爆音と爆風にキングギドラの躯体が呑み込まれた。へカーティアによるものである。だがキングギドラは当然の様に爆風を切り裂いて現れ、三つの顎でへカーティアを喰らわんと、音速を遥かに超えたスピードで突撃した。
どうせ身体が幾ら破壊されようとも、直ぐに復帰出来ると考えたへカーティアは、特に避ける気も無く、口内に一撃を叩き込もうとしていたが、キングギドラが眼前に迫り上顎と下顎をそれぞれ大きく開いた時、彼女は攻撃体勢を解き、全力で距離を取った。その速度は迫るキングギドラのそれを大きく上回り、ソニックブームを出し、僅か数秒で数千粁もの距離を退避した。その表情は狼狽を隠し切れず、額からは、ゴジラとの戦いですら滲む事の無かった玉の汗が浮かんでいた。
へカーティアの本体は別の世界にあり、完全に殺される事など億に一つも有りはしないのだが、彼女はキングギドラの牙は、十分に自らを滅し得ると言う事を、迫り来るキングギドラの姿を見た瞬間に、脳で考えずとも即座に肌が感じ取った。そしてその気配が、後ろにも。へカーティアが前方に回避した途端、亜空間から三つの頸が勢い良く飛び出し、空間そのものを消滅させ、喰らい尽くした。まるで高次元から世界そのものを喰らっているが如き様相。あれの凶牙に掛かれば最後、本体や結界など全く関係なく、存在そのものを消滅させられてしまうと分析したへカーティアは、キングギドラは自分にすら手に負えぬ存在だと、撃破に匙を投げた。
へカーティアを喰い損ねたキングギドラが元の場所に戻った瞬間に見えたものは、脚を踏み出したゴジラの姿。両の脚には地面に亀裂が入り地盤まで砕け散るまで程力が籠められ、キングギドラを薙ぎ払わんと尾を叩き付ける。
然し、ゴジラの放った一撃は、キングギドラに当たる事は無かった。止められた訳では無い。ゴジラが叩き伏せられた訳でも無い。キングギドラは何の備えも無く、ゴジラの一撃が触れる事すら無く、巨大な衝撃は、キングギドラに一切の物理的干渉を及ぼす事無くすり抜けた。確かに其処に居るのにも関わらず攻撃が当たらないキングギドラに、ゴジラは体内放射を放った。
熱が広範囲の岩石を蒸気にし、衝撃により巨大なクレーターを生じさせるそれも当然の様にすり抜け、悠々とゴジラに近付き、腕を喰らった。
尋常の状態であれば即座に再生する程度の損傷でしか無いものの、今回に限っては何時まで経っても再生せず、異様な断面を晒し続けた。キングギドラは、次いで頭部を喰らわんとするも、ゴジラはそれを察知して身を捩り、回避した。だが完全には避け切れなかったらしく、激情を浮かべる眼球の内の一つは抉られ、消えていた。もう一度喰らおうとするも、ゴジラはキングギドラの開いた顎の中目掛け、黒色矮星を迎え撃った時と同等の威力を持つであろう放射熱線を放った。
天体をも容易に破壊し得る一撃もキングギドラには餌食としか成り得ず、口に向かって放たれた放射熱線の莫大なエネルギーを喰らい、ゴジラに噛み付き締め上げ、あっさりと拘束してしまった。
巨体を質量が無いかの如く軽々と持ち上げられたゴジラは腕を振るい、尾を唸らせ、強力無比なる剛力を、以って拘束を解かんとするも、その何れもがキングギドラを透過し何の効果も無く、ただ地形を粉砕し、空を切るのみであった。
ゴジラの咆哮は、ただ虚空へと消えて行った。
霊夢は、目を覚ました。視界には大量の光の粒が瞬き、それは全身を取り巻いているが、不思議と不快には感じず、それどころか、寧ろ身体が羽毛の様に軽く感じ、力が漲る様な感覚さえある。身を起こすと、その場には黒き怪獣の姿は無く、極彩の巨大な翅がはためいている。
空気は清浄になり、ゴジラによって齎された死は、モスラによって除染され、破壊された幻想郷に命を芽吹かせる様に、大いなる神力を空間に充満させていた。
ゴジラは斃されたのか、或いは姿を消したのか。何にせよあんな大災厄などは居ないに越した事は無く、幻想郷からゴジラが消えたと言うのは、不自然でこそ有れ、朗報でしか無い。
霊夢が立ち上がると、上空の次元を引き裂かれ、あたかもスキマ妖怪の様に、そこから赤い髪の地獄の女神が出現した。大部疲弊した様子で、全身が顕現した後、一つ、大きな溜め息をついた。
その後、へカーティアが軽く手を握ると、掌の中に何かが出現する。へカーティアがゴジラ抹殺の為に創り出した宇宙である。それは一瞬この宇宙にも匹敵する大きさとなったが、それは直ぐに拳大の大きさまで圧縮される。彼女はゴジラにキングギドラが出現してとうとう手に負えなくなったと判断し、二体を宇宙毎潰して斃そうとしたのだ。
手の内の宇宙は、未だ争い続けているであろうゴジラとキングギドラを内に入れたまま、罅を入れ、拉げ、握り潰されてゆく。そしてあっさりと、宇宙は歪み、完全に潰れた。
それと同時に、黒き怪獣と黄金の龍が、へカーティアの身体を突き破り飛び出す。突如として出現した大怪獣は、出て来るや否や戦闘を開始する。ゴジラはキングギドラに隻腕を振るう。同じ様に片方が潰えた眼をギラギラと光らせ、一薙ぎで空気を切り裂き、地形を破砕するも、キングギドラは毫も効いた様子は無い。
即座にキングギドラはゴジラを突き飛ばした。轟音と共に地形を破砕しながら仰向けに倒れ込む。
突き刺さった背鰭を抜き、起き上がった起き上がったゴジラは、絶大なエネルギーを収束させ、背鰭を発光させ、放射熱線の予備動作を開始する。キングギドラはゴジラの正面に立ち、翼を広げ、ゴジラを超える巨体を示威させ、また同様に喉元を金色に発光させ、攻撃の準備をする。
強靭極まる肉体を持ち、一騎当千の力を持つ、黒い体色のゴジラと、肉体と言う概念すら薄く、生物に有るまじき三つの頭を持ち、不気味な黄金の輝きを放つキングギドラが並んだ様は、対比されている何の様であった。
ゴジラの口から、極大の威力を持つ蒼い光線が放たれ、それと同時にキングギドラの三つの口からも、金色の稲妻の如し、だが稲妻などでは断じて無い、異常な光線が放たれる。周囲の地形そのものが滅茶苦茶に引き寄せられ、空で公転を繰り返している様から名付けるに、引力光線と言った所だろうか。
光線が両雄の中間地点で交錯した時、モスラも復活したへカーティアもなんとか破滅を止めようとしたが、それは遅きに失した。キングギドラの光線とゴジラの光線が衝突した地点から破壊が始まり、忽ちの内に幻想郷を跡形も無く吹き飛ばした。この時に霊夢も巻き込まれ、その肢体は夢想天生も貫き消滅したが、その意識のみは残り、その破滅の顛末を観測した。
幻想郷を破壊した放射熱線と引力光線は、更に日本を破滅させ、地球、太陽系、銀河系、超銀河団と、光より速いものは無いと言う宇宙の大原則をも無視して破壊して行く。この辺りの超越的な現象の副作用により、霊夢の意識のみが残っているのだろう。
破壊は遂には宇宙の果てまで到達し、世界は闇とも異なる、筆舌に尽くし難き色をした、虚空へと変わってしまった。
何処かで忌々しき咆哮が微かに聞こえると共に、肉体が消滅しようとも僅かな時間のみ残った意識も、完全に消え去った。