外宇宙の神を下した怪獣王は、此方に視線を向けた。キングギドラを討伐した時のあの燃え盛る姿では無いが、神をして等身大では無い、巨大な脅威は人の背丈の数倍は優に超える火柱が一面に燃える中に黒く聳え立つ。それは他の存在が幾ら力を合わせようとも、人智を遥かに超えたその力で容易に叩き潰すそれは、畏怖も信仰も怒りによって受け付けず、かと言って討伐も出来ぬ、最悪の存在であった。集団で支え合う人間を嘲笑うかの様、いや、それによって生み出された為に、その様に思えるのだろう。
尾を引き摺り、足跡を刻み、融解する地面を潰し、體を揺さぶりながらゴジラは歩く。その光景は悪夢としか思えなかった。然し、頬は熱風に撫でられ、此方を見降ろしすらせず、空間全体に怒りを撒く怪獣が一歩一歩進む度に、肚の底から伝わる振動が、これは現実だと教える。
キングギドラと言う、ゴジラと同等の災厄こそ打ち払われたものの、蠱毒めいた、互いの生存を掛けた凄まじい規模の戦いで生き残ったゴジラの姿は一層大きく、霊夢は状況が好転したなどとは微塵も思えなかった。
モスラが何とか身体を六の肢で支え、霊夢の背後に実体を持たぬ形で顕現した。青髪のへカーティアがゴジラを見上げる。自分などとは比較にもならぬ、視界に映るあの怪獣とも同じ次元の力量を持つ存在が向こうには一、此方にはニ有しているにも関わらず、尚もゴジラは強大である。
キングギドラによって付けられた傷も、キングギドラが撃退された為か、今や断面は蠢き、再生を開始した。消えた片目は今や憤怒の感情の色を映し、腕は再び、その形を取り戻さんとしていた。太く、頑丈な骨が生え━━
━━それ以降の再生はしなかった。骨が腕から飛び出、中途半端に肉が付いた状態で、再生は止まった。身体を切り刻まれようとも粉々にされようとも、数秒で再生し、高次元の干渉以外では止める手段は無いと思われた再生の停止に、何者かの干渉があった事を疑う余地は無かった。
ゴジラは周囲を油断なくギロリと見回すも、探すまでも無くゴジラの再生を止めた人物は視界に入った。
足先まで届く黒髪は無造作に降ろされ、その顔は文字通りの傾国の美貌。重い筈の十二単も特に気にせず、高貴さと子供っぽさを兼ね備えたその少女は、竹取物語のかぐや姫その人であった。
彼女、蓬莱山 輝夜の能力、『永遠と須臾を操る程度の能力』を使い、體の再生に掛かる時を永遠に引き延ばす事により、ゴジラを不死身たらしめていた、再生能力を防ぐ事に成功した。
最早その根源は相手か自分かすらも解らぬ程に常に発する怒りの矛先を輝夜に向けて咆哮しようと開いた口に矢が飛び込んだ。ゴジラを一度ダウンさせる程の毒性を有した、八意の毒矢である。矢が射られたのであれば、自然の摂理としてそれを射った者が居なければならない。輝夜の隣、輝夜を守る様に弓を番え、次の矢を構える永琳の姿があった。
ゴジラはその毒矢を受けると、以前と同じ様に巨体は毒に侵される。ゴジラは一瞬だけ痙攣した。然し、その毒はゴジラの意識を刈り取る事無く、僅か数秒ゴジラを拘束したのみであった。毒が弱まっている訳では無い。寧ろ、以前ゴジラを殺し切れなかった事を反省に、毒の強さを数千倍まで高めた逸品の毒ですらあったのだ。前回は効いて、今回効かなかった理由としては、ゴジラが永琳の予想を超えて、異常な程の免疫を持った為である。永琳はそこも見越して、毒性のアプロ―チを変えたのだが、その効力は精々数秒しか持たない様である。
だが数秒の時間であっても、その間には確かに隙が生じる。その隙に永琳は更なる毒矢の追撃を行い、ゴジラに毒の上乗せをする。だがその度拘束時間は減っていった。永琳が時間を稼げるのもあと数秒であろう。
その少ない拘束時間は、無駄になる事は無かった。怪獣の存在を足らしめる、『核』が体外へと移動し、更に宙を進み、黄の髪をした、羽根が特徴的な少女の掌の上で静止した。核は、ゴジラ自身の深い怨念を示す様に、血走った赤い目玉に見え、又存在が巨大である故か、それは少女が身を屈めばすっぽりと入ってしまえる程の大きさである。
少女━━━悪魔の妹、フランドール・スカーレットは、彼女が持つ『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』により、ゴジラを破壊せんと、怪獣の『核』を手の内に置いた。白く細い指が烈火の如き紅の球体を握りしめる。だが、彼女の能力は、あくまで対象の『核』を手中に収める事であり、それを握り潰すのは彼女自身の握力である。とは言え、吸血鬼の膂力は非常に強力で在る為に、普段は全く問題ないのであるが、ゴジラはその最も脆弱である場所でさえも、その干渉さえ受け付けなかった。多少の手傷は負うものの、それだけである。
刺激された事により、ゴジラは尾を大蛇の如くのたうち、大音響と地響きを伴って地団太を踏む。怒りのままに腕を振るう。フランドールは難なく避けたものの、衝撃が風圧と化して襲い掛かった事により、危うく吹き飛ばされそうになり、動きの止まった中空に向け、ゴジラが顎口を開いた。少女はあわや一口に食べられてしまいそうになるが、眼球に緋色の光の槍が突き刺さり、注意を引く事により、難を逃れる事が出来た。
ゴジラが視線を向ければ、その先にはフランドールと同じ程度の背丈の少女が黒い蝙蝠の翼を広げていた。レミリアである。思い起こせばゴジラの熾烈極まる戦いの中、何度少しのボタンの掛け違いで破滅を招く場面が有ったか。それを全て掻い潜り、今この場に霊夢達が居る事に、彼女の能力は多少なりとも関与している事だろう。意識がレミリアに向いたゴジラは、次の瞬間には突撃したモスラに、抵抗の蛇這の痕を残して引き摺られ、敵意はモスラへと向けられた。
幻想の住民達は、一度敗北した。矢尽き刀折れ、挙句その何れもが一時的に強大に過ぎる敵の意識を混濁こそさせれども、心の臓に一矢を届かせる事すら無く。完敗した。此方側が限界近い力を振り絞っても、彼方はそれを軽く凌駕する力を以って蠅を払うが如く一蹴し、それで尚ゴジラの力の片鱗でしか無い。だが今回は、相手が力では到底勝てぬ事など、充分過ぎる程に理解した上で、彼の大怪獣を陥落する策を巡らせた。彼に届く可能性を持ちながらも、庇護者がそれを許さぬ道理があろうとも、無理にそれを曲げて参戦してもらった事からしても、その必死さと余裕の無さが垣間見える。
だが、此方とて退く事など毛頭考えてはいない。幻想郷が無ければそこにいる住民の殆どの行き着く先は消滅あるのみであり、よしんば生き残れる者だとしても、ゴジラの脅威は世界の何処に居ようとも、安心する事など出来ない。さしずめ、怒りのままに振るわれた熱線の巻き添え、いや、その激情に比しては多すぎる怒りの対象として蹂躙され、死に顔も残らぬのがオチだろう。幻想郷とその住民を見殺しにする理由など何処に有ろうか。少なくとも、全員で幾ら考えた所で、『そんなものは無い』と言う答え以外は出て来ない。
ゴジラの巨体すらも覆い隠してしまう程の砂埃の中、腕が確りとモスラの翅を攫む。鎧に切り裂かれ腕から血が滴るのも構わず、極彩の翅を歪める。大量の鱗粉が舞い散り、砂埃の中に黄金の輝きを残す。モスラの触覚から、高熱の七色の光線が放たれるも、ゴジラはそれを真正面から受け止め、融解した砂と、熱によって爆発的な膨張をした空気にケロイドの様な黒い表皮が叩かれるが毫も構わず、堅牢極まる鎧に覆われた躰を掴み、砂埃の中に叩き込んだ。歪で硬質な背鰭とのたうつ尾、そして巨大な翅が砂塵を払い、重量を感じさせる音が鳴り、鱗粉と血が飛び散る。
空気中に飛散した砂粒は魔法を司る女神により消え去り、その代わりに魔弾が生み出され、器用にもモスラを避けて、ゴジラに叩き付ける。此処は幻想郷である為、広範囲の高威力攻撃は出来ず、苦慮するとも思われるが、彼女は魔術や魔法の類を統べる神である。魔法の本分たる精密な動作などは造作も無い。然しゴジラは凄まじいエネルギーが一点に集約された、こと面積単位での破壊力に関しては核爆弾を遥かに凌駕する威力の無数の魔弾を飽和的に受け続けて尚もモスラに応戦する程の余力を残している。
唐突にゴジラの足元に裂け目がぱっくりと口を開き、ぎょろりと覗きこむ無数の目玉が浮く紫の空間に引き摺り込もうとする。同じ様な事が出来るへカーティアが外の世界に対する脅威も考慮し抹殺せんとするのに対し、この先延ばしとも取れる策を取った選択は、如実に余裕無き事を晒している。術者たる八雲紫の端正な顔は、手前に破壊を許してなるものかと、理不尽な暴力に反骨せんと言う憤りと、未だ完全に回復していない妖力を無理に絞り出した苦痛に歪む。その分スキマも広がり、確実に呑み込まんとするものの、然しゴジラもあっさりやられる程度の木偶では無い。
ゴジラが熱線を放たんと背鰭を輝かせるも、モスラが鱗粉を散布して妨害する。ならばとゴジラは青白い輝きを引き、押し込もうとしたモスラを殴り倒し、矢継ぎ早に突貫したへカーティアを叩き潰して這い上がり、スキマを捩じ切り破壊した。この手はそう何度も使えるものでは無く、この失敗は非常な痛手である。似た様な事の出来る者も数人居るが、続けて同じ手を打っても結果も変わらない。何かしらの手が必要である。
事此処において、策は無為へと化した。有効と思われた手は確かに有効ではあったものの、彼の怪獣を斃すには至らず、止めであった幻想郷外への転送も、容易に破られてしまった。だが何故か、紫の表情には絶望は無かった。
ゴジラが腹の底まで響き渡る咆哮を上げたと同時、空中に太陽が出たと錯覚する程の激烈なる閃光と共に、数億度を超える熱風が吹き荒れた。その力は神武天皇を導いた八咫烏のもの、つまり太陽の起こす核融合反応である為、太陽と言うのは比喩でも何でも無く、正にそれそのものである。
熱風の中でも、ゴジラは吼えた。それは消えぬばかりでは無く、怒りに染まり、なお一層の大音響を持って、爆音さえも貫いた。その光は嘗ての記憶そのもの。その音も記憶中にある。熱も然り。それは最悪の感情を伴って表層へと浮上した。
核融合と核分裂は厳密には異なるが、それなど彼の怒りの前には些細事でしか無い。大爆発と核熱が収まった跡にゴジラは憤怒を浮かべて背鰭を青白に光らせ、眼光を炯々と鋭くし、咆哮を上げる。それはこの世の全ての無念を代表しているようにも、ただ一つの凶悪なる意思をもって佇む様にも取れた。
制御棒を持って地獄鴉の黒い翼を広げていた空に、怒りの矛先は向かった。刻一刻と光は強さを増して行く。少女そのものの精神を持つ空はその憤怒に耐えられる筈も無く、気を失って墜落した。空自体は古明地さとりに抱き止められて事無きを得たものの、ゴジラの赫怒は燃え盛り、荒々しく猛る唸りと共にぎらぎらと暴力的な光を以って、もう早何度目か、夜闇を光に塗り潰した。
光量から見るに、最早怒るゴジラの放射熱線は、モスラですらも対処の出来ぬ規模になっている事は明らかであった。ヘカーティアの力で異界に送り込もうにも、熱線であればゴジラは幾らでも放つ事が出来る。
この場の全員が絶望に打ちひしがれる。皆何か策は無いかと必死に思案するも、浮かぶ案は不可能の三文字と共に沈む。
怨恨募り怒りを浮かべるゴジラに、モスラが止めに音速の百倍近い速度で飛翔し、切り刻み焼き尽くさんと翅を舞わせ極光を放つも、美しく舞う様に切り結ばれた翅は装甲の如し皮膚を削ぎ鮮血で地を染めども、怒りに共鳴するが如く強靭と成りし肉体を分断するには至らず、立す憤激の獣が吼えれば、すかさず幾筋もの熱光線が放たれ、一時姿が隠れたが、太く黒い数本の指が突き出、モスラを掴んで振り回す。
突如次元が切断され、モスラを掴んだ腕が落ち、力の緩んだ指からモスラは脱出する事が出来た。輝夜の能力により再生を妨害され、腕の太い断面が露わとなる。腕を奪われたゴジラが、記憶の内からその攻撃の主を引き出し、それに視線を向けた時には、既に攻撃を仕掛け、腕を切り落としたへカーティアは、眼前にて異常なる魔力と神力を纏いて佇み、モスラの突進を捕捉し、遥か遠方の堕ちる天体すらも観測するゴジラの視界ですら捉え切れぬ速度で叩き付けた。
割れんばかりの音と共に、風が吹き荒び、世界そのものが震えるが如し鳴動が走る。巨大なる旧き神をも打倒し、神の内においても偉大なるその力は、大怪獣跋扈し巨神が骨肉相食むが如し戦場である此処において尚も凄まじい。
だが、それを喰らったゴジラはどうか。神の一撃を受け止め、大きく仰け反り倒れ、一見大きなダメージを負った様にも見えたが、その有り余る力と怒りを象徴せし背鰭の蒼き光は消える事無く寧ろ強くなり、尾が空で弧を描き、放射線の輝きの残滓を残すと共に、何事も無かったかの様に體を起こし、いよいよ熱喉元に溜まったエネルギーは最高潮へと達し、いよいよ終焉の刻迫るかに思われた。
空間が凍り付く。分子は動きを止め、これ以上無い極低温へと固定されて行く。冷気は怒濤と成りて黒き巨体を包み込み、炎を内に秘めたゴジラを凍り付かせ、恐ろしき熱線のエネルギーを奪った。その過程で氷塊の大山は瞬時に作られ、次の一瞬で蒸発した。
ゴジラが視線を向けた先には、棘が剣山の様にびっしりと生えた甲羅を背負う神獣が、再びその神力を放っていた。次の瞬間、横から煮え滾る溶岩の壁が莫大なる質量でゴジラを呑み込む。溶岩の上には、赤褐の体色をした神獣が、溶岩に呑まれたゴジラを強く睨み付ける。ゴジラは難無く溶岩中より脱出し、神獣━婆羅護吽を殺さんと睨み返した直後、溶岩は冷気により固まり、突風が吹き付け、岩を砕き吹き飛ばし、礫の嵐としてゴジラを襲う。
護国三聖獣である。彼らはモスラにより回復し、再びゴジラに立ち向かった。
だが、ゴジラには毫も有効とは思えず、ただ怒りを向けるのみであった。ゴジラは溶岩を吹き飛ばす咆哮を放ち、尾を振るわんとするも、後戸が開き、力を奪う事で一瞬勢いを押し留めた。次の瞬間には後戸は返す尾で打ち砕かれ、その効力を失うも、その役割は既に果たされた後である。
突風がゴジラに叩き付けられ、溶岩弾と氷柱が次々と牙を剥く。極光がその間を縫い、鱗粉が舞い、更に周囲には十字を模した紅い魔力と、神力の籠められた御柱が壁の様に突き立てられ、被害を留める役割をする。炎の剣が振られ、要石が地を揺らす。赤青の医師が夜空へ弓を放てば、スペースデブリや衛星が隕石となり、ゴジラに叩き付けられる。
空間の裂け目より電車が突進し、開いた戸から四季のエネルギーが湧き出す。最早数えられぬ程大量の鬼の分身が張り付き、怪力乱神も同じく攻撃し、更に攻撃は『密』へと変じ、その威力を集中したものへと昇華される。純狐も同じく目覚めている様で、指より光線を放ち、純化によって支援する。
皆が皆、この怒れる厄災を斃さんと言う、決死なる覚悟を持ち、総攻撃を仕掛ける。
だが、圧倒的な力を持つゴジラを前にすれば、それは命に届く事は無かった。
怒りによって力が一層増したゴジラには突風も無いも同じであり、雨あられと降り注ぐ氷柱と溶岩も意に介さず、直撃した電車は逆に拉げて潰れ、袈裟に切られた炎も、黒き表皮を撫でるのみであり、四季の力も微風の如し、破壊すら耐え、その強靭なる足腰は地震をも耐えた。神の放つ光線は幾分かの効き目はあったものの、やはりゴジラは倒れども立ち上がった。
庵魏羅珠が、冷気を纏い、體を丸めて突進した。空を切る光弾と光線の中、四方八方よりの光の集中する先のゴジラに向けて高速で転がる。冷気が津波の様に押し寄せるも、時折墜落する衛星の爆炎と光に隠れながらも、ゴジラの眼は決して怯まぬ。
ゴジラは庵魏羅珠を受け止めた。山をも崩す衝撃もその怪力に封殺され、體が凍り付き棘が腕の断面に刺さろうとも、以前怯まず、尾を加えて振り回した。迫る電車を薙ぎ払い、数多の攻撃を吹き飛ばすと共に、庵魏羅珠はその攻撃に曝され、忽ち全身に傷が刻まれた。
ゴジラは何度も庵魏羅珠を振り回し叩き付ける。モスラが翼を叩き付け極光を放ち、ゴジラを吹き飛ばすも、咬合は緩まず、再び立ち上がり、今度は喉元を噛み千切った。
庵魏羅珠の體から力が抜け、光の粒子が抜け出、徐々に姿が薄くなる。死、それを連想し得ぬ者は居なかった。だがそれの何と呆気ない事か。今まで何度も繰り出された一撃一撃が、強大なる神獣をも簡単に葬ってしまう。
然し、庵魏羅珠とてただで死ぬ事は無かった。俄に破邪なる眼球に神々しき光が戻り、ゴジラの喉元に噛み付いた。その執念は強く、ゴジラの怪力を以ってしても尚しがみ付き続け、離れる事は無かった。自らが光へと消えて行くのも構うこと無く、とうとう喉元を自らにされたと同様に食い千切った。怒るゴジラは、庵魏羅珠を振り払い、地面に叩き付け、粉々になるまで踏み潰した。
庵魏羅珠が最期に付けた傷は深く、夥しい量の血液が流れだした。そこを目掛け、攻撃を仕掛ければ、今まで一切の攻撃を受けようとも効かなかったゴジラが、痛みを示す咆哮を上げた。庵魏羅珠の死に様は凄惨なれど、無駄では無かったのだ。
だが、ここにおいてゴジラの挙動に、重大な変化があった。今までは攻撃を受けても効かなかった所為か、紫を始めとした人妖を歯牙にも掛けず、又同時に強大なる神や怪獣と対峙していた為か、殆ど攻撃が向く事は無かったのだが、傷口への攻撃により、脅威だと認識した為か、紫達にもその暴威を意識的に振るい始めたのである。
ゴジラが尾を振るった。広範囲に衝撃波が広がり、破壊の権化として、眼前の全てを蹂躙せんと進む。先ず最も近くで戦っていた鬼を巻き込んだ。多く居た萃香の分身は磨り潰され、七割方が消滅し、勇儀はその範囲から外れていたものの、余波のみで強靭な鬼の肉体をも毀し、半身が削げ、腕が千切れ、肉片が飛び散った。妖怪にとっては肉体的なダメージは余り効果が無いとされるものの、これほどの破壊は流石に堪える。
同じく軌道に居た紫はなんとか直前にスキマの中に入り込み、回避する事が出来た。軌道上には永琳と輝夜も居たが、彼女等にとっては一瞬も永遠と同じであり、回避は容易いだろう。事実その通りであり、衝撃波は虚空の宇宙へ消えて行った。
だが、問題はこの一撃では無い。問題は、この攻撃が続けて襲い掛かって来る事である。永琳と輝夜は兎も角、紫や隠岐奈、レミリアやフランも避ける事は出来る。だが、天子や萃香、勇儀や神奈子はどうか。彼女等は怒り、早くなったゴジラの動きを見切り、瞬時に広大な攻撃範囲から逃げる程の機動力は無い。その分彼女等は数多の人妖神魔の中でも別次元の肉体的強さを持って居り、普段であれば寧ろ耐久力は非常に高いのであるが、今回ばかりはその様な認識は捨てなければならない。
ゴジラの攻撃を喰らえばまず即死と考えるべきである以上、避けられないと言うのは致命的であった。又、放射熱線、体内放射の存在も忘れてはならない。光速で突き進み、全てを破壊する熱線は、紫とて回避が出来ない可能性もあるのだ。体内放射に至っては、空間操作の出来る者が回避させるのを前提にしなければならない。
半身に深い傷を負いつつも、勇儀は頸に一撃を打ち込んでいた。傷口が広がり、肉が削げ、表皮が剥げる。極光が差し、溶岩流が襲い掛かり、増々攻撃が効く傷口の範囲は増えて行く。電車が当たると呻き声を上げ、拉げた電車を咥えて振り回す。電車は即座に叩き切られ、炎の剣と紅の鎖が首元を貫く。ゴジラは一層表情を顰め、中程までの腕を振るおうとするも、突如吹いた突風に気を取られた途端、赤の女神の打撃が腹に刺さり、背後から極彩の翼が押さえ付けた。だがゴジラはどんなにダメージを受け、身体を欠損しようとも、矢張り怪獣である。押し付けるモスラを剛力で振り払い、却って尾で地面に押し付け、次ぐ巨大化した萃香の、打撃を放たんとする腕に噛み付き吹き飛ばし、極彩の翅が力無く降り、金色の粒子となって天に昇るのを背に咆哮し、全身を輝かせる。
それが体内放射の前兆である、と悟らぬ者は居なかった。光を純化し消さんとするも、そのそばからエネルギーは充填される。そのエネルギー総量からしても、最早回避しようともこれで幻想郷は壊滅し、意味は無くなるだろう。何度目かの詰み状態、これまでは運命の導きか、この状態からでも何度も持ち堪えて来たものの、その度代償を支払っていた。
暴風と共に打撃が叩き付けられ、ゴジラが大きく怯んだ。体内放射を中断して振り返る先には、風を纏った婆羅陀巍が飛ぶ。その表情は飽くまで猛々しく、それでいて自らの運命すら悟っていた様であった。制動を整え、再び婆羅陀巍が突進したと思った次の瞬間には、上空の婆羅陀巍は熱線により爆発四散し、跡形も無く散って行った。
二体目の護国聖獣の死。それと引き換えに得たものは、一時の危機よりの脱出に過ぎなかった。
ゴジラは力強く咆哮した。勇壮なる聖獣の死をも押し潰し、周囲を振動で粉砕し、威圧を空間全体に圧し掛ける。その内に秘めるは、矢張り燃える様な憤怒であった。