互いに肉を削り、感情をぶつけ合い、壮絶極まる戦いの中央で、黒き怒りの怪獣は吼えた。
体中から流れた血の跡は涙にも見え、黒い體に生えた背鰭には助けを求めて天に手を伸ばす衆生の姿が重なり、大きく傷ついた為か、怒りの炎の奥には嘆き、悲しみが見えた。その悍ましさは、単に姿が浅ましい為ならず、眼を背けなければ、人類は引き摺り込まれ、二度と過去から眼を離せなくなってしまう内なる醜さが在った為であった。
その凄まじさたるや、物理的炎すらもが霞み、だがその光が影絵の様にゴジラの漆黒を際立たせて更なる魂を揺さぶる気迫を与え、戦闘中にも関わらず、人も、妖も、神もが固まり、遅れて来る咆哮の衝撃波への対処が遅れた程であった。
それは僅か数秒の隙であったが、それだけあればゴジラにとって充分に過ぎた。足を改めて踏み締める。轟音と共に地は豪快に砕け、一体を地響きが襲い、太く頑丈な脚は地面に深く埋められ、尾をのたうたせ、まるで居合を放つ何の様に尾を横へやった。その姿は獰猛な輝きと深い悲憤を併せ持つ。
そして、引き裂く様な唸りと共に尾が振るわれた。憤怒と悲壮の籠められた一撃は加速し、徐々に破壊力を増して行く。
ゴジラの周囲全方位を破砕しながら振るわれる、質量と速度の暴力に対抗出来る者は居なかった。
風圧と衝撃によって竜巻と津波を合わせたかの様な凄まじい破壊が繰り出され、尾に直撃すれば即座に破壊され、当たらなくとも周囲に居るだけで衝撃波が襲い掛かり、制動も効かず吹き飛ばされ、乱れ狂った平衡感覚のダメージの影響で落下のダメージを抑える事すら叶わず地面に叩き付けられた。皆重篤な傷を負い、立ち上がるのもやっとの状態であったが、死者が出なかっただけ、まだ天運は味方したと言える。
死屍累々に満身創痍の少女等を足下に、恐るべき凶器たる尾を振り回して掲げ、怪獣は再び吼える。
ゴジラは勝鬨を兼ねた憎悪の咆哮を上げた。その姿は凶悪にして剛健、炯々たる眼光に映るは嚇怒の炎。比類なき力で全てを滅ぼす中に、幻想郷も又滅亡せんとしていた。
ふと、違和感を覚えて上を見上げる。戦闘時には気にも留めなかった小さな霊力。破壊神の一撃をも逃れる距離に居ようとも、皿の様に開いた巨大な眼球には確かに紅白の姿が映し出される。
その周りには天上へと昇って行ったモスラの光粒が何重にも渦巻き、ゴジラの知覚より逃れる為に極限まで薄まっていた霊力は急激に増して行き、数キロ先からでも細部まで視認出来る程巨大な複雑極まる呪符と封印の術式が組まれた。今までの戦闘の時には、この大術の準備をしていたのだろう。そして、この瞬間、幻想郷の希望は彼女の両肩に掛けられた。
キングギドラの時然り、聖なる神のモスラと楽園の管理者たる巫女は互いの力と能力の相性が良く、霊夢の邪なる物を祓い、封印する神聖なる巫女としての技能を、モスラのゴジラにも匹敵する強大な力でサポートすれば、ゴジラですらも封印が可能である。
だがそれを易々と許すゴジラでは無い。背鰭を光らせ、熱線により破壊せんとする。突如地面が熔解し、ゴジラが沈み込む。ゴジラはそれにも構わず熱線を放とうとするが、溶岩を掻き分け抜け出た婆羅護吽がゴジラを引き摺り込み、無理矢理に熱線の照射を止めさせた。決死の勢いは凄まじく、体格で勝るゴジラを灼熱によって噛み付き引き摺り、溶岩中の戦いへと引き込んだ。
煮え滾る溶岩を押し上げ、波打たせ、外からでは決して見えぬ激闘を始める。体をぶつけ、前肢に有らん限りの力を入れ、爪を突き立て牙を刺し、血肉入り混じり力と気力がぶつかり合う獣の肉弾。その様子は圧倒される程巨大であり、伝わる互いの情念も並大抵では無く、命の躍動をそのまま動きとしているかの様であった。
暫く轟音と共に溶岩が噴き出し、不規則な、何度もの振動が響いた。その後、溶岩の波打つのもぶつかり合いを示す鈍い音も鳴らなくなった。溶岩が盛り上がり、激闘の勝者を決定付ける。
溶岩を裂き、白く並んだ背鰭が出現する。その後黒き巨体も姿を現わす。
断末魔も死体も無いが、それだけで婆羅護吽の運命は解ってしまった。静かに事切れた婆羅護吽であったが、最期も最期、霊夢が術式を完成させるまでの時間を稼ぐ役目は果たした。
巨大な神術の陣が光を放ち、ゴジラを照らす。だがそれを自らに終わりを齎す事を十分に感知できたゴジラは、未だ破壊を齎さんとする。時間を稼ぐ事こそ出来たが、ここからでもこの怪獣の王は、十二分に熱線を放つ程度は出来、それをしない理由などは無い。婆羅護吽も居なくなり、再びゴジラが熱線を放たんとした時、紅の槍が頸を抉った。次いで要石、御柱、炎剣も襲い掛かった。だがゴジラは見向きもせずに光を溜める。光は強くなり、喉元に光が溜まり…
喉の傷より光が溢れ出した。余りにも傷を負い過ぎたのである。唸り声を上げ、無理矢理熱線を放たんとする。喉を焼き尽くして出た熱線は、上空の霊夢に迫った。最後の一撃は、空気を焼き焦がし、あらゆる遮蔽するものを貫きながら、一人の少女相手には過剰に過ぎるエネルギーを秘めて直進する。
霊夢の華奢な身体から、それに見合わぬ巨大な極彩の翅がに出現し、熱線から庇う様な形となった。熱線が直撃した途端、鱗粉が落ち、極彩色は黒く焦げ、形もみるみる内に無残なものへと変わって行く。暫く拮抗は続き、翅が焼け堕ちたと同時に、熱線の勢いは停止した。
霊夢は術式を完成させ、放った。そこに籠るは、幻想郷中の希望。守り神の加護。そして、少女としてのこの地に対する何とも言えぬ感情。
活性化した夢想封印は、即座に上空から地上のゴジラ目掛け移動した。瞬時に怪獣をも封じる封印がゴジラを包み、忽ち巨大な結界で覆ってしまった。流れる神力のベールは何重にも封印の印を描き、干渉を許さない。
ゴジラは尾を叩き付け、封印の壁を蹴り破らんとし、尚も抜け出さんとしていた。矢張りその力は健在であり、結界に打撃が入る度に霊力と神力の壁から軋む様な不快な音が生じ、術そのものが揺らぐ。この分だと、長い期間の封印は不可能に近い。
否、この場で破られる可能性すらある。最後の希望を託されたこの封印が破れる事が意味するは、此処の破滅であった。
だが、それで終わりでは無い。ゴジラが一瞬でも抵抗しなくなった隙を、賢者は逃しはしない。封印に覆われたゴジラの足元の空間が裂け、不気味な空間がゴジラを引き摺り込まんとする。以前であれば容易に突破されてしまうであろうが、結界に封ぜられた今なら引き込むのは容易い。その行きつく先は外の世界、この恐ろしき大怪獣が背負った罪の被告である。
ゴジラは、既に體の半分をスキマに入れられながら、吼えた。最後の一鳴きに籠められた感情は、憤怒では無く、どこまでも深い無念と悲しみ。それを向けられた霊夢は、この怪獣の破壊の原動が、良く有る破壊衝動などとはまるで違ったものだと悟った。
ゴジラには、破壊を振るう以外の選択肢などは無いのだ。勿論、凶暴なるその激情の所為もあるだろうが、破壊する事以外ではその余りに強い感情を映す方法など無く、いわば核により、破壊を宿命付けられた、或る意味では悲しい存在なのかも知れない、と霊夢はこの地から消え行くゴジラを見送りながら思った。
完全にゴジラが居なくなったのを確認してから、霊夢は地上の、紫達の居る所に亜空間移動する。
移動した直後に、霊夢の細い胴体に腕が伸び、抱きしめられた。見れば、各々が危機の去った事を喜んでいた。
怪獣の一撃を受けつつも、もう既に行動に差し支えない程まで快復しているのは、流石妖怪と言った所だろうか。
夜が明けて顔を出した暖かい日の光に照らされ、モスラの翅より生じた鱗粉が舞った。
破壊された幻想郷の復活は、脅威が取り除かれてからは早かった。砕かれた大地は幾多の妖怪の力で修復され、モスラの鱗粉の効果か、それからほんの数日にして、失われた自然は元の姿を取り戻した。
怪獣王が襲来する、と言う過去最大規模の異変もこうして落着した。
幻想郷において異変が解決した後に行う事は一つ、宴会である。
妖怪達の力を借りて修繕された博麗神社に数多の人妖神魔が集い、料理と話を肴に酒を飲み、酔った勢いで喧嘩をしたりと、杯盤狼藉の限りを尽くしている。異変の規模が規模であり、関わった者も多い為、それ相応に参加人数も多く、神社はとても窮屈であり、庭で飲んでいる者も居た。
華やかで騒がしい宴は、この小さな楽園が血の戦場と化した事実を忘れさせる程に陽気であった。事実、凄絶なる怪獣の襲撃を忘れる意図もあっただろう。
宴により異変の全てを水に流し、住民は元の生活に戻って行く。元より人の業の化身などと言うのは、この地には則わぬ異物であったのだろう。
現に忘れられ、さりとて幻にも拒まれた怪獣は、現へ舞い戻った。人の起こした戦争の末の落とし子である。人が一切合切の文明の火を放棄せぬ限りは、本来幻想入りなどしよう筈も無い。
海底が青く光る。近くに居た深海の生物達は光に驚き逃げる者も居れば、興味を持って近付く者も居た。だが、余りにも巨大なる光の発信源は意にも介さない。光は闇の中を横に揺らめき、かなりの速さで移動している。光の進行する先には、潜航する潜水艦が有った。青の光はサーチライトに照らされ、その全貌は明らかとなる。
恐竜の様な黒き顔は余りにも巨大であり、又巨大な顎門には鋭い牙が生え揃っている。光を反射する眼球は強い憎悪を浮かべていた。邂逅した次の瞬間には潜水艦は真っ二つに叩き折られた。
潜水艦の残骸を見下ろし、ゴジラは吼えた。異常な強さの憤怒と憎悪、そしてそれに隠れた悲しみを籠めて。
これにて完結です。読んで頂きありがとうございました。