東方呉爾羅伝   作:2147483647の塊

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スランプが酷い…更に文才が落ちている…


其れを幻想は知覚せん

旧地獄の中心部にして中枢である地霊殿、更にその中の執務室にて、紫と桃の中間と表せる髪色の、眼球と管の纏わり着いた少女が、その背丈と変わらない程に積み上がった書類の山に相対して、淡々と仕事を行っていた。

 

少女は『古明地 さとり』、名の通り覚妖怪であり、『心を読む程度の能力』を使い心を覗き見ることを種族単位の生業としているが、人間の悪意に当てられ、嫌われるなどして人前から姿を消した他の覚妖怪と異なり、さとりは類稀なる頑強な精神で能力を利用し、旧地獄の実質的な支配者となっている。

 

人の悪意に当てられても多少の不快感こそ有れど折れぬ事の無い精神と、心を読む能力による精神攻撃は、精神をその存在に重点に置く妖怪にとってはかなりのアドバンテージとなっている。

 

そんなさとりだからこそ、此処に近づく強い憤怒の感情にいち早く気付く事が出来た。そして、その意思のベクトルが、地霊殿の核融合炉に向いていることさえ瞬時に悟った。

 

ここまでの怒りとその力の大きさから、撃退の目など皆無な事をも察知し、さとりは余りに強く深い悪感情に少しばかりの吐き気を催し乍ら、執務室から出て、地下の核融合炉へと向かった。

 

大きな黒い翼にシルエットを更に大きく見せるマントを羽織り、右腕にはカドミウム・ボロン製の制御棒を装着し、胸元には八咫烏を指す目玉の装飾を着け、その他にも多数の装飾を身に着けた少女、『霊烏 路空』は、元々一介の地獄鴉であったが、守谷神社の二柱の神によって八咫烏の力を手に入れ、今ではその『核融合を操る程度の能力』を使い、核融合炉の管理・制御を一身に担っている。

 

今日もまた、その役職を遂げようとしていた所、自らの主人、さとりの姿が目に入った。此処にさとりが来る事は殆ど無い為、何か有ったのだとすぐ解り、さとりに尋ねた。

 

「さとり様、何があったんですか?」

 

さとりは焦った様子で、

「お空、此処は直に襲撃を受けます。早く非難する事。避難場所は…地上が良いわ。……迎撃は無理よ。足止めにもなりはしないわ。」

 

と告げた。

路空は核の力が通用しないと言われ、少し不平そうな顔をするも、主人の深謀遠慮は熟知し、信頼している為、大人しく従った。

さとりは他のペット達にも同じ様に避難勧告をして回り、自らも地霊殿から逃げる準備をして逃げる所で、目の前に少女が現れた。

 

意識しなければ見えない奇妙な少女は、さとりをネガフィルムに写した様な配色の服を纏い、同じ様に変色した第三の目が、閉じた状態で浮かんでいる。

 

先述した瞳を閉じた覚妖怪、さとりの妹の『古明地 こいし』である。認識阻害の様な現象はこいしの『無意識を操る程度の能力』に因るものである。さとりはこいしと共に地霊殿を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗霊夢の一日は早い。未だ日が七割も出切らぬ時間に、霊夢は目覚めた。

 

気怠そうに大きく欠伸を一つ、すっくとあまりいいとは言えない寝相に蹴飛ばされて乱れた掛布団を退かして立ち上がり、再び眠気を覚ます様に大きく伸びをすると、纏っていた襦袢を万年床の上に脱ぎ捨て、巫女服を箪笥から取り出して着替えた。

寝室から出て来た霊夢は、寝ているときとは見違えた様に『博麗の巫女』としての雰囲気を纏い、眠気は何処かに飛んだ様であったが、実際は微睡みは未だ体にのしかかっていると見え、もう一つ大きく欠伸をして、漸く朝の睡魔を振り切れた様であった。

 

此処は博麗神社。幻想郷の端に位置する、寂れた様子の小さな神社である。

しかし此処には異変を解決するプロフェッショナルにして、幻想郷を維持する為の『博麗大結界』を展開する博麗の巫女の居住する場所且つ、博麗大結界の起点にして終点という、幻想郷において無くては成らぬ重要な場所である。

 

霊夢は巫女服の上に割烹に三角巾という、妙にも思える格好をして、一日の始まりの栄養補給たる朝食を作っている。

後頭部で主張する大きなリボンの形に沿って三角巾が膨らんでいるのもより妙たらしめる所以だろう。

 

やがて作り終わったのか、心なしか楽し気な表情をして、暖色の空が望める食卓へと、糧を載せた盆を運び、そして食べ始めた。

 

内容は、五穀の混じった玄米と、先日知り合いの河童に貰った鮎の塩焼き、大根や人参の入った味噌汁、そしてアクセントとして鮮やかな黄色の沢庵。

質素乍らも、いや、だからこそ自然を感じさせる、栄養の偏らぬ朝食である。

 

神の来光とも見紛う朝日を眺めながら食という享楽に浸る。食べ終わった後には、当然ながら器を勝手の方面に運び、殆ど食べかすの残っていない器を洗う。

 

勝手口より出た霊夢は、流れるように竹箒を取って、境内の清掃を始めた。

 

ここまでの動きは朝のルーティン行動と化しており、意識せずとも体が動く節さえ有る。

しかし、どこまで行っても習慣は習慣のままであり、通り一遍箒で清掃すると、直ぐに箒を片づけて戻っていってしまう。そのせいで参道の周りは綺麗に保たれるが、裏の方はいつまで経っても汚いままである。

 

屋根の下に戻って来た霊夢が次に何をするのかというと…特に何をするでも無く、番茶を淹れて縁側で、まるで余生を謳歌する老人の様に茶を飲みながらくつろぐのみである。

 

巫女らしく何か神事の一つでもしないのかと言えば、そもそも何の神を祀っているのか判らず、そんな神に神事など捧げようとも無駄だと言い、何もしないならもう少し精を出して丁寧に清掃したらいいでは無いかと問えば、面倒くさいの一言である。

 

つまるところ、この凡そ少女とは思えぬ安楽への甘美な堕落の時間も、特に暇を持て余してしていることではなく、確かな怠惰の時間は、霊夢の予定に確かに刻まれた日課なのである。

 

かつ、かつ、と神社の石段を登っていく音が、不意に聞こえた。

 

空を飛んで行ける者は石段なぞ使うことは無く、霊夢の知り合いだと大体この音がすることは無い。この神社に辿り着くまでには結構な高さの石段を登る必要があるので、別段空を飛べる訳でも無い一般人がここに来るという事は、詰まり遠路遥々人里の者がこの博麗神社に用が有って来たのであろう。ご苦労な事である。

 

このような人が博麗神社に来る用は、大別して二つである。一つ目は博麗の巫女に、異変の解決等の頼み事をする場合。二つ目は、これは稀な事であるが、博麗神社への純粋な参拝客の場合である。足音に特に急いでいる風も無いことからすると、恐らく後者であろう。

 

やがてその客は見えた。杖を突き、白の口髭を生やした、裕福そうな格好をした老人である。老人は参道の右端を通って手を清め、ハンケチで拭くと本堂に向かい合い、着物の中に手を入れて何かを取り出した。見ると、膨れ上がったがま口財布である。其処からジャラジャラと小銭を取り出すと、霊夢の眼光が鋭く向けられ、仰天する様なスピードで老人のもとへ駆け出し、満面の笑みで愛想よく挨拶をした。老人は笑顔を浮かべて挨拶を返すと、二十円金貨を賽銭箱に入れ、名も力も知らず、居るかどうかさえ分からない博麗神社の祭神を拝んだ。

 

霊夢が感涙を浮かべ、柏手を打って拝む老人を伏して拝んでいるのも、祭神の実在の信憑性を落とす。老人が神社から去った後、思わぬ信仰に霊夢は目に見えて上機嫌となり、鼻歌を歌い、慣れぬスキップをしながら縁側へ戻った。

 

お茶を啜り、表情筋を緩める霊夢の傍らに、緑のくるくる天然パーマのかかった霊夢より幾分か小柄な少女が、そのボリュームのある髪を霊夢に擦り付けて来た。見れば、博麗神社の狛犬が影も形も無くなっているではないか。

 

勿論この間に博麗の巫女を出し抜く程の技巧を持った不届き者が盗んでいったり、壊したりした訳では無い。この彼女こそが一人にして一対の破邪の神獣、『高麗野 あうん』なのである。あうんはまるで良く懐いた犬かの様に霊夢にじゃれつき、霊夢も特に嫌がる素振りも見せず、あうんの髪をわしゃわしゃと撫でながら茶の苦みと深い味わいを感じている。太陽もそれを見て微笑んで居るかの様に、暖かい光と熱で下界を照らし、霊夢はこの至福の時を全身を以って感じ、これをもたらした全ての物に感謝をした。

 

しかし、太陽が南方の正位置に近づくに連れて至福は溶けて霊夢の手から零れ落ちて行った。過剰な熱が容赦なく霊夢とあうんを襲い、並ならぬ汗をかき、姿勢は溶けるかの様に丸まり、脊椎が曲がる。

 

要するに、あの博麗の巫女と神獣をもうだらせる程の猛暑なのである。もし今目の前に天照大神が舞い降りたとしたら、霊夢は迷うことなく太陽の女神をぶん殴って岩の中にぶち込むだろう。それ程までに猛暑は霊夢を苦しめた。

 

暑さに耐えかねて打ち水をするも、正しく焼け石に水であり、全く効果は無い。裸足になって足を桶に突っ込むも直ぐに温くなり、団扇も熱い空気を送りつけるのみの長物と化した。文明の利器等些かも存在せず、万策尽きたかに思われたその時、天祐と言うべきか、神社の池が目に入る。綺麗な澄んだ色の、さぞ涼しそうな清涼な水が張っている。中で休息を取っていた玄爺と言う名の亀が、怪訝な目でこちらを見返す。仕方がない事である、背に腹は代えられぬ。と考えていると、あうんが池に飛び込んだ。

 

住処の池を追い出されて、空を飛びながら、玄爺は恨めし気に、水の中で暴れまわるあうんを見やる。そして服に手を掛けた霊夢を信頼と非難を綯い交ぜにした様な眼、と言えばいいのだろうか。兎も角玄爺の視線は、干からびて死ぬか一生の生き恥を晒すかの羅生門染みた葛藤の天秤を傾け、特に沐浴の習慣が無いにも拘らず神社の池で行水を行うと言う聖職者として、いやそれ以前に人間として如何と言う行為を止めさせる事に成功した。

 

仮にこれが無かった場合、どうせ今も見ているであろう胡散臭いスキマ妖怪に話の()()にされ、さんざ弄り倒されて、例え外の華厳で空を飛べるにも関わらず位置エネルギーを体感しようとも、あのほわほわした呆けたようで捉えどころのない冥界の主に再び辱められるであろう。

 

その事を考えれば、玄爺には感謝こそ覚えるべきである。しかしといって別段他の暑さを凌ぐ知恵も浮かばないので、無用の長物と化した団扇を置いて、折角起きたにも関わらず、再び寝る事にした。やがてあうんが池から出て、犬の如き所作で水を払うと、元の狛犬に戻っていった。日光とその反射光を凌いで幾らか暑さは和らいだのか、布団に入ってあっと言う間に、霊夢は微睡みに意識を溶かした。

 

霊夢が二度寝して暫く、太陽は南方へと急ぎ、今度は西へと青の光を空気の塵に吸収させて赤色に変容しながら降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、何も無いにも拘らず霊夢の目が開いた。

 

途方も無く大きく、不気味な予感がしたのだ。

霊夢は機敏な動作で即座に飛び起きて、周囲を警戒した。額には暑さによるものとはまた別の汗が浮かぶ。引き続いて警戒状態を解かずに、御札とお祓い棒、退魔針と陰陽玉を手にして戦闘態勢を整える。

 

暫く霊夢は糸の張り詰めた様な緊張を解かずに、その予感の出処を全神経を使って捜索する。その後直ぐに宙に浮き、猛然と屋外に向けて突進した。本能か、その名に刻まれた類稀なる予知とも言うべき勘からか、屋内に居ては非常な危険が有るという強迫観念に近い意識に、体が動かされた。

 

霊夢が外に出た直後、くぐもった轟音と共に、激しい地鳴りが襲い掛かった。間一髪、空を飛んでいた霊夢にはその脅威は向けられなかったが、それ以外の地に触れている物全てに容赦なく破壊を齎した。

 

神社の柱が軋む耳障りな音と共に、塵芥が落とされて屋内の色を黄濁させ、何かが倒れ、割れた様な大きな音が鳴った。一瞬にして神社が居住に耐えうる物で無くなった様子を、霊夢は浮いたまま呆然と眺めていた。

 

目から光は失われ、視界が一色に染まった。揺れが収まって来た所で境内に降り立ち、そのまま足で体重を支え切れず、両膝を地面に着けた。駆け寄って来たあうんが体を揺するが、全く反応せずに、現実を直視出来ない様子でただ神社に呆けた視線を向けるのみである。

 

やがて何もない空間に二つのリボンが生じ、その間を繋ぐ様に線が引かれ、そして押し広がる様に裂け、中から妖艶な、それで且つ異様な圧力を放つ、導師服を着た金髪のロングヘアーの女が上半身のみ姿を現した。

 

霊夢は目の前で起こった摩訶不思議にして正に怪力乱神の類に分類される出来事にも一向関心は向かぬ。女、幻想郷の創生と維持を担う妖怪の賢者の一角、『八雲 紫』が霊夢に呼びかけると、漸く気付いた様子で、霊夢は立ち上がったが、その目は鷹の様に鋭い眼光を放ち、全身からは、巫女の本分であろう霊気や瑞気とは程遠い、それこそ赤いオーラが出て居るかのような錯覚さえ覚える殺気や鬼気が溢れ出し、紫の方向に向いたかと思えば、掴み掛らんという剣幕で紫に詰め寄った。

 

所々屋根瓦が剥がれ落ち、見るも無残な姿となった神社を指で差し乍ら怒鳴りつけた。

 

「この有様、どうしてくれるんじゃあ!!、ええ?今神社がボロボロになった直後にあんたが出て来たって事は、あんたがこれに一枚噛んでるって事でしょ?どうオトシマエ付けてくれるのかしら?」

 

半ば辺りで本当に紫の襟首を乱暴に両手で掴んで揺すりながら、最早やくざ者と相違ない口調で捲し立てた。紫は襟首の霊夢の腕を退かしながら、

 

「これは私の所為じゃないわよ。大体、私が博麗神社にこんな事する意味は何処にもないじゃないの。」

 

と諭した。特にそれ以上の反論の言葉を持ち合わせていなかった霊夢は、それもそうねと、意外なほどあっさりと紫への懐疑を解いた。しかし、まだ居宅を破壊された怒りは納まって居らず、

 

「じゃあ誰がこれをやったのよ?あの前科持ちの天人?それともあの地獄鴉?今すぐ殴り込んでボコボコにしてくるから教えて頂戴。」

 

と尋ねた。確かに、霊夢の怒りはごもっともである。住まいを壊されて怒らないのであれば、それはもう御人好しではなく、ただの阿呆な痴れ者であろう。

 

しかし、今回ばかりは霊夢単独では行かせる事は出来ない。本当に此度の異変の原因が()()であれば、霊夢一人の手に余る所ではなく、命の危険すら有る。紫は表情を硬くして、

 

「行かせる事は出来ないわ。今回の異変は今までとは訳が違うの。貴女の命にも関わる事になるかもしれない、いえ、貴女独りで相対したら、確実に命を落とすわ。」

 

と断言した。霊夢は紫の言葉を自らの実力を低く見られたと取り、

 

「私がそう簡単にくたばると思ってるの?そこまで弱くはないわ。」と言う。

 

紫は「貴女の力は良く解っているわよ。その上で言っているの。それ程までに強大な相手なのよ。幻想郷の総力を集めて漸く、という位でしょうね。既にそれぞれの勢力は勘付き、準備をしている頃でしょう。貴女も彼女達と共に、侵入者を迎え撃つ準備をして頂戴。」

 

霊夢はすぐさま、「もう準備は万全よ。それで、何処にその断りも無く人の家を壊す大馬鹿がいるの?今すぐ行って叩き潰すから。」と返した。

 

紫は安堵の吐息を吐いた後、「旧地獄の核融合炉、其処の中にいるわ。それと…絶対に死ぬんじゃないわよ。」と言った。

 

霊夢は笑って、「あんたらしく無いわね。言われなくても死ぬつもりなんて微塵もないわよ。」と軽口を叩くと、赤色の空へ飛び立った。

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