ついでに両方を滅茶苦茶強化しました。
ゴジラの咆哮は空気を揺るがし、地面を揺るがし、地上をも揺るがし、その鳴動は精神中にまで影響を齎した。その巨体とそれ以上の音量の咆哮からくる威圧はありとあらゆるものを調伏させてしまえると思わせ、彼の物こそが世界の頂点に君臨せしめる絶対者だと錯覚を覚える程である。
相対する人妖、或いは神かいずれにも当て嵌まらぬ超越者かは何れも、その威圧に未だ力を交えてすらいないにも拘らず、その威圧に気押され、多かれ少なかれ冷や汗を垂らし、しかしそれのみで心が折れてしまう様な弱者はこの場に居らず、各々の最大限の攻撃を仕掛ける準備を始める。
霊夢が音や外界の戦闘機もかくやと言う速さで飛翔し、陰陽玉を構えて有りっ丈の霊力を込める。
レミリアがその手に持った紅い槍の形をした絶大な魔力の塊を、鬼に次ぐ腕力で投擲する。それはソニックブームを起こし乍ら、ゴジラの心臓めがけて突き進む。
一瞬でゴジラの厚い胸板に槍は到達し、少し遅れて百雷が一時に落ちたかの如き音が響き、巨体を後退させた。
しかし巨体が後ずさったのも槍がレミリアの手よりゴジラに着弾する時間よりも短い間、僅かに数尺下がったのみでゴジラは巨木を上回る胴回りの脚に力を籠め、無理矢理に地上の幻想郷を一瞬で滅ぼせる吸血鬼の力により生み出された運動エネルギーと、槍自身に注ぎ込まれた何百キロトンもの核兵器にも破壊力で追随する魔力の炸裂を押し留めた。余りの力に地面は耐える事が出来ず、出現時に砕かれた地面に更に、少なくとも地平線に達する亀裂が放射状に入った。
直後に空気が一変する。神聖な空気が空間全てに漲り、その中心に神奈子が居る。ゴジラが視線をそちらに向けた途端、頭上より天蓋そのものが落下して来た何の様な絶大な衝撃を受けた。
ゴジラが耐えられようとも、元々崩壊寸前だった地面は軍神の全力の一撃を耐えられる道理は無く、あっさりと突き破られ、更に下層の地獄の地盤も砕き、遥か下層の地獄に直径数キロ、深さ五百メートルもの巨大なクレーターを作り出し、そこで漸く止まった。
神奈子が落した物の正体はゴジラの巨体と比しても尚巨大と言える、彼女自身を象徴する御柱である。
その光景は、能力に
尤も、その地を指し示す相手とは打ち解けて友人の間柄になっているのだが。
だが、数ある神の中でも特に戦闘に秀でた神奈子の全力の一撃を不意打ちで、しかも頭蓋にまともに食らいつつも、一向にゴジラは健在であった。
その姿が完全に隠れる程の巨大な御柱の重量を片腕で受け止めて支え、鋭い爪を突き立て、そして怪獣の膂力をそのままに、御柱を打ち砕いた。
破砕して飛散した木片の雨を紙吹雪の如く受け、そして一歩、歩みを進めた。
ただの一歩、それも遥か下方での事であったが、ありとあらゆる刃物より鋭く、大山より雄大な、規格外の漆黒の敵意を向けられ、其れが近づいて来ると言う事実に、本能が警鐘をけたたましく鳴らし、全身から汗が噴き出す。
まるで、内蔵を全て引き摺り出され、奴の手中に握られ、今にも潰される様である。尤も、ゴジラが此方を屠るのにそんな事をする必要など無く、ただ指の一本で、ただ何気ない挙動一つで、元の姿の見当も付かぬ肉のペーストと為る事であろうが。
間髪を入れず、御柱の突撃によって開けられた、山一つ余裕を持って入る程度の地面に開いた風穴の上より、下方のゴジラめがけ、レミリアが再び槍を投げ、また百雷の衝撃がゴジラを襲った。
更に、天子が、異常に集中された光を煌々と纏った緋想の剣を振るう。
ビームめいた巨大な斬撃━━これが『全人類の緋想天』であろう━━が一刀両断せんとゴジラに迫り、着弾した途端に巨大な爆炎と土煙がゴジラの巨体を完全に覆い隠した。
もう光を放っていない緋想の剣を天子が掲げれば、先は比喩であったが、今度は本物の雷━━それも数百数千もの━━が通常では有り得ない事だが、そのとんでもない迅さと威力はそのままに、土煙の奥に居るであろうゴジラの一点に向けて撃たれた。
数多の稲光は一瞬で土煙を掻き消し、その先の景色を明瞭にした。そこには、真っ二つに抉られ、黒焦げになり、幾つかの巨大なクレーターの出来た大地と、その中央に鎮座する、全くの無傷で、変わらぬ威圧感と、先程よりも怒りを増した咆哮を放つゴジラが見えた。
更に天子は宙に浮いた要石を打ち下ろし、マグニチュードで測れば整数二桁には間違いなく達する大地震を起こした。しかしそれは局所的な物の様で、上の幻想郷には殆ど被害は無く、絶大なエネルギーは全てゴジラに集中した。
世界が崩れると思われる程に音響が轟き、地盤すらもが軋んだ。天子自身が叩き切った地面は更に広がり、ゴジラの巨体がまるまる入ってしまう程の地割れとなり、そのまま黒き巨獣を奈落の底へと導いた。
戦いが始まってから幾度目か、姿の見えなくなったゴジラに、神奈子が最初の物よりも数段小さな御柱を数本浮かべ、先程とは比べ物にならない速さで射出した。
しかし地獄の底より姿を現したゴジラの背鰭にあえなく弾かれ、炸薬込みでも外界のミサイルを凌駕する攻撃は無為と化した。
奈落より脱したゴジラを出迎えたのは、下顎に対する重い蹴りと、胸部に感じる鋭く強い衝撃であった。
彼女等の内でこの様なゴジラの土俵に上がり込む様な事をし、それで尚自らの力を最大限に活用して一切の慈悲無くゴジラを討伐する為に肉弾戦を選んだのは、やはり鬼の二人、萃香と勇儀であった。
萃香はゴジラと相対出来る程の巨大さまで巨大化し、勇儀は怪力乱神の力そのままに、四肢を叩き付ける。鬼が一撃で大山を崩せると言うのは過大評価でも何でも無いの示すが如く、その膂力のみで軽々とクレーターを作り、地割れを引き起こす。鬼の一撃を同時に二発入れられたゴジラは顎を多少押し上げられた程度であり、ダメージが入っている仕草さえ見受けられ無い。血走った眼で怪力乱神と百鬼夜行を見降ろし、空間全てに轟轟と響き渡る、悍ましく低い唸りを上げ、尾を持ち上げた。
四股を踏むように足を踏み出すと、勇儀と萃香のそれよりも大きなクレーターを生み出した。筋肉と腱がエネルギーを溜め、攻撃の準備をする。
萃香が殴りつける度に地面に広範囲に渡って亀裂が走り、勇儀が突撃するたび空間自体が鳴動する。一町の範囲では利かない広大な地面を岩盤より当たり前の様に転覆させ、それは津波の様にゴジラを呑み込むも、又当然の様にゴジラは岩石の怒濤を突き破った。
上から雨あられと降り注ぐ槍と光弾、レーザーに御柱等多様な殺意の弾幕の内の幾つかを何の苦労も無い様に攫み取り、そのまま鬼の膂力を最大限に発揮してぶつける。
しかし仰け反る事すら無い。ゴジラの数十倍の体積を持つ岩石の塊を息をする様に壊す勇儀と萃香の拳も、彼の大怪獣に対してはまるで壁に打ち込んでいる様に━━この二人の拳は容易に壁を粉砕するに足るが━━破壊する事も押す事も出来ず、ただ堅牢極まる肋と筋に吸収されるのみである。
ゴジラは前屈みの姿勢になり、持ち上がった尾は重々しく、しかししなやかに上方へと持ち上げられ、波の様に揺れた。
遥か上空に、巨大な陰陽玉が見える。誰有ろう、霊夢の誂えた逸品である。霊夢の歴代でも随一の量を誇る霊力が陰陽玉の容量の許す限り詰め込まれ、その霊力量を示すが如く陰陽玉は霊夢が塵にしか見えない程に肥大し、暖かい紅白に光を放ち、溢れ出た霊気は赤い靄と化して雲の様に陰陽玉を取り巻く。
一度霊夢が指をゴジラの方に向ければ、陰陽玉はゴジラに向かって、余りの巨大さに遅く見えるものの、かなりのスピードで落ちて行く。其処から幾らか離れて、幽香が暴力的としか言いようのない凶暴な輝きを手に持った日傘の先端に集めた。空気が震え、空間中の魔力が大規模な渦を巻き、その中心の幽香に集中している。規格外の大妖怪と言って不足はない幽香が内に宿す膨大な魔力を集めた、これまた規格外の一撃を放つ準備をしている。輝きが増し続け、そしてその光は純白から虹色に変換され、指向性を持って光速で破壊の光線が放たれた。
先じてゴジラに到達したのは、幽香の光線、『マスタースパーク』であった。光の柱は空に飛ぶ御柱や槍を消し飛ばし乍ら進行し、巨体を完全に飲みこんだ。
暫くはゴジラの輪郭が光の中に見えていたが、直に破壊音と共に見えなくなり、更に地獄の地面を突き破り乍ら進行し、最下層の阿鼻まで、砕けた砂塵と地獄の溶岩、元は岩盤であったであろう巨大な瓦礫と共にゴジラを押しやった。
足の踏み場を一瞬にして奪われた鬼は重力に従い、そして阿鼻の地を破壊して、両の脚で着地した。
幽香は獰猛な、底冷えする冷ややかな笑みを浮かべる。
しかし、その直後に一筋の汗と共に、表情を失った。ゴジラは跡形も無く消し飛ぶでも無く、灰の山と為るでも無く、骸と為って倒れ伏すでも無く、前傾姿勢で尾を掲げる体勢すらもが変わらず、此方に憎悪と憤怒の炎を宿した水晶の様な眼球を向け、螺鈿細工の如くびっしりと生え揃った、鋭い牙を剥き出しにして睨み付けていた。
しかし二段構えに陰陽玉が落下し、ゴジラを押し潰さんとする。それでもゴジラは動揺せず、ただ体を揺るがした。
それに従って尾はしなやかに、先端になる程大きく曲がり、そして逆方向に、その鈍重な見た目に反する俊敏さで足を踏み出す。
衝撃で視界一杯の広さのクレーターが広がり、三層ほど上の地獄まで崩壊した。
しかしそれすらもが攻撃の準備に過ぎず、それによってしなった長大な尻尾が、逆に加速し乍ら鞭の様に動き出す。
ゴジラの真後ろに来た辺りで尾の速度は早くも音速に達し、更に加速して行く。
最も近くに居た萃香がこの攻撃に防御態勢を取るには、単位をコンマ一秒にしようともまだ小数点以下のゼロが幾つか付く程度しか要さなかった。
両腕を体の前に突き出す。
刹那の間の後、尾が直撃する。腕の防御は全く意味を為さず、骨が折れ、肉が裂け、鮮血が飛び散る嫌な音と共に突破された。
次に後ろに飛び退く判断をするにも、同程度の時間のみを消費するに留まった。
しかし加速された尾は萃香の飛び退く速さよりも疾く、胸に達するのにもさして時間はかからず、尾は萃香の平たい胸に直撃し、肋骨を粉々に打ち砕き、人間ならとっくに致死となる血液が胸と口より噴き出した。
しかしゴジラのありとあらゆる物を打ち砕く鞭と化した尾は、巨大な少女の姿をした鬼の体を破壊する事は無かった。
萃香は自らの能力で、霧となるまでに自分の体を疎めたのである。
一方勇儀は、幸いな事に尾の直撃の軌道には巻き込まれる事は無かったが、その余りの質量と速さによって生じた衝撃波に襲われた。
勇儀は構え、衝撃波に向けて打撃を放つ。拳と衝撃波がせめぎ合い、勇儀の腕が軋み、拳からは血が噴き出したが、尚も力を入れ続け、とうとう相殺する事に成功した。局所的ではあったが、怪力乱神の面目躍如である。
強大な鬼二人に多大なダメージを与えた尾は止まる事無く寧ろ加速し続け、眼前に迫る巨大な陰陽玉を、一撃で打ち砕いた。霊夢の目が見開かれ、表情が驚愕に染まる。
そして絶大なる一撃によって生じた衝撃波は斬撃と化して横薙ぎに上方へと進み、旋風を伴って上の七層の地獄、合計数京トンにもなる地獄の地面を重い轟音を伴って砕いて無数の瓦礫に変え、更に遥か上方の幻想郷の住民にさえ、破壊した数多の岩塊と共に襲い掛かった。
規格外の衝撃に吹き飛ばされそうになるも、彼女等はそれに対応するだけの力量を有していた。
霊夢は二重の結果を張り、早苗は風を起こして打ち消し、天子は緋想の剣を掲げ、暴風を起こして相殺した。
レミリアは咲夜を後ろに下がらせ、魔力を纏った爪で引き裂き、幽香は小規模な光で打ち消した。
ゴジラが破壊した瓦礫が積もり、阿鼻より地上への道を形成した。
それを昇ろうとするゴジラに、再び総攻撃が撃ち込まれる。
何れも核とも遜色ない破壊力を持つ紅き槍、爪撃、光の柱、猛スピードで迫り来る、ゴジラとそうは変わらぬ大きさの御柱の怒濤、天と地のありとあらゆる種類の大災害、尋常でない霊力を纏ったお札と針、虹色の極太の破壊光線、大山を軽く打ち砕く肉弾、極限まで圧縮されブラックホール寸前まで高い密度となった攻撃、既にユーラシア大陸全土が跡形も無く消し飛び、マントルまで削れる程の攻撃がゴジラに打ち込まれたが、一向に堪えた様子すら無い。それ程までの攻撃に幻想郷が消し飛ばないのは、地獄が地球には到底収まらない広大さを誇るのと、幻想が集中して土地そのものに並々ならぬエネルギーが濃厚に充満している為である。突如空間が裂け、紫色の裂け目にゴジラが巻き込まれる。そして、ゴジラを両断せんと閉じるも、表皮に一分の傷も付けられず、閉じる事すら出来ずにゴジラに破壊された。
そして次の瞬間、ゴジラが細かく、細胞単位でバラバラになった。さしずめ『細胞と細胞の境界』といったところだろうか。
しかし細胞は一瞬で形を取り戻し、何事も無かったかの様に地上へ昇り出した。
次いでゴジラの背後にに巨大な扉が開いた。ゴジラは暫く気にも留めずに歩みを進めるも、段々とゴジラの力が弱まり、扉からは氷、炎、突風、石礫が絶え間なく襲い掛かった。が、ゴジラが特に視線を向けるでも無く尾を振るうと、扉は呆気無く破壊され、ゴジラは力を取り戻した。
早苗は直接攻撃には参加せず、祈祷する事で祭神の神奈子の力をエンハンスする支援役に徹している。
祈祷を捧げ乍ら、記憶を探る。確かこの怪物は、ビキニ環礁水爆実験で誕生し、東京を襲おうとした古代生物の変異個体では無かったか。
教科書の後ろの端に、モノクロ写真と共に、核の被害者として軍に討伐された、貴重な古代生物の生きた個体が殺されたことに論争が起きたなどと併記されていたが、明らかに今相対する怪物は、見た目こそ写真の物であったが、とても敗戦から立ち直ったばかりの日本が倒せる様な生易しい者では決して無い。
幾ら少なく見積もっても兵器を素手で弾き、一撃で里を吹き飛ばす様な、それこそ単独でも今の外の世界の第一線の軍隊を潰滅させられる、人智の及ばぬ力を持つ怪物が、束になって全力で掛かろうとも一切の効力を示した様には見えず、あれが倒れ伏すビジョンは到底想起する事すら出来なかった。神奈子様と共に怪獣を攻撃した面々の中に、運命が見えると言う幼い吸血鬼も居たが、その能力を以ってしても見えている物は早苗と大して変わらないだろう。
或いは、何かあの幼女には何か別の運命が見えているのだろうか。よしんばゴジラが倒れ伏す運命が見えたとして、それは数多に分岐した運命の中でもごく一部、それも到底叶わぬ確率でしか無いだろう。早苗はこの怪物━━ゴジラは、此処までの強い、剛い、靭い力と怒りが、自分が今の今までそれを知らぬまでに、全てから忘れ去られた事が、此処までの、仁王も神も鬼も妖も人も圧倒する存在感を放つゴジラが幻想入りした理由では無いかと推測した。
勿論、こんな怪物が、しかも未だ百年も経たぬ間に、自然に忘れ去られるとは到底考えられず、忘れ去ったと言うよりも、人類が、このどうにも出来そうに無い怪獣をどうにかした後、全ての資料を破棄し、全ての記録を抹消し、全ての人の脳裏から、全力を尽くして忘れさせようとしたに違いない。そう考えれば、外の世界が此方を滅ぼそうとしていることになり、早苗は少々外の世界を呪い、そしてそれとは裏腹に神聖な風を起こし、緑の旋風を唸らせる。
先程早苗は、レミリアが持つ『運命を操る程度の能力』を安く見たと言わざるを得ない。それは数多の運命より、自らの望む一つを選び出す事が出来る物である。当然完全に不可能であれば運命を今様に弄ろうともどうしようも無いが、運命は果てしなく無限に等しい数存在し、そしてこの絶望的な強敵を前にしても、このティータイムを楽しみ乍ら大国を消し飛ばせる化け物の集団で掛かれば、ほんの僅かな、数兆の多岐からたった一桁有るか無いかであったが、近くこの怪物が倒れ伏す運命が、確かに有った。
本来であれば数兆数京、或いは数垓回試行して半々の無いと切り捨てていい確率ではあったが、其処からがレミリアの能力の真骨頂、その一つの運命を掴み取る事が出来るのである。勿論、此処までの確率の壁を超える事は容易では無く、更に攻撃を続けながらともなれば、至難の業と言わざるを得ないだろう。しかしレミリアはその運命を見事掴み取る、乾坤一擲の大勝負に打ち克ち、ゴジラが倒れる運命を勝ち取った。
レミリアが口角を上げ、会心の笑みを浮かべた所で、弓を引き絞る音が響く。轟音の中、とてもささやかな音であったが、その中でも不思議と耳に残滓を残す。
その音の元は、この熾烈な戦いに今まで参加していなかった永琳であった。編んだ髪は地獄中においても白銀に輝き、奇抜なセンスの服を着こなしている。番えた鏑矢の先には何やら有色の液体が塗られている。凡そ先程まではこの液体を、永琳の英知と能力を以って調合していたのだろう。
レミリアが見た他の運命では、永琳が共に攻撃に参加していた。彼女はこのメンバーの中でも一線を画す実力を誇るが、それでもこの怪物を打ち破るには能わなかった。
しかしこの運命では、ゴジラは倒れる。弓が限界まで引き絞られ、放たれる。運命的に、或いは永琳自身の卓越した頭脳による計算か、矢はゴジラの真上に落ち、その時運命的にゴジラは口を開き、矢は口の中に入った。
口に永琳特性の毒矢を飲んだゴジラは、実にあっさりと憤怒の感情を引き、瞳を閉ざし、腕を垂れ下げ、尾を下ろし、拍子抜けするほど呆気なく横倒しになり、動きを止めた。
倒れる大きな音を聞き、レミリアと咲夜と永琳以外の全員が肩透かしを食らった様な顔を浮かべて固まっている。プレッシャーから解き放たれた事と、不死身かと思われたゴジラが突然倒れたのを考えれば当然だろう。此処に姿こそ無いが、最大限の攻撃をしてすら通用しない頑丈さを嫌と言う程味わった賢者二人も同じ心情を抱いていることだろう。あの胡散臭いスキマ妖怪の呆けた顏を想像すると、思わずレミリアはほくそ笑まずにはいられなかった。
暫く固まっていた面々もやっと現実が飲み込めた様で、安堵の息を漏らし乍ら、各々が緊張の反動か、勝手気ままに振る舞い始める。とても意外な結末だったが、何はともあれ、今回の異変も無事に終わった。しかし霊夢だけは、下を見て何やら不安そうな顔をしている。萃香が空を飛んで身長差を埋めて肩を組むも、何処か浮かない顔で下を見降ろしている。
ゴジラの眼が見開かれた。確かに月の頭脳の創造せし毒は、一時的にゴジラの動きを止める程の効力が有った。
その余りの効き目に、対人であれば矢に塗っただけの量でも全人類を殺し得る猛毒としかなり得ない程の猛毒。並の生物なら、或いは妖怪でも、触れた途端に即死する事だろう。
しかし、ゴジラは妖怪と比べてすら、遥かに常軌を逸する存在であった。そして、ゴジラはその毒を放った`敵`に、`怒り`を示した。その炯々と光りを放つ眼の内には以前よりも激しい怒りの炎が燃え、上を睥睨している。
表情は再び、更に憤怒に歪められ、尖った牙を剥き出しにし、全身の筋肉に力を取り戻し、瓦礫を崩し乍ら、ゆっくりと、しかし怪物らしい威圧感を放ち乍ら立ち上がる。
霊夢達は、先程とは違う意味で、再び固まった。
ゴジラから放たれる、先程までの自らが気押されていた圧力などまるで薄い霞に感じられる程の、濃厚な殺意。
意識せずとも歯の根が鳴らされ、滝の様な汗が全身から出て、肌に服が吸い付く。全身の慄えを抑える事は出来ず、極度の緊張に、瞳孔は半分以下に収縮する。
数十兆もの細胞が全て不快に蠢き、総毛がよだつ。
他の全ての出来事に意識をちらとでも向ける事も不可であり、あらゆる感覚はゴジラ一点に狭窄する。
もしかすると失禁さえしているのかも知れないが、立場以前に一人の少女としての尊厳に関わる痴態を晒しているかどうかすらもがどうでも良くなる程の恐怖に晒される。
ゴジラのほんの僅かな一挙一動にすら意識を強制的に向けられ、何かが少しでも速く動くのみでも、更に大量の汗が噴き出、体が無意識的に構えを取る。
声を出そうにも、口から出て来るのはか細い吐息のみであった。
思考の海には一点の余裕も在りはしないが、他の面々も恐怖のサインを浮かべ、さして霊夢と反応は変わらないだろう。
ゴジラは体をうねり、そして、今までとは比べ物にならぬ気迫、音響、威力の、今までの甲高いものとは違う、可聴域を一部下回る重低音の、自らに仇為す敵に対する、憤懣を示す咆哮を放つ。
霊夢はいつもの様子からは想像も付かぬ女々しい叫びを上げて耳を塞いだが、その御蔭で鼓膜を破壊される事は無く、更に恐怖による拘束からも脱する事が出来た。
その余りの威力に、振動でゴジラの周囲の地形は、粉砕を通り越して微細な粒子にまでなり、更に重力に従う事無く音速で四方八方に飛び散る。空気の振動で全てを吹き飛ばす衝撃波となり、幻想郷の住民に襲い掛かるも、拘束から脱した霊夢は、何とか結界を出す。二重結界に咆哮の衝撃波が当たると一枚目は容易く粉々にされ、二枚目に罅が入った状態で持ち堪え、衝撃波が止んだと同時に二枚目も虚空に消えた。余りにもあっさりと打ち破られた為に結界の強度が有るのかとの疑念も浮かぶが、幾ら霊夢の精神がゴジラの外敵に対する憤怒に当てられて消耗したとしても、結界は並の妖怪なら干渉すら許されず、大妖怪の攻撃を受けても数発耐えられる程の強度を誇る。寧ろ、それを二重に重ねた物を打ち破るゴジラの咆哮の威力が異常と言うべきであろう。
ゴジラは咆哮の残響が鳴り止まぬ内に、上方を増大し続ける憎しみを以って、面を顰めて睨む。無間地獄の業火ですらもが相対的に見れば絶対零度としかならない灼熱の覇気と殺意に満ち溢れた、いかな刃物もなまくらと見える程鋭い眼光に射貫かれ、霊夢の膝は壊れた何の様に笑うが、視線はゴジラに固定されて動かず、逃避すらも許されない。
その後ゴジラが此方に向ける灼熱の怒気が、何故か徐々に弱まって行くのを感じた。ゴジラは項垂れ、尾を除いては動かない。その周りを砂の粒子が渦となって揺らめき、落ちて来た小石が当たり、弾かれる。その姿は廃墟に佇む石像の様であり、今までとは別ベクトルの不気味さを湛えて鎮座している。
尾が地面に叩き付けられた。特段の溜めも気合も無く、椅子に腰を下ろす何の様な、力を入れぬ所作でさえあったが、それすらもが地盤を轟音と共に叩き割り、尾の形そのままに抉った。
ゴジラの様子が明らかにおかしい。ゴジラの突然の変調に、身も凍り焼き尽くされる様な恐怖から解放され、ゴジラの気迫以外にも意識を向けるだけの余裕を取り戻し、そして休まる暇も無く、果てしも無い嫌な予感がした。
このゴジラに起きた突然の様相の変異、ゴジラが突如無力化されたと考える程、今の霊夢は能天気では無かった。
開けた視界で周りを見れば、霊夢程の勘が無くともこれが瑞兆などでは無いであろう事は容易に察せられたと見え、鬼が出ても蛇が出ても早急に対処できるよう、各々の力の出せる限りの最大火力を一点に集中させ、今にも撃たんと構える。
見ると、今まで攻撃こそすれ姿を顕さなかった紫と隠岐奈さえ姿を顕し、紫は凄まじい妖力を結界へと変換し、其れを四重まで重ねる。
霊夢もそれを見て、その身に残っていた有りっ丈の霊力を使い、限界まで強度を高めた結界を三重まで重ねる。此処までの強度を誇る結界、合計七重の結界は、仮に破れるとすれば、それは天体をも破壊する程の、異常な力が一点に掛かると言う位だろう。
隠岐奈は此処に居る者全員の背後に後戸を開く。霊夢は身軽になり、全身から霊力が漲る感覚を覚えた。結界が更に強固に成って行くのを感じる。
レミリアが咲夜に合図をすると、その直後に数百メートルは有ろうかと言う、一つ一つが余裕を持って幻想郷を日本を支えるプレート毎跡形も無く消し飛ばせる程の魔力を持った、紅い魔力を湛えた槍が、数百数千と宙に出現した。
神奈子は片手で何千もの御柱を出現させ、それらの先を一点に集中すると、先より強い光が溢れる。
天子は緋想の剣に、地球をまるまるエネルギーに変換したかの如き膨大な力を籠め、それに呼応する様に烈しく光る。
萃香は異常な密度と質量を腕に込め、小惑星の十や二十なら軽く殴り飛ばせる程に集中した。
勇儀はその比類なきまでの力を光弾に換え、それは空間を埋め尽くさんばかりに暴力的輝きを放つ。
幽香は最早地獄が完全に崩壊しないかと心配になるレベルの魔力と妖力を傘の先に集中させた。
永琳は何もしていない様に見えるものの、上空からは異様な音が鳴っている。完全に盤石の態勢。例え何が来ようとも、これなら完全に滅する事が出来る。そうこの場の皆が確信した時であった。
叩き付けられたゴジラの尾の先端に生えている背鰭が、蒼白く輝き出した。この光はチェレンコフ光と言ったか。もしそれならば無間地獄には大量の放射線が満ちている筈だ。
その光は一つ根本に近い背鰭も発し、更に一つ、また一つと背鰭が輝く。尾から背中の背鰭に輝きが移動するに連れ、背鰭のみならず全身から薄く青く光り、莫大なエネルギーの収束を意味する形容しがたい異様な音が鳴り、一時は鳴りを潜めた圧倒的な威圧が、より強化され、より烈しくなりて、再び空間に戻って来た。
とうとう頭に生えた背鰭までもが光った時、ゴジラの大きく裂けた口が、蛇の如く鈍角に開かれた。
口蓋の内よりは背鰭と同じ、しかしそれとは比較にすらならない明度の青い光が溢れた。その余りのエネルギーに、地獄そのものが大きく鳴動する。それは十二分に幻想郷の面々にも伝わり、全員が気を引き締める。
輝きは増し極まった所で、口より一気に指向性を以って放たれた。
余りの温度に地獄の基礎は蒸気と化し、更にプラズマへと変じる。
耳を劈く轟音を伴って外敵を消し飛ばさんと上に向けて直進する。
一挙に数千の紅い、妖艶で邪悪な槍が殺到する。
しかしそれ等は、蒼白の光に触れた途端に瓦解し、消滅した。次いで軍神の全力を込めた光線と、花の大妖怪が放つ全身全霊の光が同時に熱線と衝突した。何の抵抗も無く圧し負ける。輝く光線と斬撃の中間の様な攻撃が迫るも、一瞬で光に呑まれた。勇儀と萃香が全力の一撃を叩き込むも、光の濁流は削られる事すら無く前進し続ける。そのまま結界に直撃し、一秒と掛からずに七層全てを破壊した。
結界の先に居た少女等が光に呑まれる直前に、扉と空間の裂け目に吸い込まれて軌道から脱する。
扉と裂け目が消えた直後、先程まで少女等が居た場所は光に消された。
あっという間に地上を突き破り、大結界を貫通し、ゴジラの方向に迫り来る大質量の何かを破壊し、大気圏を抜け、宇宙空間へと熱線は到達した。
熱線の射線上には人里も妖怪の本拠も無かったのがせめてもの救いだろう。
軈てゴジラは口を閉じ、熱線の照射を止める。高熱によって遠目からはゴジラの姿は大きく歪んで見え、地獄のあらゆる場所より岩石蒸気が立ち昇り、充満した。
怒り収まらぬ様子でゴジラが咆哮すると、空気の振動に歪んだ視界は更に歪み、分子の振動によって周囲の岩石蒸気は電離し、プラズマの光が怒りを体現する様であった。
空間が裂け、扉が開くと、先に消えた人妖等が現れた。
皆ゴジラの創り出した地獄も生温い、地獄絵図や阿鼻叫喚という表現も最早これを表現するには能わぬ光景と、歪んだ地獄の中央に鎮座し、尾を振るい、咆哮するゴジラを視界に入れた途端に言葉と顔色を失った。
その間にも咆哮の衝撃が迫る。いち早く萃香が咆哮の振動を萃めようとするも、何故か何も起きはしない。
再び能力を発動するも、やはり何も起きない。
しかし突如目の前の空間がモノクロ―ムな色合いになってその内の全てが動きを停止し、その空間で衝撃も停止した。
更に岩石蒸気が迫るが、早苗の起こした風によって掃われ、蒸し焼き所か気体に昇華させられる事は避けられた。
レミリアが槍を作ろうとするも、出来たのはほんの僅かな、搾りかす程度の魔力しか籠っていない、小さな棒であった。
これは一体どうした事だろうか。ゴジラがその様な術や能力を持って居るとは考え難い。さして戦っていない咲夜や早苗の能力が問題無く使えたことからして、恐らく疲弊が限界に達していたのだろう。
ただゴジラの威圧により限界や疲労すらも超えて無理に力を引き出し、それが先の熱線の迎撃によって同時に力が空になってしまったのだろう。
鬼等にして見れば、自らの持つ限界までの力をぶつけられる相手の出現というのは大変冥利に尽きる事だろうが、それでも相手が相手である。戦いを楽しむ余裕は既に威圧と極限に消えている。
詰まる所、最早戦うだけの余力は残されておらず、ゴジラ相手に足掻くことも出来ぬ、所謂詰み、という奴である。
地上に向けて歩み出したゴジラを見て、歯噛みして攻撃をしようとするも、意識が消えかけたのを感じ、それすら振り切って体中に僅かに残る力を振り絞る。視界が朦朧とし、思考が霞掛かる。そこで漸く弾幕の生成に成功したが、それはゴジラの躰にあっさりと弾かれ、消滅した。
気を失いかけ、地獄の底に堕ちかかった所を紫に抱えられ、何とか空中に留まった。悲痛な沈黙に全員が支配され、後はこの怪物に蹂躙される幻想郷を見届けるしかなくなっていた。賢者の二人のみは矜持からか、まだ瞳の中に幾らかの光を宿していたが、それ以外は耳に聞こえるは瓦礫を踏み固め、徐々に近づいて来る、重い足音のみであった。ただどうしようもなく向けられる視線を意にも介さず、悠々と、しかし激情を湛えて地上への道を進んでゆく。暫くしてとうとう、地獄より怪獣が帰還した。地平より山の様なシルエットが顔を出し、漆黒の中でただ眼が怒気に燃え、歯が輝く。霊夢達は逃げる事すら無く、いや出来ずに、ただ静かに目を閉じる。青い光が瞼を貫通して差し込む。光は強くなる。汗の滲んだ拳を握り、瞼を硬く閉ざす。空気がかの怪獣に向けて鳴動する。全身が震え、閉ざした筈の瞳より涙が零れ落ちる。そして轟音が鳴り━━
ゴジラは地割れに足を取られて転倒した。熱線として放たれる筈だった光は既に消え、驚愕の唸りと共に頭蓋が地面に打ち付けられる。霊夢の目が開かれた。そしてその視界に入った光景は、ゴジラの正面の地面が隆起し、そして並々ならぬ神気を放つ、ゴジラとまではいかないが巨大な赤茶色の體の、額に角を生やした、狛犬の様な獣が現れた光景であった。ゴジラは立ち上がるも、その顔面は虹色の光に包まれた。その光線を、現状で放つ事が出来るのはただ一人、流星の魔法使い、魔理沙だった。魔理沙は霊夢の姿を見つけると、全速力で霊夢の方向へ飛翔した。
立ち上がったゴジラと、相対する赤き神獣。咆哮の応酬の後、互いに向けて猛然と突進した。