東方呉爾羅伝   作:2147483647の塊

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祀られる参の獣/不可視の猛毒

時は遡り、或る洞穴の中。

霧雨魔理沙は、手に魔法で作った光源を持ち、奥へ奥へと進んでいた。

 

長い睫毛に水滴が付き、特徴的な大きな三角帽にもぽたぽたと水が垂れる。

 

鬱陶しそうに顔を顰めて目を擦り、闇に恐る恐ると言う仕草で歩いて行く。

「確かに小鈴は此処の奥って言ってたんだけどなぁ。もう大分歩いた筈なんだが。」

 

魔理沙の言葉通り、既に魔理沙が洞穴に入って数刻は優に経過し、進んだ距離もキロメートル単位で数えられる位になっていた。

 

しかし未だに一本道の洞穴は終点の兆しすら無く、ただひたすらに黒で塗り潰したかの様な闇が先に見える。魔理沙は付き添い、もとい道連れに誰かを連れて来なかった事を心の中で後悔しながら、体を小さく縮めて歩を踏み出す。

 

足音は暫く消えずに反響し続け、尚の事不気味さを演出している。

 

突然、目の前より蝙蝠の群れが向かって来た。魔理沙は洞穴中に響き渡る悲鳴を上げ、無様にも尻餅を付いた。

 

姿勢が低くなった御蔭で、図らずとも群れとの正面衝突は避けられたが、魔理沙の気分は最悪な物になった。

 

湿気が多い洞穴の中で尻餅を付いた所為で、可愛らしいスカートは濡れ、染み込んで尻に冷たい感触を齎したのを鑑みれば、それも至極当然の事であろう。

 

魔理沙はこの痴態を衆目の面前に晒すことが無かった事を安堵したが、直ぐにそもそも連れと一緒に歩いて居れば、多少の心強さの為に腰を抜かす事も無かった事に思い至ったので、やはり誰かを同伴させる選択を多少の見得と億劫さから選ばなかった、数刻前の自分を心の底から呪った。

 

すっくと立ち上がると、魔法を使ってスカートとその中に履いていたドロワーズに染み込んだ水分を吹き飛ばし、前方に光を放つ。それは暫く物理法則に則って放物線を描き、壁に触れるとその場に留まり続け、明るい暖色の灯となって闇を照らした。遥か前方まで岩肌の細部までが明瞭に照らされ、もう暗く不気味な雰囲気は影も形も無く消え去っていた。

 

魔理沙がこんな洞穴を探検している目的とは、『護国三聖獣』である。

 

稗田邸に護国聖獣記を持ち寄った魔理沙は、その後も何度か稗田邸と鈴奈庵を通い、そしてとうとう護国三聖獣が一、婆羅護吽の封印場所を明らかにしたのだ。

 

その場所こそがこの洞穴の先であるのだ。他の聖獣の封印場所は全く記述されていなかったり、いんふぁんと島なる謎の島だったりして、全く手の出し様が無かった。

 

ちなみにこの本を発見した香霖堂にも足を運んだのだが、暫く興味深そうにこの本を眺め、一通り読み終えた後に、訳の解らない、それでいて無駄に長い蘊蓄を魔理沙に垂れ流し、結局何も解らないと言う、徒労極まる骨折り損の結果に終わった。

 

正直に言ってこの本がただの創り話、と言う最も魔理沙が恐れる事態も、考えないでも無かったがしかし、魔法使いとは知識欲の塊であり、それ以上に魔理沙は好奇心旺盛な御転婆少女である。

 

この限り有る生を生きて行く中で、後回しという選択は無く、殆ど反射ともいえる形で、この本の真偽を確かめるべくその場所に赴き、更にそこに洞穴を発見したので、脊椎の命令で探検を始めた。その著しく思慮を欠いた行為の報いは、先程嫌と言う程味わった。

 

暗闇を力技で克服し、もう魔理沙の神経を削ぐ要素は何も無い、明るい自然の創り出した回廊を進もうと歩き出した途端、天地の引っ繰り返った何の様な激しい振動と共に、魔理沙の小さな体は前方に投げ出され、腹から岩肌に叩き付けられた。

 

俯せに倒れたその姿は、丁度潰れた蛙の様であった。暫くして魔理沙は起き上がる。服も顔も泥で汚れ、痛む腹を抑える。岩肌に叩き付けられてその程度で済んでいるのは、魔理沙が異変解決の為に、体も鍛えていた為だろう。軈て自分の身だしなみに起きた惨状に気付き、心底うんざりとした様子で口角を下げ、深いため息と共に、先程と同様身体を清めた。

 

再び歩き出すと、くぐもった獣の様な雄叫びと共に、また振動が襲い掛かる。今度は心構えが出来た為に、何とか踏ん張って再度の転倒は避けられた。しかし振動は次第に大きく、そして絶え間なく襲い掛かる様になり、このまま地面に足を付けていたのでは洞穴ごとシェイクされてしまうので、この狭い洞穴の中で、魔理沙は宙に浮く事にした。少々奇怪な光景であるが、魔理沙とてこの誰が来るとも知れぬ洞穴の中で潰れた肉塊に成りたくは無い。

 

余りの衝撃なのか、石礫が落下し、壁中に罅が入っているので、出来るだけ急いで進む。

 

それから半刻程進むと、漸く洞穴の終点なのか、今までよりもかなり空間が広がっていた。尚、この時には既に、巨大な隕石が群れを成して降って来たのでは無いかと、地球が壊れないかの心配をする程の凄まじい轟音と揺れが鳴り響いていた。何か、鬼か何かが大暴れしているのだろうか。

 

明らかにスペルカードの域を逸脱した破砕音と衝撃である。外に出たら焼野原が広がっていた、などと言う笑えない事態になっていないと良いが、と思いながら、魔理沙は異様な空間に出た。

 

先程までは幅高さ共に魔理沙の背丈二人分程度であったが、この空間は床から天井までは少なくとも今までの数十倍ものスペースがある。そして、物凄い轟音も小さくなり、揺れは大したものでは無くなった。

 

暫くぶりに地に足を付け、目の前に見える巨獣、恐らくお目当ての護国三聖獣に近づいて行った。巨獣は三頭居て、何れも動いていない。前には相当古い時代の立て札が立てられ、その他にも、簡易的な神社の様な物さえあった。

 

しかし、その全てがすっかり風化し、一様に朽ちていた。立て札の文字は掠れ、一分読めない文字さえ有った。

 

先ず左に眠っていた、『庵魏羅珠(アンギラス)』を見てみる。

『庵魏羅珠』は三体の中でも最も大きい。棘の生えた甲羅を背負い、頭には七本の角が生えた、恐竜を巨大化した様な容姿である。

 

魔理沙が庵魏羅珠の周りを周って見ていると、横に周った辺りで足を止めた。何と庵魏羅珠には、下半身が無かったのである。断面は乱暴に引き千切られた様にぐちゃぐちゃになっており、しかしそれすらもが生命を感じさせぬ土色に風化していた。

 

庵魏羅珠、もといその死体を一周すると、今度は中央に鎮座する、『婆羅陀巍(バラダギ)山神』の方を見てみる。庵魏羅珠の方とは違い、神の字が有り、神の一柱として祀られていたのが見て解る。

 

ただ庵魏羅珠の方にも、立て札には名の下に何か墨の掠れた何かがあり、少し下に余白が有ったので、失われただけで、他の聖獣にも神としての名が有ったのだろう。婆羅陀巍は一目見て分かる程度に朽ち果て、かつての姿を僅かに忍ばせるのみの、哀愁漂う状態となっていた。

 

次に右に祀られた、護国聖獣記にも記されていた、『婆羅護吽(バラゴン)』の方に向かう。婆羅護吽は土埃こそ掛かっているものの、見た所創も無く、五体満足の状態で深い眠りに付いている。

 

魔理沙が婆羅護吽の頭を払うと、土埃が落ちて赤茶色の表皮が露わとなった。護国聖獣を見つけ、損壊の激しい死体であったが、庵魏羅珠と婆羅陀巍と言う予想外の成果まで得られた。しかし、護国聖獣記には婆羅護吽の記述しか無かったのだが、これはどういう事だろうか。

 

しかしそれも調べればじき解かるだろう。疑問は有れどそれ含めて魔理沙は大満足の体で、婆羅護吽のそばに腰かけた。ふと、手の傍に有った掌大の石像が目に付いた。魔法使いとして、魔術系の研究によって培われた鋭敏な感覚は、石像に掛かる力を察知する事が出来た。それは婆羅護吽に封印の様な効果を施しているのが分かり、そして自分が手に取った事によりその力の流れが止まった事にも気付いた。封印が解けたと言う事は、当然そこに封じ込まれていた何かが解放される訳で、今回の場合、その対象は目の前の巨大な怪獣である。

 

そこまで考えた辺りで、魔理沙は自分が何気も無しにとんでもないことを仕出かしてしまったのでは無いかと思い至り、冷や汗を流して石像を元の位置にそっと置き直したが、それは全くの無駄に終わった。

 

地響きが鳴り、全身に掛かる土埃は一瞬で振るい落とされ、土煙の中に、赤茶色の、巨大な体が揺れ動く。目は丸く開かれ、獣らしい、しかしそれよりも遥かに大きい歯が覗く口も同じく開いた。如何にも頑丈そうな四肢で体を持ち上げ、そして下に居る、自分よりも遥かに小さい、土煙の中で咳き込んでいる魔理沙に気が付いた。

 

魔理沙は復活した婆羅護吽を見上げ、自分が一口に入ってしまいそうな大口を開けて自分を見降ろしている事にも気付いた。此処で興味の対象を傷付けるのは吝かであるが、自分が美味しく頂かれてしまうよりは数倍増しである。

 

魔理沙は空を飛んで一旦距離を取り、八卦炉を構えて其処にエネルギーを集中させる。しかし即座に臨戦態勢に入った魔理沙と相対する婆羅護吽は攻撃の仕草を一切見せず、何かを察知したかの如く後ろを向いて、頑強な上肢で地面を掘り始めた。

 

魔理沙は自分を食べようとしていた何の如く此方に視線を向けていた婆羅護吽が何の害意も有する事無く、背を向けて何処かに向かって行ったのを見て、毒気が抜かれた様に肩を下ろし、そして婆羅護吽が何に向かって行ったのかも気に為るので、婆羅護吽が掘り進めた穴を進み、追い掛けて行った。

 

暫く付いて行く。意外にも地中を掘り進める婆羅護吽の速さはかなり早く、余り自由に動けない地中で出せる最高速で追い掛けても、追い付くのは骨が折れる程である。

 

それと魔理沙も半分忘れていた事であるが、謎の轟音は尚も鳴り続け、今や婆羅護吽が掘った穴が途端に部分的な崩壊を起こすまでになっている。

 

絶え間なく落石が降り注ぎ、中には自分の丈よりも大きい岩も少なからず落ちて来るので、それを避けて進む。そして、とうとう何処かに到達した様で、婆羅護吽の前から光が漏れ出た。大轟音と共に飛び出す婆羅護吽に次いで、魔理沙も地中から脱出した。

 

それと同時に、唐突に尋常でない殺意が突き刺さり、肝が全て絶対零度に冷えた何の様に錯覚した。

見るとその威圧を放っているのは、横倒しになり、今にも起き上がらんとする、漆黒の体表を持ち、目は炯々と殺意と憤怒の火焔を湛え、牙もまたギラギラと殺意に剥き出しにされた、婆羅護吽を大きく上回る巨体を持った、恐竜の様な、しかしその大きさと気迫は全くの別物な怪物が見えた。

 

見る者を平伏させるかの如し厳然たる貫禄をその身に纏い、轟轟とした音と共に視線の標高が高くなって行く。

 

それは此方に気付き、そして燃え盛る視線を寄越して来た。

 

冷や汗が流れ、思わず大きく距離を置き、そして先程は使う事の無かった、全力のマスタースパークを叩き込む。虹の光にか黒い巨体は呑み込まれた。弾幕ごっことはかけ離れた威力の、正しく山をも一撃で荒れ地に出来る程の威力の攻撃である。塵一つとして残りはしないだろう。

 

しかし光が途切れた後には、全く無傷の怪物が、異様な怒りに身を染め乍ら、完全に立ち上がっていた。殺意のみであれば今までに受けた事の無い程の邪悪で恐ろしい物とは言え、それで折られる程魔理沙は柔では無いが、自分の出せる限りの最大火力を無傷で凌がれた上で殺意を向けられれば、その絶望も更に増す。

 

何か無いかと見回していると、霊夢とその他の各勢力のトップ層が居た。彼女等が居れば百人力である。怪物を倒すのも容易いだろう、と言う事で、早速霊夢達の元へ向かった。

 

婆羅護吽は怪獣と相対している。婆羅護吽とも協力すれば更に戦況は盤石な物になるだろう。近付いて見ると、全員が全員、一切の掠り傷一つとして在りはしないが、本来であれば並の妖怪など歯牙にも掛けずも外の世界に置かれても希釈されずに確固たる一つの強大な存在として君臨出来る程の力を持った彼女等が、弱小妖怪と同等までに激しく消耗し、疲弊し切っているのに気が付いた。

 

既に一戦を交えた後なのか。獄炎の中を悠々と進み、黒々とした影の中で爛々と煌く眼と後ろで揺らめく尾が目を引く怪物を見ればある程度の状況が飲み込めてしまったが、魔理沙は、ひとまず何故この状況になったのか、聞いてみる事にした。

 

 

 

予想通り、いや、予想を遥かに上回る最悪の相手であった。

 

天を覆い尽くす威容は張り子に非ず、山を貫く鬼の剛力を受けてもびくともせず、凡そ争い事で言えば無敵ともいえる軍神の力も怒りを助長させるのみであり、如何な天災も怪物を神々し足らしめる演出となり、あらゆる策謀はその力の前には無意味であり、しかし力比べは本来悪手も悪手な所更にこれに挑むのは尚の事無謀であり、運命のに裏打ちされた月の全ての兵器より奥の切り札にして頭脳の最も効果的な一撃ををあまつさえその躰一つで受け止め、天上天下あらゆる物に有る隙間と後戸による反則級の能力を最大限に殺意に向け、概念的に分解し、存在そのものを消し去ろうとも、物理的に、出鱈目に耐え続ける化け物。

 

その耐久力に比して、破壊力も絶大であり、その一挙一動で此方がありとあらゆる行動を取ろうとも破壊され、力勝負では比べるべくも無い。

 

言葉だけであれば魔理沙の闘争心は寧ろ火を噴く所であるが、幸か不幸か力の一端を垣間見てしまったので、それは小さく萎え果て鳴りを潜めてしまった。

 

この様な規格外との遭遇は、月人や地獄の女神等他にもあるものの、今回のものもそれらに全く引けを取らない処か上回ってさえいそうな実力を有している他、相手は言葉を解さぬ、只々何故だか知らぬ憤怒と憎悪のみを抱えて、策も糞も無く暴力に限りを尽くして、その天を叩き落し地を打ち砕き、星をも一撃にして破する気迫と実力で、文字通り牙を剥くのである。

 

恐怖は言葉を解し、姿が人な彼方とは比べ物にならない。こうなるのも当然所か、かなりの善戦とさえ言えただろう。

 

 

言葉では説明不足な程の、神話もかくやと言う程の、死力を賭した激しい戦いだったのだろう。疲弊が目に見える形で、魔理沙の親友の霊夢も仰向けになり、力無く意識を手放していた。その躰は緩み切り、瞳は閉じられ、汗と涙に塗れ、そして━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し開いた唇の端より、赤い鮮血が垂れていた。これは言うまでも無く異常な様相である。それに気付いた人妖、特に紫が急いで駆け寄り、揺さぶって起こす。開いた霊夢の目は、異様に黄色く変色していた。

 

紫と魔理沙が声を張り上げて呼びかけるも、返答はとても小さい物だった。

「何…よ……揺さぶらないで…頂戴……」

 

絞り出す様に出た声は衰弱した、今にも消え入りそうな弱弱しい物であった。首は赤い班で染まっている。

 

紫が霊夢を起き上がらすと、何回か苦しそうに空咳をした後、血液の混じった吐瀉物を吐いた。

 

明らかに只事では無い容態に、紫は大急ぎで永琳に引き渡した。一刻を争う事態なのは火を見るより明らかで、この謎の症状も、永琳ならば治療してのけるだろう。油断では無く信頼から、安堵の息をつくと、次いで二つの倒れる音が聞こえた。同じ人間の咲夜と早苗が、霊夢と同じような症状を出して倒れたのである。苦しそうに血を吐く二人を、心配そうに神奈子とレミリアが抱え、永琳に預けた。

 

突如立て続けに親しい仲の人物が倒れれば、幾ら治療出来たとしても心配になるのは当然だろう。魔理沙が顔色を蒼白に染め、現実を受け止めきれないと言った風に頭を掻く。

 

頭から戻した指の間には、抜けた金の髪の毛の束が根元から有った。蒼白の顔色は更に悪いものとなり、込み上げてきた吐き気を必死に嚥下する。しかし喉で暴れ狂う液体は容易に喉を突破し、口端から血が垂れ、足はその十全の機能を失い、重力に従って崩れ落ちた。

 

魔理沙は、自分の体中の機能が破壊されてゆくのを感じた。




妖怪は単純に肉体の質が違うので放射線は大した効果は無い設定です。
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