幻想郷の中の何処か、日の光は差さず、さりとて闇に閉ざされた訳でも無い場所。
生物の痕跡は見受けられず、何の物音も無い。その中心には、巨大な氷塊。天を衝くが如し柱は、眩しくも無く、しかし暗さを感じさせぬ、黄金の光を放っている。
其処に、かつ、かつ、と、静かな足音が響く。穏やかな、激しさの無い音であったが、反響によって何度も響き渡る。軈て、その足音の主が姿を現した。
桃の髪にシニオンキャップを二つ付け、緋に茨を象った前掛けを衣装の上に身に着け、右手は完全に包帯に覆われている少女。性質は穏やかなれど、その身に宿す力は山を当たり前の様に砕く凄まじいものである。その名は『茨木 華仙』。片腕有角の仙人にして、妖怪の賢者の一人である。
彼女がこの僅かな生命の残滓も在りはしない、不思議な空間に来た理由はただ一つ、この空間の中央に位置する存在。それは圧倒的な力を黄金の煌きに載せて四方八方に放っている。
華仙は、自らを遥かに上回る絶対強者の存在感に、汗を伝わせ乍らも、氷河の内に居る何かの正面に立った。
氷柱中に存在する者こそが、幻想郷の最高神にして、護国三聖獣が一柱、嵐を纏い雷霆を放つ、龍神『魏怒羅』である。華仙は、この魏怒羅を呼び起こし、幻想郷に仇為すこれまた規格外の怪物の討伐を懇願すべく、この空間に来たのである。
氷には何故この様な物が施されたのかは賢者の中では新参者の部類である華仙には解らないが、非常に複雑で強固な、霊力、妖力、神力、その他ありとあらゆる力を織り交ぜた封印が何重にも掛けられ、一見魏怒羅を封じている様に見えるが、それを通り越して気迫が伝わって来る事からも、余り意味を為していない事が分かる。
突如、魏怒羅の三つの視線が、華仙一人に集中した。一切の害意を孕まぬ視線であれど、圧倒的な力で存在そのものを覆われる様で、多少の恐怖を覚えた。
しかし幻想郷を守るために、その最高神の龍神を目覚めさせ、その絶大な力を以って異物を打倒さなければならない。飽くまで落ち着き払った様子で、しかし気力は平伏するが如き様子で、淡々と口にした。
「賢者××××の名によって貴方に伝うる、■■■■■■■■■年の禁を解く」
言い終わった瞬間、氷塊が、地面が、否、空間そのものが鳴動し、悲鳴を上げて引き裂けて行く。封印は無意味とばかりに砕け散り、氷は一秒と掛からずに粉々に砕かれ、三本の如何にも龍という首を生やし、全てを覆うが如き大きさの異形の翼を広げ、長大な尾が二本生えた、黄金の輝きを放つ躰が姿を現し、今までとは比較にもならぬ、純粋な神気が放たれる。華仙も龍の子を従えているものの、此処までの規格外な力は無い。幻想郷の最高神とはこれほどまでに次元の違う力を備えているのか、と今更な考えを浮かべた。魏怒羅が翼を一つはためかせると、竜巻もかくやという突風が吹き荒れ雷雲が魏怒羅の周囲を渦巻き、雷鳴がひっきりなしに鳴り続け、海原の如き豪雨が降り注いだ。華仙は突風に吹き飛ばされぬように踏ん張り、豪雨で水に飛び込んだ何の様に全身水浸しになり、遥か上空に昇り、圧倒的な存在感を放つ魏怒羅の、生物感の丸でない、何処までも異物的で無機質な、三重に重なった咆哮を耳にした。
婆羅護吽とゴジラの衝突は、ゴジラが圧倒といっても良い程に勝っていた。
元より体格は倍以上の差があり、その上ゴジラには単純な力量のみであれば単独で世界中の軍隊を一蹴し、
その力を破壊に回せば天体の一つや二つなら容易に破壊出来る大妖怪が集団でかかり、更に其れを簡単に撃退せしめる反則級の能力を持った月の賢者が幾兆もの選択肢より最善の物を運命と英智で選び出して、その身に掛かる穢れも承知の上で、本気で殺そうと掛かっても何のことは無く耐える程の、体格だけでは如何ともし難い異常な力を持って居る。寧ろ婆羅護吽が一撃で伸されず喰らい付いた事が称賛に値する程である。
単純な力勝負では勝ちの目は全く無い事を、触れた途端に悟った婆羅護吽は、自分を簡単に握り潰し原型を留めぬ肉塊に変え果てるだろう、太い腕の振りを避け、素早く地中へと身を隠し、そしてゴジラの周囲の地面を崩した。ゴジラとて地上に足を付けている生物である。幾ら力を入れようとも、土台が無ければ空を掻くのみである。先程までとは違い、最も効果的に施された地面の崩壊は、思惑通りゴジラの再度の転倒を招く事に成功した。大きな隙を晒したゴジラに、この機会を逃すものかと、婆羅護吽は地中より再び姿を現わし、その喉笛に躍りかかった。その頑強な上肢に付いた、硬い岩盤をも穿つ爪がゴジラの喉を切り裂かんとしたその時、婆羅護吽はその體に、尋常でない衝撃を受けた。その全長の約半分を占める、長大にして極太な筋肉の塊である尾の一撃を受け、婆羅護吽はその一撃をゴジラに当てる事を中断しなければならなかったばかりか、何かが砕ける様な音と共に大きく吹き飛ばされ、旧地獄の天蓋を突き破り、そのまま更に直進して、軌道上に有った妖怪の山を、その余波のみで山体を半分吹き飛ばした。衝突を察知した天狗等が迎え撃つ様に突風を放つが、ゴジラの怪力によって生み出された運動エネルギーの前には無力であり、不運にも吹き飛んだ婆羅護吽の放物線上に居た天狗と音速を超える速度で飛んだ為に生まれるソニックブームの範囲に居た天狗を潰し乍ら、その山体に直撃した。四千メートル程有った、美しい妖怪の山は今や茶色の山肌を痛々しく露出し、崩れて半分程の標高になっていた。
しかしこの結果すらもが、幻想郷にとっては幸運だったと言わざるを得ない。何故ならゴジラの尾は婆羅護吽に密着した状態より迎撃したので殆ど加速する猶予も無く、よってその威力も本来の其れよりも大幅に落ちていた為である。もしももう少し尾と婆羅護吽に距離が開いていれば、尾の加速の猶予を与えてその分威力も途轍もなく上昇し、婆羅護吽はバラバラの肉片になり、幻想郷も尾を振るう衝撃波によって、一撃で破壊し尽されていた事だろう。婆羅護吽は躰に一目見て分かる程の大怪我を負いながらも尚もゴジラを打ち倒さんと山体を崩し乍ら藻掻くも、跛行の脚では地面を碌に掘る事も出来はせず、砕かれた肢を引き摺り、明らかに左右のバランスを欠いた状態で、暫く動くと、それきりぴくりとも動かなくなった。
その衝撃と音響は、旧地獄の人外達に、ゴジラの脅威がとうとう幻想郷に牙を届かせた事をありありと伝えた。頭では理解していようとも、実際に自分達の住まう楽園が壊されるとなれば予想だにしていなかった動揺が走る。それに加え婆羅護吽が飛ばされた方向は妖怪の山になり、妖怪の山に自分の存在そのものの拠り所かつ自分の友人が待つ神社が存在する神奈子と、自分達が親の様に生み出し見守り育て上げて来た、謂わば子とも言える幻想郷が、音を立てて壊される様子を耳にした賢者の二人は、特に、如何ともし難い空回りする焦燥と、ぶつける所こそ有れどぶつける力の無い怨恨、そして深い悲しみが心に満ちた。
家族の如く愛し、失くせばそうで無い者も悪しからぬ感情を抱き、良き友人として接していた人間達と、最後の楽園である幻想郷、その二つが害される事を五感の全てで感じた。
決戦の後も、目に見えぬ抵抗は幾らでも繰り返した。
しかしその全ては、先の戦いによる枯渇により無為と帰した。
紫と隠岐奈は一時は問題の先延ばしにしかならぬと切り捨てた、その能力を使ってゴジラを外界に追放させる案を実行しようとしたものの、あの巨体を転送させるだけの力は残っていなかった。
萃香がゴジラの体を疎め、素粒子単位で分解しようとしたが、その再生力は分解の速度を上回り、全くの変化も齎さなかった。
レミリアは運命を再び動かそうとしたが、それすら満足に出来ぬ程まで力を使い果たしていた。
結果として、何も変わらず、何も起きず、ただ歯を嚙み締めているだけに終わっていた。
紫と隠岐奈のみが、華仙が最終手段である、龍神を目覚めさせに行った事を知り得ていた。その力は絶大、其処らの妖怪よりも二回り以上強大な存在である。古い神や妖は皆一様にこれを恐れた。それは禁忌とされ、龍神の名、『魏怒羅』を耳にする度総毛がよだち全身が震える程であった。
しかし、ゴジラの脅威はその禁を解くのに十分過ぎた。忘れられ、この地に辿り着いた、いや、外の世界の人間によってこの地に押し込められたゴジラの怒りの矛先は外の世界のみならず、被害者ですら有る幻想郷にも向いた。
残酷なまでに全てを受け入れて来た幻想郷も、この人の醜部を固めた様な、本来幻想などとは程遠い、寧ろ対極を成す怪物━ゴジラを受け入れる事は出来なかった。
今日何度目かの、凄まじい轟音と共に、幻想郷そのものが大きく揺れる。その音を聞いた者には、全てを受け入れさせたつけか、幻想郷が悲鳴を上げて崩れ落ちてゆく様に感じた。
しかし、その音は幻想郷の断末魔では無く、ゴジラの対抗者たる神の降臨を示すものであった。
最早天井が吹き飛ばされ、完全に顔を出した月夜の空が、黒鼠の渦巻く暗雲に覆い隠され、轟轟と稲光が走り、時々地に堕ちて網膜を焼く。今まで体験した事の無い豪雨が降り注ぎ、ざあざあと聴覚を独占する音が鳴り、あっという間に全てを水浸しにする。全てが吹き飛ばされんという勢いの大風が吹き荒れ、木は大きく揺さぶられ、中には根本から折れるものもあった。暗雲は一瞬にして広がり、軽々と幻想郷全域を包み込んだ。幻想郷全体に、電子音の様な咆哮が、雷鳴や雨音、風の音を貫いて響き渡った。ゴジラの意識もそちらに向けられ、憎々し気に唸り、雲の渦の中央を睨み付けた。
「遂に……目覚めてしまったのね…」
紫は、その恐ろしさを知る故に、完全な信頼の眼差しでは無く、畏怖と不安の入り混じった視線を向け、誰に向けるとも無く呟いた。
隠岐奈は、険しい眼差しを向け、しかしその直後に目を閉じ、自らが神にも拘らず何ともいえぬ言葉を発して祈願するが如し行為をしたが、それは魏怒羅に向けられたものでは無く、幻想郷の無事を祈るものであった。
突如暗く閉ざされた幻想郷の空が閃光を放ち、天が裂けた様な音が響いたかと思えば、ゴジラの躰に雷霆が直撃した。余りのエネルギーにその軌道は直線を描き、殆ど光速で、ゴジラを包み込んだ。雷霆は物理的な衝撃には無敵と思われたゴジラを一撃で怯ませ、ダメージを与えた。怨嗟を込めた、何処までも悍ましい咆哮を上げ、即座に体勢を立て直し、天に向かって口を開き、蒼い光を放ち、そして先の雷霆以上の威力を持った放射熱線を放った。雷霆を呑み込み、風を打ち消し、雨を蒸発させ、そして幻想郷を完全に覆っていた雲を一片も残らずに吹き飛ばした。再び姿を見せた夜空に、先の見えぬ光の柱が照り輝いた。
そして墨を垂らした何の様な、ゴジラと似れども先の見えない恐ろしさは無く、澄んだ綺麗な黒に宝石の様な輝きを持つ星々の中に、巨大な黄金の光が一つ。星にしては余りにも大きい。消し飛んだ先から雷雲を生み出すそれこそが、幻想郷の最高神、龍神そのもの。雲の間より除く黄金の鱗は雷の光によってより煌びやかに輝き、魚の鰭と蝙蝠の翼を掛け合わせたかの如き異形そのものの翼が空間を占め、更なる威圧感を与えている。尾は根元から二股に分かれ、また黄金の輝きを伴い靡く様に動いていた。異様尽くしの様相に比して、頭は龍神と聞いて思い浮かぶ様なものだったが、雲を切り裂いてもう一本、更に一本と同様の黄金の龍の首が姿を顕した。龍神というには異様過ぎ、かと言ってそれ以外の言葉では言い表せない、『魏怒羅』という鮮烈な存在感と力、そしてゴジラと同様の包み込む何の様な威圧感を持つ存在。
魏怒羅の三つ頸が姿を顕した途端、その顎は三つとも大きく開き、先と同様の雷霆が三重に放たれる。それは再びゴジラに効果的な攻撃となるかと思われたが、雷霆が眼前まで迫った所でゴジラがその剛腕を振るうと、途轍もない衝撃と共に三筋の雷霆は相殺され、掻き消された。その衝撃は雷霆の威力を大きく上回り、魏怒羅の隠れた雲を一部吹き飛ばし、その黄金の輝きが垣間見えた。この遠距離からでは埒が明かぬと読んだか、そのまま魏怒羅は元来の天より地上に舞い降り、両の脚で地を踏んで正面から睨みあった。背丈こそゴジラよりも幾分か劣るものの、広げた翼はゴジラを優に上回る。殺意に満ちた二つの眼光と、黄金の六つの眼光が衝突し、交錯して突き刺さる。黄金と漆黒、暗雲と稲光と豪雨に視線の衝突は彩られ、巨大な二つの威圧のぶつけ合いに、崩壊した旧地獄は決戦場と変じ、その中の全てを一切の例外なく破壊せんと空気は一変する。両者はその存在自体が周囲を震え上がらせる威嚇の意味を持ち、咆哮はそれだけで岩を砕き、山を吹き飛ばす攻撃にすら成る。即ちこの規格外の怪物等にとって咆哮の応酬とは、戦闘の開始の合図では無く、示威を込めた攻撃である。少女等がそれぞれの力を使い退避した直後、相対する二体を中心として、球状の音波の破壊が襲った。範囲内の全てが微粒子になるまで破壊され、幻想郷そのものの地面と空気を大きく揺るがした。しかし其れを引き起こした二体には掠り傷一つ無く、魏怒羅は翼をはためかせ突風を放ち、三つの頭からはゴジラと言えども正面から喰らえばダメージを受ける程の威力の雷霆を連発する。対するゴジラは腕を振るって雷霆を打ち払い、突風を凌いで突撃していった。弾かれた雷霆は軌道を逸らして直進し、凄まじい轟音と共に、地獄を何層も貫通する程の破壊を引き起こした。ゴジラも一歩歩む度に地面に巨大な罅とクレーターを生み出す。魏怒羅は雷霆を連発し、台風ともいえる風を引き起こすが、その悉くが恐るべきゴジラの剛力とスタミナによって打ち払われ、ゴジラと魏怒羅の距離は急速に縮まって行く。
そして距離は限界まで近づき、魏怒羅と衝突した途端、再び幻想郷に、轟音と共に大地震を引き起こし、そして旧地獄を完全に崩壊させた。
ちょっとパワーバランスおかしいですかね…