ここは龍門渕高校麻雀部の部室である。衣はR京太郎をここへ案内した。ちなみに今日は部活が休みなのであいにく部員は一人もいない。R京太郎に続いて透華たちも部室へ入る。
「さて、衣がお前に麻雀をみっちり教えてやろう。ハクをただの画用紙だと思いこまれたままでは気分が悪い。透華、純、ちょっと卓についてほしい。」
気分が悪いと衣は言うが、その顔はどこか楽しそうであった。衣はR京太郎を自動雀卓に座らせた。次いで、透華と純も雀卓に座る。
「リュウタロス。衣のことを今日から『師匠』と呼べ。いいな?」
「ねぇ、ウサちゃん!早く麻雀しよーよ!」
R京太郎はやはりまったく話を聞いていなかった。
「ええい、ままよ。もうウサちゃんでもいい。じゃあ、まずは山から牌を引く…つまり牌を取ってみるんだ。」
「わかった!」
リュウタロスは突然、雀卓から立ち上がり部室の窓から外に出ようとする。
「おいおい!どこへ行くんだ!?」
「だって山に行って『ハイ』ってやつを取ってくるんだよね?山登りするとこから始めるなんて変わったゲームだねー。」
「違うぞ?山から取るというのはこの真ん中の牌の山から牌をこうやって引くことだ。」
衣は山から牌を引くそぶりを見せる。
「先が思いやられるな…」
純が頭に手を当てた。
そして、その後もリュウタロスのとんでもない勘違いは続いた。
「こらこら。麻雀牌は縦に積むものではない。あと、牌は13枚までしか持てないぞ。」
R京太郎は自分の今まで引いた牌をジェンガのように積み立てていた。
「逆にすごいと思うのは私だけでしょうか…」
透華も呆れ顔だ。他にも…
「えーと、四つ揃ったから「カン」!」
「リュウタロス。めくるのを忘れているぞ?」
「めくる?こういうことかな?」
あろうことかR京太郎は横の透華のスカートを捲ろうとする。
「きゃあ!?何をなさるんですの!めくるのはスカートではなくドラですわ!」
もちろん、リュウタロス自身に悪意はない。
「だめだこりゃ。これは長い一日になりそうだな。」
純は頭が痛くなってきたような表情を浮かべていた。
しかし、1時間ほど打っているとR京太郎、いやリュウタロスにも変化が現れた。
「ツモ!えーと、緑がいっぱい!」
「何?『緑一色』?なかなか難しい役をよく揃えたな。」
確かにR京太郎の作った役は紛れもなく『緑一色』だった。純も目を丸くする。
「やるではないか、リュウタロス!」
「敦賀の「妹尾佳織」を彷彿とさせますわね。」
衣と透華もそれぞれ感想を述べる。リュウタロスは何だが麻雀が楽しくなってきたようで、もう一回やりたいと皆にねだる。
そして、R京太郎を最初は少し疎ましがっていた純にも変化が。
「うーん。なかなかアガれないよ。」
R京太郎ががっかりしたようなこと言うと。
「ほら。オレの捨てた牌をよく見ろ。」
何と純はあえてR京太郎に振り込んだ。これはリュウタロスに自信をつけさせるためだろうか。
「あ、ロン!やったあ、僕のアガりだ!」
「ほう。『満貫』か。なかなかやるな。」
純粋に喜んでいるR京太郎と衣。その一方で透華は純に耳打ちする。
(どうしてこんなことを?)
(何かほっとけなくなってな。何かあいつがちょっと可愛くなってきたというか…)
(……らしくないですわね。)
衣の親役と一部から言われている彼女。どうやらR京太郎に母性本能(?)のようなものが働いたのだろうか。
「ツモ!えーと、ほとんど漢字!」
「『字一色』かよく揃えたな!偉いぞ!衣も師匠として鼻が高い。」
またもやR京太郎の奇跡的な役ににんまりする衣である。
「まあ、最初よりかはまあまあできるようになりましたわね。」
「初心者にしては上出来すぎるぞ。」
透華も純もR京太郎を見直したようだ。そのときだった。
「失礼します。お嬢様、皆様。そろそろ暗くなってきました。もうすぐ学校の施錠が行われますが…」
ハギヨシが部室の扉を開けて呼びかける。透華は時計を見て驚く。
「まあ、もうこんな時間でしたの?みなさん。そろそろ帰りましょう。」
「残念だな。リュウタロスと遊ぶのは楽しかったのにな。」
しかし、R京太郎は笑顔で衣の頭をポンポン叩く。
「大丈夫だよ、ウサちゃん!また会いに来てあげるよ。」
「ふええ…師匠の頭を叩くなあ〜」
今度は衣は恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「そういえば、君の家は?」
一がR京太郎に問いかける。
「僕?僕はね。時をかける列車で旅をしているのさ!そこが僕の帰る場所だよ!」
「どうやら、頭がおめでたい人みたいだね…」
一はそうリアクションするしかなかった。まあ、リュウタロス自身は嘘は言ってないのだが。
「ウサちゃん。また遊ぼうね!バイバイ!」
そう言うとR京太郎は部室の窓から飛び出し、走り去っていった。
「アクティブな方ですね…」
全員がしばらく沈黙する中、最初に智紀が口を開いた。
「衣はまたリュウタロスに会いたいぞ。」
衣はまた会えることを信じていた。だが、この後すぐに衣とリュウタロスは思いもよらないかたちで再会することになるのだった。
時刻は午後7時を回っていた。すっかり暗くなった龍門渕高校の駐車場。その闇に溶け込むかのような黒い外車。透華たちはその車に向かっていた。そのとき、皆を先導していたハギヨシが立ち止まる。
「透華お嬢様、下がってください!」
突如、ハギヨシの目の色が変わる。その直後、ガサガサと学校の植え込みが唸ったと思うとゴンと鈍器で何かを殴ったような音がこだまする。
「うっ…お嬢様…お逃げくださ…」
ハギヨシは何者かに殴られたようだ。ハギヨシはそのまま倒れこんでしまう。
「ハギヨシ!?しっかりなさ…きゃっ…」
続いてハギヨシのもとへ駆け寄った透華まで倒れる。
「透華!うっ…」
一に純、智紀までもが次々と倒れていく。残ったのは衣一人になった。衣は慌てふためいて透華を揺さぶる。
「み、みんな!?何かの冗談だろう?嫌だ…衣はまた独り法師にはなりたくない…」
そのとき、衣の背後に砂の塊が近づく。その砂の塊はやがて海老のような形になり、実体化した。
「こんばんは。またお会いしましたね、お嬢さん。」
「だ、誰だお前は…?」
両腕に大きな鋏を持った海老のような怪物はニヤリと笑う。
「おや、お忘れですか?私は『ロブスターイマジン』。昨晩、貴女と契約いたしました者です。」
そのとき、衣は昨晩のことをハッと思い出す。それは満月の夜だった。
昨日の晩。衣は一人、龍門渕家の庭で月を眺めていた。
「衣はこれからどうするべきなのだ…。自由も欲しいが皆とも永劫共にいたい。どうすればいいのだ…」
そんな思い悩む衣につけ込むかのようなタイミングで白い砂の塊が衣の前に現れる。
(さあ、貴女の望みを言ってください…どんな望みも私が叶えてさしあげます。貴女が払う代償はたった一つです…)
衣は自由になりたいが、仲間を失いたくもない。そんなジレンマに苦しんでいるときに摩訶不思議な存在が現れ、望みを叶えると言ってきた。衣は軽い気持ちでこう言ってしまった。
「妖異幻怪なお前は望みを叶えると言ったな。なら、衣を縛るものを取り去って自由になりたい…というような都合の良い望みでもいいのか?」
(なるほど。わかりました。契約成立ですね。)
砂の塊は大きな鋏を持った海老のような姿に変形した。