継ぎ接ぎの翼 作:烏丸
高槻泉───ミステリーを中心に執筆しており、高い人気を持つ若手小説家。
巧みな表現、洗練な文体、緻密な心理描写と過激かつ凄惨な残虐描写が特徴的で彼女の作品は多くの読者を魅了する。
彼女の書いた作品の中で、俺が最も惹かれたのは七作目の「黒山羊の卵」である。
これは「黒山羊」と呼ばれる女と、その一人息子が主人公の話だ。息子は殺人鬼たる母を嫌うが、結局は己のも母と変わらない事に気付く。
息子には母同様、残虐な衝動が芽生え始めた。
やがて息子は母と同じになる。そうして彼は死に向かう。大腸で編まれた紐を手繰り寄せる都度に絶頂し、塔を登りながら死へと歩む。
“ ───幸福の自動失敗、無形の落とし児
私の可愛い欠落者、あなたの親はあなたを育てるのに失敗した”
何とも救いようがない。そして俺が好むのはハッピーエンド。しかし俺はこの物語が好きだ。理由はまぁ、結構単純で簡単なものだったりする。
ぽん、と読了した「黒山羊の卵」を閉じる。窓を見るととっくに夕日が沈み出している。これは参った。今日はこのファンが見たら幻滅必至のゴミ屋敷を掃除しに来たというのに。
むぐぐ、と唸りつつ部屋を見る。片付け進行率は65%ってとこ。仕方ない、今日は泊まり込みで掃除タイムだ。そう思って「黒山羊の卵」を元の位置に戻そうとすると───
「またそれ読んでたの? 少しは他の作品にも目を向けて欲しいんだけどなー?」
この家の主が偉く不満そうな声で言う。どうやら執筆の休憩時間なのか、コーヒー片手に伸び伸びとしてらっしゃる。
カタン、とカップが机に置かれた。家主は“どーん”と力の抜けた声と共に、俺の座るソファへうつ伏せダイブ。腹にダメージが抉りこむ。
噎せる俺。しかし家主は気にも留めない。俺の太腿を枕にぐったりモード。また夜更かししたな、とパサついた緑色の癖っ毛から判断する。
「…うるへー、クリスマス女」
「んー? んー? 何かな、聞こえなかったな。
もっかい言ってみてよ。言えるもんなら」
「年はタブーだって? つか、案外気にしてんだな24さ…あだだだだだた!!!痛え痛え痛えって噛むな馬鹿お前!?」
ぶづん、と気味の悪い音。俺の太腿の一部が、家主の口の中へとサヨナラした瞬間だ。あーあー、このジーパン結構高かったんだぞ? ダメージジーンズと言うには微妙な穴が出来てしまっている。
家主は“キシャー”と歯をカチカチ鳴らして威嚇。ここは大人しく頭を下げて謝っておく。喰われすぎると疲れるのだ。
「……で、何故なのかな? 君が私の書いた作品の中でソレしか読まない理由は」
謝罪に多少溜飲を下げた家主 ───“高槻泉”が俺に問う。双眸には不満の色がありありと。ここは素直に答えるべきだろう。
「だってアンタがここまで内面曝け出す作品も珍しいし? 俺はあまり、こういう物語は好きじゃないけど…“アンタの話”なら、まぁ別だな」
俺が「黒山羊の卵」を好むのはいたって簡単。これは俺のジーパンを台無しにしやがった緑髪の女が、その内面を赤裸々に綴った話だからだ。
何でそんなのが分かるのかって? それなりに親密だし、長い付き合いだから分かるもんなのです。
「なんだそりゃ」
「お、照れた? 照れちゃったりした?」
「君は自分の血を掃除したいのかな?」
さて、ここで俺こと
前提として俺達は
人間を親に持つ喰種は「隻眼」と呼ばれる。喰種特有の赤い目、赫眼が片方にしか出ないのが由縁。
また“隻眼の喰種”は雑種強勢により尋常ならざる強さを持つらしい。この噂は結構本当で、おかげで俺も
俺達の出会いは東京都地下の大迷宮24区。殺し合いから始まった仲ではあるが、今ではこうして友人と言うには微妙な関係ではあるが、まぁ何とか仲良くやっていける関係である。
しかし驚いたのはエトが小説家になったということ。確かにこいつは地下喰種の中でも頭が格段に良かったが、まさかこうなるとは誰も思うまい。
ちなみに、エトからしたら俺がバーテンダーになった事が驚きらしい。何でさ。
「…ま、照れた照れてないは置くとしてだ。アンタも俺の趣味嗜好は知ってるだろ? 短い付き合いでも無いんだし?」
「加虐嗜好のドS男、独り身も納得だね」
「殺すぞシングルベル24、そこじゃねーよ」
煽り合いながらもケラケラと。つまりはこれが二人の適切な距離。それはそうと、そろそろ脚から退いてくれませんかねエトちゃん。
痺れで感覚が無くなってきた。行ったら弄られるから絶対言わねーけど。
「分かってるよ。完全無欠のハッピーエンドが好きなんでしょ、しかもとびきり平穏に終わるやつ」
「そのとーり。ま、でもアンタの書く本は好きだぜ? 黒山羊以外あんま読まないのは、マジで単に好みが合わないだけだからな」
高槻泉の作風はまぁ陰惨かつ凄惨だ。というか救いがない。あと大体主人公の大切な奴から死ぬ。俺みたいなハピエン中毒者からすれば地獄だ。
いやもうホント読んでて鬱るから勘弁してください。鬱るって分かってんのに読んじゃうんだよ、文が良すぎんだよふざけんなこの野郎。
…我ながらあまりにも理不尽だと思う。
しかしまぁ、このような作風が続く理由も…
「…分からんでもないんだがね」
「?」
「なんでもナーミン」
よっこいせとエトを足の上から退かす。色々と訳ありなのはお互いに一緒なので、いちいち聞いたりするのも野暮だろう。
という事で片付けを再開する。とんでもない臭いを放つコーヒー缶をゴミ袋へシュート。夏場にこういうのは放置するなと何度言ったか。
「そういえば、“渡鴉”の方はどうだい?」
「タタラが気に入らねーってのが半数。それ以外は“樹”に賛同した。幹部陣には“王”と“鳥籠”について教えてある」
「タタラさん嫌われてるなぁ。いや、トマリの場合は“赤舌連”と仲が悪かったせいか。あんなでっかい“抗争”になるなんてね」
「いや抗争っつーか皆で旅行に行った時にトラブっただけなんだけど」
───“渡鴉”、ちょっと前から俺が率いてる喰種組織。人と適切な距離を保ちつつ社会で生きたい奴とか、行き場がない奴とかが集っている。
主な活動は人間と喰種の死体回収。殆どの奴が共喰いせざるを得ない奴等だったから(人間の死体の数的な理由で)、まぁまぁ強い集まりだった。
ちなみに組織名の由来だが、精力的に活動していた頃、とある喰種捜査官から「死体漁りの鴉」と罵倒された時、幹部の一人が「鴉ってかっこよくないすか!?」って言い出したことに由来する。
んで、それ以来“渡鴉”と名乗っていた俺達だが、旅行に行こうという事で中国まで行ってきた。移動手段? 喰種の身体能力を舐めるな。密漁船を奪うなんて朝飯前だ。
そんなこんなで中国に上陸した俺達。しかし上陸先はまさかの中国喰種組織“
んで誤解を解こうとしても言語が違うので話が通じない。ああ、でもフェイって喰種はこっちの言わんとしようとした事を分かろうとしてたな、タタラと
最終的に抗争に発展。結果は痛み分けで終わった。向こうもこちらも武闘派幹部を二人失い、殆どが重症を負った。それ故にタタラと俺達の仲はすこぶる悪い。
「…
あいつレートSS+ぐらいの実力はあった筈なんだがなぁ…あいつぶっ殺した捜査官ヤバすぎんだろ、オウサマじゃあるまいし。
「フェイは君のお気に入りが助けたんだっけ?」
「ん、ああ。ヒキズリの奴がな…タタラに凄え顔されたけど」
助けられたのが恥じだったのか、それとも俺達が赤舌連を助けると思わなかったのか。
今となっては聞き出すのもドキドキもんである。
がしょがしょとゴミ袋の中身を軽く揉み、口を縛る。これで7袋目。明日の燃えるゴミを出すには骨が折れそうだ。隣でカラコロ笑う緑髪女を朝方にでも叩き起こして手伝わせようっと…?
「呼び鈴?」
「ああ、彼だよ。そろそろ来ると思っていた…入って構わないよー」
彼…塩野か。高槻泉の担当者にして、彼女が作家へと駆け上がるための足掛かりとなった恩人。人間だが俺達が喰種だと知っていながら黙ってくれている。
中々に吹っ切れたやつであり、エトに苦言を呈する事が出来るレア中のレアな奴。
「高槻センセー!! 原稿仕上がりましたか…って宝称さん!?」
「おいっす塩野っち、部屋掃除手伝って」
「えぇー…」
「がははは、運が無かったな塩野クン。君達が掃除を終えるまでには原稿を仕上げてみせよう」
「「普段から掃除しろ(して下さい)!!」」
「おおっと……」
…俺達は喰種だ。人を喰う怪物、人に恨まれる怪物。本来ならこうして人間と肩を並べて、談笑することなぞ、決してあり得ないはずの存在。
けど種族の垣根なぞこうして飛び越える例外もある。これを疎む奴らもいるが、そいつらはそのうちぶち殺しまくるから別に良いとしよう。
大事なのはエトと、その恩人の
だからこそ、俺は『樹』と『王』に跪いた。
それを知れば、この女は俺を笑うだろうが。
それでも、あのクソみたいな地下の中で、俺に「文字」と「物語」を教えてくれた彼女には───この身を捨てても、なお払いきれない恩があるのだ。
「───さってと、掃除再開しますかぁ」
「…なんで僕も巻き込まれて…」
「後で親子丼奢るから手伝ってよ、ソルトっち」
「塩野です…」
これは、鴉の話。
たった一羽の梟に何もかも捧げた鴉の報恩譚だ。
宝称泊木…名前の由来はインド神話の竜ヴァースキの和名の一つ、宝称から。ちなみにヴァースキには宝称以外にも和修吉、宝有、婆素鶏などの名前を持つ(すっとぼけ)