乃渡由比はバトスピテスターである 作:monochrome:黒
バトルが終了したのと同時、観客席からドッと歓声が湧き上がった。「あの炎利家相手に圧勝したぞ!」「スゲー!」「利家を倒したバトラーの誕生だ!」などと色々と聞こえて来る。どうやら思っていた以上に炎利家と言う存在はこの東武蔵において大きい存在だったらしい。目で見た方が早いと言うのはこの事かと自分は改めて自覚した。
情報である程度は把握していたものの、結局のところそれはただの字で書かれた文章体であり所詮はデータに過ぎない。見て対戦して経験してこそ観客席の熱を含めて本当の炎利家を見れるのかもしれない。
デッキをケースにしまってマシンを降りるとすぐ目の前に対戦相手であった利家の姿があった。敗北を喫しても平生を保ち、やはり何処か飄々としたものを感じさせる彼は此方を見るなり頭を掻きながら
「負けた負けた、まさかこっちの効果を粗方防ぎ切られた上ブロックされねぇと来たもんだ。お見事としか言えねぇよ。」
「お褒め頂き光栄です。私の方こそ『センゴク・タイガー』を出された時は少しヒヤリと感じました。『セイルフィッシュ』のLvを下げていたらどうなっていた事か。」
赤属性の1つの特徴であるBP破壊は強力だ。
自分が使っていたデッキが白と黄色の混合デッキだったからこそ、白属性の特徴の1つ「相手の効果を防ぐ耐性効果」でBP破壊を阻止出来たのだ。あの場面、他のスピリットを出していればまんまとその効果によって破壊されていた事だろう。見事防ぎ切ったのはデッキが運良く回ってくれたからである。
あの時『セイルフィッシュ』が出て来てくれて本当に良かった。そう思わずにはいられない。
「〈星座封印〉に「異魔神ブレイヴ」、バトスピテスターってのは面白れぇモン使ってくれるじゃねぇか。楽しかったぜ、テメェとのバトル。」
「私も貴方の様な歯応えの有るバトラーと戦えて良かったです。炎利家さん。」
「「利」で良い。」
「え?」
予想だにもしていなかった言葉に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。何せつまりは「渾名」である。渾名で呼んでくれと言われた事がこの人生の中で一つもない由比は柄にも無く反応に困ってしまう。
成人してはいない年齢で、子供として見られつつも大人としても見られる此方としてはどう答えるべきなのやら。誰か教えてくれコミュニケーションが豊富な陽キャラよ!1人勝手に内心であたふたしまくった由比は口が滑った様にこう答えてしまった。
「えっ、あの、利「君」では駄目でしょうか⁉︎」
「……何てんぱってんだお前?利「君」はねぇだろ、
思いっきり半目で利家は言う。
いや、19歳の自分としては14歳の君はガッツリ子供なんですが。
圧倒的不服だと言わんばかりの口調に由比は非常に困った。今までの人生で渾名で呼べる程の親しい人間を作った事がないのだ。故に自分の人との距離感は「親しくも近過ぎない平行線の距離」をずっと保って来たのであった。それはバトスピテスターになっても同じ事、バトル相手とは知り合い以上友達未満の関係であれば何も問題は無い筈であったのに。
簡潔にまとめると他人を渾名で呼ぶのは距離感が近過ぎる、である。
「…どうしても「利」と呼ばなければなりませんか?百歩譲って「利家さん」では駄目です?」
「なんでそこまで頑に名前を短く呼ぶ事に抵抗感やってんだよ。」
「い、いやぁ…今までの人生、他人を渾名で呼ぶ様な友達が居ませんでしたので……。」
「つまりボッ______」
「じゃありませんっ!ちょっと1人でいる事が好きだった子供だっただけです!」
決してボッチでは無い!
だって他のバトスピテスター達とはそこそこ仲が良いと思っているし!でもやっぱり1人で居るのが好きだけど!
珍しく冷静さを取り乱した。
流石は武蔵、ここに居るバトラー達は個性が強い上距離感が近過ぎる。
頑に譲ろうとしない由比にさしものの利家も折れたのか、「ハァ…」と軽く溜め息を吐くと致し方なさそうにこう告げた。
「まぁ無理にとは言わねぇよ、テメェの好きな風に呼んでくれや。」
「では「利家さん」と呼ばせて下さい。どうもそうでないと落ち着かなくて。」
「「乃渡由比」だったな。覚えとくぜ、次は俺が勝つから覚悟しとけよ。」
「はい、いつでも挑戦を待っていますよ利家さん。」
此方に背を向けてスタジアムの中に戻って行く利家。
去り際に二本指を振って行ったので、由比は軽く一礼して応えた。
(「炎の猛虎」と謳われる炎利家……中々個性が強くて気に入ったバトラーには距離感が近い人だったなぁ。)
自分はバトスピテスターとしてデータ収集も兼ねて暫くはこの武蔵に身を置くつもりだ。それまで彼の様な個性ある強豪バトラーと戦う事になると考えるとほんの少しだけ心が踊って来たのだった。