仮面ライダーW ANOTHER STORY 仮面ライダーウィング 作:雪見柚餅子
風都湾。日も登り、僅かに冷たい風が吹き抜ける。
その青い海に面する薄暗く錆び付いた匂いが満ちた倉庫の中に、サワをはじめとする財団Xの姿は有った。翔太郎も坊主頭の男に後ろ手に縛られた姿でそこに居る。
「さて、そろそろ時間だが……」
既に時計は8時58分を指している。約束の時間まであと数分。カチカチと時計の秒針が動く音が、妙に大きく聞こえる。
サワとしては、ここでフィリップ達が取引に応じなければ翔太郎を容赦なく処分するつもりだ。人質と言う価値こそあるが、取引を破ったのなら見せしめが必要だ。その後は彼らに関係のある者を一人ずつ捕らえ、代わりの人質にすれば良い。そう考えていた。
だがそこに近づく一つのエンジン音。その音にサワは歪んだ笑みを浮かべる。
そして倉庫の入り口に入ってきたのは、翔太郎が普段乗っている二色のバイク。そこにはヘルメットを被った二人が乗っていた。
「待たせたね」
「……」
翔太郎は目を見開かせる。ヘルメットを取ったその顔。それはフィリップとソラの二人だった。
「ほう、時間通りだね」
「ああ、約束通り翔太郎を解放してもらおうか」
「おい、ちょっと待て!」
フィリップの言葉に翔太郎が口を挟む。
「俺のことは良い! その子をっ……」
「先に言っておくが、これは彼女の選択だ」
「なっ、そうだとしてもっ!」
翔太郎の言葉を遮るように、フィリップが説明する。だが、その言葉を聞いても翔太郎は納得しない。
「ふふふっ。やはり君は聡明なようだ!」
サワはフィリップを見て笑顔を向ける。
「まあ、まずはそちらを渡してもらおう。その後に彼は解放する」
「順番が逆だね。まずは翔太郎を解放するんだ」
その言葉にサワは鼻を鳴らす。
「そんなことを言える立場かね。いつ、この男を処分しても構わんのだぞ?」
サワの言葉を引き金にしたかのように、翔太郎を捕えていた男が変貌し、アルマジーグとなる。それを見たソラはフィリップと翔太郎にそれぞれ目配せをして、頷く。
「私が行く……」
「駄目だっ!」
翔太郎が叫ぶものの、ソラの意思は固い。フィリップはそれを受け入れたかのように、一歩下がる。
「ほう。ようやく観念したようだね……」
重い足取りでサワへと近づくソラ。その目には不安が表れている。その姿を腕を広げてサワは待つ。そしてその手が届く距離まで近づくと、サワは一層の笑顔を浮かべ、天を仰ぐ。
「これであの方の計画は……」
〈STAG〉
「ん?」
近くで鳴った音にサワは疑問符を浮かべる。だがその瞬間、ソラの手元から何かがサワの顔面目掛けて射出される。
「なっ!?」
すぐさま体を逸らすことで、その何かは僅かにサワの顔を掠めるに留まるが、突然のことに財団Xは対応が取れない。
「あれは……」
翔太郎はそれに見覚えがある。自身も所持しているメモリガジェットの一つ、スタッグフォンだ。弾丸のように飛び回り、財団Xに何度も体当たりをする。
そして場が慌ただしくなった隙を狙って、ソラがサワの腹を蹴り飛ばす。女性とは言え人間を遥かに超える運動能力を持つミュータミットの蹴り。油断していたサワは思いきり吹き飛ばされ、後ろに居た部下達を巻き込みながら倒れる。
さらに立て続けに、今度は天井を破り、空いた穴からアクセルが飛行支援装置であるタービュラーユニットと接続した姿で突入してくると、翔太郎を掴んでいたアルマジーグに向かって手にしたエンジンブレードによる一撃を加えることで、翔太郎を解放した。
「おわっとっ!?」
反動で倒れた翔太郎に、フィリップが手を差し伸べる。
「おかえり、翔太郎」
「ああ……」
翔太郎は手を取りながらも、その表情は複雑だ。彼のポリシーとして、何が有っても依頼人を守るという考えがある。たとえ作戦のためだとしても、こんな明らかに危険な場所にソラを連れてきたことに対して、少し思うところが有った。
「先にも言ったが、これは彼女が望んだことだ」
その考えを予測していたフィリップが説明する。
「私も連れて行って……」
昨日、フィリップ達が作戦会議していた時にソラはそう言った。
「それは了承しかねる。奴らの目的は君だ。危険な目に遭わせるわけには……」
「分かってる」
ソラは俯いていた顔を上げて、フィリップを見つめる。
「でも……ここで守られてばかりじゃ、きっと私は先には進めない。捕まってた時と変わらない……」
そしてソラは一歩踏み出す。
「あの人は私のために手を差し伸べてくれた。あなた達も私を助けようとしてくれてる。私もそんな風になりたい……あなた達のような、強い存在に……」
「ソラちゃん……」
その目には、翔太郎に似た強い意志が宿っている。
「だから、私も協力したい……。私が私自身であるために!」
「なるほどな……」
概要を伝えられ、翔太郎は納得する。依頼人を危険に晒すことは望まないが、彼女自身が強く望んだことなら、水を差すのは野暮だろう。
その間にソラは財団Xから距離を取り、タービュラーユニットから分離したアクセルも有象無象のマスカレイド達を一蹴して翔太郎達の下へと歩み寄る。
「ちょうど、戻ってきたようだね」
フィリップがそう言うと、どこからか何かの機械が駆動する音が聞こえだす。
「お待たせーっ!」
その音の発生源に視線を移すと、そこには白い恐竜型のガジェット―ファングメモリと、ダブルドライバーを手にした亜樹子が、走り寄って来た。
「奴らの目がこっちに集中している間に、亜樹ちゃんとファングにドライバーを探してきて貰ったんだ」
「はい、後は頼んだわよ!」
亜樹子が翔太郎にドライバーを渡すと同時に、ファングメモリがジャンプしてフィリップの手の平に乗る。
「奴らに対抗するには、ファングが一番適してる」
「オーケー。亜樹子、俺の体は頼んだぞ!」
「任せてっ!」
亜樹子に声を掛けて、翔太郎はドライバーを腰に巻いた。
〈FANG〉
〈JOKER〉
フィリップは変形させたファングメモリを、翔太郎はジョーカーメモリをそれぞれ起動させる。
「「変身!!」」
翔太郎が装填したジョーカーメモリがフィリップの下へと転送され、さらにフィリップは右側のスロットにファングメモリを挿入する。
〈FANG JOKER〉
倒れる翔太郎の体を亜樹子が受け止めると同時に、フィリップの体が白と黒の相反する二色の戦士へと変化していく。
「貴様ら、よくもやってくれたな!」
スタッグフォンを叩き落としたサワの顔は怒りに満ちる。
『それはこっちの台詞だ、コウモリ野郎』
「もう負ける気はない」
白と黒の戦士―仮面ライダーダブル ファングジョーカーは右手でサワ達を指した。
「「さあ、お前達の罪を数えろ!」」
「ふざけるなっ!! お前達、この出来損ない共をスクラップにしろっ!!」
部下達もそれぞれメモリを使用してマスカレイド・ドーパントへと姿を変えた。
「はあっ!」
「行くぞっ!」
ダブルとアクセルが走り出すと同時に、戦いの火蓋が切って落とされる。
〈ARM FANG〉
ダブルは腕に生成した刃で切り裂き、アクセルはエンジンブレードで薙ぎ払う。いくら数が多くても所詮は雑兵。ダブル達の足止めにすらならない。
そしてダブル達が戦っている間に、翔太郎の体を抱えた亜樹子とソラはその場から離れる。近くに止めたリボルギャリーの下まで辿り着けば、もう安全だ。
もちろん、それをさせまいとマスカレイド達が彼女を追おうとするが、一歩踏み出しただけで仮面ライダーの攻撃によって吹き飛ばされていく。
「シィッ!!」
だが財団Xの中にも、仮面ライダーと渡り合うだけの力を持つ者は存在する。
倒れ行くマスカレイド・ドーパントをかき分けるように、人間の姿から怪人態へと変貌したジャガーバンとアルマジーグがそれぞれダブルとアクセルに詰め寄る。
「貴様を狩るっ!」
「させないよ!」
『今度は負けねえっ!』
ジャガーバンの槍とダブルの刃が交差する。
「はははっ! 今回は楽しませてくれるんだろうなっ!!」
「俺に質問するな!」
アクセルの攻撃をアルマジーグが甲殻で受け止める。
仮面ライダーと上位のミュータミットの争い。だがサワが加勢する気配はない。
「お前達はここでライダーの相手をしていなさい」
サワはそれだけ言うと、全身に力を込める。すると背中に禍々しい翼が生えて来たではないか。そして翼を広げると、アクセルが開けた天井の穴から外へ飛び立つ。
『おい、フィリップ!』
「ああ!」
〈SHOULDER FANG〉
ダブルが肩から鋭利な刃を生成すると、それを抜き取ってブーメランのように放つ。放物線を描くように、宙を飛ぶサワへ迫る刃。だがそれは、跳躍したジャガーバンの盾によって受け止められた。
「サワ様に手出ししたいのなら、私を倒すのだな!」
「くっ!」
ジャガーバンの鋭い攻撃の前には、身体能力が優れるファングジョーカーでも一筋縄ではいかない。サワを止める術を、ライダーたちは持っていなかった。
「もうすぐだよ!」
共に翔太郎の体を支えながら、亜樹子はソラに声を掛ける。あと少し歩けばリボルギャリーがある。そこまで行けば、あとは自動運転で安全な場所まで走ってくれるはずだ。
だが角を曲がった時、目に入った光景は彼女たちが望まないものだった。
「えっ!?」
まるでリボルギャリーと亜樹子達を阻むかのように立ちふさがる多数のマスカレイド・ドーパント。
「全く、無駄な時間を掛けさせてくれたな……」
そして舞い降りた悪魔のように、翼を生やしたサワがマスカレイド・ドーパント達の中心に降り立つ。
「何あれ、私聞いてないっ!!」
異形の姿を見せるサワに恐怖心を抱く亜樹子。ソラも手が震える。
「さあ、こっちに来たまえ!」
サワが手を差し伸べるが、その表情には憤怒が見て取れる。
「……」
だがソラは、一歩前に出るとサワをじっと睨みつけた。
「何だ、その表情は?」
不快と言わんばかりに鼻を鳴らす。
ソラにとって、目の前のサワは敵うことのない強大な存在であり、恐怖の象徴だ。だがそれでも、ソラは立ち向かうと決めた。それはこの場に来た時点で決心していたこと。ただ怯えるだけのままになりたくない。変わりたい。そう思ったからこそ、今の彼女はサワを前にしても折れることは無い。
「それなら、強引にでも連れて行こう。死ななければ良い!」
そう言ってサワが指を鳴らすと、マスカレイド達がソラ達に襲い掛かった。
無数の怪人の手が迫る中、ソラは抵抗のために拳を握った。
―ィィィィィィンッ!!―
だがその瞬間、マスカレイド達の体が吹き飛ばされた。
「え、なにっ!?」
突然のことに混乱する亜樹子。スタッグフォンが飛んで来たのかとも思ったが、フィリップのそれは既に砕かれている。
では一体何なのかと目を凝らすと、それは緑色をした鳥のような影。それはゆっくりとソラの頭上を旋回すると、何かを落とした。
「これは……っ」
ソラが受け止めたそれは、探偵事務所に置いてきたはずのロストドライバー。どこか気が抜けた目で見つめるソラの肩に、ロストドライバーを落としたそれが留まる。見た目は緑色の鳥。しかし生物ではなく、全身が金属で構成された機械だ。
「っ!!」
ソラは何かを決意した表情で、ロストドライバーを腰に装着した。
「亜樹子さん、下がってて……。私が戦う」
言葉は少ないが、力強さを感じさせる。
肩に留まった機械の鳥はソラの手の平へと移動すると、その形状を変化させる。その変形に亜樹子は見覚えがあった。というのも、先程も同じものを見ていたからだ。
「それって、まさか……ッ!?」
そしてソラは起動ボタンを指で押す。
〈WING〉
誰もが沈黙し、その姿に思わず見入った。ゆっくりとソラはロストドライバーのスロットにそれを差し込んだ。
「変身!」
〈WING〉
高らかに叫ぶソラの声と再び鳴る電子音。それと共に、強風を巻き上げながら、ソラの体が変化を始める。
「貴様、それはっ!!」
風が止むと同時に、その姿は露となる。全身が深い緑色の装甲に覆われ、体の各部に走るオレンジ色のライン。右目はまるで羽のような形状の装甲で覆われている。
「……これって、仮面ライダー?」
亜樹子が呆然としながら呟いた。その姿はまさに、この街を守る戦士のそれとほとんど同じだったのだから。
変身したソラ―ウィングは、サワ達を視界に捉え叫ぶ。
「私はもう、逃げたりしないっ!!」
その言葉と共に、戦士は走り出したのだった。