File No.00 『青天の霹靂』
俺の名前は
狐憑きと言えば狐の様な顔になり、精神錯乱をおこしたり奇怪な行動をとるようになるというイメージが強いのではないだろうか。
民間伝承においてのそれは悪い狐に憑りつかれ、体を乗っ取られている状態を指すことが多い。
現代医学的に見れば精神障害やなんだか難しい名前の脳炎によって引き起こされる症状が、まるで狐に取りつかれたかのように見えることから生まれた迷信という解釈が一般的だろう。
確かにそれも狐憑きである。
しかし、憑りつく狐は悪い狐だけとは限らない。
憑いた狐が善なる狐だった場合、宿主に知恵や神通力を授けてくれる事もある。
そして、俺に憑いている狐は後者。
コンは稲荷神の神使たる
最初にやらかしたのは俺が初めてコンと出会った日の事だ。
その日、一人で学校の裏山の探検をしていた俺は子供の強い好奇心で山頂への道から外れ、寂れた小さな神社にたどり着いた。
あとでコンに教えてもらったのだが、この神社はマヨイガという異界に存在する神社であり、普通の方法ではたどり着けない場所にあったらしい。
なんでそんな所にたどり着いたのかはさっぱり分からないが、そんな場所に入ってきた俺にコンが興味をもって声をかけてきたのが俺とコンの出会いだった。
出会いと言っても天狐は霊的な存在なので目には見えない。
なので最初俺はお化けかと大いに震えたものだ。
広い意味では間違っていないのかもしれないが、流石に無礼だったなと今は思っている。
それはさておき、しばらく俺は二人で話をしていたが、そのうち日が傾き俺も帰らないといけない時間になった。
俺は別れの挨拶をしようとして、今更ながらに天狐の名前を知らない事に気がついた。
天狐に聞いてみても、名前は無いという。
だから俺はその天狐に名前を付けた。
名前を──
コンというのは後日俺がつけた
天狐が狐だという事は先ほど聞いた。
だから以前ばあちゃんに聞いた話に出てきた狐の名前をもじって名付けた。
────名付けてしまった。
名を付ければ
俺とコンに繋がりができる。
故に、
その後、それが原因でいろいろあったのだが、長くなるので割愛する。
べつに名付けた事を後悔はしていないし、魅入られたのも嫌ではない。
しかし、確実に「やらかした」案件だった。
二度目はその一年後の事。
この時はまだ、魅入られはしてもコンは俺に憑いてはいなかった。
そして当時俺は親の仕事の都合で引っ越さなくてはならなくなっていた。
そうなれば当然コンとは会えなくなる。
そう思った俺は引っ越したくないと駄々をこね、神社から帰ろうとしなかった。
これには流石のコンも困ったようで、俺に一つ約束をするから今日は帰るようにと諭した。
その約束は「ずっと一緒にいられるようにする」事。
これが二度目の「やらかした」案件だ。
妖は約束を破れない。
流石にどちらかが死ぬまでという期限はあるものの、神獣であり妖でもあるコンは約束を必ず守る。
なんとコンは稲荷神と掛け合って稲荷狐の役目を辞し、俺の守護霊として憑りつくことで一緒にいられるようにしようとしてくれたのだ。
最終的には稲荷神の意向もあり、稲荷狐のままで「稲荷下げ」を行って俺にコンを憑りつかせ、俺を災いから守るという役目を与えるという形に落ち着いたそうだ。
当時の俺はずっとコンと一緒にいられると無邪気に喜んだのだが、今になって考えると好意が重い。
無論、この時我儘いったことも後悔はしていないし、コンの好意も嫌ではないどころか非常に嬉しく思っている。
しかしながら、やっぱり「やらかした」案件だと思う。
これが無ければコンを俺に憑かさせてしまう事も無かっただろう。
なぜなら……
この神社、引っ越し先からでもいく事が出来たのだから。
実は俺が我儘を言ったあの日、コンはちゃんと説明してくれていたのだ。
この神社はマヨイガであり、現世とは異なる特殊な場所にあるので縁が深ければ遠くからでも来ることが出来ると。
そして俺とコンの縁があれば、隣りの県くらいなら余裕で来られるという事を。
当時の俺にはさっぱり理解出来ずに、精々将来きっとまた会えるくらいの意味だと思っていたのだ。
正直すまんかった。
そんな感じで俺は狐憑きとなった。
さて、そんな昔の話を思い出しながら俺がやってきたのはコンと出会った神社である「稲荷神社」だ。
全国各地にある稲荷神社の一つと思ってもらえれば間違いないだろうし、こじんまりとした社が一つと鳥居があるだけの小さな神社だ。
むしろ隣にある日本家屋の方がデカい。
ちなみにこの日本家屋がマヨイガであり、神社はそこに付随する形で建っているらしい。
主祭神は
ただし、コン曰く分霊すら滅多に居ないとのこと。
まぁ、マヨイガに建ってるだけあって人来ないしね。
俺も何度も足を運んでいるが、未だに他の人見た事ないもん。
加えてコン以外の稲荷狐も見た事ない。
コンが俺に憑いてから何年もたつが、未だに後任の稲荷狐が来ていないのだ。
あちらの世界も人材不足らしい。
なので俺たちがちょくちょく様子を見に来ている。
特に何か変わったことがあった試しは無いけどな。
一応、コンの能力の中には離れた場所を見る『千里眼』や、未来を見る『未来視』などもあるのだが、マヨイガの中から外を見る場合はともかく、外からマヨイガの中を見るのは非常に難しいらしい。
その為、実際に足を運んでみなければならないのだ。
まぁ、俺としては散歩ついでに行けたりするので別にいいが。
『ふむ、いつも通り特に異常は無いのぉ』
隣りからコンの声が聞こえる。
そちらの方を見ると尻尾が四本ある半透明な狐の姿が目に入った。
初めて会った時はコンの姿を見ることは出来なかったが、コンに名前を付けたあたりからぼんやりと見えるようになった。
最初は輪郭のはっきりしない靄のような姿だったが、コンとの縁が深まるにつれて形がはっきりしていき、今では半透明ではあるものの完全に狐の姿に見えている。
コン曰く縁が深まったことで霊視が開眼し、霊体である天狐が見えるようになったとのこと。
ちなみにコンの声は俺以外には聞こえないのでコンと話すときは注意しないと延々と独り言を繰り返す怪しいやつになってしまう。
一応、お祈りするような感覚でコンに頭の中で話しかければ、コンはその意思を拾ってくれるので脳内会話が出来るからあまり問題では無い。
とは言え、脳内会話は精神的に疲れるので他に人が居ないときは普通に会話しているが。
「じゃぁ、俺はお参りしてくるよ」
『うむ。儂はその間に”先”を見ておくとしよう』
お稲荷様はおられないが祈りは届くらしいので、ここに来たときは最初に神社に詣でるようにしている。
その間にコンが未来視を使って今後このマヨイガに何か起きないかを見ておく。
それが俺が狐憑きになってからここに来た時の暗黙の了解となっていた。
常駐の稲荷狐が居ないので、何かあったときに出来るだけ対処する為のものらしい。
もっともコンの未来視で見えるのは主観かつ”未来を見なかった場合の未来”なので、あくまで参考程度にしかならないものらしいが。
さて、とりあえずはお参りである。
お社の前に立って軽くお辞儀をする。
鈴を鳴らして神様にやって来ましたよと合図を送る。
人が管理していないからか賽銭箱が無いのでお賽銭の代わりに稲荷寿司を
お稲荷様に三つとコンに二つ。
なお、コンや神様は霊的というか概念的な食事をするようなので、物質としての稲荷寿司はその場に残ることになる。
なのでこれは後で
神様が召し上がったものを頂くことで結びつきを強くする神人共食の儀式だ。
そして二礼二拍手一礼。
最後に軽くお辞儀してお参り終了だ。
俺はコンと一緒に稲荷寿司を食べようとコンのいるであろう方向へ振り返り──
『まずい! 伏せよ!』
コンの叫びとともに体を押し倒された。
そして、まるで覆いかぶさるようにコンの霊気が俺を包んだのが分かる。
その直後、巨大な揺れが俺たちを襲った。
震度にすればどれだけだろう。
地面が波のようにのたうち、空気すらも震えるように揺れる。
時間にすれば10秒ほどだったらしいが、体感的には何十秒と揺れていたような気がする。
正直生きた心地がしなかった。
俺も生まれてこのかた何度も地震は体験してきたが、これほど大規模なものは初めてだ。
『タケル! 無事か?』
「うん、なんとか。凄い地震だったな」
正直まだ頭の中が揺れているような感じがする。
『いや、今のは地震ではない』
え? 地震じゃない?
『そもそもここはマヨイガじゃ。地震が起きることは無い。現世の大地と直接は繋がっておらぬし、鯰も悪霊もおらんからのぉ』
そういえばそうだった。
マヨイガは現世とは異なる場所に存在する一つの完結した世界。
歩いていく事は出来ても地続きではない。
「ん? じゃぁ、今のは何だったんだ?」
『恐らくは……”神隠し”じゃ』
神隠し──人がある日忽然と消え失せる現象。
科学的に説明しようとすれば幾らでも説明がつけられるし、妖怪関連であれば鬼や天狗の仕業というのが有名だろう。
それこそ、本当に神の仕業という場合もある。
しかし、今のはどれにも当てはまらない気がするのだが。
別に俺は失踪した訳ではないし、コンが憑いている以上生半可な妖怪では手を出すことが出来ない。
神に関してはもっと無い。
此処は稲荷神の神社の建つ領域なのだから手を出す余地がない。お稲荷様は神隠ししないし。
『どちらかと言えば自然現象に近いかの。人が消え失せるという結果は同じじゃから神隠しと一纏めにされておるが』
よく分からないのでコンに説明してもらったところ、前提として世界は俺たち人間の住む”現世”や神々のいる”常世”、マヨイガのような”異界”の他にも多くの世界が存在する。
一般的に異世界と呼ばれるものと思っておけば間違いない。
ここまでは俺も知っている事だ。
そして、”もの凄く大雑把に言えば”と前置きされたが、違う世界が傍を通る際に世界の一部を引っかけて持って行ってしまう事があるのだそうだ。
つまり先ほどの揺れは現世からマヨイガが引き剥がされた衝撃で、マヨイガそのものが揺れたために起こった現象だという。
なるほど何となく分かった。
それと同時に凄い嫌な事に気づいたんだが……
「マヨイガが現世から引き剥がされたって事は、もしかして俺、現世に帰れなくなった?」
『まぁ、そうなるのぉ』
コンはあっけらかんとして答えるが、ちょっ、流石に俺は困るんだが。
俺は別に天涯孤独とかではない。
現世には両親もいるし友達……はあんまり居ないが親しい人もいる。
一応、一人暮らしなうえに学校も夏季休業に入ったばかりなのですぐに帰らなければどうこうという事は無いが、あんまり長く音信不通というのも不味い。
「コンの力で何とかならない?」
『流石の儂でも世界そのものが相手では無理じゃな』
だよねー、マジどうしよう。
『まぁ、そう深刻に考えずとも良かろう。儂にはどうにもできんが、一生戻れんという訳では無いからの』
「本当か!?」
『うむ。直ぐにとはいかぬが、もともとこのマヨイガは現世とも常世とも縁が強い故な』
コンが言うには引き剥がされた世界の一部には元の世界側から引き戻そうとする力が働き、しばらくすれば元の場所に戻るのだそうだ。
今回はマヨイガという異界そのものが引き剥がされたが、現世、そして稲荷神社のある関係から常世にも繋がりが強く、同じ現象が起こるとのこと。
しかも、引き戻される現象は時間軸にも及び、引き剥がされた時間付近まで戻ってこれるらしい。
流石にこちらは最大で十日くらいまでの差異が起こるらしいが。
十日か。
まぁ、十日なら何とかなるだろう。
「で、大体どのくらいで戻るか分かる?」
『そうじゃのぉ。この感じじゃと早くて一年、遅くても百年くらいかの』
「ちょっ!? 百年!? 流石にそれは俺が死んじゃうんだけど!?」
『なら早めに帰れるように儂が骨を折るとしようかの。まぁ、焦っても事は進まぬ。休暇が増えたと思って気楽に考えておくことじゃな』
コンはカラカラと笑うと、『その前に腹ごしらえじゃ』といってお社の方へ向かっていった。
お供えした稲荷寿司を食べるのだろう。
「確かに、焦っても仕方ないか」
幸いにしてコンが一緒だ。
一人ではどうなっていたか分からないが、コンと一緒ならそう悪い事にはならないだろう。
さて、俺も腹ごしらえしてくるか。
稲荷寿司、神隠しの時の揺れで地面に落ちてないといいななどと考えながら、俺はコンの後を追うのだった。
これが俺と
本小説に登場する妖怪や能力等はなるべくメジャーな伝承をベースにしていますが、作者の好みや話の展開によってはマイナーな伝承や作者の創作の場合があります。
『青天の霹靂』
突然起こった、予想もしなかった出来事という意味。
霹靂とは激しい雷鳴の事。
異世界転移にくらべれば雷鳴なんて目じゃないぜ。