ボクがタケルと会ったのは、まだタケルが小さかった頃なのだ。
部屋の窓から外を覗いていると、裏の空き地で一人で寂しそうにしている男の子を見つけたのだ。
ボクはそこそこ妖力も強い方だったから、その空き地くらいまでなら屏風から離れることが出来る。
気がついたら家を抜け出して人間に化け、男の子に話しかけていたのだ。
多分、男の子の放っていた陰の気に惹かれたんだと思う。
「どうしてそんなに寂しそうにしているのだ?」
すると男の子は引っ越して来たばかりで友達がいないという。
「なら、ボクが友達になるのだ!」
「おねえちゃん、いいの!?」
正直、ボクも友達なんていなかったから憧れていたのだ。
屏風覗きとして、屏風の付喪神として、屏風からあまり離れられないボクは時折この空き地に遊びに来る子供たちにいつの間にか混ざることぐらいしかできなかった。
いつの間にか増えている遊び仲間でしかなく、明確にボクと認めて友達になった子はいなかったのだ。
タケルとはいっぱい遊んだのだ。
次の日も、その次の日も。
「おねえちゃん、おなまえはなんていうの?」
「ボク? ボクは狩谷の九尾なのだ」
「きゅーびちゃんっていうんだ。きゅーびちゃん」
その次の日も、さらに次の日も。
「きょうはなにしてあそぶ?」
「今日はかけっこをするのだ」
「よーし、まけないぞ」
だけど、次第にタケルが来ることは減っていった。
原因は分かっているのだ。
ボク以外にも友達が出来たのだ。
この空き地でしか遊べないボクと、いろんな所で遊びまわれる友達。
その友達の方に惹かれていくのは分かっていたのだ。
どうしたらタケルと一緒にいられるだろうか。
どうしたらタケルは一緒にいてくれるだろうか。
悩んで、悩んで、悩んで、ついに見つけたのだ。
友達じゃなくて家族なら、タケルと一緒に居られるのだ。
ボクが、タケルの
そしたら、タケルの家族になれるのだ。
……なんだろう、タケルと
ある日、ボクはタケルに言ったのだ。
「タケル、ボクと番になって欲しいのだ」
言った、言ったのだ。
断られたらどうしようという言葉が心の中でぐるぐる回っているのだ。
早く、早く返事をして欲しいのだ。
でないとどうにかなってしまいそうなのだ。
「つがいってなあに?」
あーーーーーー
しまったなのだ。
タケルは
えっと、人間はなんて言うんだっけ。
そうそう──
「結婚なのだ。ボクと結婚してほしいって事なのだ」
いまいち分かっていなさそうな顔をするタケル。
これじゃ望みは薄いのだ。
何とかタケルの興味を引かないと。
「ボクと結婚すると
いや、自分で言っておいてこれは無いのだ。
ボクと番になった時の利点が天気雨って……
「なにそれ、すごい! みてみたい!」
食いついたなのだ!?
「ボクと結婚したら見れるのだ」
「じゃぁ、おねえちゃんとけっこんする!」
え!? いいの!?
結婚してくれるの?
「や、約束なのだ。指切りげんまんするのだ!」
「うん、やくそくする」
タケルがボクを番にしてくれるって
嬉しくって嬉しくって嬉しくって。
だからボクは、
だからきっと
それから数日後に、タケルはいなくなってしまったのだ。
空き地に来た子供たちに聞いても、返ってくるのはタケルが遠くへ行ってしまったという事だけ。
どこへ行っちゃったのだ?
ボクを嫌いになってしまったのだ?
考えても考えても、答えの出ない事ばかり。
だったら、タケルに直接聞くしかないのだ。
ボクはタケルの
タケルがどんなに遠くにいても、絶対に会いに行くのだ。
そのうえで嫌われたのなら……結婚の意味を分かっていないことに気付いたのに約束
だから……もう一度会いたいのだ。
それから十年以上の時間が過ぎたのだ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、屏風から離れられるようになっていき、今では隣の町にもその隣の町にもその隣の町にだって行けるようになったのだ。
でも、タケルはいなかったのだ。
だからって諦めないのだ。
次の町にはいるかもしれないのだ。
それがだめでもその次の町には……
そうやって探していくうちに、ある稲荷神社にたどり着いた。
稲荷神社自体はいくつも見てきたけど、それとは比べ物にならないくらい大きな神社だったのだ。
もしかしたらタケルについて知っている神様がいるかもしれないのだ。
そう思ってその神社に足を踏み入れて────
その時の事はよく覚えていないのだ。
とてつもない何かを見たこと。
暖かい何かに包まれた事。
それが不思議と怖くなかったこと。
覚えていたのはそれだけなのだ。
気が付くと、ボクは見知らぬ家の庭にいたのだ。
家の中から声がするので覗いてみると、一匹の狐と人間の男がいたのだ。
十年以上たって成長していても分かる。
あれは、タケルなのだ!
やっと会えたのだ!
だけどそんなボクの幸運は──
『……お主は儂の
狐の言葉で底まで叩き落された。
そんな……
そんな…………
そんなのって…………
「嘘なのだ!!」
気付いたら叫んでいた。
「タケルの
タケルを取られまいと、吠えていた。
考えていた筈なのに。
もしかしたらタケルはボク以外の
その時は潔く諦めようって考えていた筈なのに。
タケルと会ったら、思いが止められなくなったのだ。
その思いに応えるように、狐としての耳と尻尾が現れる。
「九尾の狐」
「そうなのだ! ボクには尻尾が九本ある! 狐は尻尾の数が多いほど凄いのだ! だからそっちの尻尾が四本しかない狐よりボクの方がタケルに相応しいのだぁ!!」
どこかで聞いた話にこじつけて、タケルの
付喪神であるボクに尻尾の数は関係ないと分かっていても、それでもタケルが凄いと思ってくれるなら──
「落ち着けぃ」
「へぶん!?」
そんなボクの告白も、人に変化した狐の一撃で吹き飛んだ。
痛いのだ……
「どこから聞いていたかは知らぬが、儂の
そうなのだ?
ボクの早とちりだったのだ?
「そもそも、
そんな狐の言葉に、何とか言葉を絞り出した。
『応援するのもやぶさかではない』という言葉に、ちょっとだけ期待を込めて。
「……したのだ」
「なんじゃ?」
「約束したのだ!! タケルがボクをお嫁さんにするって!!」
ボクの
それからタケルとの生活がはじまったのだ。
何度も何度も失敗したけど、タケルのお嫁さんになる為に頑張ったのだ。
タケルと一緒にいた狐が天狐っていう高位の神使だったって事には驚いたけど、コンさんは「今はただのタケルの守護狐じゃ。気軽にコンと呼んでくれてもいいんじゃぞ」と言ってくれたのだ。
ただ、花嫁修業の時は厳しい
しばらくたって
「九尾ちゃん、大切な話があるんだけどいいかな」
「ふぇ? なんなのだ?」
まさか失敗が多すぎて愛想つかされたのだ?
「ずいぶんと待たせちゃったけど、約束を果たそうと思うんだ」
そ、それはもしかして。
ついになのだ?
ついにこの時が来たのだ?
「俺と、
「!! 不束者ですが、よろしくお願いしますなのだ」
今たぶん、ボクは泣いているのだ。
今日は今までで最高の日なのだ!
それからタケルがボクに名前を付けてくれたのだ。
なんだかタケルと繋がっている気がするのだ。
ふふ。嬉しいのだ。
さらに五日後には結婚式。
なんと人間の結婚式と妖怪の結婚式と狐の結婚式までやるのだ。
贅沢なのだ。
結婚式には付喪神たちがいっぱい集まってくれたのだ。
こんな数の付喪神を一度に見るのは初めてなのだ。
コンさんも神々しかったのだ。
そこでボクとタケルは
その証はボクの薬指で輝いている。
ボクは幸せものなのだ。
あと、
そのあと神様がお祝いに来てくれたのだ。
近くの村の守護神だって言ってた。
神様がお祝いに来るなんて、タケルは凄いのだ。
夜も更けたら夫婦の時間。
タケル、ボクはやってみたいことがいっぱいあるのだ。
ただ、コンさんに「今子供が出来るとタケルが大変だから必ず吸精をする事」と言われたのだ。
タケルのためなら我慢するけどやっぱり子供も欲しいのだ。
タケルと再会して、一緒に暮らして、
いつか子供を産んで、育てて、見送って──
歳をとって、おじいちゃんとおばあちゃんになって──
いつか死が訪れるその時まで──
きっとずっと、幸せなのだ。
『姑』は配偶者の母親を指す言葉なのでミコトちゃんがコンの事を指して言うのは間違いですが、そんなイメージという意味で捉えてください。
地味に各話のタイトルの『ことわざ』の意味をあとがきに追加しました。