俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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File No.06  『いつも月夜に米の飯』

「完成じゃ。ついに出来たぞ!」

 

台所でコンの声が響く。

よほど嬉しかったのか二十代くらいの姿で舞を踊り始め、式神達が一斉に拍手を送る。

俺とミコトも一応拍手しておいた。

 

まぁ、分からなくもない。

コン、頑張ったもんな。

食卓台を見ればずらりと並んだ稲荷寿司。

これがコンが狂喜乱舞している原因である。

 

 

 

マヨイガごと異世界へ来た翌日、俺たちは改めてマヨイガ内の食料を確認したが、やはりというか昔確認した通り豆腐や油揚げの類は無かった。

油揚げが大好物だったコンは(おおい)に落ち込んだものだ。

 

しかしコンは諦めなかった。

大豆はあるのだ。後は『にがり』があれば豆腐は作れる。

ではにがりはどうやって作るのか。

実は海水から塩を作る過程で取り出すことが出来るのだ。

 

塩を作るにはまず海水を煮詰め、硫酸カルシウムを結晶化させる。

硫酸カルシウムを取り除き、さらに煮詰めると今度は塩が結晶化する。

それを完全に水分を飛ばさないうちに『ろ過』すると、塩とにがりに分離するのだ。

 

多少手間と時間はかかるが、一般家庭でも作る事が出来る。

興味があれば自分で作ってみるのもいいだろう。

その場合は上記のやり方は説明を簡素にするために色々省略しているのでしっかり調べてからやってね。

ちなみににがりは豆腐の凝固剤としてのイメージが強いが、多くのミネラルを含んでいて色々な使いかたが出来たりする。

 

そしてマヨイガから行ける範囲に海があると知ったコンは早速式神を派遣して海水を採取。

人体及び霊的に害のある成分が無いことを確認したのち、にがり作りを開始した。

()し布妖怪などの協力を得、式神も可能な限り総動員してにがりを量産していく。

なんせ2丁ほどの豆腐を作る為に使用するにがりは約20ml(ミリリットル)

同量のにがりを作る為にはなんと5リットル(5000ml)もの海水が必要になるのだ。

 

にがりが用意出来たら今度は豆腐作り。

油揚げには木綿豆腐が適しているのでそちらを作る。

 

まず大豆を3倍の重さの水に漬け、水を吸わせる。

これは妖怪釜が協力してくれたので、ご飯と同じ要領で時間短縮できた。

 

一度水を切り、膨らんだ大豆の1.2倍程度の水を加えてすりつぶす。

ミキサーがあると楽なのだが、マヨイガには無いのでコンが妖術ですりつぶしていた。

これを滑らかになるまで行い、出来たものを生呉(なまご)という。

 

生呉を鍋に移して沸騰させる。

この時、焦げ付かないように注意してかき混ぜる事。

沸騰したら一度火を消し、泡が収まってきたら弱火でさらに煮る。

 

煮えたら生呉を濾し布に移して絞る。

熱いので火傷しないように注意な。

コンは念力を使って絞っていた。便利だなそれ。

絞った汁を豆乳といい、残った大豆の搾りかすが『おから』だ。

 

次に豆乳を75~80度になるようにゆっくり温める。

その間ににがりをぬるま湯に溶いておき、豆乳が温まったらゆっくりと入れる。

入れ終えたら数回ほどゆっくりとかき混ぜ、30分程度鍋に蓋をして蒸す。

15分ぐらいで豆乳全体が固まってくるが、温度が低いと固まりが悪くなり白く濁ったようになるので注意な。

 

豆腐箱(マヨイガになかったのでコンが作った)に(さら)し布を敷き、固まってきた豆腐を流し込む。

流し込んだら押し蓋をして重石をして水分を切る。

この時の重石の重量で豆腐の硬さが変わるので、お好みの硬さで作るといいだろう。

 

豆腐が固まったら箱からそっと抜き、水の中に移す。

その後、30分くらい水にさらしてにがりのアクを抜けば木綿豆腐の完成だ。

 

正直、豆腐が作れるようになったのは嬉しい。

俺の料理のレパートリーがぐんと広がるからな。

 

「タケル!」

 

油揚げは当然として他に何を作ろうかと考えていると、ミコトが呼んでいる。

どうしたのかとそちらを見ると──

 

「あ~んなのだ!」

 

箸で一口サイズの豆腐を摘まんで差し出して来た。

これはあれか、これが「あ~ん」という奴か。

何処でそんな事知ったのかと思ったが、マヨイガに来るまで人間の食事事情をほぼ知らなかった事を鑑みればコンの入れ知恵しかあるまい。

 

「あ~ん」と言いながら差し出された豆腐を食べる。

うん、濃厚な味わいで大変美味い。

 

そう言うとミコトは顔を赤くして「良かったのだぁ」と言いながら豆腐を作る作業に戻っていった。

どうやら今の豆腐はミコトが作った分らしい。

妻の可愛い姿が見れたので入れ知恵をしたコンには感謝しておこう。

 

木綿豆腐が出来たら次はいよいよ油揚げだ。

 

木綿豆腐を厚さ1cmほどに切り、さらしで包んで水抜きをする。

数時間から一晩ほど寝かせる必要があるが、マヨイガ妖怪ならあっという間に水抜き完了することが出来る。

水気が残っていたらアウトだから注意な。

 

それを(ぬる)めの油に入れて20分ほどじっくり揚げる。

表面がきつね色になったら一度鍋から取り出し、今度は180℃の油で二度揚げする。

全体的にきつね色になったら完成だ。

 

自家製油揚げ(流石ににがりは既製品を使っていたが)は現世でもコンの希望でよく作っていたから慣れたものだ。

妖怪鍋の力もあって流れるように油揚げを揚げていく。

 

お揚げコンコンきつね色~♪

狐にコンコン揚げ一つ~♪

酢飯をコンコン稲荷寿司~♪

ミコトにコンコン油揚げ~♪

 

作っている最中、適当に歌いながら出来立ての油揚げをミコトに「あ~ん」してみる。

意図を察したミコトが「あ~ん」と言いながらパクっと食べた。

 

「美味しいのだ~♪」

 

可愛いなぁ、この()

 

アツアツな上に油抜きもしていないので人によっては苦手な場合もあるだろうが、ミコトは特に気にした様子もない。

狐の嫁入りをしたからか、俺の認識のせいか、ミコトは『狐妖怪』としての性質が強い。

 

別に狐妖怪に限った話ではないのだが、動物系の妖怪は油っこいものを好む者が多いのだ。

行燈の油をなめる化け猫の逸話とか聞いたことは無いだろうか。

 

現代ならともかくかつての日本人は肉よりも魚が中心の食生活だった。

油気や脂気なんてほとんど無い。

当人たちがそんな食文化だったものだからその飼い猫にはそのおこぼれを与える訳だが、肉食動物である猫にそんな食事を与えていたらどうなるか。

当然、深刻な油不足に(おちい)る訳だ。

 

それを解決するために猫たちが目を付けたのが行燈の油。

行燈には蝋燭や菜種油を使ったものもあるが、それらはもっぱら高価で金がかかる。

とてもではないが庶民が気軽に使えるものじゃない。

じゃぁ、何の油を使っていたのかと言えば、実は(いわし)の油を使っていたのだ。

 

鰯油は安価ではあるのだが燃やすと独特の臭いがする。

それに引き付けられた猫が油気を摂ろうと行燈の油を舐めようとすれば、丁度行燈の高さ的に後ろ肢で立つような形になり──

後は行燈の光に照らされその影が障子に大きく映れば、二本足で立って行燈の油を舐める巨大な化け猫の出来上がりという訳だ。

 

そして油気不足は他の飼われている肉食動物にも起こる訳で、その結果人間に動物は油気を好むというイメージを植え付けることになる。

そうなれば人間のイメージに強く影響される妖怪達にも同様の性質が反映される。

結果として狐妖怪も油を好むようになったのだ。

 

それでも嗜好品以上の意味は無いそうだが、おやつ代わりに油を嘗めているミコトを見ることがある。

しかも行燈の油を舐める化け猫のごとく狐の姿のまま二足歩行する『経立(ふったち)形態(モード)』でだ。

可愛い。

(※人間はマネしないでください)

 

 

話が逸れた。

 

油揚げが出来たのなら次は稲荷寿司を作る。

コンは油揚げ料理の中でも稲荷寿司を特に好む。

お稲荷様の神使だからかと思ったが、その辺は特に関係ないそうだ。

 

稲荷寿司には長方形のものと三角形のものがあるが、今回は三角形の方を作る。

三角形の稲荷寿司は主に関西で作られ、狐の姿に似せていると言われているのだ。

(ちなみに長方形の方は主に関東で作られ、豊作を意味する米俵(こめだわら)を模しているらしい)

 

中に詰める酢飯もコンの好みに合わせて椎茸や人参、胡麻などの具材を入れた所謂「五目いなり」にする。

 

斜めに切った油揚げの中を開き、(ざる)に乗せて熱湯を万遍なくかけて油抜きをする──のだが、これは俺が食べる分だけだ。

コン達はほら、さっき言ったように油気の強い方が好きだから。

 

水気を絞った油揚げを鍋の中に並べ、調味料を加えたら中火にかける。

沸いたら落し蓋をして弱火で10分ほど炊く。

もっとも、俺たちは妖怪鍋の力でその時間をスキップするが。

 

油揚げが煮汁を十分に吸ったら鍋ごと冷まして煮汁を軽く絞れば稲荷寿司用の揚げの完成だ。

 

中に入れる酢飯はコンが担当している。

干し椎茸や人参などを小さく刻み、調味料を入れた鍋を軽く煮立たせたのちに具材を入れ、十分に煮込んだら笊にあげて冷ます。

 

米は炊く際に昆布を入れておき、炊けたら昆布を取り出して別に作っておいたすし酢をかけて混ぜ合わせ、具材や胡麻などを追加してさらに混ぜる。

出来た五目酢飯を先に丁度いい大きさに丸めておくと詰める作業が簡単になるぞ。

 

後はみんなで油揚げに酢飯を詰めていく。

酢飯を奥まで行き渡るように詰めたら、最後に崩れないようギュッと握って出来上がりだ。

 

油揚げも五目酢飯もたっぷりあるからな。

さあさあさあ、どんどん作るぜ。

 

 

 

で、冒頭に戻る。

 

大量の稲荷寿司に喜ぶコンを落ち着かせ、いざ実食タイム。

以前、コンは霊的な食事をするから物質としてはそのまま残るという話をしたと思うが、実はマヨイガで作られた料理や食材は普通に食べることが出来る。

それというのも、マヨイガで作られたものは霊体と物体の境目が曖昧になりどちらにも属するようになるからだ。

これにより霊体のコンも普通に食事をすることが出来るのである。

 

これは現世の食材を使っていたとしても、マヨイガの食材を混ぜて作れば同様の状態になる。

逆に現世の食材のみで作ったり、外から持ち込んだ料理であれば物質側の存在だ。

 

ちなみにコンは化ければ肉体を持つので現世でも普通に物質的な食事をすることも出来る。

現世ではわざわざ物質的な食事まで摂る必要性が無かったし、食費の事もあって霊的な食事ばかりだったが。

 

ミコトも実は肉体を持っているので霊的・物質的両方の食事が可能だ。

流石に妖怪と言うべきか、人間と異なり栄養のバランス等を気にする必要もなく、最悪油を舐めていれば事足りるそうだが。

 

マヨイガの妖怪たちに至ってはそもそも基本的に食事をしない。

食事が可能なマヨイガ妖怪が極少数だからだ。

人の姿に化けたコンの式神は食事可能(仮面の付喪神としては食事は不可能だそうだが)なので一緒に食べる。

「天狐の式神になった付喪神の特権だな」とかのっぽさんが言ってた。

 

 

 

俺用に油抜きをした稲荷寿司を一つ食べる。

少々形が(いびつ)なそれは、ミコトが詰めた稲荷寿司だ。

 

まず感じるのは豊潤な油の舌触りと油揚げの甘味。

甘みの染みた油が広がり、口の中を喜ばせる。

これだけでも立派な馳走だが、稲荷寿司の真価はここからだ。

中の酢飯は適度な噛み応えとボリュームがあり、酸味と甘みのコラボレーションが味の変化を与えて飽きさせない。

中にちりばめられた五目がアクセントを加えることでさらに多様な味覚を演出する。

 

うーん、自分たちで作ったものだと思うと一層美味しいな。

コンもミコトも式神達も美味しそうに食べているし、俺も頑張った甲斐があったぜ。

 

「ふー満腹」

 

「美味しかったのだ」

 

「満足じゃよ」

 

三者三様に満ち足りた事を告げる俺たち。

式神達は既に食べ終え、各々の役目に戻っている。

 

これでもかと作られた稲荷寿司は大方俺たちのお腹に納まった。

より正確に言うなら、八割方はコンのお腹に納まった。

よくそれだけ入るものだと感心するほどである。

 

さて、後は片付けて稲荷寿司パーティは終わりなんだが、一つ問題が発生した。

今回油揚げを作るにあたって出来た塩、硫酸カルシウム、おからをどうするかである。

おからは簡単だ。おから料理のレパートリーは豊富だし、マヨイガの妖怪鶏にあげてもいい。

食べきれない分は堆肥にすることも出来る。

 

硫酸カルシウムはコンが加工して土壌改善に使う肥料を作るそうだ。

一部豆腐の凝固剤としても使うそうだが、みずみずしく滑らかな豆腐になる反面、大豆の風味や味を損ないやすいらしい。

 

で、問題なのは塩だ。

そうそう痛むものでは無いし生活必需品なのだから少しずつ使っていけばいいと思うかもしれない。

実際そうなのだが、ちょっと問題が発生した。

 

出来た塩を使おうとしたらマヨイガの妖怪塩壺からもの凄い量の塩が生成されたのだ。

自分の方がこんなに凄い塩をこんなにいっぱい作れるぞとアピールしたかったとの事。

俺たちが塩を作っていたことで自分が無用になるんじゃないかと恐れたようだ。

 

使われてこその道具、役に立ってこその道具という理念がマヨイガ妖怪にはあるっぽいんだよな。

やたらと『使ってアピール』してくるし。

 

妖怪塩壺に『にがり』を作った時に出来たから勿体ないので使っただけと納得させて、君の塩が一番おいしいのは知ってるからいつも使う塩を変える気は無いと安心させる。

そして何とか(なだ)める事は出来たのだが……

 

「タケル、これはどうするのだ?」

 

ミコトが聞いてくるほど妖怪塩壺が生成した大量の塩が残ったのだ。

とりあえずコンが陶器製の壺(非妖怪)に念力で詰めてくれたのだが……

何キロあるんだ? これ。

流石にこんな量の塩は使い切れないぞ。

 

「タケルよ、ここはフェルドナ神に贈るというのはどうかの」

 

フェルドナ神に?

 

「どうやらフェルドナ神の村は塩を外の商人から購入しているようじゃ。神本人はともかく守護下の人間にとって塩は生活に欠かせぬ物資。大量に手に入ったので御裾分けと言っておけば断られる理由も無いじゃろ」

 

そう言いながらコンは壺を運ぶための式神を呼び戻す。

 

「せっかくのお隣さんじゃし、仲良くできればその方が良い」

 

そうだな。

ご近所付き合いは大事だ。

 

「それに、頑張っておる新人はつい応援してしまいたくなるからのぅ」

 

ん? コン、なんか言った?

 

「独り言じゃよ。さて、これでお開きかのぉ」

 

「楽しかったのだ。またやりたいのだ」

 

そうだな、また今度やってみようか。

 

 

こうして俺たちの何気ない一日は過ぎていくのだった。

 

 

 

後日フェルドナ神からやたら感謝された。

何があったんだ?

 




『いつも月夜に米の飯』
飽きる事のない気楽な生活の例え。また、現実では中々そうはいかないということ。
灯りの少ない昔の人にとっては月の光は有難く、白米の飯も貴重で早々食べられなかったため、それが毎日続けば言う事は無いという意味。

こんな日がずっと続けばいいのに。
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