苦手な方はご注意ください。
(直接的な表現はございません)
ある日の事。
すっかり日も落ちそろそろ寝ようかと相成った時、コンの耳がピクリと動く。
『客じゃな。まっすぐ
こんな時間に珍しい。
マヨイガに客自体が珍しいというのは置いておいて。
『儂が対応するが、お主はどうする?』
そう言ってコンは30歳位の女性に変化する。
俺も行こう。
人間がいた方がいい場合もある。
大人数で行くのもアレなので、ミコトには待っててもらおう。
「はーいなのだ」
という訳で俺とコンで玄関へ。
「
外から聞こえてくるのは女の声だ。
これはコンが
「申し申し、このような夜中に一体どなたじゃろうか」
「旅の者でございます。道に迷い難儀しておりましたところ、山中にて立派な屋敷を見かけまして、一晩屋根を借りられないかとお願いに上がった次第でございます」
だ、そうだが……
(嘘は言っておらぬな。肝心な事は隠しておるが)
こういう時、コンの他心通は便利だ。
(まぁ、上げても良かろう。隠しておる部分も大体読めたし)
本当に便利極まりない。
玄関を開けると、そこには小奇麗な着物を身に
切れ長の目と細面の美しい女で、鼻筋が少し高くクールな印象を受ける。
着物は藍染の縞模様で、夜でも着物の柄がはっきり分かるほど鮮やかだ。
「それはそれは、暗い中大変じゃったろう。上がっていきなされ」
「ありがとうございます」
コンは式神を呼ぶと、女性を客間に案内させる。
女性も「それでは御厄介になります」と言って式神について行った。
……妖怪だよな。
「妖怪じゃよ」
俺の質問にコンが答える。
もうこれでもかと言うほど見事に妖怪要素てんこ盛りだった。
まず、彼女は最初に「申し」と言った。
これは「これから物を申し上げます」と言った意味で人に呼び掛ける時に使うのだが、基本的には「もしもし」と二回繰り返す。
何故なら「申し」一回だけだった場合、声をかけてきたのが妖怪の恐れがあるのだ。
妖怪にもよるのだが、それに返事をしてしまうと魂を抜き取られてしまう事がある。
だからコンは返事をせずに呼掛け返した。
まぁ、コンなら返事をしたところで返り討ちにできるが。
多くの妖怪は同じ言葉を繰り返して言うのが酷く苦手だ。
故に「もしもし」と二回続けて言う事で、私は妖怪ではありませんよと伝える習慣がある。
ちなみにミコトも「もしもし」が言えない。コンは普通に言う。
ここが異世界だからというのは無いだろう。
「申し」が普通なら以心伝心の呪いの効果で「もしもし」に変換されるからだ。
次に小奇麗な着物を着ていた事だ。
彼女は「山中にて立派な屋敷を見かけた」と言った。
境界が山の中にあったという事なんだろうが、普通はそんな着物で迷うほどの山には入らんだろ。
仮に入ったとして、夜になっても出られないほど迷って歩き回れば当然着物は汚れる。
しかし彼女の着物には汚れ一つ無かった。
直前で化けるか着替えでもしない限り無理だ。
山中で見かけたというのが嘘の可能性はコンが否定している。
三つ目に夜でも着物の柄がはっきり分かった事だ。
今は既に日も落ちており、現代日本と違って光源は外の妖怪
コンはともかく俺が着物の柄をはっきりと認識できる光量じゃない。
これも妖怪が化けた場合の特徴の一つだ。
ミコトの場合も暗がりでも柄がはっきり分かる。
コンは自然な感じに化けることが出来るが、そこまでやると面倒らしく、基本的に暗がりでも柄がはっきり分かる化け方をする。
今日はなぜか自然な感じに化けているが。
四つ目。
これは俺が霊視を使えるからで普通の人には見分けられないと思うんだが……
めっちゃ、妖気出てる。
正直隠す気あるのかというほど出ている。
妖怪に
そして彼女はそんな上級妖怪に比べると妖気の密度が薄すぎる。
妖怪としての強さはミコトの方が上と断言できるくらい薄い。
もしかして、無理して化けてる?
「じゃな。致命的に陽の気が足りておらん。それを陰の気で無理やり補っておる感じじゃ」
そんなに無理してまで何をするつもりなのか。
「んー、そろそろ限界じゃから男なら誰でもよいという感じじゃったな」
ん? 何が?
「あ奴の目的じゃよ。陽の気が減りすぎたので補充したいそうじゃ」
どうやって?
「そりゃもう、一般的な狐妖怪の手段で」
一般的な狐妖怪の陽の気を獲得する手段と言えば、まずは自身の陽の気を高める事。
妖狐は陰に属するが、100%陰というのは存在しない。
あくまで割合的に陰の方が多い場合が多いというだけの話だ。
これを陽の割合を増やすか、器そのものを大きくして使える陽の気を増やす。
まぁ、前者はやりすぎると陰陽のバランスが崩れて体を壊す恐れがあるので基本的には後者だな。
ただし、人間が筋肉をつけたりするのと同じで一朝一夕で出来るものでは無い。
急いで補給する必要がある場合、大気などから陽の気を摂り込むという方法がある。
ただし、これは相当技術が必要らしく、長年修行を積んだ仙狐やそちら方面の才能に溢れた一部の天才狐でないと使えない手だ。
では一般的な妖狐が急いで陽の気を補給したい場合、どうするか。
吸収
ではそんな性質を持つ陽の気を多分に含んだものって何だ?
──答えは男の『精』なんだよな。
人間のそれは他の動物のそれに比べて吸収されやすい性質が強いらしい。
「男が居るよう祈りながら声をかけ、お主を見たとたん安堵しておったな」
え? 俺、狙われてる?
「狙われとるのう。お主は陽の気が強いからの。後から来た式神には興味を示さんかったから、陽の気の強さを見る目位は持って居るようじゃし」
マジか……妻がいるからで断れるかな。
「穏便には無理じゃろうな。妖怪にとって交尾と吸精は別物じゃし、あ奴も結構切羽詰まっておったしのう」
切羽詰まってる?
「陰陽の均衡が崩れかけておった。ここで陽の気が補充出来なかった場合、死ぬことは無いじゃろうが妖狐としての力は失うじゃろうな」
……途中から彼女が妖狐という前提で話を進めているが、妖狐でいいんだよな。
「妖狐じゃよ。
狐顔だなとは思ったが、本当に狐だったか。
「で、どうする? 妖怪助けの為とあればミコトも怒りはせんじゃろう」
ミコトならちゃんと事情を話せば浮気認定はされないと思うが……やっぱり別の手段無い?
他に方法が無いのならともかく、他の手があるならそっちの方がいい。
「一途じゃなぁ。まぁ、狐は一夫一妻。その方が好ましいのは確かじゃ」
そう言うとコンは少しの間考え込んだ。
変化したコンは美人なので考える仕草も様になっている。
「これで行くかの。単独ではしない事を条件にすれば性格的に大丈夫じゃろうし」
おっ、他の手段あるみたいじゃん。
どうするんだ? 俺は何をすればいい?
「ん? 何がじゃ?」
え? だから妖狐を助ける方法。
「あーうむ。そうじゃのぅ。儂の持っておる陽の気を分けてやればよいじゃろ。あ奴としては陽の気さえ手に入ればいい訳じゃし」
なんか別の事を考えていたようだ。
何か嫌な予感がするんだが。
「気のせいじゃよ。さて、
不安が更に増したんだが……ん? 雄狐? 彼女、
「雄じゃよ。人間の女に化けてはおるが」
妖狐は雄雌関係なく人間に化ける時は女に化けるというのは知っている。
これは女性が陰に属するからだ。
妖狐も陰に属しているので陽に属する男性よりも陰に属する女性に化ける方が簡単だ。
不足しがちな陽の気を男から搾り取る時に女の方が都合がいいからというのもある。
あと、誤解の無いように言っておくが、陰に属する、陽に属する、とはあくまでそちらの割合が高い傾向にあるといった意味でしかない。
陰陽揃って人を構成するが、女性は陰の気が強い場合が多く、男性は陽の気が強い場合が多いというだけの話だ。
陽の気が強い女性だっていくらでもいるし、陰の気が強い男性も然り。
成長していく中で陰陽の比率が逆転する事も珍しく無い。
かくいう俺も昔は陰の気の方が強かったらしいが、今は陽の気の方が強い。
「そう言えばお主は雄の妖狐と会ったのは初めてじゃったか」
うん。今まで出会った妖狐は稲荷狐とミコトを含めても五匹だが、全員
しかし、化けてると分かんないもんだな。
「狐の変化は特化型じゃからな。化けられる範囲こそ狸や
狐七化け、狸八化け、貂の九化けやれ恐ろしや。
話している間にもコンは精神感応をミコトに飛ばしていたらしい。
軽い夜食を作ったミコトと合流して妖狐の元へ向かう。
客間にて
妖狐は「
コン曰く、これは妖狐の名ではなく化けた女性としての名であり、人間で言えば演じる役の名と言った感じだとのこと。
その際に妻であるとミコトを紹介したのだが、諦めてくれる様子は無い。
切羽詰まっていると言っていたからなぁ。
すまないが、コン、後を頼む。
(任せておけ)
その後をコンに任せて就寝したのだが、特に夜分に襲撃を受けることは無かった。
コンが上手い事やってくれたらしい。
翌日。
小菊と名乗った妖狐は朝にはマヨイガを発った。
夜までに山を抜けたいので早めに出るそうだ。
狐って夜行性じゃなかったっけ? と一瞬思ったが、前に狐によっては昼行性の種もいるし、そもそも妖狐になったらあんまり関係ないとコンが言っていたのを思い出した。
ところで、小菊さんって太陽の国の方の妖怪だよね?
名前と言い服装と言い。
「そうじゃな」
太陽の国ってむっちゃ遠いんだよね。
小菊さんってそこからマヨイガに来れるほど強い縁なんてあったの?
また五郎左殿みたいにマヨイガ妖怪に呼ばれたんだろうか。
「マヨイガに呼ばれたのは間違いないし、実際マヨイガ妖怪も持ち帰ったんじゃが、今回は少々異なる」
と、言うと?
「前に五郎左殿が来た時に山中の古い橋を境界にしたようなのじゃが、そこにマヨイガとの縁が出来てのぅ。その橋からならそれほど強力な縁が無くても来れるようになってしまったようじゃ」
という事はこれからは太陽の国の人も来る可能性があると。
「数は少ないじゃろうがな」
これは太陽の国向けの料理も考えておかないといけないかな。
それぐらいしか持て成せるものないしね。
「有るに越したことはないじゃろうな。それはそうとミコトよ。ちょいと相談があるんじゃが」
「なんなのだ?」
そしてコンとミコトが秘密の相談を始めた。
非常に嫌な予感がするのだが、
願わくばこの予感が外れますように。
多分駄目だろうなーと思いながら、女二人の密談が終わるのを待つのだった。
蛇足。
その日の夜。
日も暮れて、お客も無しとなれば夫婦の時間である。
「あなた……」
ミコトが布団の上で服をはだけさせながら誘ってくる。
結婚してからこっち、ミコトは少しずつ成長してきている。
背も少し伸びたし、胸も多少ながら確実に大きくなり始めた。
俺の
密かに色々努力しているのを知っている身としては、そんな小さな変化を嬉しく思う。
「ミコト……」
顔を近づけ、軽いキスをする。
それだけでミコトは蕩けるような顔に変わる。
その隣では童女姿のコンが自分にもと唇を突き出し────おい、ちょっと待て。
何で夫婦の秘め事の最中にコンがいるのだ。
何時もは別室に離れているのに。
「いや、最近吸精もご無沙汰じゃったから久しぶりにと思ってのう」
確かに結婚してから吸精は断っているけれども。
今まではともかく既に妻がいる身なんですよ?
それなのにミコト以外を抱くわけには……
「あなた」
「ミコトもコンに何か言って──」
「コンさんはあなたの守護狐なんだからちゃんと吸精させてあげないと駄目なのだ」
え? ミコト、まさかのコン側!?
「ほれほれ、妻公認じゃぞ。心配せずとも吸精では浮気にはならぬよ」
妖怪的にはそうかもしれないけど。
「あなた」
「タケル」
あ~~~もう。
二人の狐に迫られて、俺が何と答えたか。
それは想像にお任せするとしよう。
妖怪狐の変化事情。
『背に腹はかえられぬ』
大事な事の為には、他の事を犠牲にするのもやむを得ないという例え。
切羽詰まった状況だと他者を省みる暇などないという意味でも使われる。