俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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File No.08-2 名も無き二尾の妖狐の記憶

吾輩は妖狐である。

名前は無い。

 

名が付くほど有名でもなければ、同族より突出(とっしゅつ)して優れている訳でも無いからだ。

それどころか落ちこぼれとすら言ってもいい。

 

何とか妖に変じたまでは良かったが、妖狐の力を維持するのが精いっぱい。

いくら頑張れど尻尾は増えずに二尾のまま。

終いには陽の気が尽きかけ、後一回変化できるかどうか。

 

自然に溜まる陽の気だけでは出ていく方が多い。

どうにか人間の男を見つけて陽の気を奪わなければ。

最悪襲ってでもと考えていたら道に迷う大失態。

 

このまま陽の気にありつけず妖力を失いただの狐に戻れば、寿命を迎えて土に返るまで大した月日はかからないであろう。

せめて人を見つけさえすれば。

その一心で歩き続けて古い橋を渡った時、眼前に立派な屋敷が現れた。

 

不幸中の幸い。

 

これほどの屋敷であれば、住んでいる人間の中に男の一人くらいはいるであろう。

意を決し、陰の気となけなしの陽の気を使って人間の女に化けた。

 

しかし吾輩が妖狐だとばれたら打ち取られるやもしれぬ。

人一人程度であれば何とかなるが、二人以上だと逃げねばならぬほどに吾輩は弱っていた。

何とかして人間の男と二人っきりにならねば。

 

()し、誰か居られませんか?」

 

玄関まで行き、外から声をかける。

一人でもいいから男がいてくれ。

 

「申し申し、このような夜更けに一体どなたじゃろうか」

 

すると中から返事が返ってきた。

女の声だ。

 

「旅の者でございます。道に迷い難儀しておりましたところ、山中にて立派な屋敷を見かけまして、一晩屋根を借りられないかとお願いに上がった次第でございます」

 

嘘は言っていない。

下手に嘘をつくと感の鋭い人間には見抜かれ、不信感を持たれてしまう。

本当の事だけを言いつつ、本音は隠す。

 

玄関が開かれた。

そこに居たのは三十ほどの歳の女。

そして二十近い歳の男。

 

良かった、男がいた。

しかもこれは当りだ。

吾輩の目にも明らかなほど強い陽の気が見える。

 

「それはそれは、暗い中大変じゃったろう。上がっていきなされ」

 

「ありがとうございます」

 

女は屋敷の中から人を呼んだ。

現れたのは背の高い男であったが、陽の気があまり感じられない。

この男では駄目だ。

やはり狙い目は先ほどの男。

 

背の高い男に部屋に案内させるというので、「それでは御厄介になります」と言ってついて行った。

 

案内されたのは豪華な客間であった。

吾輩は人間の家屋について詳しくないのでこれがどれほどの物かは分からなかったが、並の住処以下ということはあるまい。

 

しばらく待っていると、先ほどの男女と十を少し超えたくらいの歳の女が入って来た。

紹介によると、若い方の女は男の妻らしい。

既婚者であったか。

 

これはいよいよもって襲うしかなくなったか。

人間は(つがい)になると途端に誘惑に(なび)かなくなる。

もちろん靡くものも居ないではないが、その可能性はぐっと減る。

この辺りは狐と同じであるな。

何とか二人きりになり誘惑してみて、駄目そうなら襲うしかないか。

 

吾輩は「小菊」と名乗った。

これは変化の参考にした人間の名をもじったものだ。

 

互いに紹介を終えた後は食事を勧められた。

(かゆ)であったが、長く迷い食事をとっていなかった吾輩にはありがたい。

味も良く、それなりに量もあった。

 

良く味わって食べ尽くすと、男と若い方の女は既に部屋から去っていた。

だが、臭いは覚えた。

寝静まったら臭いを辿って夜這いをかければよい。

 

唯一残っていた女に「馳走になりました」と告げると、女は先ほどの背の高い男を呼んで器を下げさせる。

 

「では、そろそろ本題に入ろうかの」

 

女が言った。

本題?

 

「お主、陽の気を欲っしてここまで来たのじゃろ」

 

ばれている!?

いつ気付かれた?

そんなそぶりは見せないようにしていたのに。

 

無意識の内に逃げ道を探そうとするが、あらゆる道筋が目の前の女に塞がれる想像しかできない。

この女、何者だ?

 

「落ち着け。なに、別に取って食おうという訳ではない。ただの忠告と提案じゃよ」

 

忠告だと?

 

「この屋敷で襲うような真似はよしておけ。そうなれば流石に見過ごせぬ」

 

女からの妖気が吹きががる。

こやつも妖怪か!

 

なんだこの妖気の密度は!

同族はおろかかつて一度だけ見た上位の妖怪ですらも上回る妖気。

吾輩ではまず勝てぬ。

 

話の流れからして襲うなとは、陽の気を貰うときに無理やり事に及ぶなという事だろう。

あの男が吾輩の誘いに乗ってくれれば良いのだが。

もしくは他に男がいないか聞いてみるべきか。

案内の背の高い男では陽の気が少なくて駄目だが、他に居ないとも限らぬ。

 

「それと提案の方なんじゃが、お主は陽の気が手に入りさえすれば良いという認識で相違ないか?」

 

「真っ当な方法で、陽の気が手に入るならばかまいませぬ」

 

妖怪の「真っ当」は人間のそれとは異なっているが、相手も妖怪だ。

種族が違っていてもある程度の共通認識はある。

例えば性的に襲って陽の気をいただくのも妖怪的には真っ当な入手手段だ。

 

「であれば、儂が相手でも構わぬな」

 

そう言うと相手の女は男に変じた。

先の女の特徴をそのまま男に変えたような伊達男だ。

 

特筆すべきは内包している陽の気の密度。

先の男よりも更に強い。

 

「男に抱かれて陽の気を奪うのもまた、妖狐の真っ当な入手手段じゃろ?」

 

ごくりと喉が鳴る。

 

「お願い申し上げまする」

 

 

 

 

 

翌朝、吾輩はかの屋敷を旅立った。

昨夜は男に化けた女妖に腹いっぱい陽の気を注がれたおかげで、しばらく陽の気には困らない。

 

それに仕来(しきた)りだと言って(かんざし)の付喪神を渡された。

聞けばこの簪は男寄せの簪だという。

付けているだけで『一夜限りの関係』を結べる男が寄ってくるのだそうだ。

 

吾輩のような妖狐にはありがたい。

後腐れのない関係であれば痴情のもつれに巻き込まれる恐れも減る。

そのような男が辺りに居なければ意味が無い物らしいので過信は禁物だが、この簪があるかぎり陽の気が尽きてただの狐に戻るという事は無いだろう。

 

これほどの物を貰いっぱなしと言うのも妖狐の沽券に関わる。

いずれ大成した暁には山のような金銀財宝の贈り物をしよう。

そこへ至る道も見えぬ矮小な二尾の妄言ではあるけれど、吾輩の妖怪生の目標をそれにするというのも悪くないのではなかろうか。

 

吾輩は一度だけ屋敷のあった方を振り返り、都に続く道を歩いていくのだった。

 




おかしい、最初のプロットでは女に化けた若い雄の狐がコンの実力と色香にやられて押しかけ弟子になる予定だったのに。
狐妖怪は雄でも化ける時は女に化けるよという話を書いてたらそのまま居なくなってしまった。

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