俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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File No.09-1 『俎上の魚』

今日はコン達と釣りをする予定だった。

道具も揃え、弁当(場所はマヨイガ内なので雰囲気作り用だが)も用意した。

 

しかし、いざ行こうかという時になって来客があったのだ。

何とも間の悪い事である。

 

お客はフェルドナ神。

何でもお稲荷様に用があるのだとか。

今は客間でコンが名代として対応している。

 

どうやら結構重要な話らしいが、俺は特に呼ばれてないので内容は分からない。

コンが格上の相手に対応する場合は宿主(憑き先)である俺が居ないと無礼になる場合があるが、今回のような場合は俺がいる必要はない。

 

ちなみに無礼になる理由は、俺が『憑いている狐(コン)』の主という扱いになるので『憑いている狐(コン)』だけに対応させると(ないがし)ろにされているととられるのだ。

もちろん蔑ろにしていると思われるのは俺である。

一応、居さえすればコンの方が格が高いのは一目瞭然なので全部コンに任せても問題ない。

 

あと、例外もあるが相手がコンより格下なら俺が居る必要はない。

 

そして今回はコンはお稲荷様の名代として対応しているので、俺に憑いている事は関係が無いから俺が居る必要はないのだ。

むしろ俺が居ては邪魔だ。

 

なので俺は『離れ座敷(はなれざしき)』でミコトと妖札で遊んでいる。

『離れ座敷』とは主たる建物である母屋(おもや)から離れた場所に存在する建物の事。

要は『(はな)れ』の事である。

 

いつ話が終わってコンが戻ってきてもいいように、やっているのは『陣立(じんだ)て』というルールだ。

簡単に言うと妖札版ポーカー。

 

札種や数字の数がトランプとは違うので役の種類や強さはポーカーと異なるが、それ以外は大体一緒だ。

札も一組しか使わず、『玉』も抜いている。

 

あ、今回は(ごく)(ポーカーで言う所のチップ)は無し。

二人だけだし、勝ち数で勝負を決める。

交換は任意の枚数を一回だ。

 

俺の手札は……

金の8・金の7・金の5・樹の6・土の5

交換前としては中々の手だ。

 

とりあえず連(ポーカーでいう所のワンペア)は出来ているが、駆槍(かけやり)(ストレート)と色染(いろぞめ)(フラッシュ)も狙えるんだよな。

無難に行くなら金の5と土の5を残して三連(スリーカード)以上を狙うのがいいのだろうが……

いや、せっかく朱染槍(しゅぞめのやり)(ストレートフラッシュ)が狙える手札なんだ。

負けてもペナルティがある訳でも無いのでせっかくだから狙ってみよう。

 

ちなみにロイヤルストレートフラッシュに該当する役は無い。

そもそも『(エース)』が無いしな(1は普通に1として扱う)。

 

「二枚変える」

 

「ボクは一枚なのだ」

 

(ごく)無しだし親も決めてないので交換は言った順だ。

 

さて、手札は……

 

金の8・金の7・金の5・金の3・火の1

あ、惜しい。

残念ながら烏合の衆(役無し)だ。

 

「烏合の衆」

 

ミコトももう手札交換を終えているのでオープンにする。

これでミコトは役さえ出来ていれば勝ちなわけだが──

 

「すごいのができたのだ!」

 

火の9・水の9・樹の9・金の9・土の9

 

(ここの)連環(れんかん)(9のファイブカード)だと!?

『陣立て』における最強の役だ。

初めて見たぞ。

 

「待たせたのぅ。こちらは終わったぞ」

 

そこに丁度童女姿のコンが入って来た。

見てくれコン。

ミコトが凄い手作った。

 

「ぬぅ? これは、いやはや」

 

「ボクの勝ちなのだ」

 

もう完敗だわ。

ちなみに勝ち数でもちょっと負けてる。

 

「ところで、フェルドナ神は何の用事だったんだ?」

 

「以前、婚儀の際の引出物に甘い野菜をいくつか送ったじゃろ。あれを一部、村の者に下賜しても良いかという話じゃったな」

 

そう言えば送ったのはコンだけど、お稲荷様の名代として送ったからこの件は「お稲荷様への用事」になるのか。

 

「こういう場合、勝手にあげちゃ駄目なんだっけ?」

 

あ、これは神同士の話ね。

人間同士なら別にそんなことは無い。

 

「駄目ではないが一言断わるのが礼儀じゃな。特に今回は物がモノじゃし」

 

「物がモノって、野菜だよな?」

 

「野菜は育てて増やせるじゃろ? 自分で消費する分には関係ないんじゃが、勝手に人間にあげた場合、農耕神の権能の一部を掠め取った扱いにされる場合があるんじゃよ」

 

農耕神の優位性が一部とはいえ失われるって訳か。

 

「フェルドナ神に贈ったのはマヨイガの野菜じゃから今回は関係ないがのぅ」

 

「それで、どうしたんだ?」

 

「マヨイガや儂らの名を出さぬ事を条件に許可を出した。面倒事がやってきても困るからの」

 

「恩を売りつつ厄介事は回避と」

 

「じゃな」

 

さて、話は終わってフェルドナ神も帰ったようなので、釣りを始めるとしよう。

妖札を片付け、用意しておいた釣り具を手に取る。

 

『離れ座敷』から裏庭に出ると、そこには大きな池があった。

端から端までの長さは長いところで40(メートル)ほどの楕円形の池。

池の中央には東屋(あずまや)(屋根と四方の柱だけの建物。公園の休憩所などに見られる)があり、そこまで木製の橋がかけられている。

 

コンによればあの東屋もマヨイガ妖怪であり、実は島の上に建っているのではなく船のように水上に浮いているのだとか。

水辺で竿を下ろしてもいいのだが、せっかくなので三人で東屋に行く。

固定されているが長椅子とテーブルもあるしな。

 

さて、この湖なのだが、実は水面が『水中と水上を分ける境界』に繋がる出入り口の役目を持っている。

つまりマヨイガに居ながら好きな水面に釣り糸を垂らす事ができるのだ。

 

とりあえず今日はにがりを作る時に水を汲んできた海に(コンが)境界を繋げる。

一度コンの使い魔が行ったことで縁を結んだからな。

 

目的は料理用の魚の確保。

まぁ、できたらなので別に丸坊主(一匹も釣れない事)でも気にしないが。

 

では早速釣り具の中から竿を取り出す。

竿はマヨイガの妖怪竿。

見た目は竹製の竿の先に糸をくっつけただけのシンプルなものだが、糸はいくらでも伸ばせるし、竿を引けば糸を短縮してくれる。

万一俺が魚の引きに負けて海に引き込まれそうになったら自動で糸を伸ばして防いでくれる安心設計。

ちなみに糸は切断したら消滅するので糸が切れても環境を汚さない。

 

針はなるべく魚を傷つけないタイプを使用。

生け簀でしばらく保管する予定なのでなるべく魚にダメージが無い方がいいからだ。

妖怪竿の力で作った針なのでバレる(一度針にかかった魚から針が外れる事)ことも基本的にないしな。

 

妖怪餌箱から練り餌を取り出して針につける。

準備ができたら水面に糸を垂らすだけでいい。

あとはひたすら待つだけだ。

 

ミコトも準備ができたようで、俺の横に糸を垂らした。

境界の場所を少しずらして繋いでいるそうなので、横に垂らしても外では10(メートル)くらい離れていて糸が絡まることは無い。

 

コンは俺たちとは反対側でゴツい竿を使っている。

マヨイガ稲荷神社に置いてあった私物だそうで、大物を狙うらしい。

 

すぐに釣れるとは思ってないので、ミコトと二人でのんびり景色を眺めながら糸をたらす。

池の向こうには森があり、その先には雄大な山々が(そびえ)えている。

山は季節によってその(いろどり)を変えるが、そちらに向かって歩いて行っても決してたどり着くことは無い。

あれらは実際あそこに存在する訳ではないのだ。

しいて近いものを上げるとするなら、マヨイガと言う世界の壁に映し出された幻影だろうか。

 

この湖は結構マヨイガの端にあるのだ。

多分、湖から外に向かって100mも歩いたら境界を越える。

まぁ、実際あろうとなかろうと、見ている分には関係が無い。

 

しばらく「ぼー」と眺めていると──

 

「きたのだー!」

 

ミコトの竿にアタリがあった。

 

「えい!」

 

妖怪竿を引くと糸が縮み、魚を水中から引きずり出す。

それに合わせて俺は妖怪網を伸ばして魚を掬った。

 

これはアジか?

サイズは30cm(センチメートル)近い、なかなかのサイズだ。

 

とりあえず妖怪生け簀に移す。

針は妖怪竿が一度消したのでそのまま「ボチャン」だ。

 

「美味しそうなのだー」

 

ミコトがそんな感想を漏らしているが、実際に食べられるかはまだ分からない。

地球の魚と同じような姿だからと言って毒持って無いとも言い切れないし。

とりあえず妖怪生け簀に入れて、後でコンに調べてもらう。

 

「来た来た来た来たぁー! 大物じゃぞ!」

 

コンが声を張り上げた。

竿が大きくしなっている。

穂先が水面に引き込まれるような大アタリだ。

 

コンの姿は童女だが、そこは天狐。

重さの調節などもお手の物だし、コンが力負けして引きずり込まれるような事はないだろう。

 

コンが勢いよくリールを巻き上げる。(コンの竿はリール付き)

 

「せいっ!」

 

勢いよく竿を引くと、それは海面から勢いよく飛び出してくる。

 

でかい!

体高((ひれ)を除いた一番幅のある高さ)50cm、全長(口から尾びれの先までの長さ)は3m近くあるように見える。

 

それはそのまま慣性に従って中を舞い、妖怪生け簀の中に落ちた。

妖怪生け簀は入れた魚の大きさに合わせて中が広がる妖怪だ。

横2m×縦1mの長方形の口に入るならと言う条件はあるが、全長がどれだけあろうとも入れられる。

 

魚から釣り針が外れているところを見るに、コンは狙って入れたのだろう。

生け簀を覗こうとすると、その前にその魚が水面から顔を出した。

その魚と目が合う。

 

「これは食べられるのだ?」

 

「ひぃ! 食べないでくださいぃぃ!」

 

ミコトの一言に、()()()()()()()()()()が後ずさる。

 

人魚じゃねぇか!

日本式人魚である。

魚の体に人間の女の顔。

人面魚と言った方がイメージが掴みやすいかもしれない。

 

人魚にも色々あるが、この個体は魚の部分がシーラカンスを引き延ばしたような形をしている。

ヒレも多く、まるで腕のように見える肉ビレだ。

人間の顔部分には二本の角のようなものが生えている。

 

「私は美味しくないですよぅ! 痩せこけていて食べるところもあんまりないし、えっと、えっと」

 

なお、シーラカンスは非常に不味いそうだ。

それ以前に翻訳されているとはいえ人語を話す相手を食うのは俺には無理。

 

「食わないから安心してくれ」

 

食料に困っている訳でも無いし、俺がそう言えばコンもミコトも食べないだろう。

 

「ほ、本当ですか?」

 

人魚が泣きながら聞いてくる。

その涙が真珠に変化した。

そういえばそんな伝承もあったなぁ。

 

あと有名なのは人魚の肉を食べれば不老不死になれるという話だろうか。

コン曰く、正確には老いなくなって寿命が1000年くらいまで伸びるだけらしい。

多少治りは早くなるが怪我もするし、普通に外傷で死ぬ。

病には強くなるらしいが不死には程遠い。

 

あと、もう一つ何かあったと思うんだが、何だったか。

 

「別に取って食うたりはせんよ」

 

「これは食べられない魚なのだ」

 

コンとミコトも食べるのを否定する事で、人魚はようやく泣き止んだ。

 

で、どうするのこれ。

そのまま海に返すか?

 

(別にそれでもいいんじゃが……)

 

どうした、歯切れが悪い。

 

(『天眼通』で見てみたんじゃが、そのまま海に返した場合、半月(はんつき)せん内に餓死するんじゃよ)

 

お、おう。マジか。

 

『天眼通』とは簡単に言うと未来視の事だ。

コンの場合はそれほど精度が高い訳では無いのだが、対象が半年以内に『死ぬ』場合はかなりの精度でそれを予知できるらしい。

輪廻の縁が一度途切れるので分かりやすいそうだ。

もちろん、割と簡単に未来は変えられるので死因を避ければ助かるそうだが。

 

(自然の(ことわり)じゃし、それに関しては別に思うところはないんじゃが、それなら式神にするのもありかなと思ってのぅ)

 

式神に?

 

(ほれ、儂の式神には水中に適したやつが居らぬじゃろ。今後必要になるかは分からぬが、損にはなるまい。人魚の持つ能力は有用なものが多いしのう)

 

最低限涙を真珠に変える能力を持っているのは分かっている。

宝石としての価値があるかはともかく、人魚の真珠は妖術等の触媒として有用らしい。

妖術の教科書に使っている本にも書いてあった。

 

(あと、災いの先触れとしての能力があれば有難い。儂の苦手な分野じゃし)

 

災いの先触れというと、あれか。

神社姫のやつ。

 

そうそう、一つ思い出せなかった能力これだ。

かつて肥前国(ひぜんのくに)(現在の長崎県)に現れた人魚で、人の顔に海蛇とも魚ともつかない胴体を持ち、頭に二本の角がある姿で描かれる。

 

彼女は竜宮よりの使いを名乗り、コレラの流行を予言したという。(一緒に豊作も予言しているので災いに限った能力ではないようだが)

そして、自分の写し絵を持っていれば病を避けられると語ったそうだ。

同様の伝承のある妖怪に『(くだん)』や『アマビエ』がいるが、実は神社姫の方が古い妖怪だったりする。

 

さて、この人魚はそんな能力を持っているだろうか。

シーラカンス(っぽい魚)の人魚である。

なんとなく神秘的と言うか特別感のある姿をしている。

もちろんシーラカンスとは全く関係ない魚の可能性もあるし、そもそも異世界では珍しくないかもしれない。

 

だが、そんな特別感が俺のロマンを刺激するのだ。

それだけでなんか災いの先触れくらい出来そうな個体の気がする。なんの根拠も無いのに。

俺も将来的にはこんな特別感のある『式神』が欲しいものだ。

 

(ならばお主が式神にするか?)

 

え? そんな事できるの?

まだ霊波も合格ラインに無いのに。

 

(流石に降伏 (ごうぶく)によって式にすることはできぬが、利害の一致による契約であれば可能じゃよ。例えば力を借りる代わりに『食』を保証するとか)

 

魅力的な提案だが、辞めとく。

流石に今の俺では()()()()()()()

 

(そうか。ならば儂の式になるよう持ち掛けるか)

 

「これこれ人魚よ。一つ話があるのじゃが、良いかの?」

 

「な、なんですか?」

 

「お主、儂の式にならんか?」

 

コンは人魚に対して式になった場合のメリット・デメリットを上げ、報酬や待遇についても話していく。

横で聞いていて思ったのは、式神としては結構いい待遇だという事だ。

能力次第だがいずれ一妖怪(いちようかい)として独立も可能だし、希望すれば他の妖怪や人間の下へ移籍する事もできる。

どちらの場合でも『天狐の下で働いていた』というのは箔になる。

 

人魚は少しの間迷っていたが、最終的には頷いた。

()(はぐ)れがなくなるというのが魅力的だったらしい。

 

話は(まと)まったようなので俺たちは釣りに戻る。

そろそろいい時間なので弁当を開けるか。

ミコトが早起きして作ってくれた愛妻弁当だ。

 

コンは早速人魚に練り餌を与えている。

そういや人魚って本来は何喰うんだ?

 

「おいしーのだぁ」

 

ミコトも弁当箱からおむすびを取り出し、頬張っている。

ちなみにミコトの弁当は俺が作った。

 

ピクニック気分でのんびりしながら釣り糸を垂らしアタリを待つ。

あぁ、素晴らしきかな。

それは何でもない日常で、マヨイガの住人が一匹増えた日のお話。

 

 

 

本日の釣果。

 

俺 アジらしき魚5匹。

ミコト アジらしき魚4匹 サンマっぽい魚2匹。

コン 人魚1匹 マグロのような魚3匹。

 

しばらく魚料理が続きました まる

 




ちなみに、一応日本にも上半身人間の人魚はいます。

俎上(そじょう)(うお)
自分の力ではどうにもできず、相手の思うままになるしかない状態の事。
俎上とはまな板の上という意味。

要するにまな板の上の鯉。
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