俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

18 / 93
最初は別視点の予定はなかったけど筆が乗ったので投稿。
それに伴い前話のタイトル「ファイルNo.10『俎上の魚』」に「-1」を追加いたしました。


File No.09-2 新米妖怪 人魚の記憶

私の魚生に転機が訪れたのは、間違いなくこの身が妖怪となってしまった時でしょう。

何の因果か、私は突然妖怪となってしまいました。

 

何が悪かったのでしょうか。

何で私だったのでしょうか。

 

妖怪になった事で知性と不思議な力を手に入れ、同時に私は居(・)場(・)所(・)を(・)失(・)い(・)ま(・)し(・)た(・)。

 

人間と呼ばれる生き物の顔が出来た私を、仲間たちは私だと理解してくれませんでした。

妖怪となった事で覚えた言葉も、言葉を使わない仲間たちには届きません。

仲間たちと一緒に泳いでも、私を群れには入れてくれませんでした。

 

もう、私の居場所はここには無かったのです。

 

気付くと私は、群れを飛び出していました。

流した涙が、真珠となって海底に落ちます。

 

何が悪かったのでしょうか。

何がいけなかったのでしょうか。

 

 

 

妖怪になって十数日、私は知らない海で一匹彷徨っていました。

群れる生態を持つ私に孤独は厳しく、徐々に心を蝕んでいきます。

しかしそれ以上に、今は深刻な問題が発生していました。

 

お腹が、空いているのです。

 

私たちの主食は小魚やイカです。

普段は群れで襲うのですが、一匹になったからと言って生きていく程度には獲物が取れる筈でした。

 

いえ、実際に取れているのです。

少なくともお腹を満たすのに十分な量は食べました。

なのに、お腹が全く膨れないのです。

 

何が悪いのでしょうか。

何でこうなってしまったのでしょうか。

 

考えても考えても、空腹感が増すばかり。

私にできる事は、少しでもお腹が膨れる事を祈って食べ続けるだけでした。

 

 

 

ああ、お腹空いたなぁ。

 

 

 

そう考えながら泳いでいた私に、何やらいい匂いが漂ってきます。

見れば美味しそうな茶色い塊が海中を漂っているではありませんか。

 

その時の私は、空腹に我を忘れていました。

すぐさまその塊に喰らいつき、飲み込んだのです。

その時、私が感じたのは今まで味わったことのない美味。

そして塊から延びていたほとんど見えないほど細くて長い物でした。

 

唇を動かしてその細くて長い物を触ります。

何ですか? これ。

 

そう疑問に思った瞬間、ソレが引っ張られました。

思わず塊を吐き出そうとしましたが、喉の奥に引っかかったように出てきません。

そして塊が出てこないという事は、ソレに引っ張られるのは私なわけで……

 

 

 

ちょっちょっちょっと待ってぇ!!!

 

痛い痛い痛い痛い!!

 

ああああああ!

 

 

 

気付けば私は空中に投げ出されていました。

どうやら海底から一気に引き抜かれたようです。

 

海底から急浮上すると死んじゃうこともあるのに、私の体、大丈夫かな。

一瞬そんな考えが頭をよぎりますが、とりあえず生きてはいるようなので目の前の対処が先です。

 

私が落ちた場所は水の溜まった何かの中でした。

あまり広いようには見えませんが、陸の上に打ち上げられるよりはマシの筈です。

水面から顔をのぞかせると、水面を覗き込んだ何かと目が合いました。

妖怪としての知識が教えてくれます。

これは『人間』という生き物であると。

 

「これは食べられるのだ?」

 

「ひぃ! 食べないでくださいぃぃ!」

 

目の前のではない、もう一人いた人間の声に反射的に答え、距離を取るべく後ずさりました。

海の中ならともかく、こんな小さな水の中では勝ち目はありません。

 

「私は美味しくないですよぅ! 痩せこけていて食べるところもあんまりないし、えっと、えっと」

 

私に出来るのは必死に命乞いをして、見逃してもらえることを期待するしかありませんでした。

気付いてしまったのです。

この場にはもう一人人間がいると。

それも本能的がガンガン警告してくるようなやばいのが。

この中の誰か一人でも私を食べる気だったら、もう私の魚生(ぎょせい)は終了してしまいます。

 

「食わないから安心してくれ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

その言葉に安堵の涙が流れ、真珠へと変わりました。

 

「別に取って食うたりはせんよ」

 

「これは食べられない魚なのだ」

 

他の二人も食べないと言ってくれました。

良かった……私はまだ生きていていいんですね……

 

食べられないと分かったとたん、私は周囲を確認するだけの余裕が出てきました。

改めて周囲を見渡せば、辺り一面陸地です。

陸に繋がる洞穴にでも迷い込んでいたのでしょうか。

 

そして人間だと思っていた三人の内、よく見たら二人は人間ではありません。

妖怪(広いくくりで言えば同族)です。

しかも片方は私なんて比較する事すら烏滸がましいほど格上の妖怪。

もう片方も私からすれば鰭(手)も届かないほど強力な妖怪です。

 

より強い方の妖怪の手には長い棒のようなものが握られています。

妖怪になった時に得た知識を探ると、あれは『釣り竿』という魚を釣るための道具のようです。

もしかして私、釣られちゃいました?

 

食べないとは言われましたが、もしや釣果として持ち帰られて狭い水の中で飼い殺しに……

うう、何とか逃がしてはもらえないものでしょうか。

 

しかし、生殺与奪の権利は相手が握っています。

ここで下手な事をして、やっぱり食べてしまおうとなったら……

 

「これこれ人魚よ。一つ話があるのじゃが、良いかの?」

 

「な、なんですか?」

 

より強い方の妖怪から話しかけられ、反射的に返事をします。

私に何の御用ですか!?

出来れば逃がしてもらえるという話だといいなぁって。

 

「お主、儂の式にならんか?」

 

式……ですか?

妖怪の知識を探ってもいまいち分からなかったのですが、その辺りは親切にも色々教えてくれました。

要するに主人の手足となって働く妖怪の事ですか。

神(妖怪)を式(使役)するから式神なんですね。

 

労働の対価として能力に応じた妖気の供給(賃金)と、賄い付き(食事保証)!?

仕事内容とかはどんな……なるほど、それなら私の能力を生かせそうです。

ち、ちなみに妖気の供給量(お給料)はどのくらい……え? こんなに!?

でもその代わり繁殖適齢期(婚期)を逃す可能性大と……うっ……いえ、妖怪となってしまった以上、もう同族には相手にされません。

であれば、もうその方面は諦めて生涯独身前提でこの話に乗るというのも……

 

他にもいくつかの説明の後、私が出した答えは「式神になる」でした。

このまま戻っても孤独に生きていくしかありませんし、食事の心配をしないで済むのは大きいです。

あと、断った場合が怖いというのもあります。

話してみて優しそうな方ではありますが、その気になれば私なんか指先一つで黄泉に送れるような大妖怪なのですから。

 

 

 

私の就職が決まり、食事にしようという事になりました。

人間の方ともう一人の妖怪が仲睦まじく食事を取っています。

先ほどまで命の危険があったので意識から外れていましたが、私もとってもお腹が空いているのです。

 

私の雇い主であるコン様が箱の中から茶色い塊を取り出します。

そ、それはさっき水中で食べたすごく美味しいやつ!

 

「思ったより口に合ったようじゃし、とりあえず今回はこれで良いかのぅ」

 

そう言って茶色い塊を小分けにして渡してくれました。

私はそれを一つずつ口に入れていきます。

ああ、美味しいです。

これだけで式神になった価値があります。

 

「喜んでもらえたようで何よりじゃ。ではこちらの口にも──」

 

そう言ってコン様は私の後頭部に茶色い塊を持っていきます。

? いくら私が妖怪でもそんなところに口なんてないですよ?

 

「──ん? あ、これ、共生しておるのではなく寄生しておるのか」

 

はい!?

何かすごく不穏な単語が聞こえたんですけど!?

 

「せいっ!」

 

コン様が腕を振るうと私の後頭部から何かが剥がれたような感覚がしました。

 

「『人面瘡(じんめんそう)』か。まだ口だけで自我も無さそうじゃな」

 

その手には人の口の形をした不気味な肉塊が──

 

な、な、な、な、な、何ですかそれは!?

そんなグロテスクな物体が私の後頭部についていたのですか!?

聞けばその肉塊は『人面瘡』という妖怪で、本来は人の業(ごう)や祟(たた)りによって生まれるらしいのですが、偶に普通の怪我が妖怪化して生まれる事もあるのだとか。

 

私に憑いていた人面瘡は後者のタイプ。

正確には人面瘡の成りかけで、もう少ししたら顔が出来て憑いた相手にひどい痛みをもたらしていたのだとか。

私が食べても食べてもお腹が空いていた理由も、この人面瘡が養分を吸い取っていたからみたいです。

え? これ、もし私がコン様の式神にならなかったら完全な人面瘡が出来て死んじゃってましたか!?

 

あ、危なかった。

間一髪で私は命を拾いました。

これ程自分の判断を褒めてあげたいと思ったのは初めてです。

 

 

 

そんなこんなで私はマヨイガで生活する事になりました。

これから頑張って、いろんな仕事を覚えて、式神として、妖怪として高みを目指す。

私の妖怪生(ようかいせい)は、まだ始まったばかりなのです。




実はミコトちゃんもそこそこ強い妖怪。
新人さんから見たら遥か高みにいるように見えます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。