俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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再就職が決まりましたので今後は更新速度が更に低下すると思われます。
楽しみにしていただいてる方には誠に申し訳ありません。

2024/1/28追記:
スケジュール的に無理が生じた為、この時点でルミナ神が複数回マヨイガに来ていた事に修正。


File No.10-2 月神 ルミナの記憶

ある日の昼。

(わたくし)は早起きして再びマヨイガという異界へ訪れました。

 

今の姿は子供。

あまり成長した姿で行くと(わたくし)の目的に支障が出でる。

(わたくし)の目的はタケルさん(異世界の人間)に理想の姿を吹き込んで、理想の体型になる事。

その為には成長した姿を見せてはいけない。

 

知らないからこそ想像する。

それにちょっと方向性を与えてあげれば、伝承(認識)は出来上がる。

 

訪れるにあたって、お土産も用意しましたわ。

彼がこちらに好意的であればあるほど、想像は好意的な方向に向かうでしょう。

好意的であればあるほど、吹き込むのは簡単になる。

 

もちろん、彼以外も(ないがし)ろにしてはいけませんわね。

彼の周囲の者が私に好意的であれば、彼もまた引っ張られる。

訪問目的はプライベートで「遊びに来た」。

それくらい気安い方がいいのですわ。

 

 

 

境界をくぐり、屋敷に向かう。

するとすぐに仮面をつけたミシロキツネがやってきた。

 

「ようこそおいでくださいました、お客様。本日はどのようなご用件でいらっしゃいますか?」

 

「遊びに来たのですわ。約束があった訳ではありませんから、忙しければ日を改めますけれども」

 

日時までは約束していませんから、何らかの用事が入っている事もあるでしょう。

 

「──いえ、問題ございません。ご案内いたします」

 

少し間がありましたけれど、特に拒まれる事なく屋敷に案内された。

おそらく念話か何かで確認を取っていたのでしょう。

 

部屋に通されたあと、しばらくタケルさん達を待つ。

 

最初は部屋のデザインにおどろきましたけど、改めて見ると話に聞く『太陽の国』のものに近いですわね。

あそこは遠いうえに神話体系が異なるので交流はほとんどありませんが。

 

屋敷に上がるのに履物を脱ぐというのは少しなれませんが、椅子以外でも座ることが出来るというのはいいですわね。

座り方には少し気を付ける必要があるようですけど。

 

そう言えば初めて遊びに来た時もこの部屋でしたわね。

その時は確か────

 

 

 

「ようこそおいでくださいました、ルミナ神。本日は──」

 

当時のコンさん──立場上敬称に悩みましたがプライベートならこれでいいでしょう──は大分堅苦しかったですわ。

神使が主以外の神に接する態度としては当然かもしれませんが。

 

「気が向いたので遊びに来た、というだけですわ。気を遣う必要はありませんもの。(わたくし)はプライベートで来ているのですから、その間は『無礼講』という事で構いませんわ」

 

「では、そのようにさせていただきます」

 

コンさんはそう言って頭を下げた。

まだ距離を置かれている、というよりは警戒されていますわね。

 

(わたくし)としてはもっと皆さんとお近づきになりたいと思っていますの。他の神のいる場ではともかく、プライベートではもっと気兼ねなく接してくださって構いませんわよ」

 

こちらもその方が都合がいい。

その意味を込めて言葉を発する。

 

彼女らにとってそれはメリットが多くデメリットは少ない。

(わたくし)という神話体系の上位の神と「気兼ねなく接することが出来るほど懇意である」というのは、他の神に対して大きな武器になる。

 

そしてコンさんは(わたくし)の真意を探る事でしょう。

現に今も心を読むくらいはしているのが分かります。

故にあえてそれを妨げない。

それどころか積極的に思考で目的と、その見返りに彼女等に対して便宜を図る用意がある旨を伝える。

 

コンさんならこれが偽りで無い事くらいは理解できるはず。

なればこそ、この提案を受ける。

 

そしてあえて最初から伝えておくことでコンさんが(わたくし)の目的を見抜いてタケルさんに話す可能性の芽を摘む。

()()()()()()である異界の知識を欲しているというのは伝えるでしょう。

これはせっかくならと欲張っただけですし、知られても問題は無い。

けれど、本命の方はタケルさんに知られたら意味がない。

その事はコンさんも理解しているでしょう。

 

あくまで言葉通りの意味で受け取り、了承したという形をとる。

お近づきになりたいというのは本当ですから。

そうなれば、タケルさんとの距離が縮まり、吹き込みやすくなる。

 

まぁ、これはうまく仲良くなれなかった場合の保険ですわ。

お互いに仲良くなれればそれが一番いいですもの。

 

打算なく、そうしてもらえるならそれでよし。

打算があってそうしたのでもお互い様。

よしんば仲良くなれなくても、お互いに影響力は残せる。

 

「ではお言葉に甘えてそうさせていただきましょう」

 

「タケルさんも、()()()()()()()()()()()()

 

「あ、はい。そうさせてもらいます」

 

どうぞ遠慮なく、信仰(想像)してくださいな。

 

 

 

────という感じでしたわね。

 

そのあとすぐにタケルさんの妻だという化生(けしょう)を紹介されたので、完全プライベートである事は理解してもらえたようです。

神としての役割を果たしている時だと、一介の化生では神の前に出るには格が足りませんもの。

 

あれから良い関係が築けていると思いますし、今日あたりタケルさんに大人の(わたくし)はスーパーロイヤルわがままボディだと伝えても良さそうですわね。

 

少しだけ待っていると、コンさんとタケルさんとミコトさんが部屋に入ってきました。

さて、今日は何をして遊びましょうか。

異世界の遊びは話に聞いただけでも面白そうなのが多いですから楽しみですわ。

 

 

 

コンさんが持ち出してきたのは妖札というカードゲーム。

なるほど、プレイングカード(トランプ)のような物ですわね。

プレイングカードと同じく様々なルールがあるそうですが、今回は『しきくらべ』というものをやってみます。

皆で魔獣を取り合い、配下にした魔獣の数と質で優劣を競う。

いかに多くの我が子(守護下の人間)を集めたかで(かく)が決まる神々には相応しい遊び方ではないかしら。

 

具体的な説明を受けながらゲームを進めていく。

 

「これはまた、悩みどころですわね」

 

(わたくし)の手札は『土の9』『金の9』『水の3』『火の1』の4枚。

取り合うカードは『火の3』。

(わたくし)の場に『火』のカードは『8』『7』『5』『4』。

 

『土の9』は確実に欲しい『火の6』に使うとして、ここで『金の9』を切るべきか否か。

捨て札に『9』のカードは無いことから残りの手札用(黒札)の『9』は山札か参加者(プレイヤー)の手札か。

場用(赤札)の『火の9』が出るまで温存するべきでしょうか。

妨害に使うのもありですわね。

 

しかし『火の3』を獲られるのを妨害するために『9』を切ることは無いでしょうから、ここで『金の9』を切れば確実に『連道(れんどう)』を伸ばせるのも事実。

 

「決めましたわ」

 

ここは確実に点を伸ばしていきましょう。

 

「「「「開」」」」

 

皆の声を合図にカードを表にする。

結果は(わたくし)の勝ち。

 

「では、この『火の3』は私のですわ」

 

これで『火の6』を獲れれば火属性だけで48点になる。

当然妨害が入るでしょうから、手札に(黒札の)『木の9』を引けるか他の方が引く前に『火の6』が出る事を祈りますわ。

 

 

 

結果として(わたくし)は敗北しました。

コンさんには勝ったんですけども、ミコトさんがあそこから追い上げてくるとは思いませんでしたわ。

わたくし(月の神)に勝ったご褒美として、後で何か差し上げようかしら。

 

「なかなか面白かったですわ。勝てなかったのは残念ですけど」

 

これ、他の神々も誘ってやってみるのもいいかもしれませんわね。

分かりやすくするために手札用のカードを専用に作って、場用のカードの絵柄もこちら風にして──

 

「そろそろおやつ時ですね。何か用意しましょう」

 

「手伝うのだ♪」

 

そんな事を考えていると、タケルさんがそう言いました。

この時間帯に来て正解でしたわね。

異世界の菓子、楽しみだったんですの。

 

「待っていましたわ」

 

あ、(わたくし)ったら、はしたない。

 

 

 

残ったコンさんと軽い世間話をしていると、タケルさんとミコトさんが戻ってきました。

 

「お待たせしました。本日の菓子になります」

 

背の低い机に並べられたのは穀物を砕いて焼いたと思われる丸い菓子とよく分からない細長い焦げ茶色の菓子。

それと小さな蒸しパンのような菓子に卵を用いたと思われる四角い菓子。

半分は前に来た時に出てきた菓子ですが、もう半分は知らない菓子ですわね。

笑談しながらそれぞれ口にしてみます。

 

丸い菓子は『しゅーゆせんべい』と言うそうで、パリッという食感と塩気の強い味が良い。

「菓子とは甘ければ甘いほど良い」という風習に真っ向から異を唱える、硬派な菓子ですわ。

……いえ、どちらかと言うと甘い物と交互に食べたくなる菓子ですわね。

 

細長い菓子は『ういろう』。

これは初めて食べますが、とろりとした食感が新しいですわね。

味の方も良い感じの甘さで(わたくし)はいいと思いますが、食べる者によっては好みが分かれるタイプかしら。

 

蒸しパンのような菓子は『茶まんじゅう』。

お茶を飲むときに一緒に食べる『まんじゅう』という菓子だそうです。

まんじゅうは種類も豊富で異界(ここ)に来た時に出てくる定番の菓子となっています。

そう言えば異界(ここ)で振舞われるお茶もこちらのものとは違いますわね。

麦茶や緑茶という名前のお茶を頂きましたが、これが中々美味しい。

お茶であればこちらも負けてはいませんが、『茶まんじゅう』を一緒に食すのであれば|個神『こじん』的に緑茶をあわせたいところです。

(わたくし)が普段飲んでいるような茶は異世界では『紅茶』と呼ばれているそうですわ。

 

四角い菓子は『カステラ』。

初めての菓子でしたが、一口食べてこれはと思いましたわ。

しっとりとした上品な味わいに、底に溜まった大粒の砂糖によるシャリっとした食感。

ふんわりとしていながらもしっかり弾力のある生地は十分な食べ応えがあり、絶妙な甘さが食べる者を飽きさせない。

鮮やかな黄色が明るく、高級感を醸し出しているのも好印象。

 

これは(わたくし)に献上されるに相応しい菓子ですわ。

どのような菓子なのか、過去を見る力で覗いてみましょう。

 

……ミコトさんは『カステラ』を知ったのはごく最近で作り方も知らない、と。

 

タケルさんは……『カステラ』に関しての情報は多いですわね。

もうちょっと絞り込んで過去を見ないと時間がかかりますわ。

では、カステラの作り方で検索して(縁を辿って)──ありましたわ。

 

ふむふむ、材料がこれで作り方が──。

なるほど、大体分かりました。

 

ですが、それだけでは駄目です。

過去を見る力は強力な力であるがゆえに神々の協定で制限がかけられている。

例えば過去を見る力で知った技術を他者に教えてはならない。

これは他の神々の権利を侵さないためのルールですが、そのため(わたくし)は『カステラを作る技術』を他者に教えることが出来ない。

消費まで含めて自分のみで完結する場合は抵触しませんが、(わたくし)は料理できませんし。

 

ですから、直接教えていただきましょう。

幸い、タケルさんがカステラの作り方を知っているのは確認できた事ですし。

 

「このカステラ……でしたかしら? 美味しいですわね。タケルさん、この菓子の作り方をご存じかしら?」

 

白々しいのは分かっていますが、いつでもカステラを食べられるようにするには直接聞き出さないといけません。

 

コンさんは(わたくし)がしている事に気付いたようですが、黙認してくれるようです。

広く普及している菓子ゆえに教えても問題ないと取ったのでしょう。

これくらいで好感度が上がるなら構わんよ。と言った顔ですわね。

 

それからタケルさんはカステラの材料と作り方を丁寧に教えてくれました。

記憶とも齟齬はありませんわね。

 

「なるほど。こちらで作るとなると大分高くつきそうですけど、作れなくはなさそうですわね。今度私に仕える神官に作らせて献上させようかしら」

 

理解できたことを伝え、今後それで何をするつもりなのかを口にする。

こうしておくことで今後それが彼の耳に入ったとして、あの時言っていた件だなと思ってもらえる。

そうすれば万一何かあったとしても好感度が下がりにくい。

 

 

 

それから他愛の無い雑談をして、気になったことをタケルさんに聞いたりしながら時間が過ぎていく。

途中で食事も頂きました。

溶いた卵を薄く焼いて、穀物を炊いたものを半円状に包む料理。

オムライスというそうですが、半月のようで好感が持てましたわ。

ソースで模様やメッセージを描くというのも目で楽しめて面白いですわね。

もちろん味の方も中々のものでした。

 

 

 

話が弾んだせいか気が付けばそれなりの時間が過ぎており、そろそろお暇する事を伝えます。

泊っていかないかと誘われましたが、流石に月の神としての役目もあるのでお断りいたしました。

(わたくし)を気遣っていただいたのは有難いですが、そもそもこれからが(わたくし)の時間。

それに(わたくし)、基本的に夜行性ですし。

 

帰り際にミコトさんに贈り物をする。

妖札で優勝したご褒美と、タケルさんに(わたくし)の相手ばかりさせてしまったお詫びですわ。

 

私の権能で作った『月の雫』というアイテム。

飲み物に混ぜて飲ませれば、たちまち元気が出る代物。

特に夫婦の間では重宝されていますの。

そんな説明を(タケルさんに聞こえないように)しながら渡すとお礼を言われましたが、多分どういう意味での元気になるかは理解していなさそうでしたわね。

 

お土産として袋に入った沢山の甘い珠を貰い、マヨイガを後にする。

今日はなかなか収穫が多かったですわね。

 

(わたくし)の自惚れでなければ、彼らとは大分仲良くなれた筈です。

その内にまた来ると約束もしました。

打算あっての関係ではありましたが、だからと言って仲良くなれない事はありません。

すぐにとは申しませんが、いずれ気兼ねなく付き合えるようになりそうですわ。

 

さて次に遊びに行ける日が楽しみですわね。

貰った甘い珠を一つ口に入れ、(わたくし)は夜の道を歩いていくのでした。

 

 

 

 

 

 

 

あ、成長した(わたくし)はスーパーロイヤルわがままボディだと伝えるのを忘れていましたわ!!!

 




作中の「菓子とは甘ければ甘いほど良い」というのは、砂糖が貴重なため甘くするためには金がかかる=財力を誇示できるという一種の見栄(みえ)ですね。

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