お待たせして申し訳ありません。
庭に置かれた
式神として幅広く活動する為に人に変化する術を練習しているのだ。
変化系の術は覚えておいて損は無いからか、気合の入り方が違う。
とは言え、難易度的には比較的高い術なので人魚は補助具としてコンが妖力を込めた葉っぱを使っている。
狐や狸が変化するとき頭に乗せるやつな。
一応、自転車の補助輪のような物だそうで、使わずに変化出来て一人前らしいが。
ちなみにミコトも狐の姿から人の姿に変わることが出来るが、これはミコトの妖怪としての特性なので変化の術とはまた違うらしい。
そうそう、話は変わるが人魚さんの呼び方が決まりました。
それを『
すなわち不確定な未来を告げる先触れとしての妖怪(に、なって欲しい)という意味を持たせている。
実際、コンの調査で先触れとしての能力というか性質を持っている事が判明しているのだ。
今はまだ妖怪としての
あと、
具体的に言うと「唐傘お化け」とか「一つ目小僧」とかと同じで、個体名ではなく種族名としての名付けである。
直接名前を付けて魅入られる訳にはいかないが、呼び名が無いと不便という事で実質的に一体しかいない故に誰の事を指しているのかわかる新たな妖怪名を付けたのだ。
俺はとりあえずヤシロさんと呼んでいる。
俺の妖術修行の方も割と順調だ。
霊波の方はコンから合格を貰えたので、霊力を五行の属性に変換する修行を行っている。
俺が一番適性があるのが『木』の属性。
次いで『土』『火』の順で『金』と『水』に関してはほとんど適性は無い。
『木』属性といっても樹木を操る訳ではない。
この場合の『木』とは概念的なものであり、その性質は「曲直して成長する」。
『木』に属するもので有名なものだと『風』とか『雷』だろうか。
もちろん草木を芽吹かせたりというのも『木』属性に含まれるが。
そんな訳で霊力を「膨張する性質」に変化させて風を吹かせる練習をしている。
極めれば地震や嵐を起こす事すら可能な属性らしいが、俺にはまだそよ風くらいしか吹かせられない。
早く扇風機くらいの風は起こせるようになりたいものだ。
ちなみに霊力と妖力は基本的には同じものだが、使い方によって呼び名が変わるのだそうだ。
ミコトの方も順調に妖力の使い道が広がっていて、狐火は既に習得済みで
これは変化の術の亜種で、自身ではなく身につけている物を変化させる術だ。
例えばネックレスなどの装飾品のデザインを別のものに変えたり、サイズを変えて隠したりできる。
熟練者になれば
ミコトは狐形態から人間形態になるとちゃんと服を着ているのだが、これは七変化の術と同じ原理で自分の毛皮を変化させているらしい。
これもミコトの妖怪としての特性だそうだが、人間への
なのでやっている事を自覚さえできれば比較的すぐに覚えられるのではないかとコンが言っていた。
覚えたらファッションショーをしてくれるそうだ。
楽しみにしておこう。
「やった、出来ました!」
嬉しそうな声に顔を向けると、桶の上に立つ一人の女性が目に入った。
声と顔は変わっていないが、ヤシロさんが変化の術を成功させたようだ。
童女の姿になっているコンも、「よくやった、その調子じゃぞ」と褒めている。
ミコトも「負けないのだ」と対抗心を燃やしているようだ。
ヤシロさんは鏡妖怪こと『雲外鏡』にその姿を映して変化の状態を確認していたが、やがて「はぁ」とため息をついた。
「どうしました? 順調そうなのに溜息なんてついて」
「あ、タケル様。いえ、こうして変化した姿を見て改めて思ったのですが、私ってつくづく
心配して声をかけてみると、そんな事を言われた。
醜女?
醜女とは容貌が醜悪な女性を指す言葉なんだが、改めてヤシロさんを見てみる。
くりっとした大きな目。
ウェーブのかかった長い髪。
健康的な肌にスラっとした体つき。
「? 普通に可愛いと思いますが?」
うん、普通に可愛い。
強いて言うならばちょっと痩せすぎかなとは思うが、これはマヨイガに来る前の栄養状態のせいだから、その内いい感じになると思うし。
(これは異世界の美醜の基準が影響しておるのう。耶識路姫は異世界の妖怪じゃから美しさの基準もそちらよりなんじゃよ)
コン? なるほど、所変われば好まれる条件も変わるか。
(とはいえ卑屈になられても困るし、ちょいと容姿を褒めてやってくれ。
まぁね。
「その
「ふふ。ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
世辞じゃないんだけどなぁ。
「変化後の容姿が気になるのであれば変化をもっと上手く扱えるようになるとよい。そもそも今の状態は人でない者を無理やり人の姿に当てはめておるのじゃ。どうしたところで歪みは出る」
コンが術の仕様上の問題だからヤシロさんの容姿が悪い訳じゃないよという。
確か人型妖怪におどろおどろしい姿の者が多い原因の一つだっけか?
「変化が上手くなれば己の理想とする姿にも成れよう」
「はい、頑張ります」
なんか話をすり替えられているような気がするが、ヤシロさんがやる気になったのならいいか。
俺も自分の修行に戻ろう。
一通り修行を終えて休憩中。
ちょっと気になった事をコンに聞いてみる。
ねぇ、コン。今いいか?
口には出さず、祈るように呼び掛ける。
ちょっと内緒で教えて欲しいんだけど。
(なんじゃ? 改まって)
さっきヤシロさんが自分の容姿を気にしてたじゃん。
それで、異世界の美醜の条件って何なのかなって。
ほら、褒めたつもりでも相手にとっては……って事もあるし。
(ああ、そうじゃな。覚えておいた方がいいじゃろ)
頼む。
(まずは顔立ちから行こうか。男女ともに切れ長で吊り上がった目が好まれる。俗にいう『狐目』じゃな)
ああ、コンみたいな目だな。
ヤシロさんはぱっちりとした垂れ目だから正反対なのか。
(顎の線は鋭い方が良い。顔の輪郭が逆三角形になるような感じじゃな)
ヤシロさん、丸顔である。
(艶やかで癖のない髪だと人受けが良い)
ヤシロさんの髪はウェーブがかかっている。
(色白だと色気があると見られるそうじゃ)
ヤシロさんはどちらかと言うと色黒。
(鼻が高く、口が大きいのも美人の条件じゃよ)
ヤシロさんは──以下略。
ああ、ことごとく好まれる顔立ちとは真逆の顔なのか……
(そうじゃのぅ。人魚として妖怪形態でも変わらぬ部分じゃからな。特に気にしておるようじゃった)
褒め方間違えたか?
自分の気にしているところばかり言われたんじゃ、嫌味に聞こえたかも……
(いや、嫌味とは思っておらぬよ。むしろ満更でもない感じじゃったのう)
なら良かった。
(次は体格の話をしようか。これも男女共通じゃが、背が高くて体格が良い者が好まれる。これはがたいが良い方が体が丈夫という印象があるからじゃな)
要するに強そうな方がモテるって事?
(そうじゃのう。現代日本と違って自然の驚異がすぐ隣にあるからの。子供の死亡率も比較にならぬし)
なるほど、より強い子供を残そうとする生物の本能から来たものなのか。
となると、ある程度筋肉のある引き締まった体がいいのか?
(うむ。まぁ、筋肉が一定以上になると美しいとは別の方向へ行くんじゃがな。それはそれで好まれはするが、美人とはまた違うのう)
ほどほどが美人と。
(それと、女性は胸が大きい方が好まれる)
胸か。
俺は比較的小さめが好みだが。
(これは「胸が大きい方が母乳が多い」という迷信から来たものじゃな。その方が子を育てやすいという印象があるんじゃよ)
迷信か。
(迷信じゃ)
実際、胸の大きさと母乳の分泌量に関係は無い。
まぁ、事実であろうとなかろうと
好ましい認識から、美醜の評価は生まれるのだろう。
(こちらも大きすぎると体の均衡が崩れて美しいとは異なる方面に行くから、何事もほどほどが一番じゃな)
(ついでじゃから性格美人についても話しておこうか)
性格美人──人から好かれる性格の事だったか。
(そうじゃな。
質実剛健は中身が充実していて飾り気がなく、心身ともに強くたくましい事を表す四文字熟語だ。
逞しさが美人の条件と言うのなら、至極当然という気もしなくもない。
即決即断は迷う事無く即決める事。
性格的に見ればさっぱりとした性格がモテるという事か。
そのような人は前向きで人生を楽しんでいる人が多いそうだ。
判断が速いから手を付けるのも早く、結果経験する物事が多くなる。
経験豊富な人は頼りになるという印象も含んでの評価だろう。
温良恭倹は……なんだ?
(「温良」は穏やかで素直、「恭倹」は礼儀正しく謙虚なさまじゃな。合わせて温和で優しく人を敬って慎ましく接する事をいう)
ああ、なるほど。
そう接されたら確かに好感が持てるな。
(ちなみに男性の場合じゃと「温良恭倹」が「
えっと、積極的に物事に取り組み、励むこと……だったかな?
要するに努力家って事でいいのかな。
(そうじゃな)
(美人とは違うが見た目で好かれる要素も上げておこうか。異世界では「ぽっちゃり」しておる者が好まれるようじゃ)
美人という要素ではないんだよね?
それでなおかつ好まれる要素──
あ、分かった。
権力、もしくは財力の象徴って事だろ。
(正解じゃよ)
現代日本と違って太るというのは容易ではない。
まず便利な家電など無いのだから、炊事洗濯も重労働だ。
カロリー消費量が全然違う。
そのうえで食べ物も現代ほど豊富では無い。
即ち
ある程度以上の権力や財力があるという訳だ。
よって「ぽっちゃりしている」=「経済的に豊か」という図式が成り立つ。
これは地球にもあった。
ちなみに、わざわざ「ぽっちゃり」と言ったって事は太りすぎてると違うのか?
(そこまで行くと「欲が強い」印象の方が強くなるそうじゃ)
へぇ、やっぱり程々が一番という事か。
(まぁ、こんな所じゃな)
なるほど、よく分かた。
しかし改めて考えてみるとヤシロさん、異世界の美人の要素ほとんど無いんだな。
可愛いのに。
(ところ変われば好まれる要素もがらりと変わるからのぅ。こればっかりは仕方がない)
日本でならモテそうなんだが。
(まぁ、容姿は変化で何とかできなくもない。耶識路姫の頑張り次第じゃな。さて、そろそろ夕餉の用意をせねばならぬ時間か。耶識路姫が変化を成功させた祝いに今日は儂が作ろう)
お、マジか。
コンのご飯は美味いから楽しみだ。
(ついでにたらふく食わせてぽっちゃりにしてやろうか。好かれる要素は一つでも多い方が良い。それが自信にも繋がるからのぅ)
そうだな。
幸いマヨイガでは食料に困ることは無い。
(もっとも、変化できるようになったという事は食べられる食材の種類が増えたという事でもある。そのせいで美食に嵌る妖怪も多いから、儂が何もせんでも耶識路姫が美食に嵌って太るやもしれん)
それはそれで運動量を増やせばいいさ。
少なくとも好きなことが増えるのはいい事だ。
マヨイガに来たときは相当痩せていたそうだし。
『さて、今日の夕食担当はミコトじゃったな。今日は儂が作ると伝えて来ねば』
「じゃ、俺はそろそろ修行に戻るか」
そんな会話を終え、俺はコンの作る夕食を楽しみにしながら術の修行に戻るのだった。
七変化の術の名前は創作です。
歌舞伎舞踊の七変化から頂きました。
『
美人かどうかは表面的な事でしかなく、本質ではない。
人を外見だけで判断してはいけませんよという事。
とは言え見目良いに越したことはない訳ですし、それを保つためにそれだけ努力しているって事でもあるのですが。