某月某日
マヨイガという異界より、
確か
内容は結婚の報告のようだ。
少しだけ嫉妬する。
こっちは
今更積極的に
……いけない、いけない。
このセリフ、
気持ちを切り替えていきましょう。
このまま「はいそうですか」で終わらせても問題は無いはずだけど、せっかくだからお祝いに行こうかな。
直接的な関りはないけれど、縁が無い訳でもないし。
何か
結婚を祝ってくれた相手への贈り物だそうだ。
こちらにはそんな文化は無いので少し得をした気分。
中には野菜とマヨイガで食べた菓子がたくさん入っていた。
痛まないように神の力で保存しておこう。
某月某日
まずい、ラクル村始まって以来の大ピンチ。
具体的にいうと塩が足りない!
備蓄が無い訳ではないのですぐに最悪の事態が訪れることはないが、どう考えても遠からず尽きるのが目に見えている。
ラクル村は近くに岩塩の取れる場所はなく、海に出るには山を越えるか危険な森を突っ切るか大きく迂回するかしなければならない。
それに行けたところで専門家でもない
普段は定期的に来る商人達から
ラクル村以外でも商人達が交易していた村々に流行り病として広がっているそうだ。
そのせいか商人達が恐れて来なくなってしまったのだ。
商魂逞しい人たちの事だからそのうちまた来るようにはなると思うけど、その時になって足元を見られても困る。
決して裕福ではないラクル村にとって、生きていくために必要な塩の値段の高騰は死活問題だ。
更に今は回復したとはいえ一時期多くの
正直、人手不足で世話ができずに枯れてしまった農作物は山ほどある。
例年と比べて天候も悪く、元々凶作の条件がそろっていた事もそれに拍車をかけた。
私の神徳を全開にして加護を与え、残りすべての農作物を収穫できたとしても足りないのだ。
国に税として徴収される分も考えたら口減らしをしなければならなくなる。
森の恵みに期待できなくはないけれど、楽観視はできない。
となれば商人達から買うしかない訳だけど、先も言った通り裕福ではない村だ。
貯えなんてほとんどなく、当然他の村でも同じような事が起きている筈だから食料の値段は高騰する。
塩の事も考えれば貯えをすべて吐き出したとしても到底足りないのだ。
せめて塩だけでもなんとかできれば希望が見えてくる。
未開拓の森に塩鉱が無いか、私も探してみる事にしよう。
某月某日
可能な限り捜索範囲を広げて探しているけど、塩鉱は見つからない。
そう簡単に見つかる物じゃ無いことは分かっている。
それでも僅かな可能性に賭けて探しまわる。
途中で神気が尽きそうになったけど、マヨイガで貰った菓子を食べると回復した。
霊力でも込められているのだろうか。
これでまた頑張れる。
マヨイガといえば
それを思い至ったのは散々探し回った後だったので今から行く気力はもう無い。
明日行ってみる事にする。
某月某日
その日、マヨイガに行くまでもなく向こうの方から使いが来た。
なんでも、大量に塩が手に入ったので分けてもらえるようだ。
いくつもの大きな壺一杯に入った塩が、これでもかと私の前に並べられていく。
これだけあれば塩の値段が高騰しても落ち着くまで持つだろう。
更に欲しければ追加で用意してくれるそうだ。
使いのミシロキツネに、
追加の申し出は断った。
正直に言えば受けたい気持ちで一杯だし、私が直接行ってお礼を言いたくはある。
だけどラクル村の守護神という立場が、それを許さない。
神格としては
主神でもない相手に弱みは見せられない。
相手の
差し出されたものは受け取っても、私から求めてはいけない。
求めるならば対価を用意し、対等な取引の形にする必要がある。
今は私にもラクル村にもそれだけの対価を用意する余裕はない。
すでに言付けはしているけど、後日改めて礼を言いに行こう。
何かの用事のついでに感謝の意を伝えるくらいなら、立場的にも大丈夫だろう。
とりあえずは我が子──最近正式に私の巫女になったルアという名前の人間──の枕元に立ち、この塩を授けよう。
あの子は誠実だし、人徳もあるからきっと村のために使ってくれるだろう。
某月某日
大事件発生だ。
ラクル村の──ではない。
私、フェルドナにとっての大事件だ。
貴高神のお
それはともかく御光来されたからにはきっちり御持て成ししないと私の──ひいてはラクル村の──評判に関わる。
万一不興を買って睨まれでもしたらどうなるか分からない。
一介の守護神に過度な期待はされておられないとは思うけど、あまり貧相な歓待をする訳にはいかない。
かといって身の丈を越えて贅を凝らせばよいというものでもない。
さてどうしようかと考えていると、ふとマヨイガで貰った引出物を思い出した。
生憎とお菓子の類は食べつくしてしまったけれど、甘い作物はまだ結構残っている。
特に
異界から持ち帰った作物だけに珍しさは十分。
しかしあくまで貰い物なので
早速サツマイモの石焼きを
そして
痩せた土地でも逞しく育ち、手間もかからず、多くの収穫が見込めて味も良いという非の打ちどころのない異界の作物なのだとか。
もし上手く育てることが出来たなら、ラクル村を飢餓から救うことが出来るかもしれない。
サツマイモを食べきる前に知ることが出来て良かった。
他の作物もそうなのだろうか。
明日、畑を作って育ててみようと思う。
なお、
一体何だったのだろうか……
某月某日
神域に作った畑を前に、私は愕然としていた。
サツマイモの蔓が増えまくっているのだ。
サツマイモはそれをそのまま植えても新たなサツマイモはできないそうなので、芽出しをして成長した茎を切って定植した。
本来は
その苗を切り取っても翌日には同じだけの苗が出来ている。
芽出しの際に少しでも多く収穫できるようにと私の神徳を使ったし、
しかしそれを加味しても予想外。
なんと種芋が半ば
いくら苗を切り取っても翌日には元に戻っている妖怪種芋を前に、私は調子に乗った。
毎日毎日苗を切り取り、畑を広げては植えていった。
気づいた時には視界一杯のサツマイモ畑。
しかも恐ろしい速度で蔓を伸ばしている。
伸びた蔓から不定根ができるとサツマイモが十分に大きくならないらしいので適度に「つる返し」をしないといけないのだけど、成長速度が速すぎて大変だ。
やりすぎた……と思ったけど、今更破棄するのも躊躇われる。
かなり大変だけど、これも可愛い我が子たちのため。
頑張るぞー!
某月某日
数日もすると最初に植えたサツマイモの葉が枯れ始めた。
そろそろ収穫の時期らしい。
マヨイガの霊力や私の神徳で成長が加速していた分も加味して考えると、本来なら
掘ってみると丸々と肥えたサツマイモがごろごろ出てくる。
一つ石焼きにしてみた。
流石に霊力は使い果たしたようで普通の作物だったけど、味は変わらず甘くておいしかった。
よーし、明日からもいっぱい掘るぞ!
某月某日
まずい、調子に乗って畑を広げすぎた。
掘っても掘っても収穫が終わらない。
しかも掘るのも結構重労働で腰が痛い。
成長を終えた段階で成長速度が元に戻るので、すぐに傷むことはないようだけど時間をかけすぎると土の中でダメになってしまう。
……掘り出したサツマイモを我が子たちにプレゼントするつもりだったけど、予定変更!
我が子たちに掘りに来てもらいましょう。
早速今晩巫女の枕元に──と考えて、ふと思った。
念のため確認を取った方がいいわね。
今から行くには少し遅い時間だから、明日ある程度日が昇ってから行くことにしましょう。
某月某日
マヨイガに赴き、
ただしマヨイガや
それくらいなら大丈夫。
一応、名を出さなければ「異界で貰った」くらいなら言ってもいいらしい。
名を出さない事に意味があるのだそうだ。
さっそく、その日の夜に巫女の夢枕に立つ。
収穫したサツマイモを手に「凄い作物を手に入れた。畑を作ったから取りにおいで」と伝える。
畑への行き方の他に掘り方や保存の方法、調理の仕方なんかも詳しく教える。
畑は私の管理する神域にあるから、普通にその場所に来たとしても畑なんて存在しない。
神域に入るための特別な方法をこなす事でようやくそこにたどり着ける。
ある程度の神威を持つ神なら無理やり入ることもできるけど、我が子たちにはまず無理だ。
条件はこちらでつけられるので、今回は特定の道順を辿って来たときのみたどり着けるというよくある条件にした。
さあ、たくさん掘って帰りなさい。
某月某日
我が子たちによるサツマイモ掘りは成功し、今年もなんとか冬を乗り越えられそうだ。
神域の入り口は塞いでおく。
あんまり簡単に来られても困るからね。
本来は選ばれた我が子しか入ってはいけない場所なのだ。
あとは苗の作り方を伝えれば来年からは我が子たちがサツマイモを育てていけるはず。
おかげで信仰も強くなったし、私の神格も上がりそうだ。
某月某日
隣村の守護神で同期の友神のシャルテがやってきた。
なにやら言いづらそうにしていたので促してみると、どうやら頼みがあって来たようだ。
ラクル村を襲った疫病はシャルテの守護している村でも猛威を振るっていた。
友神の
そもそも村の規模や環境はラクル村と大して変わらないのだ。
そうなれば当然、ウチと同じような状況に陥るのは簡単に予測がつく。
つまり、凶作による飢餓が起こっているのだ。
シャルテも村の規模的にそう変わりのない私の所でも飢餓が起きているだろう事は考えていた。
しかし、私が以前融通した薬草が恐ろしく効果が高かったことで、私が格の高い神との伝手もしくはコネがあるんじゃないかと思ったそうだ。
まぁ、私じゃまず作れないような高位の術が込められた薬草をいっぱい持っていればそうも考えるよね。
それで、その神に助けてもらえないか駄目元で聞いてみようと思い、やってきたそうだ。
さて、どうしよう。
少なくともいきなりマヨイガにシャルテを連れて行くのはよろしくない。
私自身がマヨイガに入る許可を得ているからと言って、勝手に他の者を連れ込むことはできないのだ。
シャルテに自力で行ってもらうか、事前に話を通しておかなければいけない。
というか、そもそも今の私には
それで事が解決するならそちらの方がいいだろう。
シャルテが望むなら紹介することは
そんな訳で大量のサツマイモをシャルテに譲る。
実は我が子たちによるサツマイモ掘りのあとも掘りきれなかったサツマイモをちょくちょく収穫していたので、凶作の不足分を補える程度には在庫があるのだ。
対価は「貸し一つ」で。
友神でも、いや、友神だからこそこの辺ははっきりしておかなくてはいけない。
「貸し」という曖昧でどうとでも取れるものを対価にしている時点ではっきりも何もあったものじゃないけど。
今度
シャルテはサツマイモの詳細なスペックを聞いて驚愕しきりだった。
どこで手に入れたのかと聞かれたので異界で貰ったと答えると、なんて危ないことをと叱られた。
マヨイガはそうではなかったけど、実際にどことも知れない異界に行くのは危険なのだ。
とはいえ私がマヨイガに行かなければ薬草やサツマイモが手に入らなかったことも事実なので、それも二言三言程度のもの。
そもそも私を心配してつい口から出てしまった事が分かるだけに素直に謝った。
本気で私を思ってくれている友神にへそを曲げるようなことはしないのだ。
某月某日
どうやら私がシャルテにサツマイモを分けたことでうわさが広がり、それを聞きつけて来たらしい。
しかも上から目線で「君はグラヌド様の領分を侵している」だの「即刻サツマイモなる作物を回収しろ」だの言ってくる。
相手の方が神としての格は高かったけど、ラクル村の守護神として引くわけにはいかない。
第一、今更我が子たちからサツマイモを取り上げる事なんて出来ない。
そもそもサツマイモは私が貰ったもので、
私も「自分の持っているものを我が子や友神にあげて何がいけないのか!」と反論する。
そこからはもう怒鳴り合いだ。
お互いに完全に平行線。
そんな状態で決着がつくわけもなく、最後は時間切れで物別れだ。
流石に私だけにかまけているほど農耕神の眷属というのは暇ではなく、あくまで高圧的な態度のまま帰っていった。
あの様子では近いうちにまた来るだろう。
私は絶対に引くつもりはないし、神の規則においても反する事はしていない。
というか、あれ絶対眷属神の独断で言ってるでしょ!
この横暴を
もし
うぅ、やむを得ないわ。
最悪、私自身を差し出してでも我が子たちとシャルテに害が及ばないように取り計らってもらえるようにお願いしよう。
あれ程の力の持ち主が後ろ盾となってくれれば、私の身一つを元凶として
もっとも、あのいけ好かない眷属神相手には絶対に譲る気はないのだ。
某月某日
何がどうなっているのやら。
私の理解の及ばないうちに事態が進んでいく。
それも明後日の方向へ。
翌日マヨイガを訪ねた私だったけど、
分かってはいた事だ。
こちらにも同じような神の規則がある。
それを考えればこの対応は当然のものだろう。
相談には乗るけれども、直接
なので最悪の場合のお願いだけしておこう。
あれならば
そう思って口を開こうとしたとき、
何なのだろうかと待っていると────
「呼ばれて来ましたわ」
────
え? え? え? なんで
「という訳で仲裁を頼みたいのじゃが」
「ええ、構いません事よ」
しかも
これは一体どうなっているんですか!?
「では、すぐに取り掛かりますわ。今日はこのままお
「タケルたちには儂から言っておく。今日の続きはまた後日としようぞ」
そして明らかにそれなりに付き合いのあられる会話ですよね!?
「安心なさい、フェルドナ。
「は、はい」
私にはそれしか言えませんでした。
某月某日
そしてあれよあれよという間に話が進んだのはよかったんだけど、なんか私の経歴が凄い事になってない?
世間では私は「我が子の為に未知の異界に赴き、そこで奇跡の作物であるサツマイモを手に入れ、月の神の導きによりそれを育て上げ、己の子のみならずすべての民たちを飢えから救うべく惜しみなく分け与えた勇気と慈愛を兼ね備えた高潔な神」という事になっているらしい。
いや、やった事は間違ってないのよ。
薬草が欲しくて
でもサツマイモを手に入れる為に行った訳じゃないし、なんならこれ結婚祝いのお返しだからね。
そんな物をポンと渡してきた
まさか一緒に入っていたカボチャとかトウモロコシとかもそんなレベルの作物じゃないわよね……
内容はほぼ解答でしたよ。
確かにそれを聞いて私がサツマイモを育てた事は間違いないけど、これ
そう
そして「何にせよ貴方が
惜しみなく分け与えたと言われてもそれは相手が友神のシャルテだったからだからね!
他の神でも恩を売るために渡したかもしれないけど、慈愛とかじゃぜんぜんないからね!
「……より信仰を得る為に独占すればいいものを
いまいち釈然としないんだけど、それで私の神格は他に類を見ないほど急激に上昇した。
それに伴い、私に権能が発現している。
私は一介の守護神からサツマイモの神にランクアップを果たしたのだ。
いや、権能の発現は私の──というか大抵の神格が低い神の──夢だったんだけど、まさかこんな方向で叶うとは思いもしなかった。
精々が何々山の神とか何々川の神とかその辺りだと思っていたのだけど。
今はまだ数村ほどの範囲だけど、最終的には大陸全土に信仰が広がる可能性を持つ権能だ。正直スケールが違いすぎる。
ついでに生類上がりの神で100年もたたずにこのクラスの権能持ちってそうはいないらしい。
これは喜んでいい所だろう。
これでことサツマイモに関して私は様々な権利を行使できる。
なんなら毎年豊作にすることも可能だし、一瞬で成長させる事も不可能ではない。
もっとも出来るというだけで消費する神気の関係であまりやりたくはないんだけど。
特に天候や大地の事情を無視して毎回豊作なんてしていれば消費する神気が倍々どころではなく増えていくからだ。
ついでに言えばサツマイモは作物だから
もちろん、この権能を行使できるのは私が信仰されている範囲に限っての事だ。
異国の神々が信仰されている地域やマヨイガのような異界では意味がない。
……手にすることになった力の大きさに
先日も以前の私より神格の高い神(今は私の方が格上だ)がサツマイモを分けてほしいと頭を下げてきたのだ。
断る理由も無いので出世払いで譲ってあげた。
どこも凶作らしくてあんまり対価も用意できなさそうだったし、足元を見てその神の子達に皺寄せが行ったら本末転倒だしね。
だけどそれはかつての私から見たら手も届かなかっただろう神すら頭を下げるような権能を得たという事なのだ。
これに驕ってはいけない。
別に謙虚に生きるべきだとか、この力は他者のために使うべきだとか言うつもりはない。
単純に調子に乗ったら
強力な権能が発現し神格が上がってもなお、いや、上がったからこそ詳細に感じ取れる。
お二方の力は私のそれよりも遥かに上で、実力行使をされれば私なんて
そしてお二方には
そしてもう一つ
なんと眷属神の件で
眷属神に対しては腹は立ったけど、自分の間違いを認めて謝るのならいいわ、許してあげる。なんだけど……
どうにか相手を立てつつ角が立たないように謝罪を受け入れないといけない。
うう、今から
私はこれが私の
こんな事は二度三度も起こるものじゃないと思っていたからだ。
だから未来においてまさかあんなことになるなんて思いもしなかったのだ。
いやほんと、何でよ。
グラヌド神の謝罪は本神が自分の影響力を弁えているので、グラヌド神の誘導によりフェルドナ神に利がある(サツマイモに関してはフェルドナ神の領分であると周りに認めさせる)形で特に角もたたず終わりました。
グラヌド神が出てくるとフェルドナ神は体裁上眷属神を許さないわけにはいかなくなるのでその詫びという意味もあります。
フェルドナ神は始終緊張しっぱなしでしたが。