俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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割と難産だった上に某ゲームの記念小説を書いていた事もあって遅くなってしまいました。
お待たせして申し訳ない。


File.No.15-1 『旅は道連れ世は情け』

ある日の昼下がり。

 

この度、マヨイガに(ほこら)を増設する運びとなった。

期間限定の末社(まっしゃ)ではあるが、マヨイガ妖怪の協力を得て作った自信作だ。

 

御神体として神鏡も安置した。

これはマヨイガの妖怪ではなく、ルミナ神に頼んで用意してもらったものだ。

 

神饌(しんせん)としてカステラも供えている。

設置場所は稲荷神社のさして広くない境内の隅の方にひっそりと。

 

ちなみに主祭神(その神社に祀られている神)に縁が深かったり特別な由緒がある神を祀っているものを摂社(せっしゃ)と呼び、それ以外のものを末社(まっしゃ)と呼ぶ。

 

祀るは三貴子が一柱たる月読命(ツクヨミノミコト)である。

 

末社の前に立ち、ミコトとともに二礼二拍手一礼。

顔を上げると、そこには一柱の女神がいた。

 

「ようこそおいでくださいました、()()()()様」

 

「出迎え、大儀(御苦労さま)ですわ」

 

……いや、まぁ、ルミナ神なんだけどね。

なんでこんな事をしているかと言われれば、もちろん理由がある。

 

ルミナ神は月の神である。

月読命は月の神である。

よってルミナ神は月読命である。

証明終了。

 

いや、普通に考えれば暴論なのは理解している。

しかし、習合という考え方を用いれば、この理論が成立するのだ。

 

習合とは様々な宗教の神や教義などの一部が混ざったり同一視されたりすることを言う。

例えばマヨイガ稲荷神社の主祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)であるが、これは稲を象徴する農耕神である稲荷神と五穀をつかさどる宇迦之御魂神が同一視され、習合したことが理由だ。

すなわち宇迦之御魂神は稲荷神の一つの側面であり、化身(姿を変えて現れたもの)であるとされるのである。

 

稲荷神は他にも豊宇気毘売命(とようけびめのみこと)などの穀物神や、仏教における荼枳尼天(だきにてん)とも習合している。

そしてそれは逆も然り。

稲荷神は宇迦之御魂神の一つの側面であり、化身であるとも言えるのである。

 

つまりルミナ神を月読命と同一視することにより、ルミナ神に月読命の一側面という性質を付与する。

月読命は言わずもがな日本神話の神であり、意外と知られていないのだが農耕神としての神格も持っているのだ。

農耕神の眷属であるコンとの相性は比較的良く、これに縁を繋ぐことでルミナ神の信仰を直接コンの存在維持に回せる。

結果的にルミナ神の信仰がある場所であればコンは異世界でも弱体化を避けられるという訳だ。

 

以前コンが言っていた「外出問題の解決方法」とはこの事である。

 

実際は結構な荒業であり、コンはともかく稲荷神は月読命と相性があまり良くない事もあって少々心配していたのだが、何とかなったようで良かった。

 

本来の習合は信仰している人たちの一定の共通認識によって生まれるものだ。

たとえ俺一人がそれを叫んだところで、普通なら大多数の人間の信仰心に飲まれて消えていくだけ。

しかしマヨイガという独立した世界がそれを可能にした。

 

マヨイガにいる人間は俺一人。

すなわち俺の信仰がそのまま世界中の信仰とイコールで結ばれてしまうのだ。

結果、変質への抵抗がほとんどゼロになってしまう。

以前のミコトと同じ事が可能という訳だ。

 

もっとも、この方法はあくまでルミナ神の持っている力の方向性を捻じ曲げ、誤魔化し、騙くらかしているに過ぎない。

本来の習合とは違い、おそらく俺の近くから離れただけで効力を失うだろう。

 

分かりやすく言うなれば、ルミナ神に月読命のコスプレをさせているようなものである。

そのコスプレを理解できる人間がいない事にはただの着替えでしかない。

そもそも習合したところで本質がルミナ神である事は変わらないのだ。

 

長々と話したがぶっちゃけルミナ神と一緒なら外に出てもコンが弱体化しないようになったとだけ覚えていてもらえれば問題は無い。

 

「二人とも、準備はよろしいかしら?」

 

「はい。いつでも」

 

「大丈夫なのだ!」

 

これからルミナ神プレゼンツ、異世界新婚旅行五泊六日の旅に出発するのだ。

ガイドは恐れ多くもルミナ神。

目的地はルミナ神の座す聖地であるサクトリア。

 

コンは一応部外者という事で俺が腰に下げている竹筒の中で休んでいる。

 

竹の(ふし)(ふし)の間の事を()といい、これが()に通じるという事で竹の中は一種の隠れ里のような状態になっている。

霊体を入れるには適しており、竹筒の中に入れておく妖怪として有名な管狐なんかは聞いたことがある人も多いだろう。

また、ある地方では貧乏神を火吹き竹に封じて辻に捨てるという話もある。

他に竹取物語のかぐや姫も中に空間を持つ竹の神秘性を語る上で避けて通れないだろう。

 

何か危険があればすぐに飛び出してくるそうだが、ルミナ神が同行して彼女の縄張り(テリトリー)で早々問題が起きるはずもない。

話しかければ答えるものの、基本的には大人しくしているそうだ。

 

「では、行きましょうか」

 

マヨイガの妖怪たちやヤシロさんに見送られながらルミナ神に連れられてマヨイガを出る。

コン、調子はどう?

 

(問題は無い。どうやら上手くいったようじゃ)

 

一応、理論上は問題ないとの事だったが、いざやってみたら突然の不具合などよくある事。

念のため聞いてみたが弱体化回避策は上手くいっているようだ。

 

「サクトリアまではこれに乗って行きましてよ」

 

「凄いのだ。おっきな蟹さんなのだ」

 

境界を抜けて待っていたのは全長10メートルを超える蟹だった。

ミコトは大はしゃぎである。

 

ルミナ神は蟹を眷属にしているそうで、これは異世界の月の模様が蟹に見えることからの信仰によるものだそうだ。

月の模様が蟹に見えるというのは現世でもあったが、流石に現世の月とは模様が違っていた。

 

眷属蟹の甲羅には椅子が二つ括りつけられており、どうやらそこに乗れという事らしい。

甲羅をよじ登って席に着くと、眷属蟹が体を持ち上げる。

眷属蟹が大きいので結構な高さになり、割と見晴らしがよい。

ルミナ神は一足で眷属蟹に飛び乗り、甲羅の上に立つ。

 

「さぁ、出発進行ですわ!」

 

「なのだぁ~!」

 

ルミナ神の掛け声とともに眷属蟹が横歩きで走り出した。

ちなみに椅子は進行方向を向いているし、ルミナ神もそちらを向いて腕を組んでいる。

結構な速度が出始めたが、振動はほとんどないし風もそよ風程度しか当たらない。

おそらく加護的な何かが働いているのだろう。

 

……だんだん蟹が空を走り始めたんだが。

まぁ、空を旅する神の眷属(月に住まう蟹)なら空くらい飛べるか。

おお、いい眺め。

 

 

 

多分、一時間くらい乗っていただろうか。

眼下に広がる村や町をいくつも飛び越えて、今までとは別格の発展具合を遂げている都市が見えてきた。

 

「あれが(わたくし)の神座。(わたくし)の神殿。(わたくし)を祀る都市。聖地サクトリアですわ」

「凄いなこれは」

 

その広さもさる事ながら大通りは綺麗に舗装されており、そこから伸びる道が都市全体を毛細血管のように隅々まで張り巡らされている。

おそらく、どの道を辿ってもより太い道を選んでいけば大通りにたどり着く構造なのだろう。

 

多くの石造りの建物が並んでいるが、中央に行くほど高く豪華になっているように見える。

特に中央の神殿と思わしき建物は他の建物の数倍の高さがある。

目測ではあるが、おそらく150m近いサイズなのではなかろうか。

なかなか壮観だな。

 

神殿の頂上付近、扉のついていない大きな入り口から眷属蟹に乗ったまま入る。

それと同時に境界を越えた感覚がした。

多分、ルミナ神の神域に入ったな。

 

神域とは常世(とこよ)という神の国の事を指し、同時に常世(とこよ)と現世の境界である神が宿る場所(神の依り代)の事でもある。

おそらくここが現世(神殿)常世(神の国)を結ぶ神域(ルミナ神の座す場所)なのだろう。

まぁ、異世界の言葉ではまた違った表現になるのかもしれないが。

 

とりあえず細かいことを抜きにすれば隠れ里(異界)の一種という感じに考えていれば間違ってはないだろう。

おそらく普通の人は入れないようになっているのではなかろうか。

 

それはそれとして神域の中に二メートルくらいの石像が建っているんだが。

 

顔の造形からおそらくルミナ神だと思うのだが、現在の姿とはかなり印象が違う。

髪は地面につきそうなほど長いストレートで、顔つきも普段より凛とした表情のせいか鋭い印象を受ける。

おそらく等身大だとは思うのだが背丈は二メートル近いし胸もそれなりに大きい。

あと、結構肉付きが良くてむっちりとしているが、決して太っているという感じではない。

……この辺は異世界の美人の条件だったか。

 

「これはルミナさんなのだ?」

 

「ええ、(わたくし)をモデルにした像ですわ。(わたくし)は月の満ち欠けとともに姿を変える神。月そのものがこの世界での(わたくし)なれば、神の国での(わたくし)の姿は今の姿とはまた異なっているのですわ」

 

ミコトが直球で聞いてくれたので正しくルミナ神である事が判明する。

 

()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()

 

なるほど。

今の姿は現世用で、この石像の姿が本来の姿なのね。

 

化身の話を持ち出すまでもなく、見方や場所で姿を変える神なんていくらでもいる。

ルミナ神もそういう事なのだろう。

 

……いや、なんか違和感がある。

間違ってはいないが何かがずれているような。

 

(それは気にせずとも良いやつじゃな。気づかぬとも害はなく、気づいたところで意味はない。むしろ気づかぬ方がルミナ神の印象が良い)

 

コン? よく分からないがコンがそう言うなら気にしなくていいか。

たぶん、多少理想が入ってるとかそんな事だろう。

 

「ここが今回の宿の代わりになりますわ。(わたくし)の名に懸けて万全のセキュリティを保証しますので安心して使ってくださいな」

 

「すごいのだ! 広いのだ!」

 

「おお、これは」

 

通されたのは神殿の一室。正確には神殿を模した神域の一室か。

 

二人で使うには広すぎる部屋にキングサイズ以上のベッド。

見事な細工が施されたテーブルを囲む高級感溢れる椅子。

棚に飾られた美しい調度品の数々。

正直高そうなものばかりで怖いんだが。

 

「心配せずともここにあるものは全て我が子より(わたくし)に献上された品。その霊的(うつわ)に我が子達の信仰を満たして形を成したもの。物としては神殿に保管されていますから、壊れてもすぐに直せますし、そもそも簡単には壊れませんわ」

 

俺の考えている事に気づいたのか、それとも心を読んだのか、ルミナ神が安心させるように言った。

 

ああ、なるほど。

神に捧げられた物は物質としては現世に残り続ける。

神饌とかは実際に食べるのは人間だろう。

 

では神様はそれを口にされないのかというと、そんな事はない。

供物と言う行為により霊的な譲渡が発生し、神様側にも同じものが存在するようになる。

それは神饌(たべもの)だけに限らない。

 

ただし、そうして物質から離れた霊的側面は存在が安定しないそうなのだ。

自分も詳しく理解している訳ではないので上手く説明できないのだが、それでもあえて説明するならば、それは魂のない幽霊のようなもの。

物質と言う存在を支える物が無くなり、形こそ残しているものの中味は何もない。

 

普通の幽霊であれば魂がその存在を支えているのだが、このように中身が空っぽではすぐに霧散してしまう。

それをこの世ならざる世界にとどめておくものが捧げた者の『(おも)い』だ。

これは捧げる相手へのものと捧げた供物そのものに対するものがあり、ぶっちゃけて言うと捧げるという行為にどれだけ気持ちを込められたかが重要になる。

 

捧げられた霊的側面に(おも)いが満たされることで霊的存在として定着する。

そして込められた(おも)いが強ければ強いほど存在は強固になり、その存在の格も上がる。

満たされた(おも)いの質によっては本来の物よりも品質が上がったり、特殊な力が宿ったりすることもある。

神様にとっては捧げられた物質側の供物以上に価値のあるものなのだ。

 

ちなみに、逆に(おも)いが少なかった場合は本来の物より質も悪くなり、すぐ壊れてしまう。

その場合は神様にとっても価値のないものになってしまうのだ。

極端な話、神様にとってはどれほど見事な金細工であっても(おも)いが伴わなければ価値の無いものとなり、そこら辺で拾った石であっても気持ちを込めて捧げられたものであるなら価値あるものになる。

捧げた物の良し悪しは実はあんまり関係ないのだ。

もちろん自分にとって高価なものであればあるほど気持ちの入りようは違うだろうから意味はあるのだが。

 

余談だが、この元々物質側にあったものが供物として捧げられ、(おも)いによって霊的側面が形を成したものを神様の間では念物(ここのぎ)と呼ぶらしい。

 

人の世ではなんと呼ぶかのは知らない。

そもそも該当する言葉自体が無いかもしれないしな。

あと、『念物(ここのぎ)』の読みは熟字訓(熟語に当てられた特別な読み方)なので普通はこうは読まないから注意してくれ。

 

また、現世側の供物が残っていれば、念物(ここのぎ)が壊れたとしてもある種の共鳴により修復することが可能なのだそうだ。

なのでルミナ神の言葉を要約すると、「ここにあるのは全部念物(ここのぎ)だから簡単には壊れないし、万一壊れてもすぐ直せるから安心しなさい」という事になる。

 

……壊れないかという心配は無くなったが、逆にそんなものを俺が使っていいのかという問題が出てきたのだが。

まぁ、ルミナ神(持ち主)が許可しているのだからいいか。

 

「ありがたく使わせていただきます」

 

「ええ、存分に堪能してもらえると(わたくし)としても用意した甲斐があったというものですわ」

 

「ルミナさん、ありがとうなのだ」

 

「お気になさらずに。何か足りないものや希望があればそこのベルを鳴らしなさい。彼女たちが対応いたしますわ」

 

ルミナ神がそう言うと、五人ほどの女性が入ってきてこの世界の挨拶をする(片手を胸に当てる)

俺とミコトも同じようにしようとしたらコンに精神感応で止められた。

彼女たちはルミナ神の従者であり、俺たちはルミナ神の客人なのでこの世界の作法としては頷くだけにしておかなければいけないのだとか。

 

郷に入れば郷に従え。

それが礼節ならそうしよう。

なので軽く頷くと、彼女たちは入って来た時と同じように出て行った。

 

見た目はこの世界の従者服を着た人間だったが、わかりやすく化けたルミナ神の眷属蟹だったな。

おそらくあえてそうしているのだろう。

見た目をこちらへ合わせることで客人の違和感を減らし、しかし分かりやすく化けることでルミナ神の眷属である事をアピールして安心感を与える。

 

……んーー、妖怪と関わる事が多かったせいか、やたら相手の意図を分析する癖がついてるな。

妖怪は案外素直なもので、その行動には自身の性質に基づいた明確な意図がある。

なのでそれを読み取ることが妖怪と関わる際に重要になってくるのだ。

慣れれば相手の霊威からでも推測できるようになるぞ。

 

話が逸れたな。

 

部屋に荷物を置き、早速観光に出かけようか。

予定ではルミナ神の案内で神殿の中を見て回り、お勧めの食堂で夕食。

その後は部屋に戻って夫婦水入らずでって感じか。

初日だし、時間も時間なので内容も軽めだ。

 

ルミナ神からミコトとともに『群衆の外套』という念物(ここのぎ)を借り受ける。

これは着ていると個人ではなく大勢の内の一人として認識されるようになり、居ることは理解されても誰かは分からない状態になるアイテムだ。

マヨイガにも同じ効果を持つ道具がある(妖怪がいる)が、厚意で貸してもらえるとの事だったので甘えさせてもらった。

 

子供が遊んでいるといつのまにか一人増えているのに誰が増えたのか分からない。

座敷童とかが遊んでいる子供たちに混じるとこんな現象が起きるのだが、これと同様の状態になれるのである。

 

これは単純にトラブル防止の為だな。

俺自身がわりと妖怪側に浸っているので忘れがちなのだが、普通の人には神様(ルミナ神)は見えないし声も聞こえないのだ。

神官などの比較的神様(ルミナ神)の近くで仕えている者たちが辛うじてお告げなどで声を聴ける程度。

一応、今代の大神官長(高位の神官達の長)はルミナ神の姿も見えるし声も聞こえるそうだが、この旅行はルミナ神のプライベートの範疇なので関わることはないだろう。

 

なのでトラブルが起きた場合にルミナ神が対応することが難しい。

その対策としてそもそも興味を持たれないようにすればいいとなった訳だ。

居ることは分かるので買い物とかは出来るが、それ以上は気にも留められなくなる。

目の前から居なくなれば顔も思い出せないだろう。

 

ついでに副次効果でルミナ神の客人という括りで認識される為、ルミナ神の力が及ぶ範囲であればどこにいても咎められることはない。

 

「準備が出来たら行きますわよ」

 

「はい、大丈夫です」

 

「楽しみなのだ」

 

さぁ、目一杯楽しもう。

こうして、俺たちの新婚旅行は幕を開けたのだった。

 

 

 

追記。

 

初日の夕飯はオムライスだった。

ルミナ神がお告げを通して広めたらしい。

気に入ったんですか。




念物(ここのぎ)』は読みも含めて創作です。
何と呼ぶのか分からなかったので。


『旅は道連れ世は情け』
昔は情報も少なく今よりもずっと旅に対する不安が大きかったため、同行者がいることはとても心強かった。
同様に人生と言う名の旅も人の情けや思いやりがとても心強く感じられるものであり、助け合いの心が大切だという意味。


新婚旅行編(File.No.15)は他者視点を入れても3~4話くらいの予定です。


追記:あんころ(餅)様、誤字報告ありがとうございます。
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