前話を見ていない方はご注意ください。
ストックは此処までなので次話以降は亀更新になると思いますが、拙作を頭の片隅にでも残しておいていただけたら幸いです。
気が付くと私は知らない場所にいました。
どこかの建物の中のようでしたが、私には見たこともないものばかり。
何かの植物で編んだと思われる床、何の素材で作られているのかも分からない白い壁、紙のように見える何かが張られた扉らしきもの。
もしやどこかの貴族様のお屋敷だったりするのでしょうか。
そもそも私はなんでここにいるのでしょう。
確か私は家族の病を治す為に薬草を取りに来て……そうです、オオツノクマに襲われたんです。
薬草がなかなか見つからず、知らないうちにオオツノクマの縄張りに入り込んでいたのでした。
それから怪我をしながらも必死に逃げて、それでも逃げ切れなくて、茂みに身を潜めてオオツノクマに見つからないことを祈っていたら──
思い出せたのはそこまででした。
もしや私はオオツノクマに殺されてしまい、ここは死後の世界なのでしょうか。
よく見れば服には破れたところが無数にあるのに肌には傷一つありません。
逃げているときについた傷さえも無いのです。
死後の世界では魂が生前の姿かたちをとり、死に際に持っていたものを持っていくと言われています。
そう考えるとしっくりくるものがあります。
そうですか、私は死んで──
「お、目が覚めたようじゃの」
っ!!
突然後ろから掛けられた声に私の心臓が跳ね上がります。
慌ててそちらの方を向くと、見たこともない服を着た10歳くらいの童女が膝を揃えて畳むという不思議な座り方で床に敷いた敷物の上に座っていました。
「あ、貴方は……」
「儂か? 儂は
神官様なのですか? このような幼き娘が。
うかのみたま様というのがお仕えする神様の名前のようですが、とんと聞いたことがありません。
もっとも学のない私が数多おられる神々をすべて知っている訳がありません。
きっと私の知らない神様の一柱なのでしょう。
「そうそう、其方腹は空いてはおらぬか?」
その一言に、私のお腹がぐ~と鳴りました。
「今、
そういえば昼食も取らずに長い間森を彷徨っていたのでした。
なので意識を向けたとたんそれを自覚するのは仕方のないことですが、ちょっと恥ずかしいです。
「あの……ここは何処なのでしょうか」
恥ずかしさを紛らわせるように神官様にそう聞きます。
「ここはマヨイガ。
よくわかりませんでした。
それでも何とか理解できたのはここが人ではない者が住む場所というところ。
私の目の前にいる童女も人ではなかったりするのでしょうか。
そう言えば死んで神様のもとへ行く前に生前の功罪を量る場所があると聞きます。
そこには天の国の使いや地獄の悪魔がいて、死んだ者の功罪に相応しい場所に連れて行くのだとか。
もしやここがそうなのでは?
やっぱり私は死んで──
私は神の御許へ行けるのでしょうか。
積極的に善行を積んだとは言えないまでも、人に恥じることは無い生き方をしてきたつもりです。
少なくともこの神官様は地獄の悪魔には見えませんし、神様に仕えていると言っていました。
大丈夫……な筈です。
あ、でも、神様の御使いに無礼を働いて天の国へ連れて行ってもらえなかった御伽噺を聞いたことがあります。
知らず知らずのうちに無礼を働いてしまうことが無いようにしないと。
「……こちらの用意が出来次第、其方を人の世に戻そう。それまで寛いでおくがよい」
そ、それは私は生き返れるって事ですか?
半分諦めかけていましたが、まだ死にたくは無いのです。
その時、紙張りの扉らしき方から聞いたことのない言葉が聞こえてきました。
神官様が「どうぞ」と声をかけると、その扉が横に動きます。
あ、あの扉、
そしてその中から現れた人物に私は怖気を抱いてしまいました。
だってその人物は恐ろしい獣の顔をしていたのですから。
悲鳴までは漏れていないと信じたいです。
「安心せよ。この者も儂同様
それに気づいたのか神官様が安心させるようにそう言いました。
この方も神様の御使いだったのですね。
うぅ、無礼だと思われていなければいいのですが。
すると獣の顔の方は私の前に何かの乗った台を置き、小さく頭を下げました。
あ、この方、獣の顔なのではなくお面を着けているのですね。
置かれた台の方からは何やら良いにおいが漂ってきており、私のお腹が再びぐ~と鳴りました。
見たこともないものばかりですが、食べ物……ですよね。
神官様が先ほど食事の用意をしているとおっしゃっていましたし、食べても良いのですよね。
しかしそこに食器は無く、何に使うのか分からない木製の棒が二本あるだけです。
これで突き刺して食べるのでしょうか?
もしくは直接手掴みで食べるのでしょうか?
できたてて熱そうではありますが、
ですがこの二本の棒が何かの食器で、それを無視して手掴みで食べると無作法と思われたりしないでしょうか。
私が迷っていると、獣面の方がスプーンやフォークの入った籠を持ってきてくださいました。
ありがとうございます。助かります。
とりあえずフォークを手に取ろうとしてよく見ると、籠の中の食器すべてが光沢のある銀色をしていました。
もしやこの食器全部銀で出来ているのですか?
こんなもの私なんかが使っていいんでしょうか。
「腹も空いておるじゃろう。遠慮せずに食べなされ」
神官様の御許しが出たので恐るおそるフォークを手に取り、目の前の丸い物体に突き刺しました。
正直見たこともない料理に躊躇いもありましたが意を決して口に運びます。
まず感じたのはサクッとした食感と香ばしい油の風味。
その中から現れたのは程よい弾力を持った凝縮された旨味。
多分キノコだろうとは思うのですが、これほど美味しいキノコは食べたことがありません。
噛めば噛むほど味が広がり、舌を喜ばせます。
次は穀物を三角形に固めて焼いたものと思われる料理に手を付けます。
すいぶんと茶色っぽいですが焦げているわけではないんですよね?
それを一口サイズに切り分けて口に運びます。
その瞬間塩気と旨味、そしてほんの少しの甘みをもった表面と、柔らかくふわっとした淡白な味の中身が混じり合うことで一つのご馳走が生まれました。
味の濃い表面と味の薄い中身。
口の中で一つになることを前提として味付けられたそれらは、見事な調和で口の中を幸で満たしてくれます。
底の深いコップのような形をした皿に入れられたスープも絶品でした。
高価な卵がふんだんに使われたそれは、甘みの強い透き通った野菜と小さめに切られた葉野菜がたっぷりと入っていて、それぞれが自分の味を主張しながらも他の味を邪魔しないという奇跡のような一品となっています。
このマヨイガなる場所で目覚め、私が死んだことを自覚した時には絶望したものです。
ですがこんな天上のごとき食事をすることができて、しかも生き返ることができるみたいです。
人生何があるかわかりませんね。
そして私は目の前の料理が無くなるまで、手を止めることなく食べ続けたのでした。
「ご苦労じゃ」
私がちょうど食事を終えた時、神官様がそう言われました。
何事かと思ってそちらを向くと、お面をした動物──ミシロキツネでしょうか──から籠を受け取っていたところでした。
あれは見覚えがあります。
私が森に入る時に持ってきた籠です。
オオツノクマに襲われた時に手放し、失くしてしまったものです。
「ほれ、これが必要なのじゃろ」
神官様はそういうと私の前に籠を置きます。
その中には籠一杯に薬草がはいっていました。
私はそれが何か知っています。
流行り病に効く、私が探していた薬草です。
私が見つけることが出来なかった薬草です。
「帰りはこやつに案内させよう。それを持って早く帰りなされ」
気が付くと私は最上の礼をもって答えていました。
これだけあれば家族だけでなく村のみんなが助かるかもしれません。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
お礼の言葉を繰り返す私に、神官様は優しく微笑んでいました。
マヨイガなる場所にお
振り返るとつい先ほどまで歩いてきた道はありません。
森の奥に続く道だけが伸びています。
まるで全てが夢の中だったかのように。
神官様に聞くことはできませんでしたが、やはり一度命を失ってたどり着いた神の国との境だったのでしょう。
夢では無い証拠に、私の手には薬草の詰まった籠が握られています。
私は神官様の顔を思い出し、何度目になるか分からない感謝の言葉を────
こ~~~ん!!
────何かの動物の鳴き声に、私は意識を覚醒させました。
えっと、私は何をしていたんでしたっけ。
そうです、流行り病に効く薬草を取りに行くんでした。
ちゃんと籠も持って……
「え?」
籠の中を見たとき、私は間抜けな声を上げました。
だってそこには探そうとしていた薬草がいっぱいに入っていたのですから。
空を見上げると日は既に傾き、もうすぐ沈み始める事でしょう。
私が家を出た時はまだ朝だった筈です。
それに衣服にも枝などを引っ掛けたであろう破れがいくつも見られます。
特に左袖は大きく破れ、もはや袖ですらありません。
幸いにして肌には傷一つ無いようでしたが。
それに村の猟師さんの話ではこの薬草はあまり数が取れないと聞いていました。
今の状況を鑑みると多分自分で取ってきた……のですよね?
もしや群生地でも見つけたのでしょうか。
全く覚えていないのですが……
まるで妖精につままれた気分ですが、私の手元に薬草があるのは確かです。
今するべきことは早く村に帰って薬を作ることです。
私は籠の中身をこぼさないように気を付けながら、村までの道を走っていきました。
こ~~~ん!!
彼女の口にした食事はマヨイガの道具や食材により尊の調理技術を大きく上回る美食になっています。
マヨイガブースト無しだと「あ、おいしい」くらいの感想でした。