俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

30 / 93
ミコトの人獣形態の呼称を過去話も含めて『経立(ふったち)形態(モード)』に
変更いたしました。
経立(ふったち)とは年を経た獣が知恵を身につけ、人のような振る舞いをするようになった妖怪の事。
その多くが二本足で立ちあがるようになる事からこの名がついたそうです。
鬼熊や猫又なども経立の一種と言われる事もあるそうな。

人獣って「人と獣」という意味なんですね……


File.No.15-3 『渡る世間に鬼はなし』

実際のところ、ミコトは発情していたのではなく酔っぱらっていたようだ。

 

『俺の(つがい)』という妖怪であるミコトは、ルミナ神の温泉の効能と親和性が強い。

その為、無意識のうちにその力を取り込んでいたようで、それに含まれた神性に当てられてああなってしまったらしい。

 

ミコトって酔うとあんな感じになるんだな。

ちなみにだがミコトはお酒に関してはむっちゃ強い。

なので酔っているところを見た事が無かったんだが、あれはあれで色っぽかった。

とりあえず落ち着いた後だから言えることだが。

 

しばらくして落ち着いたのは効能に体が馴染んできたから。

そのお陰か妖怪としての格が上がったようなのだが、これもルミナ神の意図したことだったんだろうか。

本神に聞いてもはぐらかされてるばかりであった。

 

 

 

新婚旅行五日目。

 

明日はもう帰るだけの予定だから、今日が実質的な最終日である。

 

本日は有名な劇団が聖地サクトリアに来ているという事で、観劇(かんげき)することになった。

内容はなんと、フェルドナ神が異界へ赴いてサツマイモを手に入れるという話らしい。

サツマイモを広めるバックストーリーとしてそれっぽい話を広めるという事は聞いていたが、内容までは知らなかったから楽しみだ。

 

ルミナ神の聖地での開催だけあり、ルミナ神用の席が良い位置に用意されているので俺たちもお邪魔させてもらった。

なお、見物料はルミナ神持ちである。

 

しかし、この話を広め始めたのは早くてもひと月前の筈だが、もう劇にすらなっているのか。

間違いなくルミナ神が関わっていると思うのは邪推だろうか。

まぁ、どちらでもいい話だな。

しっかり楽しむとしよう。

 

……

 

…………

 

………………

 

駄目だ、全然楽しめない。

 

別に劇が面白くないとかいう話ではない。

その証拠にミコトは凄く楽しそうにみている。

 

では何故かと言えば、この劇に込められたルミナ神の意図が露骨すぎてそちらが気になって劇どころではなくなってしまうからだ。

多分隠す気もないのだろう。

むしろそれを俺やコンに伝えるのがこの観劇の目的だとすら言える。

 

 

 

話の内容としてはまず、謎の病が蔓延(はびこ)った村をフェルドナ神が救う事から始まる。

実際にはコンの呪い付き薬草を使ったわけだが、この話ではフェルドナ神が自力で癒したことになっていた。

それは別に問題は無い。

面子(メンツ)的な理由もあるだろうし、ここでわざわざそれを言う意味も無いだろう。

 

ある時、フェルドナ神は村の畑の作物が枯れている事に気づく。

弱り目に祟り目。

フェルドナ神の目にまだ這う事しかできない幼子が、家族の為に疲れをおして働く青年が、老いてなお杖をついて村の為に奮闘する長老が映る。

このままでは村の者たちが冬を越せないと思ったフェルドナ神は、森の恵みでそれを補おうとした。

人の入らぬ深き森でそれを探していると、不思議な一軒家にたどり着く。

 

もしかしなくてもマヨイガの事だろう。

とはいえ、マヨイガの名は出ていない。

約束はしっかり守られているようである。

 

なぜこんな人里離れた森の奥に家があるのだろう。

そう思ったフェルドナ神はその家を訪ねることにした。

するとそこには一組の男女が住んでおり、突然訪れたフェルドナ神を歓迎してくれた。

男の方は人間であり、女の方は狐の獣人であった。

 

これは俺とミコトの事だろう。

初めは女の方はコンの事かと思ったが、次の場面でミコトだと判明した。

 

ちなみに役者さんは(異世界の美意識的に)かなりの美男美女である。

つまり二人ともかなり大柄なわけで、正直俺とミコトにはあんまり似てない。

まぁ、それは置いておくとして……

 

フェルドナ神が話を聞くと二人は近々祝言を挙げるという。

それはめでたいと思ったフェルドナ神は、自分のつけていた髪飾りを二人にプレゼントした。

 

これだけでフェルドナ神が初対面の二人の幸せを心から祝福できる善神であると観客に伝えられた訳だ。

守護下の人間に対してならともかく、神が関係のない人間相手に一言祝うだけでも結構な事である。

現実でもわざわざ祝福する必要性はなかったしな。

 

なお、この髪飾りは実際に貰っている。

『フェルドナ神がつけていた』というのは流石に演出だが。

 

その後、森に住んでいるのなら森の事に詳しいのではないかと思ったフェルドナ神は、二人に食料がたくさん採れるところを知らないかと聞いた。

すると二人は顔を見合わせ、ここから更に森の奥深くに進んだところに実り豊かなる地があると告げる。

しかし、それを持ち帰りたいのであれば(ぬし)の許しを得なければならないと。

 

すると男はどこからともなく黒い箱を持ち出して言う。

ここから道なりに進むと良い。

(ぬし)は朱天の門より入った場所にいる。

この箱を持って行くと良い。

ただし、この箱は決して開けてはならないと。

 

確かにこの家から森の奥に続く道が見える。

フェルドナ神は二人に礼を言うと、教えられた道を辿って再び森の奥に歩き出した。

 

朱天の門ってのはおそらく鳥居の事だろう。

多分だが異世界の言葉で鳥居を表す単語が無かったので、近しい言葉に置き換えられたあと再翻訳されたものだと思われる。

 

あと、男の持ってきた黒い箱に見覚えがあるんだが、あれフェルドナ神への引出物の菓子を入れてた重箱じゃね?

もちろんそのものではないだろうが。

 

フェルドナ神は言われた通り森の奥に向かって進むが、行けども行けども朱天の門は見つからない。

神であっても疲労が無視できなくなるほどの距離。

それほどまでに進んでも、それらしきものは見えてこない。

 

本当にそんな物があるのだろうか。

もしや自分は騙されて、ありもしないものを延々と求め続けているだけなのではないか。

そんな考えが頭をよぎるも、すぐにそれを振り払おうとする。

 

そんな筈はない。あの人間は嘘をついていない。

我が子(村の人間)達の為に、恵みを持ち帰ると決めたのだ。

そう自分に言い聞かせ、足が棒になるような疲労にもめげずに歩き続ける。

 

すると、それは現れた。

二本の柱と、二重の屋根によって作られた、扉のない紅い門。

 

ちょっと形は違うが鳥居を伝聞で作ったらこうなったのだろう。

 

フェルドナ神が一歩中へ踏み入れると、そこには見たこともない光景が広がっていた。

そこにはいくつもの畑があり、不思議な作物が植えられている。

そして何より、その畑の世話をしているのが人間ではなかった。

人間のように二本足で立つ熊や兎、狐に狼、猪と他もろもろ。

 

多分これはコンの式神の話がねじ曲がったな。

 

三日前にも言ったが、ミコトの経立(ふったち)形態ほど獣に近い姿の人間はミルラト神話圏にはいない。

猫人(ワーキャット)のような獣人も、あくまで獣の(パーツ)を持つ人間であって、人の如き振る舞いをする(妖怪)である経立(ふったち)は奇妙に映るだろう。

 

ちなみに劇中の経立(ふったち)は着ぐるみを着た役者さん達である。

 

フェルドナ神が驚いていると、ひときわ大きな気配がする。

そちらに視線を向ければ、一匹の白い狐の経立(ふったち)がいた。

狐は言う。「キツネツキの地にいかなる用か」と。

 

これはコンだろ。

で、キツネツキは以前フェルドナ神にサツマイモを配る許可を出した時のこちらの名前を出してはならないという条件を避ける為だと思われる。

 

狐憑きの話は以前ルミナ神とした雑談の中にあったので、適当な名前代わりとして持ってきたのだろう。

 

しかも、これは発音をそのまま固有名詞として使ってるな。

少なくとも異世界の人たちには意味不明な言葉の羅列にしか思えないはずだ。

ルミナ神が異界感を表現するためにあえて翻訳せずに伝えたのかもしれない。

 

フェルドナ神が「我が子(守護下の人間)を飢えから救うため、森の恵みを探しに来た。もし許されるのであれば、この地の恵みを分けてもらえないか」と告げる。

 

箱の方に目を向け、何かに納得するように頷く狐。

狐は続ける。「それには(ぬし)たるキツネツキの許しがいる。その箱を持っているという事は……ふむ、それを持ってキツネツキに会いに行くといいだろう」と。

 

それに対してキツネツキとはいかなる御方か。

私をその御方のもとへ連れて行ってもらえないか。

そう答えるフェルドナ神だったが、狐の反応は芳しくない。

 

「それは出来ぬ。この地の物を持ち帰りたいというのであれば、三つの試練を超える必要がある。その一つは自身の力でキツネツキを見つける事だ。もっともそれを諦め、ただキツネツキに会いたいというのであれば、連れていくこともやぶさかではないが」

そう告げられた言葉に、フェルドナ神は力強く宣言する。

 

その試練、受けて立とう。

必ずや乗り越えて、我が子のもとに恵みを持ち帰ろう。と。

 

実際にそんな試練はないが、これはフェルドナ神がサツマイモの所有者である正当性を補強する為の話だろう。

試練を乗り越えて得たものとなれば、奇跡の作物と呼ばれるほどの物を手にしたとしても納得感が出る。

 

それに対して狐は満足そうに頷いて言った。

「なれば探されよ。キツネツキはこの地にいる。そしてキツネツキは『朝は四本足、昼に二本足、夕には三本足になる生き物』の姿をしている」

 

スフィンクスの謎かけじゃねーか!

これも以前、ルミナ神との雑談で話した事がある。

その際にミルラト神話圏では聞いた事が無いと言っていたので、そこから持ってきたのだろう。

 

実際にこの謎かけは答えを知らない状態だとかなり難しい。

知恵を試す試練として丁度よいと思われたのかもしれない。

ちなみにルミナ神は10分ほどで正解した。

 

フェルドナ神は悩む。

はて、それは一体どういう生き物だと。

 

生涯で足の数が変わる生物は居ないではないが、一度減ったのに最後にまた増えて三本とは。

仕方がないのでこの地の者たちを見て回り、答えになりそうな動物を探すことにした。

 

熊ではない。

兎でもない。

狼でもない。

 

人のように二本足で立っている事から四本足が二本足になったと言えなくもないが、最後の三本足が分からない。

 

あれも違う、これも違うと探し続け、ついには全ての動物たちを探し終えてしまった。

それでも謎かけの答えは分からない。

 

このままでは我が子を救う事が出来ない。

そう焦るフェルドナ神の脳裏に、村を出るときに見た光景が思い出される。

 

それはまだ這う事しかできない幼子(四本足の生き物)家族の為に疲れをおして働く青年(二本足の生き物)老いてなお杖をついて村の為に奮闘する長老(三本足生き物)の姿。

 

そうか、そういう事だったんだ。

それに気が付くと、フェルドナ神はもう一つのヒントに気づく。

 

(キツネツキ)は朱天の門より入った場所にいる』

その言葉を思い出し、フェルドナ神は()()()()()()()()()()

 

するとあれだけ長い間歩いてきたはずの道はなく、目の前には最初に見つけた不思議な一軒家があった。

そしてそこには人間の男と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がいる。

 

「貴方が、『キツネツキ』ですね」

 

黒い箱を持ったまま、フェルドナ神は人間の男に言った。

 

そう、赤子の頃は這い這いしかできず(朝は四本足)成長すると立ち上がれるようになり(昼は二本足)老いてくれば杖を使うようになる(夕は三本足)

その答えは人間だったのだ。

 

そしてもう一つ。

朱天の門より入った場所。

 

最初フェルドナ神は朱天の門から入った事で経立(ふったち)達の世話する畑に出たと思っていた。

しかしそこにはキツネツキは居なかった。

 

逆だったのだ。

フェルドナ神は朱天の門から入ったのではない。出て行っていたのだ。

だから改めて門をくぐる事で、キツネツキのいる場所に()()()()()

 

「お見事。流石だね、白蛇の神」

 

男の称賛を受けて、フェルドナ神は言う。

この地の恵みを持ち帰りたい。

その為なら残り二つの試練も乗り越えてみせる。

だからその暁にはそれを許してもらえないかと。

 

すると男は困ったように言った。

「うん、それは構わないよ。だけどね、()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

 

告げられた言葉に、フェルドナ神は意味を理解できなかった。

自分はまだキツネツキの所にたどり着いただけの筈だと。

 

しかし男は言う。

 

()()()()()はキツネツキを見つける事。

しかし最初の試練は『他者の為に訪れる』事だったのだ。

もし、フェルドナ神が純粋に我が子の為にでなく一片でも自分の為に訪れていたのなら、キツネツキと出会うどころかここへ来ることすら出来なかった。

 

これはこの劇が広まる事で(よこしま)な考えを持ってマヨイガへ訪れようとする者達への牽制だろう。

 

実際に欲まみれでマヨイガに来ようとすると結界により逸らされる。

もしくは酷い目に合わせる為にあえて中に迎え入れる罠かのどちらかだ。

 

そして二つ目の試練は『迷いの道を越える事』。

 

フェルドナ神が朱天の門を探して歩き続けた道。

それは通れば必ず迷う道だった。

 

『道に迷う』のではない。

『心が迷う』のだ。

 

その結果、その道を通るものは足を止め、引き返してしまう。

引き返せば、キツネツキのもとにはたどり着けない。

 

この道を越える為に必要なものは、迷いながらも歩いて行ける勇気。

あの道で迷いを振り切る事は出来ない。

迷いを抱えたままでも歩き続ける意思が必要だったのだ。

 

一応、ここでも言っておくが、マヨイガにそんな試練はない。

箔付の為の演出だが、一つ目の試練と同様に興味本位で訪れようとする相手へ牽制も兼ねているようだ。

ちなみにマヨイガとコンが協力すれば、この試練を再現できるとの事。

 

第一の試練で慈愛を、第二の試練で勇気を、そして第三の試練で知恵を試す。

その全てを、フェルドナ神は乗り越えたのだと。

 

「さて、望みは『この地の恵みを持ち帰る事』だったね。ではその箱をあげよう。蓋を開けてみるといい。君の欲しいものをたっぷりと入れておいた」

 

フェルドナ神が黒い箱を開けると、中からたくさんのサツマイモが出てきた。

明らかに箱に入る量ではない事から、この箱が特別な魔法の道具であることは疑いようもないだろう。

 

補足しておくが実際の引出物を入れていた箱は何の変哲もない普通の重箱である。

 

これだけあれば我が子(村の人間)達が飢えなくて済む。

そう思ったフェルドナ神はキツネツキにお礼を言い、サツマイモを魔法の箱に詰めなおしていく。

それを見ていたキツネツキは、何かに気付いたように視線を変えた。

「今日は賑やかな日だ。君までやって来るとは」

 

月の神ルミナ────と。

 

そこには赤いドレスを纏った、美女が立っていた。

 

ルミナ神役の役者さんである。

流石に貴高神の役ともなれば演技力も美貌も兼ね備えた者がなるようだ。

もちろん美意識は異世界基準なので俺的にはどちらかと言うと女子格闘技の漫画に出てきそうな人と言う印象。

そういえばルミナ神の神域にあった石像に似てるな。

 

「わざわざ紅き月の衣を纏って、神としての真の姿で来るなんて何事だい?」

フェルドナが(神が一柱)世界から消えたのです。もしや貴方にかどわかされたのではと思い、確かめに来たのですわ。もしそうであれば、貴方を止める為に(わたくし)も全力を振るう必要があるでしょ?」

 

──無用な心配でしたけど。

 

そう続けたルミナ神に、「一体何をするつもりだったんだい?」と引きつった笑みを浮かべながら答えるキツネツキ。

 

これがルミナ神の真の姿なのか。

紅き月の衣というのはブラッドムーンの事かな。

 

試しにルミナ神を石像の姿まで成長させて役者さんの着ている服を纏った姿を想像してみる。

おっ、かっこいい。

俺の感性では美人よりもそっちの印象が強いが、イメージは掴めてきたぞ。

 

ところでちょっと確認したいんだが、キツネツキって俺の事なんだよね?

ルミナ神とため口で話しているんだけど。

しかも今のセリフってキツネツキはルミナ神が全力で相手をしなければならないほどの実力者って風にも読めるんだが。

 

ちなみにミコト役の役者さん(途中からは狐の着ぐるみになった)はいつの間にかいなくなっていたので舞台にはキツネツキ・ルミナ神・フェルドナ神の役の三名だけである。

 

事情が分からず混乱するフェルドナ神にルミナ神が説明する。

ここは元の世界とは異なる世界で、異界と呼ばれる独自の法則を持つ世界である。

ここでは神であっても容易には力を振るえない。

キツネツキに認められた者だけが、来ることを許される場所なのだと。

 

それを聞いたフェルドナ神は慌ててキツネツキに謝罪する。

勝手に入ってごめんなさい──と。

 

それを聞いたキツネツキは苦笑しながら答える。

 

「謝る事はない。君の事はすでに認めている。それに、私の婚姻を心から祝ってくれた君を無下にはできないよ」

 

その言葉に、感謝の言葉を伝えるフェルドナ神。

それを見届けたあと、ルミナ神もキツネツキに向かって口を開く。

 

「さて、せっかくですから(わたくし)がフェルドナに異界の中を案内して差し上げようと思うのですけど、いいかしら?」

「構わないよ。ゆっくりしていくといい」

「では遠慮なく。フェルドナ、行きますわよ」

 

は、はいっ! と返事をしたフェルドナ神を連れて、ルミナ神は歩きだした。

 

 

 

ここで一度舞台は暗転する。

 

 

 

再び舞台が光に照らされたとき、ルミナ神の姿は今までと違いかなり小柄になっていた。

 

「キツネツキと争う必要がないのであれば真なる月の姿(トゥルース・フィギュア)でいる必要はありませんわね。夜を照らす三日月の姿(クレセント・アバター・フィギュア)で十分ですわ」

 

演劇的にはルミナ神役の役者さんが暗転している間に別の役者さんと入れ替わった形である。

それよりもなんか今、日本語で書いて英語で読ませるような翻訳がされた気がするんだが。

 

ルミナ神は月齢によって姿が変わるが、自分の意思で変化できるという事は神話的にはルミナ神の姿が変わる事で月齢が変化するという事なのだろう。

で、神の国の姿と思われる真なる月の姿(トゥルース・フィギュア)は天体としての月そのものを表しているのではないだろうか。

 

フェルドナ神を連れてルミナ神がやってきたのは冬の大地。

雪が大地に残るその場所には、煙突から湯気が立ち上る小屋が立っている。

ルミナ神が躊躇なくその小屋に入ると、そこでは南の地方でしか採れない果実などが育てられていた。

ルミナ神曰くここには温泉があり、その熱を利用して部屋の中の温度を常に高くすることでいつでも貴重な果実を育てられるのだとか。

 

そして何故かそこに紛れてサツマイモの芽出しをしている経立(ふったち)

 

次にやってきたのは春の大地。

多分桜なんじゃないかなと思われる木々が花を咲かせ、花吹雪が舞っている。

ルミナ神曰くここで花を愛でながら食事をすると何倍もおいしく感じられるのだとか。

 

そして何故か隣の畑でサツマイモを植えている経立(ふったち)

 

更に場面が進むと今度は夏の大地。

照りつける太陽と澄んだ湖が出迎える。

ルミナ神曰くここで冬の大地で作った氷を削って蜜をかけて食べるのが堪らないのだとか。

 

そしてここでも何故かサツマイモ畑で「つる返し」をしている経立(ふったち)

 

最後に訪れたのは秋の大地。

経立(ふったち)がサツマイモを収穫して焼き芋を作っていた。

ルミナ神が「ひとつくださいな」と言うと、経立(ふったち)は大きな焼き芋を分けてくれる。

ルミナ神とフェルドナ神は二柱で一緒に焼き芋を頬張るのだった。

 

場面は変わって再びキツネツキの家。

二柱は食事に招かれ、異界の料理を堪能する。

キツネツキの妻が次々と運んでくる料理に舌鼓をうつのだった。

 

ミコト役の獣人の役者さんは着ぐるみから戻っていた。

ここの場面の料理は作りものだが、元になった料理を知っていればそれが何か答えられる程度の再現度はあった。

ちなみにオムライスもあったぞ。

 

そして再度場面転換。

持て成してくれた礼を言い、帰路につこうとする二柱とキツネツキの会話シーン。

 

「次は遊びにでも来るといい。妻とともに歓迎しよう」

そう言うキツネツキに対し、いずれ必ずと答えるフェルドナ神。

 

一通りのやり取りを終えて、最後にルミナ神が言葉をかける。

「ではまた、近いうちに参りますわ。それまで御機嫌よう、(わたくし)の友神。異界神キツネツキ」

 

おい、ちょっと待て。

ルミナ神とため口の時点で嫌な予感はしていたが、いつの間にか神にされてる!?

 

(よかったのう。これでお主も現人神(あらひとがみ)じゃぞ)

 

コン!? いや、良くないだろ。

そもそもマヨイガには宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を祀っている稲荷神社があるのだ。

それを差し置いて異界神なんて。

 

(大して気にする事でもないぞ。そもそもここは儂らから見て異世界。信仰を得たとしてもマヨイガ内での影響はほとんどない。精々ここ限定で使える肩書が増える程度じゃよ)

 

あ、うん。考えてみればそれもそうか。

ちょっとびっくりして取り乱したが、そもそもマヨイガの外に出ることがほとんどないのだ。

それに、わざわざキツネツキを信仰する者もいないだろう。

 

元の世界に戻って来たフェルドナ神。

早速我が子(村の人間)達にサツマイモを送ろうとしてふと考える。

ルミナ様は何故私を連れて異界をまわったのだろうと。

 

単なる思い付きだろうか。

いや、(しるべ)の神に導かれたのだ。必ず何か意味がある。

 

思い返せばどこの大地でも経立(ふったち)が何かをしていた。

そして最後に味わったサツマイモ。

これはもしやサツマイモの育て方と料理法なのではないかと。

 

そう考えたフェルドナ神は、経立(ふったち)がやっていた事を思い出しながらサツマイモを育てようとする。

するとそれはみるみる増えていき、最初は我が子(村の人間)達が飢えを凌げる程度でしかなかったサツマイモが何十倍もの量になったのだった。

 

それに喜んだフェルドナ神は、我が子(村の人間)達と飢えに苦しむかもしれない子供(守護下の人間)達のいる神々にサツマイモを配り、育て方とおいしい食べ方を伝えていった。

このおかげで多くの人たちが飢えから救われたのである。

そしてこの奇跡の作物は白蛇の女神(フェルドナ神)の知恵と勇気と慈愛を忘れないために蛇芋と呼ばれるようになったのだという。

 

ちなみに蛇芋は通称で正式名称は一応サツマ(いも)らしい。

薩摩芋(サツマイモ)薩摩(サツマ)の部分が固有名詞から取られているので、翻訳されずに音で伝わった結果、異世界人にとってはちょっと発音しづらい名前の芋になってしまったそうだ。

 

 

 

劇も終わり、劇場となっていた建物を後にする。

 

2メートル程の眷属蟹の背に揺られながら、俺は劇の内容を反芻(はんすう)していた。

これが現在、フェルドナ神が成した事になっている偉業の内容である。

 

別に一つ一つの内容はそれほど実際と異なっている訳ではないんだよね。

ただし時系列が滅茶苦茶になっていて、それを無理やり繋げるために試練という形でこじつけられているだけで。

 

やっぱり間違いなくルミナ神が関わっている。

そしてこれは勘だが、多分フェルドナ神は関わっていない。

 

この話が広められた理由はサツマイモの出所に対する説明の為だ。

その為、劇中でフェルドナ神が贔屓されているのはある意味当然だが、キツネツキもかなり持ち上げられていた気がする。

 

単純に試練を乗り越えてサツマイモを手に入れたという話にしたいだけなら、何らかの勝負で勝つとかにした方がフェルドナ神の凄さを強調しやすい。

それをしなかったという事は、キツネツキもまた凄い存在であった方が都合が良かったからか。

 

ではルミナ神にとってキツネツキは何なのか。

ルミナ神のキツネツキと別れる際の言葉。

それが意味するところは……

 

(タケルよ、その辺は帰ったら詳しく教える故、此度はこの旅行を楽しむがよい。別にこちらに都合の悪いことではないからのう)

 

コン……そうだな。そうだよな。

つい癖で考えすぎてしまったが、新婚旅行に来てまで考える事じゃないな。

 

今日はもう宿代わりの神域に戻ってから教会の頂上近くの部屋でまったりすごす予定だ。

もともと、何らかのトラブルでスケジュールがズレたり観光地に行けなかったりした時の為に開けておいた時間だからな。

特にトラブルもなく見たいものは見終わったので、人に化けたルミナ神の眷属蟹に傅かれながらミコトと一緒にサクトリアを一望する部屋で残り時間を楽しむことになるだろう。

 

 

 

そしてその予想通り五日目の午後を過ごした俺たちは、翌日に来た時と同じく巨大な眷属蟹に乗ってマヨイガに帰ったのだった。

 

ルミナ神、素晴らしい新婚旅行をありがとうございました。




『渡る世間に鬼はなし』
世の中には薄情な人だけではなく、困ったときに助けてくれる親切な人もいるという意味。



追記:SK23号様、誤字報告ありがとうございます。

追記2:ルミナ神の三日月の姿の名称を微変更しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。