俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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File.No.17-1 『知恵と力は重荷にならぬ』

良くも悪くも何もないいつもの昼下がり。

 

俺達は庭で妖術のトレーニング中だ。

霊力の五行変換もそれなりに上手くなったのではないかと思う。

 

霊力を掌に集め、その性質を変化させる。

 

「三は木となす」

 

あえて口に出して言霊をのせる。

もちろん何も言わずに発動できればベストだが、正直まだその域は遠いのだ。

時間をかけていいなら何とかなるのだけど。

 

「木は曲直となす」

 

変換するのは風。

風は五行において木に属し、陰陽においては陽に属する。

 

「曲直は風をなす」

 

そして仕上げに術名を唱え、術を完成させる。

 

術名は自分でしっくりくるのをつけるように言われたので、分かりやすさ重視でつけてみた。

しっくりくるなら既存の技名とかでもいいそうだが。

 

「妖術・旋風弾」

 

俺の霊気が風となり、霊波の要領で放たれる。

お、これは結構いけたんじゃないかな。

 

「五行相生・木生火、重ねて狐火なのだ!」

 

そこにミコトの声が響く。

すると俺の放った旋風弾が燃え上がり、業火球とでも呼べそうな火の玉を作り出した。

 

相生とは五行思想において何かを生み出す変化のサイクルである。

木が燃えて炎を生むように、俺の旋風弾にミコトの狐火を重ねることで威力を文字通り爆発的に増加させることができるのだ。

 

これは二人の息が合ってないとできない高等技術なのだが、俺とミコトの相性はばっちりだからな。

名付けて……いや、術名は今度二人で考えよう。

 

『ふむ。なかなか上達したではないか。陰陽反転・陰火、狐火』

 

そんな俺たちの合体妖術もコンがあっさり打ち消してしまう。

まぁ、基礎スペックから違うしね。

飛び火しても困るし。

 

ちなみにコンがやった陰陽反転は陰と陽のバランスを変える事で性質を反転させる技術だ。

火は本来陽に属するのだが、その陰陽比を逆転させる事で陰に属する火を生み出す。

 

陰の火は陽の火とは逆に周囲から熱を奪い、水をかけると燃え盛るという。

幽霊が出たとき急に肌寒くなる事があるが、これは幽霊の周りに浮いている火の玉が陰火でまわりの気温を下げているからなのだ。

 

それを俺たちの合体妖術と全く同じ威力に調整したうえでぶつけて打ち消したのである。

さらっとやっているが、全く同じ威力に揃えるのって結構な神業の部類だからな。

 

なお、コンまで術名を言っているのは単なるノリである。

 

うん、俺の妖術もなかなか上達してきたな。

既にいくつもの妖術を習得しているミコトには及ばないとはいえ、人間としてはかなり上達が早い部類だそうだ。

 

やっぱりコーチがいいからかな。

あと、妖術の勉強に使っている本の妖怪がすっごい詳しくて分かりやすいからだろうか。

あの本の妖怪、一体何者なんだか。

 

さて、もう一回と手に霊力を集中させようとしたとき、白狐姿のいだてんさんがやって来た。

どうしました?

 

「ふぇるどな神がお見えになられております」

 

お久しぶりにフェルドナ神の来訪である。

 

「わかった。それでは、座敷(客間)に案内してください。コン、すまないけど対応を頼む」

 

まぁ、すでに何度も来ている御客神である。

最近はちょっと忙しくなっているとかで暫く来ていなかったが、神様の御役目(お仕事)の勉強もまだ終わっていないそうだし、多分それ関係の────

 

「いえ、此度はきつねつき殿に用との事でして」

 

 

 

────え? 俺?

 

 

 

 

何故か神様相手に座敷の上座に座ることになった俺。

横には霊狐形態のコンが控えている。

 

そして俺の対面、下座側に座っているのがフェルドナ神だ。

位置間違えてない?

 

「本日は急な訪問にも関わらず快くご対応下さり、ありがとうございます。キツネツキ神」

 

そんな俺に対して(へりくだ)った挨拶をするフェルドナ神。

いや、フェルドナ神は(キツネツキ)がただの人間だという事は知ってますよね。

なにこのお稲荷様を前にしたような対応は。

 

(そうじゃのぅ。考えられるとすれば異界神キツネツキはルミナ神と同格というような話でも広まったのかも知れんの)

 

あー、あの劇だとそんな感じだったもんね。

 

「あの、フェルドナ神。今まで通りの話し方でいいんですよ。そんなに畏まってどうしたのですか」

 

「いえ、この度キツネツキ神が神格を得られたそうで、高位の格と実力を兼ね備え神柄(ひとがら)も良いとなれば私も相応の態度で接するべきかと」

 

え? 俺、神格を得たの?

 

(ミルラト神話圏でのみ効果のある限定的なやつじゃが得ておるよ)

 

マジか!

じゃぁ、高位の格と実力ってのは?

 

(格の方は先も言ったルミナ神と同格みたいな話じゃろ。あくまで例えじゃから実際どれほど格があるのかは分からぬが。実力の方は儂の主じゃからでは?)

 

ああ、そうか。

実情はどうあれ、俺は対外的にはコンの主なのだ。

実力のあるものを従えさせられるのもまた、本人の実力ということか。

 

しかしこう(へりくだ)られるのも何というか……

性に合わないし何とか元の話し方に戻してもらえないだろうか。

 

「フェルドナ神。(わたし)は存外の幸運も重なり、かの地で神格を得るに至りました。しかし、(わたし)はあくまで異界の者。ミルラト神族との格の上下を定めるべきではないかと」

 

俺の神格はあくまで異界神の筈だ。

ならばこれは、とりあえず筋は通っている。

 

「え、えっと、そうなのかしら」

 

『それで問題は無いかと。立場上、宇迦之御魂神とも異なりますし』

 

コンのフォローが入る。

 

今までの俺たちの考察が正しければ、俺の立ち位置って結構繊細なのだ。

陽宮タケルとしては宇迦之御魂神の禰宜でも、異界神キツネツキとしては宇迦之御魂神とは関係のない独立した神である必要がある。

 

「だったら、そうさせてもらおうかしら。えっと、キツネツキくんと呼んでも?」

 

「ええ、構いません」

 

流石に今までのように禰宜という呼称は使えないか。

キツネツキではなく宇迦之御魂神に会いに来たのであれば禰宜呼びでいいのだけど。

 

「でもキツネツキくんの方は相変わらず話し方が硬いのだけど」

 

「これは単に性分だからなので」

 

身内以外には大体こんな感じですよ。

 

「まぁ、この話はこれで終わりとして、何か私に用との事ですが」

 

「あ、そうだった。ちょっと私の手に余る事態になってしまって。それで何か知恵を借りられないかと思ったの」

 

知恵を……か。

 

という事は可能であればフェルドナ神はこの件を自力で解決したいと思っているが、解決方法が分からないって事かな。

 

この手の話であればルミナ神が適任だが、フェルドナ神の立場上あまり頼る訳にはいかないだろう。

その点、【試練を乗り越えてキツネツキの地へ来ることを許されている】フェルドナ神は(キツネツキ)の元を訪れるのに何の問題もない。

 

そこでキツネツキの助力を得たとて、それはフェルドナ神の力量(りきりょう)のうちとされる。

さっきの俺の実力の話と理屈は一緒だ。

 

神脈(人脈)や伝手も、それを使いこなせるのなら本人の力である事に変わりはない。

とはいえ面子の問題もあるのでそれに頼り切りは不味いのだが。

 

さて、いざとなればコンに振る事も出来るとはいえ、俺が答えられる内容ならいいのだがな。

 

「【ケガレ】ってわかるかしら?」

 

「ええ、わかりますが」

 

ケガレか。

 

漢字では【気枯れ】と書くのだが、これを説明するのにはまず[ハレ]と[ケ]について説明する必要がある。

 

[ハレ]とは、非日常の状態の事であり、生命力が高まる状況を指す。

この生命力は気や霊的なエネルギーすなわち霊力と読み替えてもいい。

 

対して[ケ]とは日常の状態の事であり、生命力が過不足なく満ちている状況である。

日常生活においては基本的にケの状態なのだが、生命力はたえず消費され続けていくものであり、食事や休息などである程度は回復できるものの、総合的には消費の方が多い。

 

そしてその減った生命力を補充している状態がハレなのだ。

 

儀式などの特別なことを行い、生命力を回復する。

何も格式ばった事をする必要はない。

いつも頑張っている自分へのご褒美にちょっと豪華な食事をするとかでもいいのだ。

 

ハレとは特別な日や行事の事と考えてもらえればいいだろう。

 

逆に生命力が減ったままにしておくと、その分外から邪気を取り込んでしまう。

 

邪気とは、まぁ、良くないものの総称と思ってもらえればいい。

罪業のような強力で明確なものならともかく、普通は色々と良くないものが混ざっていて単純にこれと言えないのだ。

 

その生命力が減っていて邪気を取り込みやすい状態をケが枯れている状態、すなわち[ケガレ]という。

 

ケガレとはその状態の事であり、意外にも悪いものそのものの事ではないのだ。

そう考えるとケガレるものとしてあげられる死や病に出産と月経などは何となく納得がいくのではないだろうか。

どれも生命力を消費してそうな事柄である。

 

ちなみに【穢れ】と書く場合もあるが、同音にして同字の言葉に不潔なものという意味の『穢れ』がある。

後者は精神的・内面的な要素が強く、忌まわしきものとして避けられる傾向があるのだ。

なので相手がどちらの意味で言っているのか、はたまた混同して言っているのかには注意しなければならない。

 

まぁ、それ以前にハレ・ケ・ケガレの時点で明確な定義がある訳じゃないんだけどな。

時代によって考え方もそれぞれだしね。

 

それはともかく、フェルドナ神の言っているケガレは気枯れの方だろう。

この辺は以心伝心の呪いの翻訳で何となくわかる。

 

「前にラクル村で病が流行ったのは知ってるわよね」

 

俺たちがやって来たときくらいの話ですね。

フェルドナ神と知り合ったのもその時だ。

 

そういえば最初に来られた時に俺は天狐の面(こんごうさん)を憑けていたが結婚式の時からつけなくなったな。

最近はルミナ神かフェルドナ神くらいしか来客が無いのでここしばらく天狐の面(こんごうさん)を憑けた記憶がない。

 

「そのせいでケガレが村中に広がってしまって」

 

ああ、なるほど。

 

「邪気溜まりでも出来ましたか。しかしそのくらいであればフェルドナ神の力なら浄化も容易だと思いますが」

 

出会ったばかりのころのフェルドナ神であれば厳しかったかもしれないが、今のフェルドナ神であればそれほど手間でもない筈だ。

あとは祭りでもしてハレにすればいい。

 

「ラクル村()問題なかったわ。もう浄化も済ませたし、我が子達もケガレから戻っているから」

 

それはそうか。

あれから相応の時間が経っているのだ。

対処出来るのだからとっくにやっているだろう。

 

となると、他の土地の話かな。

 

「これで終わりならよかったのだけど、他の村でもそんな状況になっていたから私も天手古舞(てんてこまい)で……」

 

ん?

 

何で他の村の話なのにフェルドナ神が忙しくなるんですか。

 

「えっと、もしや他の村の浄化までされていたので?」

 

「だって、私がこの辺で一番力も余裕もあるのよ。困ってる(ひと)にお願いされたら断れないじゃないの」

 

フェルドナ神、御神好(おひとよ)しが過ぎませんかね。

 

もちろん、この状況でフェルドナ神が他の神に力を貸すことは利がある。

単純に貸しや対価を得られるだろうし、その村への影響力も確保できる。

場合によってはこの状況を利用して近辺の神々の上に立つ事も可能だろう。

 

ただ、聞いてる限りそういう意図はなく、力あるものの役目みたいな意識でやってると思われるんだよな。

まぁ、他の神々がフェルドナ神にお願いしている時点で状況が相当やばい事になっていたのは想像がつくのだが。

 

ミルラト神族の在り方的に、主神でもないフェルドナ神に助力を願うのは(おのれ)がフェルドナ神より下と認めるようなものだ。

そもそも日本の神々と同じように、ミルラト神族は人間に味方するだけの存在ではない。

守護する地が滅びかねないようなレベルの出来事でもない限り、それは避けたいだろう。

 

当然の事ながら対価を支払ってフェルドナ神の助力を得たのであれば、対等な取引の結果なので表向きには問題は無い。

ただ、それをするメリットが先のような状態でもない限りは薄いのだ。

 

「フェルドナ神が慈悲深いのはすでに知れ渡っていますし、(わたし)が口を出すような事でもありませんが」

 

「もう、貴方までそんなことを」

 

あと、人が好きすぎるってのもあると思う。

ぶっちゃけ、今までのフェルドナ神の行動は神としてはすっごく過保護だからな。

 

「話を戻すわ。村の方は大方浄化が終わったんだけど、私が行った時にはかなりケガレが進行していて、森の方にもうつって(伝染して)いたのよ」

 

ふむ。

 

ケガレの厄介なところは伝染する事にある。

原理的なものは詳しくないので省くが、ケガレは放っておくと周囲に広がってしまうのだ。

これは石や金属などの無生物も例外ではない。

 

おおよそこの世全てのものには霊的なエネルギーが宿っている。

それが減少することでそこに邪気が溜まり、それが次のケガレを引き起こす。

これが連鎖することで邪気の溜まっている場所が爆発的に広がっていくのだ。

 

なのでケガレた際には邪気が入らないように努めたり、早めにハレによって生命力を補充する必要がある。

 

 

 

ん? 待てよ。

 

先ほども言ったが、俺たちがフェルドナ神と出会ったから結構な時間が経っている。

村の病はその当時の話しで、他の村もだいたい同じ時期に病が流行っている。

 

で、他の村の邪気を浄化したのがここ最近の事。

 

無論、森にも邪気に対する抵抗力やケガレを治す力が備わっているので村よりも邪気は溜まりにくい。

だがもし、そこに邪気の通り道になるようなものがあったとして、その先が邪気溜まりに適した場所であったなら。

そしてそこに村や森で集まった邪気が流れ込み続けていたとするならば。

 

「それで森の方に大きな邪気溜まりが出来てしまっていて、それを喰らって私の手に負えない化生(妖怪)が産まれそうなの」

 

 

 

マジですか!!

 




知恵(ちえ)(ちから)重荷(おもに)にならぬ』

知恵と力はいくらあっても困る事は無いので、沢山あった方がいいという意味。
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