俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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遅くなってしまいましたが何とか今年中に投稿することが出来ました。
お待たせしてしまって申し訳ない。

それでは皆様、良いお年をお迎えください。


※「File.No.17-1」にて穢れという字の説明を修正しました。大まかな内容は変わっていません。
※「File No.05-1」にて後の設定と矛盾が生じた為、狩谷の九尾(ミコト)が野菜を洗って持ってくるように修正しました。

追記:タイトルを入力し忘れていました。失礼しました。


File.No.17-3 白蛇の女神 フェルドナの記憶

「ふぅ、これで一区切りついたわね」

 

村を覆っていた邪気溜りを祓った帰り道に一息つく。

 

流行り病によってもたらされたケガレは私の予想以上に多く、いくつもの村で守護神達の手に負えないほど邪気溜りが広がっていた。

かつての私ではどうにもならないような規模の邪気溜りだったけど、サツマイモの神として神格を上げた今の私なら、多少手間はかかるけど対処できる。

 

なので他の守護神達の頼みで浄化して回り、ようやく最後の村の邪気溜りを祓い終えたところだ。

後は各々の守護神達がハレにするだけ。

 

あーーー、疲れた。

 

帰ったらマヨイガで貰ったとっておきのお菓子を食べよっと。

疲れた体を伸ばしながら自分へのご褒美を考えていると、ふと、不穏な気配を感じ取った。

 

これは、邪気の気配。

 

普通であれば邪気の溜まりにくい筈の森の中で何故。

何にしても放っておく訳にもいかない。

邪気の気配を探り、その源泉を突き止める。

 

こっちね。

どうやら邪気は水路を流れる水のように、とある場所へと向かっているようだ。

 

正確には水路に残る流れ切らなかったものを感知しただけで、邪気の流れ自体は既に収まっている。

これくらいなら森の浄化能力で数日で霧散するだろう。

 

逆に考えれば、邪気の源泉は流れと反対の方向にあり、それは既に祓われたという事。

この方向だと……先日私が邪気祓いをした村がある方角だ。

 

これは念のため流れの先も見ておかないといけないわね。

 

慎重に邪気の流れを辿る。

 

そして見つけた。

 

見つけてしまった。

 

 

見たこともないほどの規模で集まった邪気の澱みを。

 

 

その澱みをよく観察してみると、どうやらここは霊的な窪地になっているようで、本来であれば森中のエネルギーが正気邪気問わずに流れ込むような場所だ。

それらはお互いに混ざり合い打ち消し合う事で、最終的には純粋な生命エネルギーへと還元して森へ戻っていく一種のパワースポットと言える。

 

だけど、流行り病によって発生した邪気が森に流れ、それがあまりにも大量だったために森が浄化しきれずにこの場所に溜まった結果、正邪のバランスが崩れて巨大な邪気溜りへと変貌してしまったといったところかしら。

 

……これ、浄化できるのかしら。

 

少しづつ気長に削っていけば……いえ、駄目ね。

邪気はケガレを生み、ケガレは邪気を呼ぶ。

そしてケガレは伝染する。

 

悠長に削っている間に、何かのきっかけで爆発的に伝染していく危険がある。

そして私は一番聞きたくない音を聞いた。

 

ドゥクン……ドゥクン……と。

 

胎動しているのだ、この邪気の中心で何かが。

この邪気溜りを繭として、化生(妖怪)が産まれようとしている。

 

気付いた瞬間、私は全力で距離を取っていた。

 

何だあれは。

見ているだけで体が震えてくる。

 

幸いにして状態は安定しているようで、周囲の邪気をゆっくり吸収しているだけのようだ。

このままであればあれが生まれるまでに二十日はかかるだろう。

逆に言えば、それだけしか猶予が無いとも言える。

 

どう考えても邪気を取り込んで生まれたあれが厄災となるのは目に見えていた。

まだ生まれていない化生ゆえに、邪気によって生まれる事でその在り方が方向付けられてしまうからだ。

 

更に、それはこちらから何もしなかった場合の話だ。

もし外から刺激を与えた場合、防衛本能によって歪な形で急成長を起こす危険もある。

そうなれば存在が不安定になって暴走し、被害が拡大するかもしれない。

そうなった場合、私はあれを倒せるだろうか。

 

……今の私であれば、全てを賭けて挑めば倒せるかもしれない。

 

だけど、その場合は私は無事では済まないだろう。

場合によっては神格の消滅もありうるかもしれない。

だけど、私以外であれを倒せる神がこの地方にいるのだろうか。

 

周囲の村々の守護神達には無理だ。

下手をすれば取り込まれかねない。

 

では、山や川などの自然を司る神であればどうか。

駄目、やっぱり力が足りない。

 

神々の力は畏怖という器に信仰という水を満たすことで強くなる。

残念ながらこの地方にそれほどの畏怖を持つ霊山などは無い。

したがってその力も村の守護神よりは強い程度に収まってしまう。

 

自然を司る神の中でも別格である月神(ルミナ)様であれば簡単に倒してしまわれるでしょうけど、強すぎるがゆえに動かれない。

強すぎるがゆえに他の神々とは視点が異なり、あれを倒す理由がないのだ。

 

この地方の自然神であれば生まれる厄災の脅威を訴え、協力をつりつけることは出来ると思う。

しかしミルラト神話圏全体を見下ろす視点を持つ月神(ルミナ)様にとってはそれすらも些事でしかなく、動いて頂こうにも説得や交渉が通じる気がしない。

現にこれだけの流行り病が広がったにも関わらず、動かれていないのだ。

強ければ強いほどその傾向は大きくなり、比例して協力を得るのが難しくなる。

 

唯一、農耕神(グラヌド)様であれば私のサツマイモの権能を代価に力を借りることが出来るかもしれないけど…………流石に最後の手段ね。

 

そうなると、マヨイガに協力を求めるのが最善手となる。

できればこれ以上迷惑をかけたくないのだけど、だからといって自分の力だけで何とかできそうもない。

 

そういえば禰宜くんが最近キツネツキ神という名前で信仰され始めたのよね。

詳しくはしらないのだけど、何でも私が主人公の演劇で異界の神として登場した事が切っ掛けだとか。

 

宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)名代(みょうだい)──すなわちコンくんは禰宜くんの憑き霊でもあった筈だ。

という事は、禰宜くん……いえ、キツネツキ神と交渉すれば間接的にコンくんの協力を得られるはず。

 

正直な話、名代(みょうだい)とはいえ格上の宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)との交渉は胃が痛くなる。

コンくん自体も私より強い霊威を持っているから尚更だ。

そう考えるとある程度気心が知れている禰宜くんの方が相談しやすい。

 

幾度もマヨイガにお邪魔している間に、それなりに仲良くなれている────と思う。

少なくとも、悪い感情は持たれていない筈だ。

 

それに人でもある禰宜くんなら、対価も比較的用意しやすい。

彼にも普通に欲はあるのだから。

 

ふと、神鏡で自分の姿を見てみる。

あまり美しいとは言い難いわが身なれど、異界の嗜好を持つ禰宜くんにとっては別嬪に見えるらしい。

禰宜くんになら、対価に色事の相手くらいはしてあげても────と一瞬考え、首を振る。

彼にはもう(つがい)が居るのだ。

とはいえ、禰宜くんも男の子。

コンくんやミコトくんに睨まれない程度なら、私自身が対価になりうるのは大きい。

 

…………ちょっと思ったのだけど、なんだか私って妙に禰宜くんに()かれてない?

そんなにチョロいつもりは無かったのだけど。

まぁ、別に恋愛感情という訳でもないし、苦手意識を持つよりはいいかな。

 

それじゃ、マヨイガに行きましょうか。

 

 

 

マヨイガに着き、出迎えてくれた化生に禰宜くん……いえ、異界神キツネツキに会いに来たことを告げる。

 

先にいつもの客間に通されたので、いつもの場所に腰を下ろす。

そういえばこっちって下座なんだっけ。

 

上座には格上である宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)(の名代)が座る。

名代ではないただのコンくんに神の役目の勉強を教えてもらう時は私があちらに座る事もあるけど、基本的にプライベートでの訪問なので席次は気にしない場合が多い。

今回はラクル村の神(お役目)として相談に来ているので、その辺りはしっかりしないといけない。

 

少しだけ思考を巡らせ、そのまま下座に留まる。

 

あくまでここは異界の地。

禰宜くんの神格がどれくらいかは分からないけどコンくんの主でもあるのだし、最低限の神格しか持っていなくても相手の顔を立てたとすれば問題ない。

逆に禰宜くんの神格が高ければ、私が下座に座っていても不自然は無い。

 

それからちょっとだけ時間が過ぎて……

 

「失礼します」

 

案内の化生の声がしたのでどうぞと声を返す。

すると化生が襖を開け、その後ろにはコンくんを連れた禰宜くんが──

 

 

ほわ!?

 

 

禰宜くんを見た瞬間、私は眩暈を覚えることになった。

何!? あの神格は!

 

私よりも遥かに上、ルミナ様にも届きうるほどの神格。

どうやったらこんな短期間でそこまでの神格を得ることが出来るのよ。

むしろ今までは実力を隠していたと言われた方が納得できるほどだ。

 

だけど、神格に反して本神(本人)の神威が小さすぎることが、逆にそうではないという証明になっている。

本来であれば神格がどれほど高くても神威が伴わなければ見掛け倒しにしかならず、大した力を持てない。

しかし禰宜くんの場合は足りない神威をコンくんの存在が補っていて、それが間接的に本神(本人)の神威となり、他の神に対する力になっている。

 

良かった、下座に座ってて正解だった。

 

禰宜くんが上座に座る。

さて、どう切り出そう。

 

いつものように宇迦之御魂神(相手方の神)に仕える神官として話しかける訳にはいかない。

ならば宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)(の名代)を相手にするように口を開けばいいかと言われると……それも違う。

それだときっと、禰宜くんはフェルドナではなくサツマイモの神として私を見る。

私がその立場でここにいると考え、それに合わせようとしてくれるだろう。

禰宜くんではなく、異界の神としての立場で私と向き合おうとするだろう。

 

それは……なんか嫌だな。

 

だからと言って友神として語るには神格が違いすぎる。

私の存在が、彼を貶めかねない。

 

なら────

 

「本日は急な訪問にも関わらず快くご対応下さり、ありがとうございます。キツネツキ神」

 

()()()()()()()()()()

 

「あの、フェルドナ神。今まで通りの話し方でいいんですよ。そんなに畏まってどうしたのですか」

 

「いえ、この度キツネツキ神が神格を得られたそうで、高位の格と実力を兼ね備え神柄(ひとがら)も良いとなれば私も相応の態度で接するべきかと」

 

それを聞いて彼は少しの間考えた後、自分の考えを口にする。

彼の性格ならきっと──

 

「フェルドナ神。(わたし)は存外の幸運も重なり、かの地で神格を得るに至りました。しかし、(わたし)はあくまで異界の者。ミルラト神族との格の上下を定めるべきではないかと」

 

──そう言ってくれると思った。

 

「え、えっと、そうなのかしら」

 

ここで言葉を崩す。

加えてそれで良いのかと念を押す。

 

『それで問題は無いかと。立場上、宇迦之御魂神とも異なりますし』

 

コンくんからも肯定の言葉が出た。

一見神同士の話に従者が口を挟んだようにも見えるけど、ここで宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)の名代でもあるコンくんが発言する事に意味がある。

間接的に、宇迦之御魂神側の意思表示となるのだ。

 

重要なのは後半部分。

宇迦之御魂神とは立場が違う。

これはあくまで異界神キツネツキ側のスタンスの話だけど、彼を異界神(キツネツキ)として扱っている限りは宇迦之御魂神側はそれを黙認すると言っているのだ。

 

「だったら、そうさせてもらおうかしら。えっと、キツネツキくんと呼んでも?」

 

「ええ、構いません」

 

これでようやく話し方を戻せる。

神格が違いすぎて私から切り出せる話題では無かったから。

キツネツキ(神格の高い神)から提案された事で、ようやく私は彼を貶めることなく親しく話せるようになったのだ。

 

ふと見るとコンくんが微笑ましいものを見るような目でこちらを見ていた。

読心は防いでいた筈だけど、これは(さと)られちゃったかなぁ。

まぁ、いっか。

 

「でもキツネツキくんの方は相変わらず話し方が硬いのだけど」

 

一線を引いている……とはまた違うのよね。

 

「これは単に性分だからなので」

 

そう言われると何も言えないなぁ。

礼を失するのでも無ければ、どのような話し方であれ咎められる理由にはならない。

でも知ってるんだぞ。

コンくんやミコトくんと話すときはもっと砕けた話し方をしてるって。

 

「まぁ、この話はこれで終わりとして、何か私に用との事ですが」

 

「あ、そうだった。ちょっと私の手に余る事態になってしまって。それで何か知恵を借りられないかと思ったの」

 

いけない、本題を忘れる所だった。

 

「【ケガレ】ってわかるかしら?」

 

「ええ、わかりますが」

 

知っているのなら話は早いわ。

 

「前にラクル村で病が流行ったのは知ってるわよね。そのせいでケガレが村中に広がってしまって」

 

「邪気溜まりでも出来ましたか。しかしそのくらいであればフェルドナ神の力なら浄化も容易だと思いますが」

 

打てば響くように言葉が返ってくる。

的確に状況を分析してくる様は、相談相手として頼もしい。

 

「ラクル村は問題なかったわ。もう浄化も済ませたし、我が子達もケガレから戻っているから」

 

薬草のおかげで他の村よりもケガレ自体が少なかったからね。

 

「これで終わりならよかったのだけど、他の村でもそんな状況になっていたから私も天手古舞(てんてこまい)で……」

 

距離が遠いうえに邪気が濃いものだから浄化にも移動にも時間がかかって大変だった。

するとなぜかキツネツキくんは腑に落ちなかったような顔をする。

 

「えっと、もしや他の村の浄化までされていたので?」

 

うん、そうだよ。

 

「だって、私がこの辺で一番力も余裕もあるのよ。困ってる(ひと)にお願いされたら断れないじゃないの」

 

苦労はしたけど無理はしていないし、他の村の守護神達にも貸しを作れた。

それに、ここで断って一番被害を受けるのはその村に住む人間たちなのだ。

これくらいの手間を嫌って無視するには、すこし寝覚めが悪い。

 

「フェルドナ神が慈悲深いのはすでに知れ渡っていますし、(わたし)が口を出すような事でもありませんが」

 

「もう、貴方までそんなことを」

 

前に月神(ルミナ)様にも言われたんだけど、そんな事無いってば。

結構打算的だと思うんだけどなあ。

 

「話を戻すわ。村の方は大方浄化が終わったんだけど、私が行った時にはかなりケガレが進行していて、森の方にもうつって(伝染して)いたのよ」

 

あそこで気がつけて良かった思っている。

まだ時間的余裕のあるあの時に。

 

「それで森の方に大きな邪気溜まりが出来てしまっていて、それを喰らって私の手に負えない化生(妖怪)が産まれそうなの」

 

「それは……場所はどこですか?」

 

「えっと、ラクル村から見て────」

 

私がその場所を伝えると、キツネツキくんはコンくんの名を呼ぶ。

すると、目の前の背の低い机(座卓もしくは座敷机と言うらしい)にその場所の光景が広がる。

 

え、なにこれ。

コンくんの術の一つなんでしょうけど、すっごく有用な術じゃない。

頼んだらやり方を教えてもらえないだろうか。

 

「これ、ここの森を管轄する神はどうしたんですか」

 

「それが、それぞれの村や特別な場所を守護してる神はいるのだけど、この辺り一帯を(つかさど)っている神は居ないの」

 

首都から見れば辺境の田舎で人も少ないし、それほど畏怖を集める土地でもないからこの辺り一帯を司れるほどの力を持つ神が生まれにくいのだ。

そんな神が信仰され力を得るほど個々の村々の繋がりは強くなく、それぞれの村で別個に信仰されるだけでは村の守護神程度に収まってしまう。

 

例えば私もサツマイモの神となる前はこの地を司る神としてラクル村で信仰されていた。

だけど、それはラクル村でのみの話だったから、信仰が満たされずに村の守護神でしかなかったのだ。

土地神に分類されるような集落の守護神は、こういった経緯で生まれることが多い。

 

ん? という事は他の集落でも信仰され始めた今、私がこの森の土地神として名乗りを上げても問題は無いという事では?

 

「ふむ……手段を選ばないのであればコンに焼き払ってもらうという手もありますが、まぁ、心情的にあまりよろしくは無いですよね」

 

キツネツキくんから恐ろしい提案をされた。

それはもうすがすがしいくらいの力技だ。

 

コンくんって強いとは思ってたけど、これを焼き払えるくらいの火力があるの!?

そんな事したら森が……と思ったけど、私が雨を降らせて延焼を防げば何とかなるのか。

もしかしたら瘴気に侵されている場所だけを焼き払える技術を持っているのかもしれない。

それに、どうやら私の立場を気にして、選択肢の一つとしてあげてくれただけのようだ。

 

「いえ、他に手が無かったらそれをお願いするわ。もちろん対価も出来る限り用意するから。私のプライドや評価なんかより我が子達の方が大事よ」

 

それでも、確実に対処できる方法があるというのは大きい。

既に現在の評価でも過分なのだ。

実際に私ではどうにもできなかったのだし、見栄を張る意味も理由も無い。

 

「そういえばフェルドナ神は雨を呼べると言っておられたと思いますが、細かく場所を指定したり場所によって降る時間を変えたりは出来ますか?」

 

「ごめんなさい。雨を降らせる場所は大まかにしか決められないの。それに一部だけ雨を止ませる事もできないわ」

 

残念ながら厳密に言えば私に出来るのは自然の魔力(マナ)に影響を与え、雨を降らせるきっかけを作る事なのだ。

それによって自然の魔力(マナ)の力で雨が降るといった具合である。

 

いつ止むかはそれこそ天次第。

しかも、それが出来るのは私が信仰されている地域だけなのだ。

そうでなければ天候を変えるなんて大技を、一介の守護神でしかなかった私が使えるはずもない。

 

今回の場合はサツマイモの神としてこの地域でも信仰されているから、降らせるだけなら出来るけど。

 

「フェルドナ神。この件に関してラクル村の協力を得ることは可能と思っていいんですよね」

 

「ええ、無茶なことでなければやってくれる筈よ」

 

出来ればこんな危険な事を手伝わせたくはないんだけど、あの化生が産まれればラクル村にも害が及ぶのは明白だ。

でも、矢面にだったら私が立つから、危ないことはさせないでちょうだい。

お願い、キツネツキくん。

 

「でしたら、一つ案がございます。着ている服を一枚使っていただく必要がございますが」

 

着ている服を……という事は私の抜け殻が必要なのね。

何に使うのかは分からないけど。

 

服の一枚や二枚(抜け殻の一つや二つ)で何とかなるなら構わないわ」

 

「では内容なのですが、ラクル村の方々には祭りをおこなっていただきます」

 

祭りを?

 

「邪気を祓い、災いを祓い、厄を祓う祭りです。ミルラト神話圏でも比較的よくある類の祭りと聞いていますよ」

 

確かによくある祭りね。

ラクル村でも新年を迎える前に厄落としとして行われるし、規模の大きいものなら聖地で神々が集うほどの祭りもある。

名目として大きな病が流行ったから病の気が再び力を取り戻さないように浄化する儀式を行うとすれば、追加で厄落としの祭りをする事に不自然はない。

 

「そうね。それくらいなら大丈夫よ。でも、ラクル村で祭りをやってもあの邪気は浄化できないと思うのだけど」

 

祭りの影響力も、流石に距離のある邪気溜りまでは届かない。

逆に影響がある距離まで近づくと、今度は我が子達が邪気に当てられて体を壊す。

キツネツキくんなら、そこまでしてやれとは言わないだろう。

 

「祭りそのものの効果はあんまり関係がないんですよ。重要なのは内容の方です」

 

内容?

 

「祭りでは木の棒でも紐でも何でも良いので、細長いものをフェルドナ神の()()に見立てて体に擦り付けさせてください。そうする事で体の邪気をそれに移し、最終的には炎で焚くことで祓います」

 

ミルラト神族が信仰される土地では体の邪気は祝福等で直接浄化するのが主流だけど、物に移してそれを浄化する方法もない訳じゃない。

それはいいのだけど、結局どうやって邪気溜りを浄化するのだろうか。

 

「その際に、フェルドナ神の表衣(うわぎ)を祭りと縁を繋いて邪気溜りの中に放り込んでいただきます。そうすれば表衣は見立てた(なぞらえた)もの同様に燃え上がり、邪気溜りも祓うことができるでしょう」

 

それくらいであの邪気溜りを浄化できるのかしら。

いえ、わざわざ私に嘘をつく理由も無い。

少なくともキツネツキくんは出来ると考えているようだし、やってみる価値はある。

 

「分かったわ。ただ、神託をしても今日の明日では無理よ。早くても5日から10日はかかるわ」

 

「化生の産まれれる三日前までにできれば十分ですよ。そうそう、場合によっては浄化に使うフェルドナ神の表衣が力を得る事になるかもしれませんので、その辺はあらかじめご了承ください」

 

確かに私の(抜け殻)に見たてた物が祭りに使われることで神器化する可能性はあるわね。

もしくは可能性は薄いけど私のサツマイモの種芋の化生(根源芋蛇のスァート)みたいに化生になるかもしれない。

あの子に名前を付けたら蛇みたいに動き出してびっくりしたけど、服の場合はどうなるんだろう。

 

「それと、差し支えなければ(わたし)達も祭りを見に行きたいのですがいいですか? こちらに来てからなかなかこういうものに参加する機会もないもので」

 

え!? キツネツキくん、ウチ(ラクル村)に来るの!?

 

 

 

しばらく時間は流れて祭り当日。

投げ込みやすいようにコンくんが一時的に投擲槍に変化させてくれた表衣(抜け殻)を持ち、邪気溜りの近くまでやって来た。

 

隣にはコンくんの眷属ののっぽくん。

彼を介す事で同じコンくんの眷属の側にいる相手に精神感応が出来るのだそうだ。

私の精神感応は10歩くらい先までしか届かないからキツネツキくんと連絡が取れるようになるのはありがたい。

 

(フェルドナ神、頃合いです。儀式を開始してください)

 

(わかったわ)

 

キツネツキくんから連絡が来た。

手元の投擲槍(変化させた抜け殻)を思いっきり邪気溜りの中心へ投げ入れる。

かなりの距離があるけど、コンくんが込めてくれた術と私の神の力があれば。

 

うん、いい感じに中心部へ入ったはず。

 

(第一ステップ完了よ)

 

これで暫くは様子見だ。

心なしか邪気が少し薄くなった気がする。

 

 

 

それなりに時間が経過して、私は何があっても対応できるように集中していた。

邪気溜りはかなり規模を縮小し、なんとか人間が一人覆える程度のサイズにまでなっている。

 

私が警戒しているのは邪気を吸収して産まれかけていた化生の事。

自分の吸っていた邪気がほとんど浄化されているというのに、恐ろしいほどに何のリアクションも無いのだ。

邪気と一緒に焼かれてしまった可能性も無くは無いけど、油断はできない。

 

やがて邪気溜りの中に何かの姿が浮かび上がってくる。

膝を抱えてうずくまる、小柄な人型。

 

そして、その時は来た。

 

最後まで残っていた邪気が、卵の殻がひび割れ砕けるように霧散していく。

その中から────

 

 

 

「お母ぁさぁまぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

────小さな私が飛び出してきた。

 

一瞬、邪気の中にいた化生が私に擬態したのかとも考えたが、直感で理解してしまった。

あの子は私の血を引く者で、今まさに生まれ落ちた新たな神だと。

 

理解してしまったがゆえに、反応が遅れた。

気付いた時にはその子は私の胸の中に飛び込んできていたのだ。

 

「お母さま。私に形をくれたお母さま。私に暖かな熱をくれたお母さま。私の生まれる意味を与えてくれたお母さま。私はやっと、生まれてきたのです」

 

嬉しそうにお母さまと繰り返すこの子を胸に、私は無意識に優しく抱きしめていた。

 

(なに!? なんなの!? 一体どういう事!?)

 

意識の方は絶賛混乱中だったが。

そうだ、キツネツキくん。

彼なら何か分かるかもしれない。

 

(キツネツキくん! ちょっと訳の分からない事態になってて。邪気溜りから私が出てきて、私が私をお母さんって)

 

はっきり言って文脈のおかしい精神感応を送ってしまったけど、キツネツキくんからはすぐに行くとの返事が来た。

そのままキツネツキくんが来るまで、私は頭の中がこんがらがったまま、無意識に胸の中の彼女の頭を撫でていたのだった。

 

 

 

「あ、キツネツキくん!」

 

五十を数える程度の時間で、キツネツキくんはミコトくんやコンくんと一緒にやって来た。

それを察したのか胸の中の彼女もそこから離れて腕の方を抱きしめたので、私は彼女を腕にぶら下げたままキツネツキくんの近くまで駆け寄っていく。

 

後から考えればそれはどうなのかと思う所業だったが、この時はそれほどまでに混乱していたのだ。

せめてのっぽくんが特に驚きもしていなかったことに気付いていれば、もう少し冷静でいられたのだろうけど。

 

「ああ、無事産まれたんですね。おめでとうございます」

 

そんなキツネツキくんの第一声が、私を更なる混乱の渦に巻き込む。

キツネツキくんはこうなる事を知ってたの!?

 

「え? どういう事? 一人で理解してないで教えてよ」

 

「あれ? 打ち合わせの時に説明したと思いますが。浄化に使ったフェルドナ神の抜け殻が力を得る場合があると」

 

「こういう方向に力を得るなんて思わないわよ!」

 

確かにそんな事言ってたけど、普通に考えて神器や化生になるくらいで神になるなんて…………()()()()()()()()()()

 

ああ、そうか。

一つ、腑に落ちた。

 

この子を見たとき、本能的に私の血を引く者だと感じ取ったのは、この子が私の一部から生まれた(抜け殻だった)からだ。

それに気づいたとき、連鎖的に理解が及んでいく。

前提条件が違ったのだ。

 

私は邪気溜りを祓った後に、中の化生に対処するつもりでいた。

生まれ落ちる前に邪気を祓ってしまえば、不完全な状態の化生は弱体化する公算が高かったからだ。

しかしキツネツキくんは中の化生を使って邪気を祓う方法を提案していたのだ。

 

化生は、生まれる過程でその影響を受けやすい。

邪気によって生まれれば邪気の悪いものを引き寄せる性質を受け継ぎ、積極的にそれを成そうとするようになる。

私がこの化生を倒そうとしたのはその為だ。

 

私が見つけたときには既にこの化生は大量の邪気を吸収していた。

もしすぐに邪気を祓えていたとしても、生まれる過程で邪気を吸収しすぎた化生は災いしかもたらさない。

そういう化生になってしまうのだ。

 

そして、キツネツキくんの案はその性質を利用したものだった。

 

産まれてくる化生に、意味を与えた。

 

私の抜け殻を使って、蛇神という形を与えた。

 

炎に包む事で、穢れを祓う炎を与えた。

 

ラクル村の祭りで、信仰を与えた。

 

既に大量の邪気を取り込んでいた事にすら、邪気を喰らって浄化するという役目を与えた。

 

それによって力を蓄えるという、理由を与えた。

 

与えられたすべてを取り込み、化生は生まれ落ちた。

私の血を引いた、私の娘として。

 

いったいどんな発想があれば、こんな事が思いつくのだろう。

本来は悪しきものになるはずの邪気から生まれた化生を、祭りと信仰によってそれを祓う神に祀り上げてしまうなんて。

それとも異界ではごく当たり前の考え方なのだろうか。

 

ミルラト神族にも眷属を生み出した神は居る。

神々の夫婦から新たな神が産まれた事もある。

信仰によって生類から神に変じた私のような者もいる。

だけど、()()()()()()()()()()()()

 

明らかに異質すぎる。

キツネツキくんがミルラト神族(私たち)に向ける信仰は、畏怖は、敬意は、我が子達が向けるそれとは観点が異なっているような気さえしてくる。

そもそも彼の言う神とは、私たちのいう神と同じ存在なのだろうか?

 

「それで、フェルドナ神。彼女の名前は何というのですか?」

 

「な、名前!?」

 

そんな私の思考は、キツネツキくんの一言で引き戻される。

見れば小さな私が期待を込めた目でこちらを見ていた。

 

そ、そうね。

産まれてきた娘に親として名前を付けてあげないと。

 

えっと……私の名前(フェルドナ)に関連した名前の方がいいのだろうか。

でも私の名前って白い蛇っていう意味の古い言葉が訛ったものだからなぁ。

もうちょっと可愛い名前を付けてあげたい。

 

邪気を祓う炎の力があるのだから、それを意味する言葉からもってくるのもいいかも。

それと響きも考えると候補になるのは──

 

うん、決めた。

 

「貴方の名前はフォレア。フェルドナの娘、フォレアよ」

 

「はい、私はフォレアなのです。素敵な名前をありがとう、お母さま!」

 

満面の笑みを見せるフォレアに、自然と私の顔も綻んでいた。

 

 

 

これは、突然私に娘が出来た日のお話。

 




森羅万象、これ一切神である。

ルミナ「ずいぶんとタケルさんの影響が出ていますわね。もしくは順調に変質が進んでいるというべきかしら?」
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