俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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あけましておめでとうございます。

今年も『俺と天狐の異世界四方山見聞録』をよろしくお願いします。


それにしてもアンケートが偏ったなぁ。


File.No.18  『牡丹に唐獅子、竹に虎』

ラクル村の祭りからそこそこの月日が過ぎた、ある晴れた日の事。

 

庭に無地の屏風を持ち出し、人間形態(にんげんモード)のミコトがその前で精神を集中させていた。

そしてそれを見守る俺とコンにヤシロさん。

 

やがてミコトは筆を持ち上げ、おもむろに(ゆっくりと)屏風へと墨を走らせる。

それは見る間に見事な鶴の姿を描いていく。

素人目にも完成かとなったところで、ミコトが叫んだ。

 

「妖術、画()点睛なのだぁ!」

 

最後に瞳を入れると、墨画(ぼくが)の鶴が屏風を抜け出して空へと飛び立った。

 

……が、10mも行かない内に形を崩し、空気に溶けてしまう。

 

それでも──

 

「で、出来たのだ」

 

「凄いぞミコト!」

 

「大したものじゃな」

 

「おめでとうございます」

 

──ミコトがこれを成功させた事は称賛されるべきものだ。

 

妖術・画妖点睛(がようてんせい)

それは妖術による歴代名画記に記された点睛即飛去、すなわち画竜点睛(がりょうてんせい)の再現である。

 

画竜とは絵に描かれた竜の事であり、点睛とは瞳を描き加える事。

 

梁の国の張という画家がお寺の壁に(ひとみ)のない竜を描いた。

他の人が何故(ひとみ)を描かないのかと尋ねると、張は「睛を入れるとたちまち竜が飛び去ってしまう」と答えた。

しかしそれを妄言だと信じなかった人々に催促されて張が竜の睛を描き入れると、竜はたちまち壁から抜け出して天へと昇っていったという。

 

この故事により、竜の睛を描き入れる事が『物事を完成させるための最後の仕上げ』の象徴とされ、「画竜点睛」という言葉が産まれたのだそうだ。

ちなみに「がりゅう」ではなく「がりょう」という特殊な読み方をする言葉なので注意な。

 

画妖点睛(がようてんせい)は妖術によるこれの再現。

簡単に言うと描いた絵を実体化させる妖術である。

 

これは高い霊気と霊力、そして高度な絵の技量が要求される高等妖術で、使えれば霊威が多少低くても上級妖怪を名乗れるくらいには難易度が高い。

ミコトはまだ使えるレベルまでには達していないが、それでもこの術を成功させたというのは大きい。

 

更に、ミコトの霊威がついに1,000の大台に乗ったのだ。

エリート妖怪のコンをして恐ろしいほどの成長速度と称しており、(妖怪の時間感覚で)そう遠くないうちに上級妖怪へ至る事も出来そうだとのこと。

 

以前のルミナ神の温泉で霊気と霊躯が上がった事も一助となっている。

 

「ミコト、よく頑張ったな」

 

術が成功した事で緊張が解けたのか、座り込んでしまったミコトの頭をなでる。

すると狐耳がぴょこっと生え、ミコトの顔が緩んだ。

 

「うむ。難しい術を初めて成功させた祝いじゃ。今日は儂がなんぞ旨いものでも作ってやろうぞ。タケル、以前貰った鹿肉の残り、使い切ってしまっても構わぬな」

 

あれか、問題ない。

 

「いいのだ!? だったら揚げ物がいいのだ!」

 

「よいぞよいぞ。ついでに油飴も作ってやろう」

 

邪気溜りの一件の相談報酬として貰った鹿肉の念物(ここのぎ)だが、これが凄い美味かったのだ。

最初はある程度マヨイガの食材を混ぜて調理する事で俺も食べられるようにするつもりだったが、なんか油で揚げただけで大丈夫だったらしくカツにすることとなった。

 

衣のサクッとした食感と蕩けるような肉の柔らかさが調和して、嚙みしめるたびに肉汁が口内に広がっていき、絶品だった。

塩だけのシンプルな味付けだったにも関わらず、肉の持つ旨味がこれでもかと引き出され、ご飯が進む進む。

 

ちなみに鹿肉の量があまり多くなかったので、仮面の付喪神達は遠慮して食べるのを断っている。

 

なんでも、本来食事をしない彼らは人間とは味覚が異なり、味を感覚ではなく方向性で認識するのだそうだ。

旨味を理解する事は出来ても、美味いという感情に繋がらない。

代わりにその味覚は五味に留まらず、例えば毒が入っていればそれが無味無臭であったとしても生物を害する味として認識できる。

それは念物(ここのぎ)でも変わらず、美味しいことは分かっても美味しいと感じる事は無いので貴重な食材を自分たちに出す必要はないとの事だった。

 

前に「食事は天狐の式神になった付喪神の特権」とか言ってなかったっけと聞いたら、あれは共に食事をする行為自体を指しているのであって、食事の味は関係ないらしい。

本来出来ない筈の行為(食事)を主と共に出来ることが喜びなのだとか。

 

なお、お酒は普通に美味しいと感じられるとの事。

なんで?

 

それと、鹿肉の量が少ないのは単純に念物(ここのぎ)として捧げられた量が少なかったから。

捧げられた鹿肉の半分を貰ったのだが、フェルドナ神の祭壇はあまり大きくなく(現在拡張工事中らしいが)、物理的にこれだけしか捧げられなかったとの事。

その分、信仰が凝縮していて味を引き上げているらしいが。

 

ついでに雑学なのだが、鹿一頭から取れる肉の量は解体の仕方にもよるが、おおむね体重の30%ほどだそうだ。

 

ところでコン、油飴って何?

 

(油に砂糖を溶かして妖力で固めた飴じゃよ。人の世にも同じ名のものがあるやも知れんが、儂の作る油飴は妖怪用じゃからお主は食べぬようにのぅ)

 

へぇ、それはまたミコトが好きそうな飴だな。

今度作り方を教えてもらおう。

 

「タケル殿、るみな神がお見えになられました」

 

そんな話をしていると、いだてんさんがお客さんが来たことを伝えに来た。

 

「遊びに来られたのかな? それなら広間にでも──」

 

「いえ、用事で近くに来られていたので挨拶に寄ったとの事です。今、なでしこがこちらに案内しております」

 

あら、そう。

 

 

 

そして数十秒ほどでルミナ神がやって来た。

なお、ヤシロさんは恐れ多いとかで屋敷へ下がってしまっている。

 

「御機嫌よう。お邪魔しますわ」

 

「ようこそ、ルミナ神」

 

ルミナ様とも大分打ち解けたというか、踏み込んでいい距離が分かって来たな。

もともと距離が近かったので分かりづらいが、ルミナ神には俺に対して決して踏み込ませず、そして踏み込まない領域がある。

近づいたところで気を悪くすることはないが、その分だけ自ら離れていくのだ。

そして離れようとするとなぜかルミナ神の方から近づいてくる。

 

もちろん物理的な距離じゃなくて精神的な距離感の話な。

 

ミコトが入っていくときは気にせず受け入れているようなので、男性であることか人間である事が理由なのだと思うが、そう考えるとある意味当たり前の話か。

 

「今日はどのようなご用件で?」

 

概略は聞いてますけど。

 

「フェルドナの所のフォレア(新しい神)の様子を見に行きましたの。あ、これ、お土産ですわ」

 

ルミナ神がおそらく菓子箱と思われる箱をミコトに渡し、三人で礼を言う。

人間である俺に配慮して、いつも念物(ここのぎ)ではなく物質側のお菓子を持ってきてくれるのでありがたい。

 

そいえばフォレアちゃん、妖怪だと思ってたらばっちり神格もってたんだよな。

可能性として考えなかった訳ではないが、確率としてはかなり低いと見ていただけに驚いた。

流石に神格化するには信仰が足りないと思っていたんだが。

 

「神が神を作り出すなど前代未聞。なので定期的に様子を見に行くことにしているのですわ。まぁ、突き詰めれば信仰によって新たな神が産まれたというだけなのですけど」

 

そうなんですよね。

フェルドナ神にも驚愕されたが、神に至った原理はフェルドナ神が神になったものと変わらないのだ。

単純に神体がフェルドナ神の抜け殻だったというだけで。

 

「とはいえ、詳しい事情を知らない神からすれば本来あり得ない事ですし、不埒な事を考える輩もいるでしょう。ですが、(わたくし)が目をかけているとなればちょっかいをかけてくる者もいませんわ」

 

「あぁ、それは確かにあり得ますね。お手数をおかけしました」

 

(わたくし)としては手間以上に利がありますし、構いませんわ」

 

この場合のルミナ神の利って何なんだろうか。

フェルドナ神(サツマイモ)への影響力かな。

 

「それはそうと、ちょっとタケルさん達に私の子供(月神を信仰する人間)達から問い合わせがありましたの。前に見た劇団は覚えてまして?」

 

「ええ、まぁ」

 

個々の団員までは分かりませんが。

 

「彼らは今度新しい英雄譚の劇を作りたいそうなそのですが、主役の英雄に試練を課して最終的に神器の剣を与える役としてキツネツキ神を出す事を認め(許可し)てほしいそうです。その剣を手に英雄が活躍していくというのが話の内容ですわ」

 

「つまり英雄が凄い武器を持っている理由付けとして使いたいと」

 

「ええ。案内役の神使(コンさん)が英雄と接触。試練を終えた後にキツネツキ神(タケルさん)と面会し、剣を授けられるという流れです。残念ながら話の都合でキツネツキの妻(ミコトさん)の出番は無いようですわね」

 

「残念なのだぁ」

 

おそらくメインは英雄の活躍の方だろうし、それほどセリフも無さそうである。

 

(わたし)は構いませんが」

 

「敬意を持って(えが)くなら構わぬ」

 

「では、そのように。許可してくれて助かりますわ」

 

しかし、何で(キツネツキ)なんだろうか。

普通にミルラト神話圏の神、それこそルミナ神でもいいと思うんだが。

 

その辺を聞いてみると、「(わたくし)は別の役目で出ることになっていますし、他の神だと色々としがらみがあるのですわ。その点、キツネツキ神であれば逆に他と絡ませづらいというのはありますが、他の神から文句も出づらい。あと、異界神ですので何を持っていても不思議ではないというのもありますわね」との事。

 

要するに立場的に使いやすいのね。

 

「それでは用事も終わりましたし、(わたくし)はお(いとま)させてもらいますわ」

 

「せっかくですし、上がって菓子でも食べていかれませんか?」

 

「それはとても魅力的ですが、月神の役目(仕事)がまだ残っているので」

 

「大変ですね」

 

高位の神ともなるとやらなければいけない事も多いらしい。

 

丁度そこへ、いだてんさんがお土産用に菓子袋を持ってきてくれたので、ルミナ神はそれを持って上機嫌で帰っていった。

 

それにしても異世界で演劇の役にまでなったかぁ。

既に一回なってはいるが、多分あれはルミナ神が勝手に許可だしたんだろうなぁ。

なんかフェルドナ神も後から知ったみたいだし、多分こっちも。

 

まぁ、いいんだけどね。

 

さて、ルミナ神も帰られたので妖術の練習に戻るとしよう。

ミコトが大技を成功させたからな。

俺もそろそろ切り札的な術が欲しいところだ。

今は使いどころの多そうな強化や回復系の術を学んでいるので当分は無理そうだが。

 

再びミコトが画妖点睛(がようてんせい)に挑戦しようとしているのを見ながら、俺はそんな事を考えるのだった。

 

 

 

それはよくある何でもない日の話。

 




『牡丹に唐獅子、竹に虎』

取り合わせが良く、絵になるものの例え。
ちなみに唐獅子はライオンがモチーフとされる神獣の一種。
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