俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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新章突入。


Folder-3 面目一新
File No.19-1 『鷹は飢えても穂を摘まず』


「主様、タケル様、先触れです!」

 

部屋でコンと共に寛いでいた時、ヤシロさんがやってきてそう言った。

日々の修行の成果か、ヤシロさんもだんだんと自分の能力を発露させ始めている。

 

『人魚の先触れ』

 

かつて肥前国(ひぜんのくに)に現れ、(さいわ)いと(わざわ)いを告げた竜宮よりの使者、神社姫の持つ能力。

端的に言ってしまえば未来予知である。

 

「して、どのような?」

 

「今日の夜更けにお客様が来るみたいです」

 

二十歳くらいの女性に変化しているコンが先を促すと、ヤシロさんがそう答える。

 

お客さん、しかも夜更けにか。

 

フェルドナ神やフォレアちゃんは違うだろう。

彼女達は基本的にラクル村の住人と同じ生活サイクルを送っているそうで、夜は寝ている。

 

ルミナ神も多分違う。

本神(ほんにん)曰く夜行性だとの事だが、こちらの生活サイクルを理解しているので夜に来るのは避けてくれている。

ついでに言えば夜は月神の役目(お仕事)が忙しいらしいし。

 

「ただ、どなたが来られるかまでは分かりませんでした」

 

「ふむ」

 

神社姫の先触れは具体的なうえに回避方法までセットになっていたが、流石にヤシロさんにはまだ難しいようだ。

 

()()()()()()()()。で、あるなら、マヨイガの客じゃろうな」

 

コンも比較的苦手分野ではあるものの、未来視を使うことが出来る。

ただそれはコンに匹敵するような大妖怪が関わる出来事の場合、非常に見えづらくなるのだそうだ。

逆に言えばよく見えないなら大妖怪が関わる事象の可能性が高い

そして相手がお客さんであるのなら、関わってくる大妖怪は『マヨイガの意思』の可能性が高いだろう。

 

「今日は俺も起きてた方がいいか? 特に出来る事も無いかもしれないけど」

 

なんせ夜更けだ。

具体的に何時を指すかと言う明確な答えがない言葉だが、おおむね午前0時ごろを指して使われることが多い。

普段なら寝入っている時間帯である。

 

「そうじゃな、その辺も含めてマヨイガの意思に確認を取っておこうか」

 

よろしく頼む。

 

 

 

それでコンがマヨイガに確認を取った訳だが。

その返答はなんと、「(タケル)に応接をお願いしたい」というものだった。

もう少し正確に言うなら、異界神キツネツキとして対応して欲しいそうだ。

 

マヨイガがミルラト神話圏から人を呼ぼうとしたのは間違いないらしい。

お稲荷様の(やしろ)があるので今までのようにコンが対応するなら分かるが、居候の俺が対応するのは不味くない?

精々小菊さん(二尾の狐)の時くらいの手伝いが限度だと思ってたんだが。

 

「此度はお主も神格を得たからのう。ミルラト神話圏の客であればそちらの方が都合が良いと判断したんじゃろう」

 

それをコンに聞いてみたらこんな答えが返って来た。

いいのならいいけど。

 

それで、どこまで言っていいんだ?

フェルドナ神にはマヨイガの名前を出さないように言った筈だけど。

 

「あれは状況的にもう意味のないものじゃからな。マヨイガの名は普通に口にして構わぬ、と言うかむしろ積極的に言って欲しいそうじゃ」

 

ふむ、ミルラト神話圏にも名を売りたいのかな。

そういえば異世界に来てからマヨイガが呼んだお客って五郎左殿だけなんだよな。

しかもほぼ紅一文字の独断だったらしい。

 

小菊さん(二尾の狐)は呼んだというよりは迷い込みかけていたので客として迎え入れたというのが正確なところらしいし。

 

マヨイガも異世界に来て自重していたのかもしれない。

そう考えると割としっくりくるものがある。

 

俺が異界の神としてではあるもののミルラト神話圏に神として認識されたことで、その神座という名目が出来る。

であればミルラト神話圏への干渉も、ある程度であれば咎められにくい。

マヨイガの名が広まれば、より多くの畏怖を集める事もできるだろう。

名分を得て自重する理由が薄くなったといったところか。

 

「大体そんなところじゃのぅ」

 

そういえばプロミネディス神が前に『大きな行動をする時は一言報告してくれると助かる』って言ってたんじゃなかったっけ?

 

「それに関しては既にルミナ神を通じて伝えてあるそうじゃ。ほれ、この間来た時に。それで異界神キツネツキの行いとしてであれば報告するほどの事でもないと言質をとったそうじゃ」

 

抜け目ないなぁ。

まぁ、宿賃代わりにでも引き受けるのは構わない。

とはいえ既に人を呼ぶのは決まっていたようだが、これ俺が拒否したらどうするつもりだったんだ?

あくまでキツネツキがやった事とするならOKって話のようだが。

 

「いや、言質に関しては念の為先に取っておいただけで人を呼ぶと決めたのはつい先ほどだったそうじゃ。お主が断れば取りやめるつもりだったそうじゃが、それを頼む前に耶識路姫が先触れを告げたというのが正確なところじゃのう」

 

ああ、そういうこと。

これはヤシロさんの成長を喜ぶべきだろう。

 

「それと今更念を押す事でも無いとは思うが、儂らの事は妖怪名で呼ぶようにの」

 

これは呪詛対策と、あまり相手と縁を繋ぎ過ぎないようにする為だ。

呪詛対策の方はそもそも(いみな)ではないので念には念をレベルの話だが、縁の方は割と重要だったりする。

 

俺のような例外を除けば、マヨイガに来れるのは生涯で一度のみ。

それがマヨイガの在り方であるが故に、縁が濃くなりすぎるのを嫌うのだ。

逆に薄すぎても駄目らしいから難しいところである。

 

もちろん俺という例外が既にいるように、理由や状況によっては許される場合もあるが。

あと、あくまで人間相手の話であってフェルドナ神やルミナ神のような神や、妖狐のような妖怪なら別に構わないそうだ。

 

という訳でコンの事は天狐、ミコトは廻比目(めぐりひもく)、ヤシロさんは耶識路姫(やしろひめ)、こんごうさん達は面霊気(めんれいき)と呼ぶことになる。

ヤシロさんとこんごうさん達は正確には(いみな)どころか(あざな)ですらないので別にそのままでもいいのだが、念のため皆と合わせておく。

 

何気にこんごうさん達の妖怪名って初めて言った気がする。

面霊気(めんれいき)とは精良(せいりょう)(仮面)に魂が宿って産まれた付喪神の事だ。

夜になると動き出し、持ち主に大切に扱ってくれるよう頼んだ逸話とかあった筈。

ちなみにこんごうさん達の隠す性質は、種族(面霊気)ではなく個体(彼らの在り方)由来の能力だそうだ。

 

「了解した。それで、どんなお客さんが来るのか分かるか?」

 

ある程度情報があるのなら事前準備も出来るしな。

 

「ふむ、どうやら吸血鬼のようじゃのう。しかも、ずいぶんと腹を空かせておるようじゃ」

 

空腹の吸血鬼か。

とりあえず空腹ならば食事でもてなせば印象は良いと思うが。

 

吸血鬼と言うからには血を吸うのだろうが、マヨイガで生き血なんて用意できるのか?

流石に自傷は避けたいし、妖怪鶏を傷つける訳にもいかないだろう。

 

「マヨイガ妖怪に鞘から抜くと刃から生き血が滴り落ち続ける短刀がおるから、別に用意するのは難しくないぞ」

 

おう、そんな妖怪までいるんだ。

しかも生き血の量は調節可能であり、血の種類まで自在に変えられるとの事。

じゃぁ、生き血は用意できるとして、普通の食事も用意しておくか。

血が飲めるだけで食事は普通にするタイプかもしれないし。

 

「じゃな。あとは女という事ぐらいしか情報は無い。直接会えば他心通なり宿命通なりで何とでもなるんじゃが、マヨイガが招く前にすると『(えん)』がのう」

 

此方から会いに行くと縁が濃くなりすぎてマヨイガ的に駄目な訳ね。

 

「とはいえ、マヨイガの意思が選んだ客じゃからな。お主に危害が及ぶようなことはあるまい。たとえ襲われたとしても、その前にマヨイガ妖怪が取り押さえるじゃろう」

 

守護狐であるコンがそういうのなら、安心しても大丈夫なんだろう。

 

「そもそも、それが出来ない程の相手をマヨイガは招くことが出来ぬからな。ルミナ神のように向こうから来たのであれば別じゃが」

 

というか、マヨイガの意思が呼ぶのならマヨイガの意思が知っているんじゃないのだろうか。

誰彼構わず適当に決めて呼ぶわけじゃないだろうし。

 

「確かにマヨイガに招かれるに相応しい人物を選んで呼び寄せている訳じゃが、その選び方は勘のようなものでのう。正確に言えば妖怪としての能力じゃから見誤る事はないんじゃが、マヨイガの意思にもなぜその人物が相応しいのかよく分かっておらぬそうじゃ」

 

なんじゃそりゃと思わないでもないが、それが妖怪としての能力と言うのなら仕方ないだろう。

何故それが分かるのかと問えば、それが分かる妖怪だからと返ってくるのが妖怪だ。

妖怪に理由を求めるのは重要な事だが、妖怪に理屈を求めるほど無意味なことは無い。

 

結局、どんな相手か分からないなら行き当たりばったりで対応するしかないか。

逆に言えば、それでも問題ないからマヨイガの意思は俺に頼んだとも言える。

というか、どう対応するかは俺の胸三寸(むねさんずん)次第で構わないそうだ。

よく言えば委任、悪く言えば丸投げである。

 

一応、仕来(しきた)りとして招いた相手にマヨイガ妖怪を一体授けて欲しいとは言われたが、俺が相応しくないと判断すれば渡さなくてもいいそうだ。

授けるマヨイガ妖怪はマヨイガの意思によって決められるが、俺はそれを却下する事が出来るという認識でいいだろう。

どのマヨイガ妖怪を授けるかは状況を見てコン経由で伝えるとの事。

 

「ミコトはどうするかな」

 

キツネツキの妻として、一応同席してもらった方がいいのだろうか。

いや、わざわざ起きてもらっているのも悪いか。

 

「その辺はミコトの希望次第で良いじゃろ。まぁ、おそらく同席を希望するじゃろうが」

 

ちなみにミコトは夜は普通に寝る。

もっとも、消耗した(つかれている)時でも無ければコンと同様に眠らなくても問題は無いらしいが。

 

 

 

なんてやり取りをしたのが今日の昼過ぎ。

夜も更け、準備を終えた俺たちは縁側でマヨイガのお客さんを待っていた。

 

ミコトは一緒にいたいとの事で、獣人形態(じゅうじんモード)で俺の横に座っている。

 

そしてコンは服装こそいつものやつだが、珍しい事に経立(ふったち)姿に化けているのだ。

非常に俺好みな姿なのだが、実は人の姿に化けるよりも気の消耗が大きい(疲れる)のであまり化けてはくれない。

 

それなのに何故化けているのかと言うと、サクトリアで見た劇に合わせようとしているのだ。

相手がそれを見ているかは分からないが、せっかく信仰の土台があるのだからそれに乗っかった方が信仰を集めやすい。

集めた信仰は(キツネツキ)を通してコンに還元できる。

最初は持ち出しの方が多くなるだろうが、中・長期的に見れば十分にコストを回収できる見込みがあるのだ。

 

ちなみにコンの経立(ふったち)姿はミコトと違い、体格は完全に大人の人間のそれだ。

ミコトの経立(ふったち)姿が二足歩行になった狐なら、狐を人間のカタチに当てはめたのがコンの経立(ふったち)姿といえる。

 

あと経立(ふったち)姿の消耗が大きいというのはコンの場合であって、妖怪によっては経立(ふったち)姿の方が消耗が少ないというものも多い。

この辺は得手不得手の問題だそうだ。

 

俺も異界神(キツネツキ)としてそれらしい話し方をするつもりだ。

神であるフェルドナ神の時とは状況が違うからな。

 

今日は妖怪灯篭(とうろう)も普段より明るく照らしているし、いつもは庭で五、六個見かける程度の鬼火の数があきらかに多い。

稲荷下げ状態なので夜目はきくのだが、たぶん裸眼でも足元の心配をしなくていい程度には光量があるだろう。

 

そして稲荷下げをしているのにコンが外にいる事から分かると思うが、今俺は天狐の面(こんごうさん)をつけている。

ただし、側頭部に斜めにつけているので素顔は見えている状態だ。

妖術を使う時に面を前に移動する演出(ギミック)とか格好いいかも知れない。

見栄えって妖怪には割と重要だからな。

 

ミコトもフェルドナ神から貰った髪飾りをつけている。

 

さて、そろそろ来る筈なんだが。

 

「丁度境界を越えたようじゃが……なんじゃ? 妙に気配が弱々しいのう」

 

「怪我でもしているのかもしれないな。迎えに行くか」

 

最近覚えた治癒の妖術(ヒーリング)の出番かもしれない。

 

「ミコトは念のため薬籠妖怪を連れて来てくれ」

 

「わかったのだ」

 

覚えたてだけあって効果の方はいまいちだが。

屋敷の中に駆け込んでいくミコトを背に、門の所までコンの『神足通』で跳ぶ。

門まで結構距離があるからな。

スッと突然現れて地に降り立つ様は強キャラ感が出ている筈だ。

 

異界神(キツネツキ)としてマヨイガの代わりをする以上、いかに畏怖(いふ)を集められる振る舞いをするかも重要になってくる。

簡単にいうと、いかに『凄そう』と思わせるかが大切なのだ。

 

畏怖とは(おそ)れおののくこと。

(おそ)れとは人知を超えた存在に対する敬服の気持ち。

 

敬い、恐れる。

 

妖怪を、そして神をそうたらしめる感情(信仰)

それを俺が失わせる訳にはいかないからな。

マヨイガの凄さをきっちりアピールするぜ。

 

で、肝心のお客さんだが……門の前でうつ伏せに倒れていた。

身長や骨格から察するに、人間であれば十七・八くらいの女性だろう。

 

(どうやら空腹で倒れているようじゃな)

 

コンから精神感応で詳細が送られてくる。

 

(ずいぶんと血を飲むのを我慢しておったようじゃの。いや、血を飲むことを(うと)んでおったというのが正しいか)

 

吸血鬼が血を吸わないってそれ大丈夫なのか?

妖怪としての在り方を自己否定しているようなものだぞ。

 

あ、いや、別に妖怪じゃなくて吸血能力を持つ生物としての吸血鬼という可能性もあるのか。

 

(残念ながらばっちり妖怪じゃよ。ただし、()()()のな)

 

ああ……()()()()

 

だとしても、下手をすれば気が狂うんじゃないだろうか。

あくまで知識として知っているだけなので、それがどれほどのものなのかは俺には分からないが。

 

(既に狂いかけておるよ。はよう血を飲ませてやらねば、本能を暴走させて人を襲い始めるじゃろう)

 

それはまずいな。

持ってきた妖怪巾着袋から、妖怪猪口(ちょこ)を取り出す。

妖怪巾着袋は見た目は小さな巾着袋なのだが、中にたくさん物を入れることが出来るという妖怪だ。

掌に収まるサイズの袋に、おそらくだが四畳半くらいの収納スペースがある。

 

妖怪猪口(ちょこ)一升(いっしょう)(おおよそ1.8リットル)もの液体が入り、しかも中の液体がこぼれないという妖怪だ。

猪口(ちょこ)とは小さな器の事で、一般的にはお酒を飲むための小さな(さかずき)を指すことが多いだろう。

共にいっぱい入る系の妖怪である。

 

妖怪猪口(ちょこ)には生き血を流す短刀の妖怪──号を『()紅葉(くれは)』というそうだ──に流してもらった生き血が注がれている。

 

さて、とりあえずこれを飲ませればいい訳だが、一つ確認しておかないといけない事がある。

コン、この吸血鬼は血を飲むことを(うと)んでいるとか言っていたけど、どういう事だ?

場合によっては血を飲ませたら更に厄介な事になりかねない。

 

(ああ、それか。それはこやつが一度吸血すれば、相手が死に至るまで吸い尽くしてしまうと本能的に理解しておるからじゃな。血を飲むことそのものではなく、飲んだ結果起こる事に対して疎んでおるんじゃよ)

 

なるほど。

ならこれは飲ませても大丈夫そうだな。

 

(うむ。おや、血の匂いに気付いたようじゃの)

 

いきなり吸血鬼の女性ががばっと顔を上げ、四つん這いになったかと思うと、俺の方に向かって跳びかかって来た。

 

うわ、びっくりした。

目の焦点が合ってないのが何ともまぁ──などと考えていられる余裕はあるんだけどな。

すごい速さで跳びかかって来ているのだが、稲荷下げ状態の俺なら容易く対処できる程度でしかない。

 

まぁ、それ以前に────

 

俺の腰に巻かれた帯が勢いよく伸び、蛇のようになって跳びかかる相手を空中でおしとどめる。

更に俺の懐から飛び出した(たすき)が蛇のように相手に絡みつき、両腕を拘束する。

 

蛇帯(じゃたい)』と『機尋(はたひろ)』。

二匹の蛇っぽい付喪神によって瞬く間に吸血鬼は捕縛された。

 

────マヨイガ妖怪が黙っていないからな。

 

それでも藻掻き続ける吸血鬼の口元に妖怪猪口(ちょこ)を持ってきて、中の生き血を流し込む。

お、飲んでる飲んでる。

飲む勢いが衰えたら妖怪猪口(ちょこ)を離そうと思ってたんだが、これは全部飲み干してしまいそうだな。

 

しばらく飲ませていると、徐々に瞳に理性の色が戻って来た。

……おっと、中身が空になったか。

凄い飲んだな、このヒト。

 

「え? え? 私、どうなってるの? 貴方はだれ?」

 

理性は取り戻したようだが、流石に状況は把握できずに混乱しているようだ。

気付いたら帯と襷で空中に縛られているとか、まぁ、理解できないよな。

とりあえず弁明しておこうか。

 

「門前にて倒れている貴方を見かけてね。何事かと思って近づいたらいきなり跳びかかってくるものだから拘束させてもらったよ。その分だと、もう大丈夫みたいだね」

 

劇で見た異界神の役を意識しながら口調を変える。

 

蛇帯(じゃたい)機尋(はたひろ)にもう大丈夫だから降ろしてあげてと伝えて拘束を解いてもらった。

 

「ご、ごめんなさい」

 

正気ではなかったとは思うが、自分が襲い掛かった事を認識できていたのか、彼女は両手を頭の後ろで組んで(異世界の作法で)あやまる。

心なしか顔が青ざめてるんだが。

 

(血を飲むことを拒絶したことで半狂乱となりお主を襲った。お主が血を飲ませたことで正気に戻り、無事なお主を見てそれは夢であったかと安心したが、夢ではないと返されて罪悪感を感じておるといったところじゃの。今のこやつの状態は)

 

そうなんだ。

やっぱり便利だな、コンの『他心通』。

 

「気にせずとも構わないよ。私にとって、あれはじゃれ合い程度でしかないからね」

 

とりあえずそれっぽい事を言って大物感と免罪の名分を出しておこう。

 

「そうそう、私が何者かだったね。私はこの異界たるマヨイガに住むもの、キツネツキ。そちらの世界では異界神と呼ばれているよ」

 

ちゃんと神格を持っているから嘘偽りはない。

こんな自己紹介する日が来るとはねぇ。

 

するとそれを聞いた彼女は突然地面に座り込んで足を広げ、手は後頭部で組んだまま顎を上げて目を瞑った。

顔は心なしどころか明らかに真っ青である。

一体何事!?

 

(これはこやつらにとって最大級の謝罪の姿勢じゃな。足を広げて座るのは容易に動けぬ、即ち逃げはせぬという事。顎を上げるのは(くび)を差し出す、即ち命を取られても文句は言わぬという事。頭の後ろで手を組むのはいかなる裁きにも抵抗せぬという事じゃ)

 

え? そこまでするような事なの?

 

(神罰と言うものは恐ろしいものじゃからのう。気にするなと言われても気になろう。どうやら例の劇を見たことがあるようじゃから、キツネツキがルミナ神と同格の神であると思っておるようじゃな)

 

「キツネツキ様、先ほどの無礼をお許しください」

 

だから気にするなって……いや、これは対応を間違えたな。

いくら気にするなと言ったところで、罪悪感と恐怖がある限り、それは彼女の心に打ち込まれた(悔い)となる。

悔いは恐れを呼び、恐れは疑心を招き、疑心は心を蝕み続ける。

だから必要なのは彼女の罪を否定する事じゃない。

 

「その謝罪を受け入れましょう。貴方の行いを許します」

 

明確に、罪を許すというその言葉だ。

 

「ありがとう、ございます」

 

それを聞いた彼女は両手を胸に当て、頭を限界まで下げて(異世界の作法で)感謝の言葉を述べた。

ああ、ようやくこれでまともに話せそうだ。

 

 

 

その後、薬籠妖怪を連れてきたミコトと合流し、彼女を屋敷の客間に招き入れる。

当初の予定とは違ったが、ついでに妙に小傷が多かった彼女の治療をミコトが行ったので薬籠妖怪の出番もあったと言っておこう。

 

そこで彼女はエルラ=ドグラムア=ガ=カロミラナルと名乗った。

エルラが名前でドグラムアが家名。

カロミラナルはドグラムア家が治めている地名で、ガは地名につけられる修飾語の一つだそうだ。

なんと彼女、貴族令嬢だったのだ。

 

で、そんなエルラさんが何故マヨイガの門の前で倒れていたのかという事だが、彼女は家出をしてきたらしい。

と言うのも、彼女が元人間であったというところに理由がある。

 

彼女の話を要約すると、人間だった頃の彼女は当然の事ながらドグラムア家に住んでいた。

だがいつの頃からか、家中の人間が美味しそうに見えるようになったのだという。

 

それは日に日に強くなっていき、やがて人間が食料にしか見えなくなってしまった。

しかし、辛うじて人間の意識を残していた彼女は、それに耐え続けた。

 

一度でもそれを喰らおうとすれば、己の牙をそれに突き立てれば、ぎりぎりで繋ぎとめている理性は砕け散り、その生き血を吸い尽くして殺してしまうと理解していたから。

 

己が人ならざる者、妖怪変化となってしまった事を理解してしまったから。

 

故に彼女は家を飛び出した。

 

彼女にとって家中の誰もが大切な人間で、誰も気づ付けたくはなかったから。

 

もう己の理性が限界であると、覚ってしまったから。

 

逃げるのは簡単だった。

妖怪変化、それも吸血鬼となった事で翼を出し、空を飛ぶことが出来るようになっていたから。

日の光で力は弱まるも、それが自分を傷つける事は無かったのも幸いだった。

 

そうして人のいそうな場所から逃げ続け、マヨイガに呼ばれたところで飢えにより力尽きたといった感じだ。

とりあえず生き血は飲ませたので、今は普通の食事でもてなしている。

 

しかし、人間が妖怪になる例はいくつか知っているが、どれだ?

 

(縁を辿ってみたところ、どうやら先祖の罪業じゃな。どうも若い人間の生き血を飲み続ければ、その生命力を取り込んで不老不死になれるという迷信に駆られたやつがおったようでのう。最終的にそれに気づいた実弟に討たれるまで、相当な数の人間が犠牲になったようじゃな)

 

うわぁ。

 

それでその罪業が巡り巡ってエルラさんに降りかかったと。

『親の因果が子に報う』ではないが、本人からしたらたまったものではない。

しかし、親の罪が子に及ばないってのは結構近代になってからの考え方なんだよな。

 

で、その因果を断てば彼女は人間にもどれるのか?

 

(もどれるじゃろうな。一人でも血を吸い殺しておれば吸血鬼として存在が確立しておったが、幸いこやつは誰も手にかけておらぬ。盃から血を飲んだ程度であれば問題はない)

 

なるほど。

なら『()()()()()()()使()()()()()()()な。

 

(じゃな。ではこやつを人に戻してやるのか?)

 

本人が希望するならね。

吸血問題が解決するなら吸血鬼の方がいいって思うかもしれないし。

 

(ふむ。ではマヨイガの意思からの伝言じゃ。もしこやつが人に戻る事を望むなら、不幸を切り分ける短刀『石割(いしわ)風月(ふづき)』を。望まぬのであれば生き血を流す短刀『()紅葉(くれは)』を渡してじゃほしいそうじゃ)

 

了解。別に拒否する理由も無い。

ところで、不幸を切り分けるってなんだ?

 

(重い不幸一つをいくつかの軽い不幸に分ける事が出来るんじゃよ。取り返しがつかぬものを取り返しがつくものに変えるというのが主な使い方じゃな)

 

へぇ。

 

(知っておるとは思うがマヨイガ妖怪に認められれば手に取るだけで何となく使い方は理解できる。故に詳しく説明せずともよい。もちろん解説したければしてもかまわぬが)

 

便利な力だよね、あれ。

今では使われていない形状の道具も多いから、持つだけで使い方が分かるのは助かる。

 

説明は会話の流れ次第かな。

 

(二本とも既に客間の外で待機しておる。儂に声をかければ運び込もう)

 

そのタイミングは俺に任せるって事ね。

それじゃぁ、彼女が食べ終わった時にするか。

 

 

 

「さて、食事は楽しんでもらえたかな?」

 

彼女の食事が終わったのを見計らって声をかける。

 

「はい、とても美味しかったです」

 

それは良かった。

 

「それじゃぁ、今後の話をしよう」

 

俺がそう言うと、エルラさんの表情が真剣なものに変わる。

 

「私は君に二つの道を示す事が出来る。一つは吸血鬼として生きる道。吸血鬼は人間より力が強く、様々な術を使え、遥かに長い寿命を持ち、老いる事が無い。血を欲するあまり人間を傷つけ殺める事を嫌っているようだから、誰も傷つけることなく血を生み出すことが出来る道具をあげよう」

 

(食料)が安定的に手に入る前提ならば、吸血鬼はメリットが大きい。

日光などの弱点もできるが、彼女の場合は精々普通の人間レベルまでスペックが下がる程度だ。

 

「もう一つは人間として生きる道。望むのなら、君を人間に戻してあげよう。再び吸血鬼になる事が無いように、不幸を乗り越える為の道具をあげよう」

 

そう告げたとき、明らかに彼女は動揺した。

おそらく、もう人間には戻れないと覚悟していたのだろう。

そこにこんなことを言われたら動揺するのも然もありなん。

 

「どちらを選んでも、望めば家まで送ってあげよう。知り合いのいない、遠き地へ向かうのもいい。人間に戻って家族の元に帰るか、吸血鬼として新たな土地で生きていくか、もちろん吸血鬼のまま家族の元に戻るという選択肢もある」

 

全ては君の選択次第。

 

ついでに考えている間に短刀(マヨイガ妖怪)を持ってきてもらおうと、コンに指示を出しておく。

既に部屋の外にあるようだが、演出的な意味でもいい感じに時間を置いて戻ってくるだろう。

 

「一つ、聞いてもよろしいでしょうか」

 

「何かな?」

 

「キツネツキ様は試練を乗り越えた者に神器を授けてくださる神と聞き及んでいます。しかし、私には何の試練も与えられていません。それなのに何故、そうまでしてくださるのですか」

 

それはただの劇の演出で、マヨイガが貴方を呼んだからです。とは言えんよな。

さて、どう言いくるめよう。

 

「確かに私からは試練を課していない。だけど私が試練を課すのは異界(マヨイガ)のものを持ち帰るに相応しい人物であるかを見極める為。であれば試練の内容は相手によって違うし、私が課した試練である必要はない」

 

判断基準自体は好ましいか好ましくないかだしな。

 

「君は吸血鬼となり、激しい吸血衝動に(さいな)まれながらも誰一人傷つけずに私の元へたどり着いた。それをもって、君が試練を乗り越えたと認めるよ」

 

ちょうどここでコンが戻って来た。

二本の短刀が乗せられた盆を、エルラさんの前に置く。

 

白木拵(しらきこしらえ)の方が『石割(いしわ)風月(ふづき)』、漆拵(うるしこしらえ)の方が『()紅葉(くれは)』じゃよ)

 

(こしらえ)というのは日本刀の外装のことである。

 

「吸血鬼として生きるのなら黒い鞘の短刀を手に取るといい。人間として生きるのなら白い鞘の短刀を取るといい」

 

その言葉で短刀に手を伸ばした彼女は────

 

 

 

 

 

「ふぅ、疲れた」

 

なんかこう、精神的に。

 

「あなた、格好良かったのだ」

 

畳に倒れ込んで大の字になる俺と、同じく畳に寝そべりながら俺の顔を眺めているミコト。

 

あの後の事は詳しく語る程でもない。

エルラさんは迷いなく『石割(いしわ)風月(ふづき)』を手に取った。

 

人として生きるのならばと少しだけ目を瞑ってもらっている間に縁切り刀である『宵桜』で罪業との縁を切る。

この際刃がエルラさんに触れる必要はないため、何をされたかも分からない筈だ。

 

その後怪異の正体を暴く照魔鏡で、吸血鬼の正体がエルラ=ドグラムア=ガ=カロミラナルという人間である事を暴く。

 

こうする事で妖怪化をサクッと戻せるのだ。

ちなみにこの方法は外的要因で妖怪化した場合にしか使えない。

 

後は家に帰りたいというので、マヨイガの境界を彼女の家の近くにコンが繋いであげた。

マヨイガに境界を少しいじってもらったので、多分外に出たら朝になっている事だろう。

 

しかし、神様らしくというのも疲れるな。

 

「お疲れさんじゃ。なかなか様になっておったぞ」

 

だといいんだけどね。

体をゆっくりと起こし、立ち上がる。

 

「それじゃぁ、俺はもっかい(もう一回)風呂に入ってくる。片づけはその後するわ」

 

「ボクも一緒に入るのだ。背中を流してあげるのだ」

 

「おう、一緒に入るか」

 

「後始末と午前の家事は儂がやっておこう。風呂から上がったらそのまま寝てしまって構わぬぞ」

 

気を使ってくれたコンに礼を言い、ミコトと一緒に風呂に向かう。

 

正確な時刻は分からないが、多分そろそろ丑三つ時だろう。

さて、風呂でゆっくり疲れを癒してから、柔らかい布団でぐっすり眠ろうか。

そんな事を考えながら、その日の夜は更けていくのだった。

 




『鷹は飢えても穂を摘まず』

鷹はどんなに飢えていても穀物をついばまない事から、高潔な人はどんなに困っていても決して不正には手を染めない事の例え。
『渇しても盗泉の水を飲まず』とも。
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