俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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File No.02-1 『触らぬ神に祟りなし』

異世界に来てからそれなりの日数が経過した日の昼。

昼食を終えた俺たちは、妖札(あやふだ)というカードゲームで遊んでいた。

 

これは1~9までの数字と五行の属性が書かれた45枚のカードに「(ぎょく)」のカードを加えた46枚を一組として裏面の異なる二組の束を使った遊びで、一時期コンたちの間で流行っていたらしい。

言ってしまえば要は変則トランプだ。

 

今回のルールはシンプルに神経衰弱。

ただし属性と数の両方を揃えるルールでやっているので覚えるのが大変なのだが。

 

「これと……火の5は確かこれじゃったな──ん?」

 

コンが12セット目のカードを当てたところで、何かに気付いたように外を向いた。

 

「どうした?」

 

「来客のようじゃ。念のため面を付けておれ」

 

そういうと近くに座っていた式神が煙とともに天狐の面に姿を変える。

それを付けると俺はコンの式神の繋がりを通して狐憑き状態になった。

 

「以前言ったと思うが再度言っておく。この()()の相手は儂に任せておれ。必要に応じて指示は出す」

 

そう言われて先日の会話を思い出す。

 

 

 

 

 

「あの村で祀られている神様が来るかもしれない?」

 

「うむ、かの村の者に関わった故な。(まじな)いによって忘れさせたとはいえ、記憶を消した訳ではない。神に連なるものならそこからマヨイガの存在に気付くことも出来よう」

 

「神様ってそんな一人ひとりに気にかけているようなものなのか?」

 

「神によるとしか言えぬが、土地神くらいじゃとそれなりにおるよ」

 

土地神というのは簡単にいうと村等の守護神の事だ。

土地によっては大国主様のような超大物だったりもするが、コン曰くあの村の土地神様はそうではないらしい。

神格はともかく霊威で言えばコンの方が上とのこと。

 

「もしかするとそういう事もあるかもというだけの話じゃ。よほど人を好いておる神でもなければ態々出張っては来んじゃろ」

 

「そんなもんなのか?」

 

「異世界故絶対とは言えぬが、『触らぬ神に祟りなし』は何も人間だけに当てはまるものでは無いのじゃよ。まぁ、もし来た場合は儂が対応する故安心せよ」

 

 

 

 

 

そんなことを言っていたな。

よほど人が好きな神様なのだろうか。

 

応接間に移動したコンの側へ控え、件の神様を待つ。

程なくして式神に案内された女性が入ってきた。

 

人で言えば十五・六くらいの見た目であろうか。

輝くような銀髪と透き通るように白い肌。

血のように赤い両の瞳。

儚ない見た目と裏腹に力強い神威を纏っており、黒を基調とした装いと相まってその美しさを引き立てている。

 

(蛇──それも白蛇の神格化した神じゃな)

 

その正体を看破したコンが精神観応で伝えてくる。

白蛇なのか。

 

女性はコンと座卓を挟んで反対側の座布団へ座った。

あ、正座してる。

 

「はじめまして。私はフェルドナ。ラクル村の神よ」

 

先に口を開いたのは相手の方だった。

 

フェルドナ神というのか。

流暢な日本語で話しているが、そう聞こえているだけで実際に日本語を話している訳ではない。

 

「紹介痛み入る。儂は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)が使いの天狐。主の不在にて儂がお相手させていただくことをお許しくだされ」

 

そう言ってコンはこちらの方を向く。

 

「この者は同じく宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)に仕える禰宜(ねぎ)

 

禰宜(ねぎ)にございます」

 

そう言って頭を下げる。

 

「さて、本日はどのようなご用件で御座いますかな?」

 

「二つほどあるわ。一つ目は先日ここ(マヨイガ)で世話になった人間の娘がいたでしょ」

 

「ええ。死に至りかねない怪我を負っていました故、傷を癒すために招かせていただきました。余計な騒動を避けるためにこの事は忘れていただきましたが」

 

(さて、どう出るかの? 他の神に連なる者が庇護下の者に勝手に干渉したことを咎めるか。それとも……他心通を防がれておるのが面倒じゃ)

 

『他心通』とは他人の心を読む神通力だ。

思考を読むのとは違い、言葉に出来ない気持ちや本人も気付いていない心の動きも読むことが出来る。

 

神通力は文字通り神の力なので同じ神の力を持つ者なら防げなくも無いのだ。

てかコン、神様相手でも『他心通』使うのね。

 

(神同士の会話じゃとお互いに他心通を使うことは珍しくないぞ。その方が誤解無く伝わるしの)

 

そうなんだ。

 

(フェルドナ神は他心通を使って来ぬな。使わぬのか使えぬのか、どちらじゃろうか)

 

「感謝するわ。我が子を助けてくれてありがとう」

 

そう言ってフェルドナ神は両手を胸に当てる。

異世界の感謝を表す仕草だ。

 

ちなみにここでいう『我が子』とは自分の庇護下にある人たちの事を指す言葉であって別にあの女性がフェルドナ神の娘という訳ではない。

コン曰く神様の間でよく使う言い回しだそうだ。

 

「それで二つ目なんだけど、貴方達が我が子に持たせた薬草、まだあるかしら?」

 

「常備している物ではありませぬ故に手元には御座いません。一刻(2時間)ほど頂ければ同じだけご用意できますがいかがなさいますか?」

 

「お願いするわ。それまで待たせてもらっても?」

 

「差し支えございません。しかしながらあれでは足りませんでしたか。十分な量をご用意できたと思っていたのですが」

 

「……今までだったら十分全員に行き渡る量だったわ。でも、今回は薬草が効きにくい人が出ちゃって足りなくなっちゃったの」

 

「左様でございますか」

 

 

 

そんなやり取りの後、俺たちは部屋を出て行った。

 

「何度聞いてもコンの口調の違和感が凄い」

 

別の部屋に入り、ようやく緊張を切らすことが出来た俺はそんな事を口にした。

お稲荷様の前でもあんな感じなので聞くのは初めてではないが、滅多にある訳でもないしな。

 

「神格としてはあちらが上じゃからの。それに宇迦之御魂神の使いを名乗った以上、その尊名を貶める態度は取れんよ」

 

式神にテキパキと指示を出しながらコンが答える。

 

神ではないコンの神格は無いに等しい。

そのコンから見ればほぼすべての神は目上になる。

 

実力の高さを表す霊威(神の場合は神威と呼ばれる)でいえばコンは神を含めても結構上の方なのだが。

なにげにコンって超がつくエリートなのだ。

 

「しかし、()()()()()()()()()()()()()か。耐性菌が生まれておる危険性があるのぅ」

 

コンが用意した薬草は先日の女性の過去から推測した必要量の5割増しだったそうだ。

薬草が足りずに十分な量を投与できなかったとは考え辛い。

ならば薬草の成分が効きにくい菌が生まれた可能性は高いだろう。

 

「であれば薬草単独ではもう効かぬ恐れがあるが、呪術と組み合わせれば有効な筈じゃ」

 

ちなみにコンは嗜好として伝統的な道具を好むが、現代の機械も普通に使う。

以前から俺が寝ている間の暇つぶしに俺のパソコンを使っていた事が結構あった。

耐性菌の知識もそれで仕入れてきたらしい。

 

「あとは式神が戻って来てからじゃな」

 

一通り指示が終わったようで、残っていた式神から白湯を受け取るコン。

俺の分も用意してくれたようなのでありがたくいただく。

うん、あったかい。

 

「してタケルよ。なんぞフェルドナ神より欲しいものはあるか?」

 

ん? なんの話?

 

「ほれ、此度フェルドナ神より頼まれて薬草を用意したじゃろ。その見返りに何を要求したものかと思っての」

 

「んーーーー、別に無いかな。タダであげるのは駄目なんだっけ?」

 

「駄目じゃな。お互いに良いことが無いからの」

 

以前助けた女性のように人にあげるなら問題は少ない(それでも念のためその事を忘れさせている)のだが、相手が神となるとそうもいかない。

 

理由は長くなるので省くが、フェルドナ神が稲荷神の眷属として取り込まれる恐れがあるのだ。

フェルドナ神が下手を打った場合、稲荷神ではなくコンの眷属として(くく)られる場合もある。

 

相手側もそれは不本意だろうし、こちらも余計な手間を増やしたくはない。

なので対価を取ることで、あくまで正当な取引によってフェルドナ神の頼みを聞いた形にする。

 

「白蛇じゃし、抜け殻でも要求するかの」

 

その際、頼みと対価のバランスを合わせる必要はない。

良くも悪くも物的価値の差はお互いの価値観の差という名目で無視できてしまうからだ。

 

「そういえばフェルドナ神は何の白蛇なんだ?」

 

白蛇というのは色素遺伝子が欠損している所謂「アルビノ」の蛇の事であり、白蛇という種類の蛇がいる訳ではない。

もっとも異世界だから種としての白蛇もいるかもしれないが。

 

「うーむ。現世の蛇と同じとは限らぬが、近いのはおそらく『ヒバカリ』かのぅ」

 

ヒバカリか。

 

水辺を好む蛇で泳ぎが上手い。

『噛まれたらその日ばかりの命』と恐れられたほどの猛毒を持つ蛇──と思われていたが、実際には無毒である。

まぁ、好奇心で聞いてみただけなんだが。

 

 

 

そして2時間後。

 

集まった薬草にコンが呪術を掛け終えたので、それを持ってフェルドナ神のいる応接間に戻ってきた。

 

外からコンが声をかけ、返事が返ってきたのを確認してから襖を開ける。

そこには部屋を出た時と同じ位置にフェルドナ神が座っていた。

あ、座り方が胡坐になってる。

 

そして式神がお茶うけに持って行った茶菓子が無くなっている。

確かヨモギ団子と饅頭と羊羹だったか。

結構な量あった筈なんだが、気に入ってもらえたようで何より。

 

「おまたせいたしました。ご所望の品、揃いましてございます」

 

コンの言葉と共に俺が籠に入った薬草を差し出す。

 

「勝手かとは存じますが、病に効く(まじな)いを込めさせていただきました」

 

フェルドナ神は薬草を一枚取り出すと、何かに納得したように頷いた。

 

「期待以上の物ね。ご褒美は何がいいかしら? 財産? 幸運? それとも……」

 

ここでようやく対価についての言及が来た。

 

なるほど、()()ときたか。

確かにコンは神格ではフェルドナ神に劣る。

しかしお稲荷様の使いの天狐のコン相手であれば、『褒美』では筋を違える。

コンにではなくお稲荷様に対しての無礼となるのだ。

(この場合はお稲荷様に対価を渡し、それをそのままお稲荷様がコンに褒美として渡すのが筋目)

 

だが、いち霊狐(肉体を持たない狐のこと)のコン相手であれば『褒美』でも無礼とは言えない。

 

つまりフェルドナ神は「この取引はあくまでフェルドナ神が霊狐コンに持ち掛けたもので、お稲荷様とは関係のない事柄ですよ」と言っている訳か。

フェルドナ神がお稲荷様を侮っているのでなければだが。

 

(流石に侮ってはおらんじゃろう。不在とはいえ、稲荷神社に溜まる神気に気付かぬほど愚鈍とは思えぬ)

 

それもそうか。

 

「では、お召し物を一枚頂きたく存じます」

 

動物から神様となった場合、着ている物は基本的に体の一部が変化したものだ。

体毛や鱗である場合が多いが、蛇の場合は脱げば抜け殻となるのだそうだ。

 

「これでいいのね?」

 

フェルドナ神が外套を一枚脱ぎ、綺麗に畳んでからコンに手渡す。

 

「ありがとうございます」

 

それをコンは(うやうや)しく受け取った。

 

 

 

 

そしてフェルドナ神が帰った後、ようやく緊張の解けた俺は畳の上に倒れ伏していた。

フェルドナ神は読心をしてこなかったようなので、心の中ではなるべく何時もの調子を保つことで精神的疲労を逸らしていたが流石に限度がある。

 

俺の役目は無いようなものだったが、コンが俺に憑いている関係上、俺が側にいないと無礼に取られる場合があるのだそうだ。

ほとんど何もしなかったのは、余計な事をして相手を不快にさせないか戦々恐々としていたが故の事。

コンが憑いているとは言え、俺自身は単なる小市民なのである。

 

「お疲れ様じゃ。じゃが良い経験になったじゃろ。今後も異世界の神と関わる事があろうて。その予行練習だと思っておけばよかろう」

 

できればもう無いことを祈りたい。

 

「いざという時は儂が助ける故安心せよ。伊達に天狐まで上り詰めてはおらんわい」

 

あくまで神格が低いだけで地位も実力もコンはものすごく高いのだ。

俺が多少失態をおかした程度ならどうにでも出来てしまう。

 

「その時は頼む」

 

「任せよ」

 

コンはそう力強く答えたのだった。

 

 

 

「さて、フェルドナ神も帰った事じゃし、妖札の続きをやるぞ」

 

そういえばやり掛けだったな。

……2時間以上前の札の配置なんか覚えてないぞ。

 

案の定コンに大差をつけられて負けたのだった。

 

 

 

後日、フェルドナ神は律儀にも籠を返しに来た。

病に倒れた村人は全員快方に向かっているそうだ。

 

めでたしめでたし。

 




妖札は創作です。


『触らぬ神に祟りなし』
関わり合いにならなければ、余計な厄介事を受けることは無いという意味。

タケルもフェルドナ神もお互いに触っちゃいましたが、『義を見てせざるは勇無きなり』という言葉もありますしね。
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