俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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今回はちょっと短め。
もともとは別視点の予定はなかったけど、ふと思いついたので書いてみた温泉回。

昨日も更新してるのでお見逃しなく。


File No.23-2 渡界神 フェルドナの記憶

異界(マヨイガ)の温泉につかりながら、私は今回の事を思い返す。

 

突然の貴高神のお歴々(れきれき)からの要請。

立場的にも状況的にも断れない実質的な命令だったけど、その内容は破格だった。

 

(にん)じられたのはお歴々(れきれき)言伝(ことづて)をキツネツキくんに届ける役目。

もちろん私が直接言伝(ことづて)を預かる訳ではなく、間に伝令神クラトン様が入るのだけど、それはむしろ私にとってはありがたかった。

 

歴々(れきれき)相手に直接なんて、重圧で気絶してしまう自信がある。

とはいえクラトン様も十分高位の神なので緊張するのだけど。

 

その役目の対価は渡界神(わたりがみ)の称号。

言い換えれば新たな神格だ。

 

この神格自体は異界へ赴いた私自身に宿っていたものだけど、重要なのはそれを()()()()()()()()()()()という事。

 

これによりその神格が大幅に引き上げられている。

 

この話が広まれば新たな信仰(より強い神威)を得られるかもしれない。

もしかしたら新たな権能を得る事も可能かもしれない。

サツマ芋の神としての神格に渡界神(わたりがみ)の神格を上乗せすれば、上位の神格に届くかもしれない。

 

そうなればフォレアが産まれたときのような災厄が再び訪れたとき、キツネツキくんと出会った時のような病がまた蔓延ったとき、私自身の力で祓う事が出来るかもしれない。

その時にまだキツネツキくん達が居るとは限らないのだから。

 

 

 

ふと空を見上げる。

既に日も落ちた空には、無数の星が輝いていた。

 

これが本物ではなく異界(マヨイガ)に映し出された幻像(げんぞう)だというのだから見事なものだ。

知らずに訪れればきっと違和感すら覚えないだろう。

 

 

 

「百年か……短いなぁ……」

 

無意識にそんな言葉が漏れた。

 

キツネツキくん達は事故で異なる世界からやって来てしまった異邦神(いほうじん)だ。

彼らと交流を深めていった折に、それを知る機会があった。

 

いつになるかは本人たちにも定かではないらしいけど、帰還の目途が立てば彼らは異世界に帰ってしまう。

その予測は長くても百年。

 

彼らが帰った後、その穴を埋めるように信仰によって新たな異界神が顕現するだろう。

 

それはタケルくんを模した異界神になるだろう。

 

側には狐獣人の伴侶の姿もあるだろう。

 

人のように立つミシロキツネの神使もいるだろう。

 

故に、彼らが帰っても渡界神(わたりがみ)の役目がなくなる訳ではない。

 

私が新たな異界を訪れれば、新たな異界神は彼らと同じように私を迎え入れてくれるだろう。

 

それはきっと限りなく彼らに似ていて、全くの別神(べつじん)だ。

 

 

 

奇跡のような出会いがあった。

 

 

一会(いちえ)で終わらぬ縁を繋いだ。

 

 

(えにし)を重ねて言葉を交わした。

 

 

知らずのうちに魅入っていた。

 

 

 

キツネツキくんが(たらい)と呼んでいた木製の器から、小さなコップを取り出す。

口をつけると柑橘系の爽やかな味付けをされた水物(飲み物)の爽快感が喉を潤した。

見た目より多く入っているようだけど、これも異界(マヨイガ)妖怪(神器)だったか。

 

コップを(たらい)に戻し、月明りに照らされた屋敷を見る。

 

キツネツキくんがこの異界に私の祠を作ろうかと言った時、私はそれを拒否した。

 

少なくともその提案は、私に損の無いものだった筈だ。

何かあった時、すぐに連絡の取れる手段があるというのはとても有益だった筈だ。

 

だけど私は拒否した。

 

理由は自分で分かっている。

私がここ(マヨイガ)に来る理由を、少しでも減らしたくなかったからだ。

 

 

なんで?

 

 

なんでだろう。

 

 

何故かは分からないけど、そう思ったのだ。

キツネツキくんに会える機会を減らしたくないと、そう思ったのだ。

 

彼との仲は良い方だとは思うけど、何故そう思ったのだろう。

キツネツキくんの事は好きだけど、それは愛ではなく、ましてや恋でもない。

 

さりとて友情という訳でもないだろう。

彼の事は友神(ゆうじん)だとは思っているけど、それに端を発した感情という訳ではないと思う。

 

ならば異界神(神格の高い神)に対する敬慕の念か。

ううん、色々と尊敬しているところもあるけれど、これもなんか違う気がする。

 

しばらく考えてはみたけれど、結局どういう感情なのか自分でもわからなかった。

 

もし彼が居なくなったらと──いずれ確実に訪れるその時を──思うと、心のもやもやが大きくなる。

その時に成ったら、私は彼を引き留めようとするだろう。

それでも彼が帰る事を選んだのなら、私は少しの寂しさを胸に笑顔で送り出す。

 

今までありがとう。

 

きっとそう言って送り出せる。

だから魅入ってはいても執着はしていないのだ。

 

 

 

軽く頬を叩く。

考えていても仕方のない事だと、気持ちを切り替える。

 

これがどんな感情か分からないけど、私にできるのは共に過ごせる今を存分に謳歌する事だ。

いずれ彼らが帰る日が来るまで。

いつか再び巡り合えるように、深く深く縁を紡ぐのだ。

 

 

 

うん、なんか私らしくなかった。

 

異界(マヨイガ)に来るとキツネツキくんやミコトちゃんが美味しい手料理を振舞ってくれる。

あと、間食やお土産にお菓子をくれるし。

 

これの感情はきっと美味しいもの目当て────という事にしておこう。

 

 

 

お湯の中で腕を伸ばす。

 

解放感のある露天の温泉は、泳げそうなほどの広さがある。

温度も丁度よくて、心が洗われるようだ。

ここしばらく忙しかったゆえに溜まった疲れが溶け出していく。

 

いいなぁ。

ウチの村(ラクル村)には温泉なんて無いからなぁ。

 

お湯を沸かすにもお金がかかるから浴場もないし。

ウチも近くに温泉が湧いたりしないかなぁ。

 

神格が上がって信仰される地域が増えたから、実入りも増えて(たくわ)えにも余裕が出てきた。

この調子でいけばそのうち温泉神に頼んで温泉の泉源を引っ張ってきてもらえるだけの財が貯まるかも。

ラクル村にも恩恵はあるし、偶にはそんな贅沢をしてもいいよね。

 

あ、そういえば蒸し風呂もあるって言ってたっけ。

あとで入ってみよう。

 

 

 

あぁ~~~~~、生き返るわ。

今度はフォレアも連れてきて……いえ、作法の勉強で来る予定があるのだから日程を調整すれば……

 

あ、でも一度(とお)しでやった方がいいかしら。

頑張ったご褒美という形で入れてもらえるように頼めば……それだと普段が頼みづらくなる。

うん、普通に使わせてもらえるように頼んで普通に一緒に来よう。

 

サツマ芋の化生(スァート)はどうしようか。

あの子は水捌けが悪い所を嫌うからなぁ。

 

というか、そもそも娯楽に興味を示さない。

日がな一日大地の栄養と太陽の恵みを取り込むことに勤しんでいる。

 

増えろ増えろ、サツマ芋増えろ。

増えて大地に満ち溢れよ──みたいな本能で生きてのよね。

 

それだとサツマ芋を食べる私たちの事はどう思っているのかと聞いたことがある。

やっぱり疎ましく思っているのだろうかと思ったら、返答はまさかの「もっと食べろ。できればサツマ芋を主食に!」だった。

 

いや、スァートは喋れる訳じゃないし明確な理性がある訳でもないんだけど、何となく何が言いたいのかは理解することが出来る。

 

どうやらスァートの中では「人間がサツマ芋を食べる。するとサツマ芋を育てるようになる。結果サツマ芋が増える」という理論があるようだ。

ある意味これも一つの共生という事なんだろうか。

 

とりあえずスァートにはいつも通り神域の畑で日向ぼっこしていてもらおう。

 

 

 

あと、コンくんがなんか凄い事になってたなぁ。

 

神格を得た……というか元々持っていた神格を取り戻したとは聞いていたけど。

神威とかなんかこう、うん、凄かった。

そんな風に語彙がなくなる程に圧倒された。

 

でも、あの場面(渡界神承認の話し合い)でわざわざ神威を解放したままにしないで欲しい。

いや、あちら(キツネツキくん)側も本気であるというアピールなのは分かるけど……分かるんだけど。

 

正直あそこまでとは思ってなかった。

ルミナ様と対等に接しているのも分かるわ。

 

そんな相手を以前からの惰性とはいえ『くん付け』で呼んでいる事実は考えない事にした。

 

 

 

何と無しに(たらい)を見てふと思いついたことがある。

これやってもいいのかな。

 

念のため周囲の妖怪(温泉や盥やコップの神器)達に聞いてみると、「まぁ、いいよ」と許しを貰えたので(たらい)に顔を乗せる。

そのまま神体(蛇の姿)になると、(たらい)にぶら下がるような恰好になった。

 

そのままチロチロと舌を伸ばしてコップの中の水物(飲み物)を舐める。

あぁー美味しぃ。

 

ゆったりと浮かぶ(たらい)に身を任せながら、目を細める。

暖かな湯が全身にぬくもりを与えてくれる。

体が自然にくねくねと動く。

 

まだ私の入浴は終わらない。

 

 

 

はぁ、気持ちいい。





それはお気に入りの動物カフェに行きたいと思う心情に近しい
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