十行程度ですが覗いてみていただければ幸いです。
「そういえばもうすぐ正月ですけど、タケルさんは
ある日、遊びに来ていたルミナ神がそんな事を言った。
「そうですね。
あちらでは一年の始まりが地球で言うところの「春分の日」だからだ。
春分とは太陽の通り道である「黄道」が赤道を上方向に延長した「天の赤道」が交わる日のうち、春頃にあるものをいう。
簡単に言えば春頃の一日の昼と夜の長さが同じになる日だな(実際には様々な要因により体感的な時間は異なるそうだが)。
ミルラト神話圏では暦に年・月・廻・日という単位を使っている。
一年が361日。
30日で1ヶ月となり、一年は12ヶ月。
5日で1
6月と7月の間にどの月にも属さない1日があり、十年に一度この日が無い年を作る事で
週という単位はそもそも無い。
「あら、そうだったんですか。ちなみに元旦はいつ頃?」
「ミルラト神話圏の暦で言えば10月の10日頃ですね。まぁ、そもそもマヨイガは季節を起点とする世界と場所に依存しているので、
そもそもマヨイガ自体に明確な季節というものが無く、繋がっている世界が冬だから冬にしようかぐらいの感覚で季節が変わる。
何なら今この瞬間から真夏に変える事も可能だ。
現世から異世界に来たことで現世との時間の同期も既に切れており、時間の流れ自体も変わってしまっているので日数で計算しても意味が無い。
なので
ちなみにミルラト神話圏では各月の事を数字ではなく十二柱の神様の名前を冠して何々の月と呼ぶそうだが、以心伝心の呪いで翻訳されるので詳しくは省略する。
「異世界の元日の風習などには少し興味がありましたが、これは来年の楽しみに取っておいた方が良さそうですわね」
来年もやるかどうかは定かではないが、その時はルミナ神にも声をかけるようにしようか。
「
「基本的に元日は神も含めて
そういえば日本でも理由こそ違えど、江戸の町の町人全員寝正月とかあったらしいね。
店も全て休業日で当時世界最大を誇った江戸百万都市が静まり返ったとかなんとか。
逆に武士は挨拶回りとかで忙しかったらしいけど。
「もっとも、
マヨイガに来る時も早起きしてだから基本的に昼も半ばを過ぎた頃に来る。
一応、徹夜ならぬ徹昼もやろうと思えば可能だそうなので午前中に来た事もあるが。
「へぇ。ちょっと見てみたいですが、流石に
マヨイガでやる行事にルミナ神やフェルドナ神を友神枠で呼ぶようにはいかないだろう。
「そうですわね。四月の初め頃にはトロウル祭がありますし、よろしければそちらの方に参加されます?」
「トロウル祭ですか。どんな祭りなんですか?」
少し分かりづらい所だが、俺は普段グレゴリオ暦(現代日本で一般的に使われている暦の名前)で生活しているため、
先ほども言ったように異界でグレゴリオ暦を当てはめる意味は無いが、おおよそ今は何月ごろ、あとどのくらいで何月のような目安として使っているからだ。
その為、俺には四月の初め頃と聞こえているが、ルミナ神は「
じゃあ何で正月とか元日とかは変換されないかといえば、こちらは特定の日を表す単語だからだな。
わざわざ解説するまでもないかもしれないが、正月は
元日は一年の最初の日、つまり一月一日。
ちなみに元旦だと「元日の朝」という意味になる。
まぁ、基本的に年月はグレゴリオ暦で表記されるので、ミルラト神話圏では三月下旬に元日があると思っておけばいい。
例外として「ミルラト神話圏の暦で」とか「プラム暦の」とかの修飾語が付いた場合はミルラト神話圏側の日付だ。
とはいえほぼ使われることは無いと思うが。
あ、プラム暦はミルラト神話圏で使われている暦の名前ね。
現在はプラム暦1663年で、もうすぐ1664年になる。
紀元(始まりの年)は
「────という趣旨の祭りですわね。規模としては小さいですけど」
「それは興味深いですね。観光には丁度良さそう」
「とはいえ自分で言っておいてなんですが、
フェルドナなら歓迎するでしょうしと続けるルミナ神。
となるとラクル村か。
今度フェルドナ神に聞いてみるかな。
「異世界だとどのような行事をしていますの?」
「そうですね……祭りは各地で行われていますが」
イースターとかもあるけど、俺はあんまり詳しくない。
エイプリルフールはここで紹介するにはなんか違うし。
バレンタインにはちょっと遅い。
「よく行われるのは花見ですかね。桜などの花を観賞して春の訪れを祝うのです。もっとも、それを口実に宴会をする事の方が多いですが」
「サクラね。以前言っていた薄いピンク色の花ですわよね」
「ええ。マヨイガにもありますし、多分来月には咲いていると思いますよ」
ルミナ神も知らなかった植物のようなので、ミルラト神話圏には無いっぽいね。
全く同じでなくとも同様のものがあれば翻訳されて理解できる筈だし。
以前の劇でそれっぽいのがあったが、あれは異界の春の風景を演出する為にルミナ神が俺から聞いた話を伝えたからだとか。
『ルミナ神よ。せっかくじゃから来月にでも桜を愛でながら酒宴などどうじゃ?』
俺の側で寝そべりながら話を聞いていた霊狐形態のコンが口を挟む。
なんかコン、以前より更にルミナ神に対して気安く接するようになったな。
それだけ打ち解けてきたという事だろうか。
「いいですわね。そう言えば先日の供物の中に良いお酒がありましたわね。あれを持ってきましょう」
そういえばルミナ神もお酒好きらしいね。
【御神酒上がらぬ神はない】ではないが、何かにつけて飲む機会は多いそうだ。
ミルラト神話圏で飲まれているお酒は大麦から作った
他にもリンゴ酒や梨酒などの果実酒も多くあるが、全体的な割合としてはそれほどでもないとのこと。
蒸留酒もあるにはあるが、それほどメジャーでもないらしい。
マヨイガに来た時は偶にコンとミコトと一緒に日本酒をたしなんでいるが、結構な量を飲むのに酔いが回ったような様子は見た事が無い。
まぁ、それはコンとミコトも同じなんだが。
コン曰く、人間で言えばほろ酔い程度には酔えるのだそうだが、あっという間に酒が抜けてしまうのだとか。
呑むのを止めて百数える頃には完全に素面に戻ってしまうらしい。
水でも飲もうものなら一瞬で酔いがさめるとのこと。
これはいくらアルコール度が高くても変わらない。
コン達をそれ以上酔わせようと思ったら神酒や妖怪酒のような概念的に酔わせる性質を持つ酒が必要になる。
過去に
ちなみに俺は
日本の法律的に飲酒が出来る年齢ではないというのもあるが、コンに調べてもらったところによると、体質的に飲まない方がいいとの事。
なので儀式等で飲酒を伴う場合は、妖怪酒器を使うなどして
結婚式で使ったノンアルコールな御神酒はコンの私物らしく、マヨイガでは補充がきかないそうだからな。
「ではその時は花見弁当でも作りましょうか」
ヤシロさんのおかげで魚介類がそれなりに充実しているので、わりと豪華なものが作れるだろう。
「……そういえばタケルさん。肉料理の方は作れまして?」
「ええ、まぁ。簡単な物でしたら」
あまり凝った物は作れないから、揚げ物かハンバーグか、鶏肉なら焼き鳥もアリか。
「
「地域によって差異はありますが、牛・豚・鶏が多いですかね」
異世界にもこれらの動物が(全く同じではないにしてもそれと呼べる程度には近しいものが)いることは分かっている。
「牛……牛ですか」
「何か懸念でも?」
「いえ、大した事ではないのですけど、こちらだと牛のお肉って人気が無いのですわ」
どういう事かと思って聞いてみればさもありなん。
牛は基本的に労働力として使われている。
つまり肉を食べるとすれば労働力として使えなくなった牛であり、当然肉質は悪い。
硬く独特の臭みがあるのだ。
それでも普段肉など食べられない人たちにとっては御馳走になるのだが、最初から食肉目的で育てる豚に比べればどうしても劣ってしまう。
そして現代日本と違い牛を食肉目的で育てられるほど余裕のある所は、それこそ数えるほどしかないのだ。
その内の一つである神殿勢力により供物として捧げられる事もある為、ルミナ神は食べる為に育てられた牛の味を知っているが、当然一般に流通する筈もなく牛肉の人気は低い。
「美味しいのですけどね、牛のお肉」
これは流石にどうしようもない。
多分ルミナ神はマヨイガで食べた料理を広めてミルラト神話圏でも食べられるようにしたいと考えているのだろう。
そんな傾向が見て取れる。
とはいえ元が好まれない食材かつ美味しく食べるにはお金がかかりすぎるとなれば、神饌や王室料理としてならともかく大衆には広がらない。
自分で食べるだけならそれでいいかもしれないが、信仰も絡んでくるとそれではあまりよろしくないのだ。
「まぁ、畜産が養豚メインとなると豚肉料理は発達してそうですし、物珍しさなら鶏肉の方ですかね。鶏肉の方の流通はどうです?」
「多少は出回ってはいますが、それなりに高級食材ですわね。一般市民が気軽にとはいきませんわ」
どうも鶏の肉は供給が少ないらしい。
卵を取る為に鶏を育てる農家はそれなりにいるが、専門で養鶏を行っているところは少ないのだそうだ。
そして農家の場合は卵が取れなくなった鶏は自分たちで食べてしまう事が多い。
なので流通量も豚に比べると少なく、値段も高くなってしまう。
とはいえ、気軽に買えないだけで特別な日に奮発して──ということなら選択肢に入れられるくらいの値段だそうだ。
ちなみに野鳥肉とかになると更に高い。
「あ、ですがコモコモでしたらそれなりに安価で流通も多いですわね。あれを鶏肉の代わりに使えないかしら」
なんか翻訳できない単語が出てきた。
詳しく聞いてみると、コモコモというのはでかいカエルみたいな生物で、ミルラト神話圏の畜産では主要とまでは言えないもののそれなりの数が食用として飼われているそうだ。
味は比較的鶏肉に似ているそうだが、ルミナ神曰くなにか物足りない味らしい。
それでも飼育のしやすさと取れる肉の多さから、安価に手に入る肉として庶民に親しまれているとのこと。
あと、補足しておくとここら辺は基本的に
「それなら焼き鳥のたれを使えばそれなりに形になりますかね。実際に試してみないと分かりませんが。あとは下味をつけてからハンバーグにするとか」
マヨイガのサポートでそれなりのものは作れているが、俺の料理スキルはそれほど高くない。
妖怪教本のおかげでレパートリーは増えつつあるが、それでも家庭料理の域に何とか届いたかといったところだ。
味の方は実際に作ってみない事には分からないが、物は試しで切っ掛けにでもなればと思ってとりあえず言ってみている。
「ハンバーグ……というのは何ですの?」
あ、翻訳されなかったか。
翻訳されないという事はルミナ神はハンバーグを知らないという事で、夜のミルラト神話圏全てを見通せるルミナ神が知らないという事はあちらには無いのだろう。
過去視で既に知りえているが惚けているという事も考えられるが、それなら俺の口から言わせようとしている時点でミルラト神話圏には無い。
「端的に言えば肉をすり潰して固めて焼いた料理ですね」
ハンバーグの歴史は意外と浅く、18世紀のドイツからと言われている。
あくまで諸説あるが、故郷のタルタルステーキが食べたいというお客の要望から作られた料理がハンバーグの原形なのだとか。
「筋張って硬い肉を柔らかくして食べやすいようにするための料理で──「それですわ!!」──うわ、びっくりした」
ハンバーグの起源をタルタルステーキとするならば、この料理の原形は13世紀ごろまでさかのぼる。
馬を移動手段としていた人々にとって、その乗り潰した馬も貴重な食料だった。
しかしそうした馬の肉は筋張っていて非常に硬く食べづらい。
そこで硬い肉を柔らかい挽肉にするという発想が産まれ、この料理が発明されたそうだ。
玉ねぎなどを混ぜ込んで肉の臭みを消す工夫がされていたという記述のある文献も残っているらしい。
「タケルさんはハンバーグを作れまして?」
「ええ、まぁ。ただ、マヨイガには基本的に肉類が無いので……」
「それなら問題ありませんわ。材料は
なんか食い気味に迫ってくるルミナ神。
ちょっと怖いんですが。
ふとコンの方を見ると、コンは我関せずといったように目を細めながら尻尾を揺らしていた。
お、おう。
自分で対応しろって事ね。
それから材料や作り方について色々と聞かれることになる。
何がルミナ神をそうさせるのやら。
この遣り取りはミコトが夕食を持ってくるまで続いたのだった。
異世界知識を活用して子供達の生活水準を上げようと画策するルミナ神。
そしたら信仰も娯楽も増えるからね。
『
【御神酒】は神前に供えたお酒の事。
神様でさえお酒を召し上がるのだから、そりゃあ人間がお酒を飲むのだって当たり前の事だよねという意味。
要するにお酒を飲む為の言い訳。