俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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File No.25-3 『千日の旱魃に一日の洪水』

 

結果を言えば彼女は試練に挑み、乗り越えた。

まぁ、試練自体が建前である以上、攻略成功が前提のものではあるんだが。

 

正直キツネツキとしてマヨイガ妖怪を渡すのに毎回試練を乗り越えた扱いにする理由を考えるのは無理よと言ったところ、コンの幻術による疑似試練を乗り越えてもらおうという話になった。

内容はコンとマヨイガの意思が悪乗りして考えたらしくかなりぶっ飛んでいるが、全力で頑張ればなんとか、或いはなぜか運よく攻略できるようになっている。

 

ちなみに途中で(コン)に化かされていると気づいたらその時点で攻略達成だ。

あくまで名目が欲しいだけだからな。

 

幻術から戻って来た少女に生贄代用饅頭の作り方を教える。

流石に言葉だけでは難しかった為、作っているところを見せるはめになった。

彼女は文字を読めなかったし、レシピを書いて渡すという訳にもいかなかったのだ。

もっとも、実際に作ったのではなくコンが幻術にて調理風景の幻を見せただけだが。

 

あと、このレシピは生贄用なので人間が食べる事は想定していない。

なるべく簡単に作れることと、川に流すので自然界で分解しやすいようにすることを重視した。

ついでに蒸すという一手間を加える事で念物(ここのぎ)として成立しやすいようにしている。

 

これを饅頭と言っていいのかは自分でも疑問符が付くところだが、便宜上饅頭という事にしておこう。

 

そしてマヨイガ妖怪を授ける。

 

彼女に送られたマヨイガ妖怪は、妖怪和蒸籠(わせいろ)だった。

蒸し料理を作る時に使うやつね。

中華蒸籠に比べて高さがあり、底がすのこになっていて取り外せるのが特徴だ。

 

この妖怪に認められたのなら、人用の蒸し料理のレシピは妖怪和蒸籠(わせいろ)が教えてくれるだろう。

そのうち蒸し料理文化が広まるかもしれないな。

 

とりあえずマヨイガ妖怪を渡すところまでは済んだので、彼女にはもう一度眠ってもらう。

次は村人たちに人身御供(ひとみごくう)を止めさせるフェイズだ。

その際に彼女が倒れていた方が都合がいいのである。

 

コンが妖術にて眠らせ、畳に倒れるのを念力で受け止める。

 

そしてここでヤシロさんを呼ぶ。

コン曰く別に面霊気(めんれいき)達でもいいのだが、ここいらでヤシロさんにも華やかな仕事をしてもらおうという事らしい。

真面目に頑張って霊威も少し上がってきたしね。

 

「という訳で、ちょっとおめかししましょうか」

 

「はい?」

 

到着したばかりで状況を把握できていないヤシロさんに、小さな髪留めを渡す。

促されるままにヤシロさんが髪留めを付けると、その服装が変化した。

 

コンがヤシロさんの為に仕事着として自作した巫女装束(みこしょうぞく)だ。

 

コンの加護がマシマシで編みこまれており、そこいらの妖怪では汚れ一つ付けられないほどの霊的防御が施されている。

ヤシロさんが人魚である事も考慮し、水中でも動きを阻害しないどころか魚の体でも着用できるようになる機能まで付いているのだ。

 

ただ異世界での活動を考えてか、デザインに多少のアレンジが加えられている。

一番わかりやすいのが千早(ちはや)白衣(はくえ)の上に着る上衣(じょうい))の模様がミルラト神話圏で多く使われている意匠になっている事かな。

 

それと、足袋や草履は付属していない。

これはヤシロさんは自身の変化で作った靴以外を履いていると、まともに歩けなくなってしまうからだ。

人魚である事が影響しているのか、体のバランスが取りづらくなるんだってさ。

ちなみにヤシロさんが普段履いている靴は、ミルラト神話圏では一般的な革靴である。

 

他にも頭飾りなどはないが、代わりに狐を(かたど)った目元まで覆うことが出来る被り物がある。

一応分類は兜らしいが、顔を隠す事で神秘性を高めたりするのにも使用できたりする。

あと多少の正体隠蔽効果もあるらしい。

 

そんな感じで普段使いは白衣(はくえ)緋袴(ひばかま)を基本として、役目に応じて千早(ちはや)水干(すいかん)を追加といった形で使う事になるだろう。

 

余談だがこれらはヤシロさんの衣服を(変化で作ったものも含めて)上書きする形で呼び出せるため、服が二重になったりはしないそうだ。

 

「おぉ、綺麗ですね。よく似合ってますよ」

 

「ありがとうございます。えっと、それでこれは一体……」

 

『仕事着じゃよ。今から一仕事してもらう故な』

 

コンが俺に憑依したまま言う。

今更だが、現在は異津神(ことつかみ)状態(モード)は解除して通常の稲荷下げ状態だ。

 

「お仕事ですね。頑張ります」

 

『では今から言う村で異界神(キツネツキ)の使いとして託宣(たくせん)を告げてくるのじゃ』

 

「はい! …………はいぃ!?」

 

 

 

その後、怖気づくヤシロさんを説得して半ば強引に連れ出す。

自己評価の低さから尻込みしてしまいそうになっているヤシロさんだが、能力的には十分なものがあるのだ。

 

要領も悪くないし積極性も責任感もある。

知識についてはまだまだ勉強中だし、対人関係に関する能力は今後に期待といったところだが、今回の仕事ではあまり必要ない。

それこそ一方的に告げればいいだけだ。

 

内容に関しては以心伝心の呪いで伝えられる。

何らかの神的存在が関わっているというのを匂わせられればよく、そういった意味では必要なのは演技力の方か。

 

ヤシロさんが怖気づいてしまっているのは託宣(たくせん)という役目の重要性を過大評価しているせいだ。

無論、相手や状況によっては重大な役目となる場合もあるが、その場合はそれ相応の立場の神使が行う事になる。

 

逆にそれほど重要ではないものについては、神使ですらない使いの者が告げに来る事もある。

ヤシロさんに頼むという事は、ヤシロさんの立場でも問題なく出来るお仕事という事を分かってもらえればいいのだが。

 

こういった仕事を多めに振って、成功体験を積ませて自信をつけさせた方がいいのかも知れない。

俺とコンもサポートするから頑張ってくれ。

 

例の村にほど近い例の川から、村の様子を確認する。

どうもこの村は村に守護神がいないタイプらしく、千里眼モニターでの確認が容易だ。

おそらくあの水神が実質的な土地神(守護神)なんだろう。

 

様子が分かったら妖術で煙を発生させる。

それほど濃くは無いが川の中が覗けなくなる程度がベストだ。

 

そしてヤシロさんに水牛人の少女(と妖怪和蒸籠)を抱えてもらって、水にぬらさないように上半身だけ川から出した状態で待機してもらう。

コンの加護で強化されている状態のヤシロさんであれば人ひとり抱える程度は容易だ。

上半身だけ川から出た状態を維持できるのはヤシロさんの人魚としての力の応用なのだとか。

 

準備が出来たらマヨイガから持って来た妖怪篠笛(しのぶえ)を吹き、人を集める。

この妖怪は奏でる音楽によってさまざまな効果を発揮する事が出来るのだ。

 

人が集まってきてヤシロさんを見つけてもらったら、ヤシロさんはそちらの方に泳いで行って川から上がり、少女を村人に渡す。

その際に託宣(たくせん)を告げるのだが、必要なのは「自分はキツネツキの使いである」「彼女を生贄にしても水神は鎮まらない」「彼女が試練を乗り越えたから水神の鎮め方を教えた」の三点だ。

 

これで少女が目を覚ますまでは彼女に余計なことはできないだろう。

ちなみに俺たちは状況把握兼ヤシロさんのサポートの為に、川のほとりで隠蓑(かくれみの)という道具(マヨイガ妖怪)を使って隠れている。

 

役目が済んだらヤシロさんには川に戻って境界を通り、一足先にマヨイガに帰ってもらう。

村人たちの目には川の中へ消えていったように見えるだろう。

 

ヤシロさんが帰ったら煙を消し、川は元の姿を取り戻す。

少しの間、狐に化かされたように呆けていた村人たちだが、やがて事態を理解し始めると急いで少女を起こそうとしたので妖術を解除する。

すると少女はすぐに目を覚まし、事情を聴こうと詰め寄る村人にびくつくも、マヨイガでの出来事を話していく。

 

天におわす太陽の神にもキツネツキの言葉の真偽を問うが、当然ながら既に打ち合わせの済んでいる太陽神(プロミネディス神)は身を隠したりしない。

それを聞いた村人たちは、これは一大事と村の方へ戻っていった。

今からすぐに捧げものの生贄饅頭を作るのだそうだ。

俺たちは状況を知っているけど、村人たちからすればいつ川が荒れるかわからないから当然か。

 

それじゃぁ、太陽神(プロミネディス神)の所へ行きますか。

 

(じゃな)

 

再度憑狐転神(ひょうこてんしん)をして『神足通』を使い、太陽神(プロミネディス神)の元へと訪れる。

異津神(ことつかみ)転神した(なった)おかげで、通常の稲荷下げ状態では使えなかった『神足通』による瞬間移動が解禁されたのは大きい。

俺の体と魂への負担の関係でまだそれほど遠くまでは移動できないんだけどね。

 

「お帰り。どうだった?」

 

「こちらは順調に進んでます。あとは村人たちが生贄饅頭を作るのを待つだけですね」

 

「それは良かった。こっちも準備は出来てるよ」

 

合流したプロミネディス神とそんな会話をしながら、千里眼モニターにて村の様子を眺める。

 

この辺りまではラクル村を襲った疫病の影響は無かったらしく、食料の備蓄は天候の影響で例年と比べればいささか少ないながらも十人分の頭サイズの生贄饅頭を用意できるだけの余裕があるのは確認している。

これで食料が足りなくなって口減らしでも起きたら本末転倒なので助かった。

その場合は別の手を考えなければならなくなるところだった。

 

マヨイガから持って来た菓子を三柱で駄弁りながら食べ、いつの間にか話がフェルドナ神がサツマイモを持ち帰った話がどこどこまで伝わったという内容になった辺りで動きがあった。

どうやら生贄饅頭が完成して今から水神に捧げ(川に流し)に行くようだ。

 

「それではプロミネディス神。お願いします」

 

「わかった。じゃぁ、始めるよ」

 

プロミネディス神がそう言うと、周囲に強烈な太陽光が降り注ぐ。

それは見る間に辺りに積もった雪を溶かしていった。

 

無論、ただ溶かすだけなら雪解け水が川に流れ込み、洪水が起きてしまう。

だからプロミネディス神はもう一つの権能を行使していた。

 

その権能とは『日照り』。

日照りとは晴れた日が続き、雨が降らず、川などが枯れる事を言う。

干魃(かんばつ)を引き起こすこの権能は、本来であれば神罰に用いられることが多い。

それを小規模に限定して行う事で、雪解けで増水した分だけ川の水を干上がらせて水量を調整しているのだ。

 

この方法は俺がプロミネディス神に提案した。

そしたら「なるほど、面白い使い方だ」と言われたので、普通はこんなことしないのだろう。

まぁ、自然側かつ大局的な視点を持つプロミネディス神にとって、そんな事考える必要も無かったというのが正しそうだが。

 

なお、権能の行使によって自然の魔力(マナ)に少し影響が出るそうだが、他の差し響きと合わせて後々に影響が出ないようにするところまでやってくれるそうだ。

その辺までは考えが及んでなかったのでありがとうございます。

副次効果として増水によって荒ぶっていた水神(川の神)も落ち着くだろう。

 

この作業は先にやってしまっておいても良かったのだが、強い太陽光が降り注ぐ関係上結構派手で目撃されても面倒だったので、あえて生贄饅頭を捧げる直前に行う事で太陽神(プロミネディス神)がここで見ているぞと思わせるようにしている。

その為に水牛人の少女に対して太陽神(プロミネディス神)に誓いを立てるという話をしたのだ。

 

「生贄饅頭を捧げたことを確認。プロミネディス神、神の盾をお願いします」

 

村人たちが川に十個の生贄饅頭を流した事を確認し、プロミネディス神に報告する。

誓いを立てた際に話したように、神の盾を掲げてもらわないと。

 

「はいっと。これでいいかな」

 

「ありがとうございます」

 

プロミネディス神が軽く手をかざすと、()()()()()()()()()

 

ミルラト神話における神の盾とは、虹の事である。

邪悪を遠ざけ、正しき者を神の国へ迎える門の役割も持つのだとか。

 

プロミネディス神の権能によって生み出されたそれは、明らかに自然現象ではありえない位置に存在していた。

あの村の人たちがそんな科学知識を知っているかはわからないが、それはまさしく神の御業によって引き起こされた証である。

 

 

 

そんなこんなで氾濫しかけていた川は納まり、生贄の少女は生き残った。

生贄饅頭に供物としての価値がある事が証明された(実際、水神も満足してた)事で、今後あの村で人身御供(ひとみごくう)がなされる事は無いだろう。

マヨイガの意思から頼まれた役目も済んだ。

これにて一件落着でいいんじゃないかな。

 

()()()()()()()()。その証にこれは回収させてもらうからね」

 

そう言ったプロミネディス神の手の中には、一つのお守りが握られていた。

プロミネディス神がマヨイガを訪れた際、食事の礼として力を貸すと約束した証。

本来であればフェルドナ神に渡されたサツマイモが一波乱起こすと見通した故の布石であり、フェルドナ神と俺たちの間にある程度影響力を挟む為のものだった。

 

しかしその役目はマヨイガに訪れるようになったルミナ神がやってしまい、約束だけが宙に浮いてしまっている状態だったのだ。

そうなると食事の礼に対してあまり欲深い事を頼む訳にもいかず、かといってあまり大した事のないお願いをするというのもプロミネディス神の沽券にかかわる。

今回のような俺たちには難しいがプロミネディス神にとっては簡単な案件は、まさに丁度良い内容だった。

 

「ありがとうございました。これ、よろしければお持ちください」

 

そう言って俺は妖怪巾着袋から折箱を一つ取り出す。

まぁ、妖怪菓子箱に用意してもらったただの菓子折りだ。

 

「お、ありがたい。マヨイガの菓子は美味しかったからね。楽しみにさせてもらうよ。それじゃ、僕は帰るとしよう。またね、()()()()。コン君」

 

「お疲れさまでした」

 

『また、のう』

 

 

 

境界を越えてマヨイガに戻りし、屋敷の玄関まで帰ってくる。

コンは野暮用があると言って庭の方に行ってしまった。

 

「ただいま」

 

「あなた、おかえりなのだ」

 

玄関の扉を開けると、そこには割烹着を着たミコトがいた。

それはいいのだが、姿が獣人形態(じゅうじんモード)ではなく経立形態(ふったちモード)である。

 

人のように振舞う狐の姿は非常に愛らしいが、服装が割烹着な理由がいまいち分からない。

割烹着という事は料理をしていたのだろうが、経立形態(ふったちモード)は料理をするには向いていないのだ。

 

「あなた、ご飯にする? お風呂にする? それとも……」

 

えっ、これはまさか。

よく見たらミコトは()()()()()()()()()()()

いや、まぁ、経立形態(ふったちモード)のミコトにはモフモフの毛皮があるから服を着る理由はないのだが。

 

しかしこれは。

 

「 ボ ・ ク ・ な ・ の ・ だ ?」

 

そんなミコトがあまりに可愛かったものだから。

 

「ミコト~!」

 

「ひゃうんっ!」

 

小柄なミコトの体を抱きしめ、存分に癒された(モフモフを堪能した)のだった。




『千日の旱魃(かんばつ)に一日の洪水』
一日で全てを押し流してしまう洪水は、千日続く日照りと同じぐらいの被害をもたらすという意味。
水害の恐ろしさを表して言った言葉。
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