ある晴れた日の事。
私は何をするでもなくマヨイガの池を東屋から眺めていました。
水深も結構深いようなので、きっと大きな川なのでしょう。
住んでいる生き物も豊富で、先ほどから美味しそうなお魚が行ったり来たりしています。
このまま飛び込んで、何匹か食べてみましょうか。
私は海の魚ですが、妖怪となった事で川の水でも問題なく活動できます。
あの虹柄のお魚とか美味しそうですね。
こっちのおっきいのも食べ応えありそうです。
あ、もっと大きな影が……残念、魚じゃなくて角がある女の
これは食べられませんね……って、
しかも溺れています!
私は急いで水の中に飛び込むと、急にぐったりとした
呼吸は……良かった、しています。
心音もしっかりと聞こえますし、気を失っているだけのようです。
しかし、
すぐに陸に上げないと。
あ、でも勝手にマヨイガさんに連れ込んじゃっていいのでしょうか。
やっぱり一回外に出た方が……と考えていると、岸からなでしこさん達の呼ぶ声がしました。
どうやらマヨイガさんに入っていいという許可が出たようなので、いつの間にか集まって来ていた皆さんの元へ泳いでいきます。
すると皆さんが女の
皆さんに女の
主様がいるのは……こっちの方ですからおそらくタケル様の部屋ですね。
転ばないように気を付けながら急いで向かいます。
「主様! タケル様! 大変です!!」
はたして主様とタケル様は部屋におられました。
「どうしたんじゃ?」
「はい、それが……池で人が溺れているのを見つけたんです!」
「ふむ、詳細を述べよ」
はい。
そう言われて私は詳しい内容を主様とタケル様に報告していきます。
少なくとも助けた事自体は誤りでは無かったはずです。
私自身人の姿をとってはいますが、これはマヨイガで生活する上で便利だから。
どうせなら可愛い方がいいので美醜くらいは気にしますが、人の姿自体にこだわりはありません。
なので私は特別人間が好きという訳ではないのです。
あ、タケル様の事は好ましく思っていますよ。
しかしそれはタケル様だからであって、人間かどうかは関係がありません。
妖怪として大なり小なり興味はありますが、
ですが主様の主であるタケル様の同種族と思えば、式神として目の前で死にかけているのを助けるくらいはします。
それに主様は人間が好きですから。
もちろん悪意や敵意を向けてくるような輩は別ですよ。
主様も悪人と呼ばれるような人間に対しては容赦いたしませんし。
詳細を伝え終えると、主様はすぐにそちらへ向かうと言われました。
「おぬしは体を温める為の湯を用意せよ」
「わかりました!」
主様の命を受け、お湯を用意しに向かいます。
お湯となると
『
個体によっては見ると病気になるようなものもいるそうですが、マヨイガの
お仕事が終わった時とかに木の上から降りてきてお水をくれたりします。
たしか普段は茶の間で囲炉裏に吊るされていた筈です。
茶の間に着くと、
「
私がそういうと、
それから
その途中で湯たんぽという道具の妖怪を抱えたミコトさんと合流し、先ほどの
主様達もそこへ向かったそうです。
わかりました。
私もすぐにそちらに向かいます。
主様達にお湯を届けた後は
今日のお仕事はもう済ませているので、何かあったらすぐに手伝えるように休んでおきましょう。
……っと、うたた寝をしてしまっていたみたいです。
あれからどれくらいたったでしょうか。
軽く体を動かし、
主様から
結構時間が経っているみたいですが、あれからどうなったんでしょうか。
ちょっと様子を見に行っても大丈夫でしょうかと考えてると、主様から精神感応が来ました。
離れ座敷に来て欲しいそうです。
承知しました。
耶識路姫、すぐに参ります。
「という訳で、ちょっとおめかししましょうか」
「はい?」
何が『という訳』なんでしょうか。
到着してすぐ主様が憑依しているタケル様からそんな事を言われ、綺麗な髪留めを渡されました。
あ、はい。つければいいんですね。
促されるままにつけてみると、
なんだか鱗が剝がれた後に布に包まれたような感覚です。
無くなった感じはしないので、多分この服に置き換えられているという事なのでしょう。
改めて見てみると、真っ赤な下履きに真っ白な服。
そして模様の入った白い上着です。
以前、主様が偶に着ておられた服に似ていますね。
もしかして神に仕える従者の服とかだったりするのでしょうか。
手触りから上質な布を使っているのが分かります。
そして霊的に見れば主様の力が私でも分かる程に込められているのです。
なんだか汚してしまわないか心配になってきました。
「おぉ、綺麗ですね。よく似合ってますよ」
「ありがとうございます。えっと、それでこれは一体……」
『仕事着じゃよ。今から一仕事してもらう故な』
お仕事の為の服ですか。
「わかりました。頑張ります」
なんのお仕事でしょうか。
こんなに立派な服を着る必要があるという事は、どこかの神様が来るのでしょうか。
『では今から言う村で
「はい!」
お使いの仕事ですね。
タケル様の言われた事をその村に────あれ?
キツネツキってタケル様の神様としての名前のはず。
え?
私がですか!?
はいぃ!?
「わ、私にそんな重大な役目、無理ですよぉ」
託宣ってあれですよね。
神様の代理としてその意志を代弁するやつ。
私のような木っ端妖怪が代理だなんて、タケル様の威光に傷が付いてしまいます。
「落ち着いてください、ヤシロさん。託宣にもいろいろありまして、ちょっとした伝言なんかの場合もあるんです。これはそういうやつですから。気楽にやって大丈夫なやつですから、ね」
そうなのですか?
私でいいんですか?
『お主なら問題ない。そう思っておるからこそ任せるんじゃ。気負う必要は無い。それに儂らも助力する故、失敗を恐れずやるがよい』
主様……
『それに、その装束を着ておれば多少失敗したところで気圧されて有耶無耶に出来るからのぅ』
それってそんな凄い服を着ていく必要があるような案件って事じゃないんですか!?
……そんなやりとりがありましたが、これだけ期待されているんです。
頑張ってこのお仕事をやり遂げて見せます。
託宣の内容は何とか覚えてきました。
別に一字一句合っている必要はありません。
重要な部分が伝わればいいのです。
それに、多少の言い間違えは主様の
ついでに
目元まで隠れて顔が分かりづらくなるので、あまり容姿に自信のない私にはありがたいです。
主様達が煙を起こし、それに紛れます。
腕の中に件の女の
主様の加護が込められたこの服のおかげか、まるで羽根を抱えるかのように持ち上げることが出来ました。
その状態で上半身を濡らさないように川から浮き上がります。
ちょっとバランスが取りづらいですが、走るよりは簡単ですね。
そういえばこの服、水に濡れないんですよね。
水を弾く訳じゃないんですけど、水が掛かっても肌に張り付かないというか。
そこにあるのに水を邪魔しないというか。
川の水に浸かっても、水から上がったら乾いているのです。
それでいて水に含まれる汚れや害になるものは弾いてくれるのだとか。
いったいどれほど凄いものなのでしょうか。
タケル様が笛を吹くと、何人かの人達がやってきます。
それを見て私は体を少し傾け、水面を滑るように岸まで向かいました。
そのまま歩いて岸に上がります。
それを見た人達が驚いていました。
このようにこの人たちにとって不思議な現象を見せる事で、神の使いであるという印象を強くさせるのだそうです。
さぁ、ここからが本番ですよ。
「人の子よ、私は異界の神であられるキツネツキが使いである」
そう言うと、この人たちは少し狼狽しました。
主様の言った通りです。
「この者は畏れ多くも異界の神の神座に流れ着き、その尊顔を拝する事と相成った。聞けばこの者は村の為に水神の供物となるべく身を投げたというではないか」
えっと、次は。
「その覚悟天晴れなれど、悲しきかなその程度では水神には届かぬ。ただ一人の贄ではその意は変わらぬ。それではまさしく不憫である」
気圧されている人たちにそのまま畳み掛けます。
「故に異界の神はこの者に問うた。水神を鎮める
これで最後。
「水神を鎮める為の供物はすでにこの者に伝えられた。あとはそれを成すがよい。これほどの覚悟、その献身、見事であると異界の神も
そこまで言い終えると、何かを言おうとしている人たちを黙殺し、境界を通ってマヨイガへ帰還する。
質疑応答は私の担当外なのです。
ああ、緊張した。
その日の夜。
私は
これは
マヨイガの妖怪ではなく、主様が私の為に作って下さいました。
純気は混じりっ気のない気なので、私が取り込めば固有波長に染まるとかなんとかで私の妖気へと変わります。
一時的にではありますが、私の妖気を増やすことが出来るのです。
私のお給料もこれで支払われています。
今日は臨時のお仕事がありましたから追加収入があったんですよね。
うん、だいぶ溜まってきました。
妖気が沢山あればいろんな事ができますからね。
なんだったら他の妖怪さんに純気を分ける代わりに妖術を使ってもらう事だって、交渉次第ではできるのです。
夢が広がります。
半分は妖怪としての
そんな事を考えながら、私は眠りにつくのでした。
おやすみなさい。
純気を妖怪の位を上げる為に使うというのは、人間で言えば鍛えるのにお給料でダンベルや指南本を買おうかくらいの意味になります。
補助くらいにはなりますが直接純気で妖怪の位を上げられたりはしません。
狐兜は仮面のついた着ぐるみ帽子みたいなイメージ。