俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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長らくお待たせいたしました。
File No.28 は本編3話 他者視点2話の合計5話でお送りする予定となっております。
楽しんでいただけたら幸いです。

また、1月3日にオリジナル日間ランキング6位、総合日間ランキング17位を頂きました。
いつも読んでいただき、誠にありがとうございます。

修正履歴
File No.19-2 にてミコトの口調を一部変更。
File No.08-1及び2 にてお菊さんの名前を「小菊(こぎく)」に変更。
この場合の最初の「お」は親愛の表現なので名前ではなく、ここで使用するのは適切ではなかったため。
File No.04-1他 紅一文字と泣き紅葉の銘の部分を号に修正。
銘は刀の茎に刻まれた名前(主に刀鍛冶の名前や年紀などが刻まれた。なので同銘の刀も存在する)、号はその刀に後から付けられた名前(あだ名みたいなもの)だそうなので。


Folder-4 新進気鋭
File No.28-1 『朱に交われば赤くなる』


マヨイガの庭で、妖刀たる宵桜を構える。

正面から振り上げての唐竹割り。

 

「はあっ!」

 

気合と共に振り下ろされた刃は眼前の丸太を一刀の元に切断し、刃が触れていない筈の場所までバラバラになって崩れ落ちた。

 

「おお、これ気持ちいいな」

 

刀から『でしょぉ』という意思が伝わってくる。

 

何をしているのかというと、刀を振っているだけで特に意味はない。

床の間に飾ってある宵桜を見て「刀ってかっこいいよな。一回くらい振ってみたいなぁ」とか考えてたら、どうやら口に出てたらしく『だったら振ってみる?』と言われたのだ。

 

なのでせっかくだからそれに甘えることにした。

 

標的用の丸太は妖怪薪小屋に薪にする前のものを出してもらった。

普通に考えれば素人の俺がまともに切れるとは思えない、というかそもそも刀で丸太を切ろうとすること自体がおかしい。

 

しかしそこは妖刀たる宵桜。

その能力である『(えん)の切断』は物質同士の繋がりすら断ち切ることが出来る。

しかも対象の(えん)に触れさえすれば切断個所に刃を当てる必要すらない。

断ち切る縁を認識しさえすれば、ただ相手に触れるだけでバラバラにできるのだ。

 

俺としても別に刀を扱えるようになりたい訳じゃなく、気分を味わいたいだけなので問題ない。

ちなみに縁を認識、つまりどのような縁を切りたいかを意識して切らないと『(えん)の切断』は出来ないので余計な縁を切ってしまう心配はない。

普通に縁切りをする場合であれば相手に繋がる縁(必ずしも相手が居る方に延びるわけでは無い)が見えるようになるので、それを切れば良かったりする。

 

一回振って満足したので、宵桜を鞘に納める。

 

切った薪は今度炊事の時にでも使う事にしよう。

それにしても宵桜で薪を割るとか、すごい贅沢なことをしたな。

 

宵桜は以前五郎左殿に送られた【あらゆる物を断ち切る】妖刀たる紅一文字と同じく『最も御神刀に近い妖刀』の一つと言われているそうだ。

縁を断つ道具や場所は数あれど、宵桜は【あらゆる縁を断ち切る】という最上級の能力を持った縁切り刀なのだ。

 

まぁ、【あらゆる】とはいうものの、相手が【決して切れない縁】だとか【いかなる刀も受け付けない】能力だったりすると霊柱(能力)の強さや相性勝負になるので切れない事もあるのだが。

 

「なんじゃ、もうよいのか?」

 

少し離れた位置で見ていたコンが近づいてくる。

宵桜は能力抜きにしても普通に切れ味の良い名刀なので、誤って怪我をしてしまわないように見ていてくれたのだ。

 

実際刀は結構重量がある。

素人が振り回すともなれば、もしやという事もある話だ。

 

「ああ、十分だ」

 

ちょっと一振りしてみたかっただけだしな。

 

満足したので宵桜を軽く拭いてから床の間に戻そうかと考えていたら、屋敷の方から百重がやって来た。

 

「お楽しみ中に申し訳ないんだけど、ちょっといいかい」

 

「かまわないけど、どうしたんだ?」

 

「どうやらここ(百重御殿)に訪れようとしている人間が居てね。応接をお願いしたいんだ」

 

「了解した……けど、訪れようとしている?」

 

お客として呼んだわけじゃなく?

 

「だね。まさか()()()()()()()()()()()()あの人間が再びここ(百重御殿)に来ることができるとは。()もまた逢魔人(オウマガビト)だった……いや、逢魔人(オウマガビト)に成ったというのが正しいかな」

 

百重御殿が異世界に来ている以上、現世から来ることは非常に困難だ。

となると、再びと言うからには相手は異世界でマヨイガ妖怪を持ち帰った者だろう。

 

そのうち人間は『妖怪和蒸籠(わせいろ)』を持ち帰った水牛人の少女。

石割(いしわ)風月(ふづき)』を持ち帰ったエルラ嬢。

 

そして、人間の中で唯一『彼』と表現できる人物。

 

「『紅一文字』を託した人間さ。山元(さんもと)五郎左衛門(ごろうざえもん)(まことの)康久(やすひさ)という名だったかな」

 

 

 

逢魔人(オウマガビト)

 

逢魔時(おうまがとき)に在る人という意味のこの言葉は、非常に妖怪に関わりやすい性質の人間の事を指す。

 

読んで字のごとく逢魔時(おうまがとき)は妖怪や怪異のような怪しいものに出会いそうな時間帯の事。

人間の時間である昼から妖怪の時間である夜へ、その二つが移り変わり交わる時刻。

 

具体的には『暮れ六つ』。

 

昔は季節によって長さの変わる不定時法という時刻を使っていたので、『暮れ六つ』は常に基準となる()(いり)の時であり、『黄昏時(たそがれどき)』とも称されている。

 

そして黄昏(たそがれ)とは『()(かれ)』、即ち夕暮れによって人の顔の識別が難しくなり「誰そ彼(あなたは誰ですか)」と尋ねる頃合いの事。

 

そこにいるのは誰ですか?

 

そこにいるあなたは、本当に人間ですか?

 

それは相手も同じこと。

夕暮れという時間帯が、相手の認識から自分を曖昧にする。

一人の人間という認識から、よく分からない何かに()()()

 

故に、逢魔時(おうまがとき)では()()()()()()()

 

まぁ、個人差はあるけど逢魔人(オウマガビト)とは昼も夜もこの状態の人の事だ。

基本的に後天的に成るもので、妖怪と深くかかわりすぎるとこうなる。

多少関わった程度なら問題ないが、俺くらいどっぷり関わると流石にね。

なもんで俺ももちろん逢魔人(オウマガビト)だ。

 

あくまで個々の妖怪ではなく()()()()()()()に深く関わる事が条件なので、妖怪の友人や恋人がいる程度なら他の妖怪を避けたり形式的な付き合いにとどめておけば問題ない。

一度逢魔人(オウマガビト)になってしまっても、しばらくそうしておけば普通の人間に戻ることが出来る。

俺には今更無理だな。

 

逢魔人(オウマガビト)は妖怪に近しいが故に妖怪の本質に触れられる。

簡単に言えば魄様(はくよう)に影響を与えやすいのだ。

 

《善悪は友による》

 

人間は付き合う相手によって良くも悪くもなりうるという意味の(ことわざ)だが、より人間の影響を受けやすい妖怪は人間以上に染まりやすい。

しかも人間の本性を見てくるものだから、表面上は友好的にしておけば良いという訳にもいかない。

まぁ、その辺りを気にするような奴はそもそも逢魔人(オウマガビト)には成りにくいのだが。

 

それと妖怪の感情を読み取るのが上手くなるらしい。

普通の人間と逢魔人(オウマガビト)では妖怪の見え方・感じ方が異なるからだそうだが、俺は物心ついた時には既に逢魔人(オウマガビト)だったようなのでどう違うのかよく分からん。

 

他の影響としては望む望まないに関わらず妖怪が寄ってきやすくなる事と、自分が人間である事を忘れたら妖怪の仲間入りしかねないので注意が必要というくらいか。

 

そんな訳で妖怪側に片足突っ込んでる逢魔人(オウマガビト)は、普通の人間ではこれない妖怪の領域にも来ることが出来る。

マヨイガのような隠れ里など、本来は妖怪側が招かなければ入る事の出来ない異界もそれに該当する。

もちろん妖怪側が拒否すれば放り出されるのだが。

 

というか、入れるからって無遠慮に踏み込むと妖怪や神の怒りを買うので、先に許しを得るか縁のある妖怪に案内(手引き)してもらおう。

 

知らずに迷い込んだ場合は、素直に謝ればだいたい許してくれる。

その後すぐ追い出されるか、招いてくれるかは相手次第だが。

 

今回五郎左殿はマヨイガ妖怪である紅一文字の紹介(手引き)という形で来ている。

それに関しては特に問題ない。

 

マヨイガという異界は普通の人間が生涯に二度来れる場所ではないが、これは単純に百重御殿がそういう怪異だからだ。

 

善良な人間に報いる、ただ一度だけの奇跡(邂逅)

 

なので百重御殿はその人間と縁を深めすぎるのを嫌うし、マヨイガ妖怪を渡した後はかかわりを持とうとはしない。

 

……のだが、割と例外というか抜け道はあったりするのだ。

 

俺のような半分同類(妖怪)判定される逢魔人(オウマガビト)はその筆頭だし、百重御殿ではなく稲荷神社に訪れるという名目なら異界(マヨイガ)に入る事ができたりする。

この世界(異世界)に来た日に介抱の為とは言え関係ない人間(この世界の女性)をマヨイガに入れることが出来たのはこの為だ。

無論それで入っても百重御殿が相手にするかは別の話だし、普通に追い出される場合もある訳だが。

 

ちなみに人間以外にもマヨイガ妖怪を渡したりしてるが、実はこっちは妖怪同士の付き合いというか利があってしているだけで百重御殿の在り方とはまた別の話だったりする。

 

そんな訳で逢魔人(オウマガビト)になっているっぽい五郎左殿が紅一文字の縁で訪れることは可能だ。

だが、一体何の用でわざわざマヨイガまで来たのだろうか。

 

身支度を整え、五郎左殿が門の近くまで来たという報を受ける。

迎え(と言っても門までだが)にはごうりきさんを出した。

 

五郎左殿は覚えているかはわからないが、以前マヨイガに招いた際に一緒に妖札をした式神の片方だ。

そういえばあれからもう十ヶ月くらい経つのか。

早いもので、いろいろあったな。

 

今回はこちらから呼んだ訳じゃないので、俺たちは縁側で(くつろ)いでいたという(てい)で待つことになった。

まぁ、演出の一つだと思ってくれたらいい。

 

コンは当時と同じ二十代後半くらいの姿。

 

ミコトは人間形態(にんげんモード)で俺の横にいる。

 

俺も服装は当時と同じものだが、前回はずっとこんごうさんの面もつけていたから顔を見せていないんだよな。

とはいえ別に覚えてなくても問題は無いのだが。

 

 

 

少しして、ごうりきさんに連れられた五郎左殿と見覚えのない女性──多分人間に変化した紅一文字──がやって来た。

 

「おお、久しぶりじゃな五郎左殿。壮健であったか」

 

コンが先陣を切る。

以前来た時は基本的にコンが相手をしていたので、その方が五郎左殿も切り出しやすいだろう。

 

「ご無沙汰しております、天狐殿。おかげさまで頭痛もすっかり良くなり申した」

 

そういえば妖怪に呪われてたんだったか。

治ったようで何より。

 

「紅一文字も元気……とは言い難いようじゃのぅ」

 

紅一文字と確定した隣の女性を見れば、確かに霊威がおかしい。

表面上は取り繕っているようだが、霊威に見える感情は焦燥(しょうそう)と……極度の不安か。

 

こっちへ来てからの修行の成果か、現世にいた頃と比べて妖怪の霊威から感情を読むのが上手くなっているし、多分間違ってないはず。

 

「お久しぶりです、稲荷狐(いなりのきつね)様。やはり稲荷狐様の目は誤魔化せませんか。本日はその件でお願いがあってまいりました」

 

「ふむ」

 

それだけ言ってコンは俺の方を見た。

無言のお伺いを立てている、という体で俺が百重御殿(ここ)の主である事をアピールしているのだ。

紅一文字は俺の客人(まろうど)時代を知っていて、かつ俺が百重御殿の主になった事を知らないからな。

 

「なにやら事情があるようですね。こんな所で立ち話もなんです。面霊気よ、お二人を座敷まで案内して差し上げなさい」

 

 

 

場所を客間(座敷)に移し、改めてお互いに自己紹介をする。

 

俺は隠れ里(マヨイガ)百重御殿の主、キツネツキを名乗った。

呪詛対策の意味もあるが、親しい相手以外にいちいち名乗りを変えるのも面倒なのでお客さんには一律キツネツキとして対応することにしている。

 

一応最近では呪詛対策もあまり気にしなくてよくなったんだがな。

元々念には念を入れて(いみな)ですらないタケルという名(普通の名前)も隠していた訳だが、ぶっちゃけ杞憂っぽい。

 

名前を使った呪詛を警戒しての事だったが、現世では普通に名乗っている事からも分かる通り(いみな)でも使われない限りは普通に防げるのだ。

何があるか分からない異世界相手故の対策だったが、異世界の事が分かってくるとそこまで警戒する必要は無いなとなった。

 

実際信用できると判断したフェルドナ神には早い段階でタケルの名を教えている。

ルミナ神とプロミネディス神には縁を繋ぐという意味もあって()()()()()()()()()名乗ったが。

 

ちなみに人間よりも妖怪の方が名前を使った呪詛の影響を受けやすいが、コンとミコトは俺が(いみな)も名前も付けた──つまり見方を変えれば俺が名前で縛っていると言える──影響で、その辺の干渉を非常に受けにくくなっている。

そうでなくともコンは呪詛耐性がむっちゃ高いのだ。

 

それでも妖怪名で呼んでいるのは百重御殿の在り方の関係でお客さんと必要以上に縁を繋ぎ過ぎないようにする為だし、(ごう)みたいなものだと思えば別におかしなものでもないなと思ってるからだ。

 

あと既に名乗ってしまったから今更訂正するのも面倒だというのもある。

 

異界神の現人神であるという事は伏せた。

太陽の国(五郎左殿の所)では別に信仰されてはいないからね。

必要があれば言うけど。

 

話が逸れた。

 

コンは前と同じく天狐を名乗った。

命婦専女神(みょうぶとうめのかみ)となっても、別に天狐でなくなるわけでは無い。

 

ミコトはキツネツキの妻の廻比目(めぐりひもく)を名乗った。

なのだ口調も抑え、端然(たんぜん)と振舞っている。

キツネツキのお仕事と判断したのだろう。

 

それから五郎左殿が名乗り、続いて紅一文字が名乗る。

 

そして本題。

 

「ところで、何か頼み事があるとの事ですが」

 

「はい、大猪(おおいのしし)退治にてお知恵をお借りしたく」

 

紅一文字ではなく五郎左殿が答える。

大猪か……多分普通のでかい猪という訳じゃなさそうだが。

 

「具体的にはどのような?」

 

どの段階に対してアドバイスが欲しいのかによる。

見つからないから悩んでるのに倒し方を説明されても……とかなるかもしれないからな。

 

「拙者達はとある者に乞われて大猪を退治する事と相成ったのでござる」

 

どうもその大猪による獣害が酷いらしく、田畑を食い荒らされるどころか人的被害もすでに出ているそうだ。

そんな折に腕が立ち肝も据わっている五郎左殿が訪れたという事で、これは僥倖と頼まれたらしい。

 

「そしていざ大猪を討伐せんと相まみえたのでござるが、奴の体には傷一つ付けることが出来なかったのでござる」

 

何か嫌な予感がするんだが。

 

これが単にすぐ逃げるので追い付けなかったとかであれば、いくらでもやりようはある。

だが紅一文字の様子を見るに、そうじゃなさそうなんだよなぁ。

 

「なんでも奴の毛皮はどのような(やいば)(やじり)も通さぬそうで、紅ですら刃を通す事が叶わなかったのでござる」

 

 

 

やっぱりかぁ。




逢魔時(おうまがとき)の説明は実際の伝承や風習を基にして書いていますが、逢魔人(オウマガビト)に関する設定は作者の創作ですので悪しからず。

『朱に交われば赤くなる』

人は周囲の影響を受けやすく、環境や交友によって染まりやすいという意味。
良い意味にも悪い意味にも使える。
類句に本編でも語った『善悪は友による』などがある。
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