俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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File No.28-3 『躓く石も縁の端』

とりあえず方向性自体は決まった。

 

やり方に関しては五郎左殿に協力してもらう方法とマヨイガ妖怪を使う方法があるが、紅一文字の今後の精神面を考慮すれば前者にするのが無難だろう。

まぁ、その場合でも安全性を考えたら結局マヨイガ妖怪を使う事になるんだけどね。

 

 

さっそく使いをやって二人を呼ぶ。

 

客間で暫く待ってると、二人がやって来た。

 

「お呼びでござるか」

 

「ええ、おおよそ準備が整ったので」

 

座卓を挟んで口を開く。

 

キツネツキのを名乗る以前からの知り合いなので、最初は百重御殿の主としてどの口調で話すか迷ったが、まぁ、いつもの口調でいいかって事で普通に喋っている。

 

「件の猪を式神に調べさせましたが、なるほど、紅一文字が斬れなかったというだけはありますね」

 

紅一文字がピクリと反応する。

その霊威に浮かぶのは悔しさか。

 

……って、あれ?

別室に行く前にはあった焦燥(しょうそう)と不安の色が無い。

あっちで何かあったんだろうか。

 

「しかし、それは紅一文字が劣っているというわけじゃない。むしろ(あやかし)の格で言えば紅一文字の足元にも及ばないでしょう。ただ今回は流石に場所が悪かった」

 

嘘ではない。

足元にも及ばない──はちょっとリップサービス入ってるが。

 

「場所……でござるか?」

 

「あの場所は件の猪の縄張りでしてね。そこにいる限り奴は強者であり、他の者は弱体化してしまう」

 

便宜上縄張りと言っているが、これは件の妖怪猪の恐怖や畏怖が色濃く広まっている地域を指す。

 

妖怪は人の認識の影響を強く受ける。

つまりその妖怪を強いと思っている人々が住む地域では、その妖怪は無類の力を発揮できるのだ。

逆に名の知られていない妖怪は力を十全に発揮できずに弱体化する。

弱体化に関しては異世界に来たばかりの頃にコンをマヨイガの外に出せなくなった理由として説明したか。

 

ちなみに実際の猪は決まった縄張りを持たない。

これはあくまで妖怪としての縄張りのようなものという意味だ。

 

「ではなんとかしてあの猪を縄張りの外に追い出してしまえば……」

 

「打ち取れる、とは思いますがそれは難しいでしょう」

 

まずどこからどこまでが縄張りなのか正確には分からないし、特定の場所でのみ力を発揮する領域型妖怪とは違ってあくまで名の知られた地域というだけなので明確な境界がない。

どれだけ引きはがせば倒せるのかが断言できないのだ。

 

あとどうやってそこまで追い出すかというのもある。

餌で釣ったとしても縄張りを出る前に満足して帰るだろう。

 

「そんな事をするよりも、紅一文字の力を十全に引き出せるようにした方がいいでしょう」

 

「私の力ですか?」

 

「そもそもの原因は件の猪の縄張りのせいで弱体化してしまっていること。弱体化さえしていなければ紅一文字の方がはるかに強い訳ですからね」

 

『最も御神刀に近い妖刀』の一つと言われているのは伊達ではないのだ。

 

「それはどのようにすればよろしいので?」

 

五郎左殿が問う。

 

「正攻法でいくのなら紅一文字の力を天下に知らしめること。五郎左殿が行く先々で自分の愛刀である紅一文字はいかなるものも断ち切ると流布(るふ)し、実際にそれを成して見せればおのずとそれが出来るようになるでしょう」

 

ただ、それをするには時間が足りない。

これはあくまで今後そうしておいた方がいざという時に有利ですよというアドバイスだ。

 

「とはいえ今はそんな悠長な事をしている時間は無いため、急場凌ぎですが別の手を使いましょう。少々、五郎左殿にやっていただく事がありますが」

 

「紅の為であれば何なりと。むしろ拙者の刀の事なのに蚊帳の外にされなくて安心しましたぞ」

 

「貴方様……」

 

素直に協力していただけるのは助かります。

 

「では少し血を提供していただきましょう。それを紅一文字に飲んでもらいます」

 

 

 

コンが『()紅葉(くれは)』を使って五郎左殿の指先を傷つける。

そこから流れ出す血液を、紅一文字が指ごと咥える事で取り込んでいく。

 

人間を構成する臓器とその機能である『五臓』。

そのうちの一つである『心』は、五行において火に属している。

 

五臓は現代医学における臓器とはそもそも異なっているのだが、『心』をそれに当てはめるとするならば、脳機能の一部と心臓が近いか。

 

そして五臓にはそれぞれ支配しているものがあり、『心』の場合は『血』。

ここでいう『血』とは血液の他にも血管そのものや脈なんかも含むのだが、今回はそこまで突っ込むつもりは無いので血という表現は血液の事だと思ってくれていい。

 

そして血も五行においては火に属している。

妖刀である紅一文字が取り込むのに相性が良い、火に属するものとは血液の事である。

 

ほら、妖刀ってなんか血を求めるイメージあるじゃん。

紅一文字の(呼び名)は切れ味が良すぎて鎧ごとすっぱり斬れてしまうから、ひとたび振るえば相手の血によって(あか)い一の字が現れる事から付けられたそうだし。

 

なお指先を傷つけるのに泣き紅葉を使っているのは、泣き紅葉が自ら血を流すだけでなく相手に血を流させる力があるからだ。

短刀なんだからそりゃそうだろと思うかもしれないが、泣き紅葉の凄いところは流させる血の量を指定できること。

 

僅かな切り傷から失血死するほどの血を流させることも出来れば、大きく切りつけてもほとんど血を流させないことも出来る。

これにより小さな傷で必要な量の血を流してもらおうという訳だ。

 

しばらくして血が止まったらしく、紅一文字が口を離す。

 

五郎左殿の指についた唾液を清潔な手ぬぐいでふき取り、治癒の妖術(ヒーリング)をかける。

 

まだまだ修行中の身なので大した効果ではないが、切り傷一つ治すくらいなら問題ない。

うん、綺麗に完治したな。

 

「これを飲んでおきなされ。失った分の血を増やす薬じゃ」

 

コンが五郎左殿に小さな丸薬を渡す。

 

マヨイガの妖怪薬籠に出してもらった増血剤だ。

失血が多い場合には血を増やすとされる食材を併用する事で効果を高める必要があるが、これくらいであれば単体でも十分だろう。

 

「紅一文字の方はどうかな」

 

「なんだか体が、熱いです」

 

血を取り込んだ事で火の属性を帯びているからね。

 

「なら結構、効いている証拠だ。これなら刃を通さぬ毛皮だろうと断ち切れるだろう。ただしこの状態は長くは続かない。もって精々半日。五郎左殿、急がせるようですが準備が整い次第討伐に向かわれるのが良いでしょう」

 

弱体化するならその分火力を盛ればいい。

弱点を突き、敵の防御を無効化する。

 

あくまで一時的な効果であったとしても、紅一文字なら刃を通さぬ毛皮すら切り裂けると証明できる。

その話が広まれば、紅一文字もその力を十全に振るえるようになるだろう。

 

ちなみに、マヨイガ妖怪を使う方法とは泣き紅葉に大量の生き血を出してもらって紅一文字に飲んでもらうという力技だ。

五郎左殿の血ほどは馴染まないから、同じ効果を得ようとするとどうしても量がいる。

 

まぁ、これは紅一文字の全力を引き出すというよりは火の性質を付与するのが目的だが、それとは別に生命エネルギーを多量に含む血を取り込むことで一時的ながらパワーアップも出来る。

イメージ的には回復アイテムを追加で用意する事で消費の大きい大技を連続で使えるようになるといった感じの方向性だが。

 

というわけで別に嘘は言ってない。

意図的に言わなかった事はあるけど。

 

「かたじけない。この御恩、忘れませぬ」

 

いや、忘れてくれて構わないから。

あ、でも百重御殿的には覚えてくれていた方がありがたいのか。

 

「必ずやあの猪を討ち取り、人々の(うれ)いを払う事を()()()()()()()にお(ちか)いいたしましょう」

 

っ!!

 

何で五郎左殿の口から宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)の神名が。

 

前回も今回も五郎左殿の前で俺たちがそれを口にした事はない。

『稲荷神』となら、もしかしたら言ったかもしれないが。

 

「五郎左殿、その神名をどこで……」

 

「紅に聞きましてな。狐憑殿も天狐殿もウカノミタマ様にお仕えされていると」

 

あ、そういうこと。

 

普通に考えればそりゃそうだよな。

マヨイガ妖怪としてここにあった紅一文字は、マヨイガ稲荷神社──今は百重稲荷神社と呼ぶべきか──との付き合いも長かったわけだし、主祭神の神名くらいは当然知っているだろう。

 

「まさか()()()()()()()()()()()()()()()とは、不思議な縁を感じましたぞ」

 

は!?

 

いやまて、どういう事だ。

 

偶然……ではないだろう。

宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)の神名は固有名詞だ。

以心伝心の呪いで翻訳されたとしても、同じ意味の名である事は変わらない。

それがたまたま被るなど、そうは無いはずだ。

 

(タケルよ。今から名詞を音でも聞こえるよう、以心伝心の呪いを調整する。五郎左殿が何というかよく聞いておれ)

 

コン……了解した。

 

「そういえば以前教えていただいた国の名をど忘れしてしもうたんじゃった。すまぬがもう一度教えてもらってもいいじゃろうか。できれば五郎左殿の故郷の名も教えてもらえれば嬉しいのじゃが」

 

「構いませぬ。拙者は日乃國(ヒノクニ)飛前(フトデ)豊葉根村(タクアワトコ)の生まれでござるよ」

 

 

 

その後、五郎左殿と紅一文字はのっぽさんに案内されて百重御殿を去った。

そのまますぐに妖怪猪と再戦を果たすとの事だったので、のっぽさん経由の千里眼で観戦する事にする。

 

再び相まみえた両者の内、先に動いたのは妖怪猪だった。

前回の戦闘で紅一文字では自分を傷つけられないと学習したからか、それともよほどの自信家なのか、警戒する事無く突っ込んでくる。

態々襲い掛かったのは前回の戦闘で鬱陶しく思ったか、はたまた五郎左殿を喰らおうとしたか。

 

正に猪突猛進。

その巨体と速度は並の人間であれば来ると分かっていても避けられないだろう。

 

しかし五郎左殿は横に跳躍する事で突進の軌道から外れ、しかもあえて紙一重で避ける。

 

猪は一度走り出すとひたすらまっすぐに突き進み、簡単に曲がる事ができない……と思われてきた。

実際には急停止だろうがUターンだろうが出来るし、後ずさり(バック)だってできる。

単にその突進力と頑丈さで曲がる必要がないから曲がらないだけなのだ。

 

しかしこれは妖怪にとっては大きな意味を持つ。

人間にそう認識される事で、そのような霊梁(生態)を得る事になる。

例えそれが欠点でしかないものだったとしてもだ。

 

故に、妖怪猪は突進中に曲がらない。

あちらでも同じように思われているらしく、回避した五郎左殿に対して軌道を変えられない。

 

っていうか、五郎左殿の身体能力凄いな。

三メートルくらい跳んだぞ。

 

さらに紙一重で避けたという事は、相手は至近距離にいるという事だ。

避けると同時に振るわれた紅一文字が、相手の突進の速度をも得て妖怪猪に迫る。

 

そしてその刃が妖怪猪に触れた瞬間、相手は紅一文字(『一』を引く血の化粧)に染まった。

 

【あらゆる物を断ち切る】妖刀である紅一文字にとって、相手の大きさは意味をなさない。

ニ尺六寸五分(おおよそ80cm)刃長(はちょう)から繰り出される斬撃に触れれば、山のような巨体すら真っ二つになる。

 

ただの一撃で、妖怪猪の巨体は地に沈んだ。

完全に絶命したのを確認し、千里眼を解除する。

 

「上手く行ったようで一安心だな」

 

これでも斬れないとかなったら紅一文字がやばい事になってただろうし。

 

「お疲れ様なのだ。おやつ持って来たのだ」

 

「お、ありがとう」

 

ミコトから饅頭を受け取りながら考える。

 

五郎左殿は自分の国の名を日乃國(ヒノクニ)と言った。

コンが以心伝心の呪いを調整してくれたおかげで音と字で認識できたのだ。

 

日乃國の字は分かる。

要するに(太陽)()()という事で、向こうの字を漢字に翻訳すればそうなるのだろう。

 

問題は読みがそのまま『ヒノクニ』だったという事だ。

こちらは音をそのまま受け取っていて翻訳を通していない。

それなのに、日本語の読みで読めてしまう。

 

飛前(フトデ)豊葉根村(タクアワトコ)の読みを聴くに日本語を使っている訳ではないのは分かる。

どちらもこうは読まないからだ。

 

ただの偶然……とするには五郎左殿の故郷の神様がウカノミタマと呼ばれている事を考えると難しい。

はてさてこれはどういう事なのやら。

 

 

 

 

 

『一番ありそうなのは、かなり昔に現世からこちらに神隠しされた人間がいたという事じゃろうな。その者が残した言葉や名が今に伝わっておると考えるのが自然かのう』

 

あーそっか。

 

そうかも。




今回はコンが以心伝心の呪いを調整しましたが、もう必要ないので次回以降は元に戻ります。
なので飛前(フトデ)豊葉根村(タクアワトコ)飛前(とびまえ)豊葉根村(とよはねむら)と日本語読み表記になります。
ついでにタケルが国名を正確に認識したことで太陽の国は日乃國(ひのくに)に。


(つまず)(いし)(えん)(はし)

ふと躓いた石も、何かの縁があって多くの石の中からその石に躓いた。
自分にかかわるもの全てには、何らかの因縁があるという意味。

あなたが好きなキャラクターはだれ? メイン編

  • 隠里の主 陽宮 尊
  • 命婦専女 コン
  • 廻比目 陽宮 命
  • 人魚 耶識路姫
  • 隠里の意思 百重
  • 渡界神 フェルドナ
  • 浄火の蛇神 フォレア
  • 貴高神 ルミナ
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