俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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「ござる」は丁寧語なので普段はあまり使ってない五郎左殿。


File No.28-4 浪人 五郎左衛門の記憶(壱)

隠れ里に訪れるという不思議な出来事を体験してからこちら、何とも奇妙な出来事に巻き込まれる事が増えたものだ。

 

かの地で刀を賜り拙者の頭を痛めていた原因の妖怪を切り伏せたことで、晴れて妨げなく剣を振れるようになった。

となれば拙者とて腕に覚えのある者。

かつて剣一本で身を立てたと言われる英雄、黒金山(くろがねやま)銀志郎(ぎんしろう)のように名を轟かせたいと憧れていた。

 

すでに戦国の世も遥か昔となり、戦働(いくさばたら)きにて手柄を上げる事は難しくなったが、刀を振るう侍が不要になったかと言われるとそうではない。

ならず者や賊などは言うに及ばず、妖怪や悪鬼のような魑魅魍魎を相手取る為にも武に優れた者は必要なのだ。

 

とは言え、名も聞かぬような浪人がいきなり仕官を求めても召し抱えられる事は稀だ。

召し抱える以上、その者が不埒(ふらち)な振る舞いをすれば召し抱えている家中(かちゅう)*1の評判に傷がつく。

故に信用のおける、あるいは事を起こした時に責任を負える紹介者が必要なのだ。

 

拙者にはそのような紹介者への伝手などなく、そのやり方で仕官を目指すには時がかかりすぎる。

なので別のやり方で仕官を目指す。

 

その方法とは武芸者として名を広める事だ。

道場破りをしたり名のある悪鬼を打ち取ったりして実力を知らしめる。

そうすると、これほど強いならば多少の事には目を瞑ってでも召し抱えた方が利になると考える者がでてくる。

 

強者を召し抱えているという評判は、案外馬鹿にならない利をもたらすのだ。

名が広まれば本人の評判もそれなりに聞こえてくるので、多少なりとも信用がおけるか判断する材料になるというのもある。

 

実際にそんなことが出来るのはほんの一握りであり、数え切れぬほどの武芸者がそれを目指しては道半ばで自分の実力の程を思い知らされる。

しかし武芸の道に進んだからには己の実力が世に通じるのか試してみたいと思う気持ちがあるのだ。

 

その為には各地を巡って強者と相まみえねばならぬ。

しばらくは放浪生活となるだろうが、隠れ里にて賜った紅と共にであれば必ずや成し遂げられるという自信もあった。

 

 

 

それから様々な場所を巡り、幾度となく強者と打ち合う事になる。

詳しくは語り始めれば終わらなくなる故にまたの機会とするが、妙に人ならざる者と出会うような気がするのは拙者の気のせいであろうか。

 

東に行けば人を喰らう大鬼に出会い、北へ向かえば拙者の膝程の大きさしかない小人の(あやかし)から熊退治を頼まれる。

山道を通れば元は畜生の類であったであろう(あやかし)が幾度となく現れ、船に乗れば巨大な蛸の(あやかし)が出迎える。

挙句の果てには神社で神の使いと問答する事になる始末。

 

もっとも、一番驚いたのは紅が女子(おなご)に変じたときであったのだが。

良き(あやかし)も多かったのだが、当然ながら人や他の(あやかし)(あだ)なす者もいた。

悪戯が過ぎる(あやかし)を懲らしめ、人を喰らう悪鬼を討つ。

 

そのような旅を続けていくうち、旅立つ前よりもはるかに強くなっている自分に気付く。

以前であれば途中で休息を入れていたであろう道のりも一足飛びに駆け抜け、一抱えもある岩を持ち上げる事もできるようになっていた。

 

刀の冴えも一年前と比べ物にならぬ。

何より紅の鋭さよ。

鉄の塊ですら水を斬ったが如く刃が入る。

 

それでいて女子に変じれば何かと世話を焼いてくれる。

紅がおらねば拙者も飯に着物にと無頓着であっただろう。

本当に拙者にはもったいない良き刀で良き女子だ。

 

っと、今はそのような話では無かったな。

 

とにかく拙者は強くなった。

それゆえ、少し驕っていたのやも知れぬ。

 

 

 

始まりはとある村へ向かっていた時の事。

その村へと続く道に見上げるような大蛇がとぐろを巻いていた。

 

これほどの大蛇であればさぞかし強大な力を持つ(あやかし)であろうと思うものだが、どうにも大した気配は感じられぬ。

精々がそこらの畜生上がりの(あやかし)よりは少し強い程度。

さては大蛇に化けて人を脅かそうとしておる別の(あやかし)だなと当たりをつけ、その大蛇に話しかける。

 

この程度であれば何をされたところで対処できる。

それよりもこのまま居座られてはこの道を使っている者が恐れて通れなくなってしまう。

そうなれば大蛇を退治せんと侍などの腕の立つ者が呼ばれるだろう。

とてもではないがそのような者達に対抗できるような(あやかし)には見えぬ。

 

この(あやかし)とて悪戯で命を落としたくはあるまい。

話が通じ、それで事が済むならその方が良い。

 

「これこれ、そこな大蛇よ。このような道の真ん中に居座られては通る事が出来ぬ。今日は良き日和にて日向ぼっこをしたい気持ちも分かるが、少し場所を移してはくれぬか」

 

言外に大蛇に化けたとて欠片も恐ろしくはないぞと含みを持たせる。

このような悪戯は無意味であったと思わせれば、もう同じようなことはせぬだろう。

(おど)かすくらいであれば妖怪の(さが)のようなもの。

度が過ぎなければ拙者とてわざわざ討伐するような事はせぬが、悪戯を繰り返して討たれるような事になればそれはそれで自業自得だ。

 

この場から去るならその後の事まで口を出すつもりは無し。

どかずに人々に迷惑をかけるようであれば少し痛い目を見せてやろう。

そのつもりで声をかけたのだったが、結果はそのどちらでも無かった。

 

大蛇が女子(おなご)に姿を変えたのだ。

いや、大蛇に化けていた(あやかし)が今度は人に化けたと言った方が正しかろう。

 

小菊(こぎく)』を名乗ったその(あやかし)は、拙者に助けを求めてきた。

 

何でも小菊殿はこの道の先にある村で世話になっていたのだが、少し前から村の近くに大猪の(あやかし)が住み着いてしまったそうな。

その大猪によって田畑は荒らされ、村の者が何人も襲われたらしい。

そのため村人は畑仕事に出る事すらできなくなってしまったそうだ。

 

このままでは作付けも田植えも出来ぬ。

そうなれば最後には村を捨てるしかなくなってしまう。

小菊殿はそんな村人を助けたいと思い大猪を倒せるほどの武芸者──小菊殿が化けた大蛇を見ても恐れぬほどの強者──を探しに来たという。

 

そういう事であれば拙者が力になれるであろう。

 

しかし、小菊殿の顔色はあまりよろしくない。

どうやら拙者の得物が刀であった事が理由のようだ。

なんでも件の大猪はかつて御高峠(みたかとうげ)に現れて暴れまわったとされる猪貪怒(いのどんど)なる妖怪ではないかと言われているらしい。

 

猪貪怒(いのどんど)は家よりも大きな背丈を持ち、その毛皮はいかなる刀も矢も通さなかったという。

件の大猪はその特徴に一致しており、腕に覚えのある村人やたまたま村に来ていた武芸者が討ち取らんと刀を取ったが誰も傷一つ付けることが出来なかったそうだ。

 

刀では倒せぬ。

 

故に欲しいのは力士(ちからひと)*2のような打撃を主とする武芸者。

強者は強者を知ると聞くので、そのような者を知らないかと問われた。

 

聞くところに寄れば猪貪怒(いのどんど)はかつて暴れた際にタケミカヅチ様の加護を得た力士(ちからひと)の張り手によって御高山(みたかやま)に叩き込まれ、その後に起きた山崩れによって山の中に封じ込められたそうな。

 

なるほど力士(ちからひと)を求める理由は分かった。

しかし生憎と拙者には腕の立つ力士(ちからひと)の知り合いはおらぬ。

 

なに、安心せよ。

拙者の得物は確かに刀だが、これは隠れ里にて神の使いより賜った至極の名刀。

刀を通さぬ程度の妖なんぞ既に斬った事がある。

 

そう伝えると、小菊殿はそれならばと喜びの表情を見せた。

大猪を退治した暁には、精一杯の持て成しをさせてもらうという。

ただ、あまり裕福とは言えぬ村であるから金品に関しては期待するほどの用意はできないだろうとも。

それでも助けてくださいますかと聞く小菊殿に、力強く頷く。

 

拙者の目的は天下に名を轟かせ、剣の腕にて身を立てる事。

その様な(あやかし)を退治したとあれば、拙者の噂も千里を駆けよう。

それに災難を(こうむ)った村人たちを哀れに思うのもある。

なに、一宿一飯の宿と路銀の足しになれば御の字よ。

 

 

 

小菊殿にその大猪の居場所を聞き、その場所へ向かうと確かにいた。

家よりも大きいとは聞いていたが、実際に見ると迫力が違う。

 

「紅、行けるか?」

 

『はい、いつでも』

 

愛刀を構え、大猪に近づく。

そやつはこちらを気にすることなく、一心不乱に何かを貪り食っていた。

これほどまでに近づいても何の反応も無いのは強者の余裕か、はたまた拙者達に気付いておらぬのか。

 

しかし拙者達にとっては好都合。

ここは既に必殺の間合い。

振り下ろされた刃が大猪を襲う。

 

『!?』

 

だが必殺を確信した一撃は、大猪に通らなかった。

紅の刃が、毛皮を滑るように弾かれる。

それと同時に、大猪が吠えた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

幸いなのは拙者達が背後から仕掛けていた事か。

身を捻り拙者達に向き直るという動作が挟まったおかげで、大きな隙を晒さずに構え直す事が出来た。

 

拙者達を正面に捉えた大猪は、間髪入れずに突進を仕掛けてくる。

普通の人間であれば反応すらできないであろうが、拙者達を嘗めないで貰おうか。

 

とっさに突進の射線上から飛びのき、すれ違いざまに紅を振るう。

しかし斬る事は敵わず。

毛皮が駄目なら毛に覆われていない鼻ならどうかと思ったが、同じように刃が通らぬらしい。

 

凄まじい突撃に弾かれ、その衝撃が腕にまで伝わる。

まさかこれほどとは。

 

拙者の横を通り過ぎた大猪は大きく旋回して再び拙者達を葬らんと猛進してくる。

その姿は雄々しく力強い筈であるのに、拙者にはなぜか強迫観念に突き動かされているように見えた。

まるで()()()()()()()()()()()と焦っているように。

 

奴の突進の威力は脅威だが、動きが直線的故に避けるのはそう難しくはない。

とはいえ状況は悪い。

こちらには奴に通じる攻撃が無い。

ならば状況は堂々巡りし、いずれ疲労で攻撃を避けられなくなる。

 

並の武芸者よりも体力はあると自負しているが、それでも妖怪相手では分が悪い。

ならばいったん引いて策を練るべきだとは思うが、移動速度という点では奴の方が上だ。

逃げても追いつかれるうえに下手をすれば村や町に奴を呼び込む羽目になる。

 

ならば。

 

「紅、界渡(はてわたり)を使うぞ」

 

『っ! 仕方ありません』

 

再び奴の突進を躱して紅を振るう。

しかし今度の狙いは奴ではない。

 

斬るのは目の前の空間。

 

そこに紅の刃を走らせる事で()()()()()()

 

斬り分けた世界の端は(空間の果て)と成る。

 

するとそこには境界が生じ、異界(異なる空間の果て)と交わる。

 

そこに入り込むことで()()()()()

 

故にその秘儀の名は『界渡(はてわたり)』。

 

分かたれた世界はすぐに直ってしまうので奴が追ってくる心配もない。

どこの異界に通じたかは分からないが、周囲に危険は見当たらぬ。

切り札の一つとして紅に教えてもらったが、場合によっては危険な異界に出る事もある故に戦闘中にはあまり使いたくはない技だ。

 

「まさか紅でも斬れぬような輩がいたとは」

 

さてどうするかと考えていると、紅が女子に化けた。

 

「申し訳ありません、貴方様。私の力が足りずにこのような……」

 

「何を言っておるのだ紅は」

 

()に非はない。

力足らずというならば、使い手である拙者の方。

紅の力に驕り、ろくに情報も集めずに相手の実力を見誤ったうつけ者よ。

 

紅であれば如何なる相手でも斬れると疑わなかった。

信じたのではなく、慢心していた。

界渡(はてわたり)を覚えたこともそれに拍車をかけていたやも知れぬ。

いざとなればすぐ撤退できるという楽観もあったのは間違いない。

 

「拙者が人事を尽くす事を怠ったせいよ。これはまた一から鍛え直さねばならんな。だが今はそれより奴を退治する方法を考えねば」

 

悠長にしていればまた被害が出る。

すでに大見得を切った手前、このまま逃げ出すなど出来るはずも無し。

さてどうするか。

 

強靭な表皮を持つ相手の倒し方として有名なものといえば、口内などの柔らかい内側を狙うというものだが……。

 

流石に口の中は難しい。

少なくとも口を開けたまま突進してくるような真似はするまい。

 

ならば腹であればどうか。

あの速度での突進を避けたうえで懐に潜り込む。

まずこれが難しい。

避けるだけなら何とかなるが、狙いが腹の下ともなれば下手をうつと踏み殺されかねん。

 

それに運よく潜り込めたところで、そこから紅を振るうのは難しい。

奴がいくら大きいとはいえ、腹の下ともなれば屈み込まねば……いや、地面に体を擦らせるように滑り込むしかない。

例え腹に毛がなくともその姿勢から繰り出す斬撃で傷つけられるとは思えぬ。

 

更にそもそも本当に肌が出ている部分があるのか分からない。

一か八かで狙うには分が悪いか。

 

他にもあれはどうか、これはどうかと検討したが、なかなか良案は出なかった。

紅と共に頭を突き合わせて考えていると、不意に紅が声を上げた。

 

稲荷狐(いなりのきつね)様に知恵をお借りするのはどうでしょう」

 

なるほど、隠れ里にて紅を授けて下さったあの女性か。

確か名を天狐と言ったはず。

 

以前紅から聞いたのだが、かの女性は拙者の故郷の神と神名を同じくする神に仕えているそうな。

それもかなり高い(くらい)()いているらしい。

初めてお会いした時には神々(こうごう)しさすら感じたものだ。

それほどの者ならよき知恵を授けて下さるやもしれぬ。

 

しかし隠れ里に行くにはちと遠くはないか。

あそこまで戻るとなると往復するだけでもかなりの日数がかかる。

流石にそれほど時をかける事は出来ぬ。

 

そう思ったのだが、紅によれば隠れ里は特定の場所にあるのではなく、隠れ里に認められた者のみが辿り着くことが出来る、この世ならざる地にあるそうなのだ。

本来であれば望んで行く事は出来ぬが、特別な条件を満たした者が紅のような隠れ里にまつわる者を先導とする事で行く事ができるらしい。

 

特別な条件とやらはいくつかあるようだが、拙者はそのうちの一つである『(あやかし)(そば)にある者』という条件を満たしているとの事。

確かに拙者は刀の(あやかし)である紅が傍におるし、最近は(あやかし)と関わる事も多いと思っていたが、そのような事で良いのだろうか。

そう思わなくもないが、紅が行けるというのであればそうなのだろう。

 

先導(案内)を紅に頼み、再び界渡(はてわたり)を使う。

流石に直接は届かぬという事で一度別の異界を経由し、辿り着いた先は一本道の続く森の中。

紅が「懐かしい空気を感じます」と言ったので無事目的の隠れ里へ渡れたのであろう。

 

そのまま紅に連れられて道を進めば、やがて見覚えのある門に辿り着いた。

そしてそこにはやはり見覚えのある男が立っている。

以前ここに訪れた際に、共に妖札という遊戯で遊んだ男だ。

 

「お久しくございますな、五郎左衛門様。紅一文字。本日はいかがされましたか?」

 

どうやら相手も拙者の事を覚えていたようだ。

紅が案内役として稲荷狐(天狐)様に会いに来たことを告げる。

すると相手の男もすんなりと門の中へ通してくれた。

 

そのまま男の後ろをついて行くと、屋敷の縁側にて天狐様と見覚えのない男女の姿があった。

 

「おお、久しぶりじゃな五郎左殿。壮健であったか」

 

「ご無沙汰しております、天狐殿。おかげさまで頭痛もすっかり良くなり申した」

 

天狐様と久方ぶりになる挨拶を交わす。

よもや再びお会いする事になるとは当時は思いもしなかった。

 

「紅一文字も元気……とは言い難いようじゃのぅ」

 

……やはり天狐様も気づかれたか。

 

紅は大猪を斬れなかったのは己の力不足と悔やんでいた。

力不足というのであれば拙者の方に他ならぬ。

ただでさえ紅にはいつも助けられ、頼り切りになってしまっておるのに。

 

「お久しぶりです、稲荷狐様。やはり稲荷狐様の目は誤魔化せませんか。本日はその件でお願いがあってまいりました」

 

「ふむ」

 

天狐様は相槌を打つと隣の男を見る。

その様子はもしや隣の男の方が上役という事か?

 

「なにやら事情があるようですね。こんな所で立ち話もなんです。こんごうさん、お二人を座敷まで案内して差し上げなさい」

 

 

 

言われるままに場所を移し、かつて妖札をした見覚えのある部屋に通された。

 

「さて、知った顔も多いですが改めて名乗りましょう。私はこの隠れ里、百重御殿の(あるじ)。名を狐憑(きつねつき)。以前お会いした時は禰宜(ねぎ)を名乗っていましたがね」

 

そういえば共に妖札を遊んだ男がそう名乗っていた。

禰宜とは名ではなく職称ではないのかと思った記憶があるゆえ間違いない。

見覚えが無いと思っていたが、あの時は素顔を晒してはいなかったな。

かつてと同じ面をしていれば気づけただろうか。

 

狐憑(きつねつき)の懐刀*3、天狐じゃ」

 

天狐殿が改めて名乗る。

先ほどのやり取りから薄々感じておったが、やはり天狐殿は狐憑殿に仕えておるのか。

かつて訪れた時は天狐殿が主であるかのように見えたが、狐憑殿は名を隠し従者のように振舞う事で傍から拙者を見定めようとしていたのだろうか。

 

いや、以前紅に聞いた事と禰宜を名乗っていた事を考えれば館の主人は狐憑殿であるが、神に仕える神職としては天狐殿の方が階級が高いという可能性もあるか?

以前は神を祀るこの地に招かれた故に天狐殿が迎えたが、此度は拙者の方から来た故に館の主人である狐憑殿が相手を致すと。

 

どのみち確証はないが、とりあえずこのように言われたのであれば狐憑殿を上と見ておればよかろう。

 

狐憑(きつねつき)の妻、廻比目(めぐりひもく)と申します」

 

なんと。

 

随分と幼げに見える故に奉公の子供かと思えば、狐憑殿の奥方であったか。

確かにこの気品と立ち振る舞いを思えば見かけが幼いだけなのやも知れぬ。

ここは人の世の(ことわり)が通じぬとされる隠れ里。

幼き見目(みめ)にありながら年を重ねている事もありうるだろう。

 

もちろん見た目通りの歳という事も否定できぬ。

政略結婚の類ではあるが、成人してもおらぬ殿(との)に産まれたばかりの姫が嫁いだという話もないではないのだ。

 

それから拙者が改めて名乗り、紅が続いた。

 

「ところで、何か頼み事があるとの事ですが」

 

「はい、大猪(おおいのしし)退治にてお知恵をお借りしたく」

 

挨拶も終えたところで、ようやく本題に入る。

良き知恵を得られると良いのだが。

 

「具体的にはどのような?」

 

そう聞かれて、拙者は大蛇に聞いた話とその後の顛末を述べる。

紅ですら斬れなかった事。

誠に悔しいが拙者達には打つ手が思いつかなかった事も包み隠さずにだ。

 

「ふむ。いくつか思いつく手はありますが、実物を見てみない事にはなんとも言えませんね」

 

おお、これは期待できるのではないだろうか。

紅の提案を採用して正解であったな。

 

物見(ものみ)を出して詳しく調べさせましょう。それまでの間、五郎左殿と紅一文字には部屋を用意しますのでゆるりとお(くつろ)ぎください」

 

それは(かたじけな)い。

できればなるべく急ぎたい所ではあるが、焦っても良いことはない。

拙者のするべきは物見が戻るまでに英気を養い、準備を万全にしておく事だ。

 

「はやる気持ちは分かりますがご安心を。ここは人の世の(ことわり)の通じぬ隠れ里。中で半日過ごしても外では大した時間は経ってはいない、などという芸当も出来るのですよ」

 

なんと、そのような事が。

*1
ここでは領地を治めている組織の事を指す

*2
古事記に書かれた力士の文字を訓したもの。本作では武芸としての相撲を修めた者と解釈している

*3
護身の為に懐に忍ばせた小さな守り刀。転じて身近で頼りになる家来の事




tkm9918様、誤字報告ありがとうございます。
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