「神殿、ですか?」
「ええ。異界の神とはいえ、いくつか
ある日、いつものようにマヨイガにやって来たルミナ神がそんな事を言い出した。
曰く、ミルラト神話圏でキツネツキの名声が高まってきているとの事。
なんでもフェルドナ神に送ったサツマイモによって、あくまで現時点ではという但し書きがつくが去年から今年にかけての餓死者が例年の同時期と比べて半分を下回っているという結果になったそうな。
場所によっては一人の餓死者も出なかったところもあったらしい。
喜ばしい事なんだが、現世ほど人口が多くないとはいえ複数の国にまたがるミルラト神話圏でそれを達成するって、あれからどんだけ増やしたんだろうかフェルドナ神。
それほどの偉業を成し遂げたフェルドナ神への信仰は絶賛
それだけなら
基本的に個人での信仰が主だった今までと違い、それほど規模は大きくないとはいえ集団での信仰にシフトし始めている。
人が集まれば全体に対する影響力は増していき、そうなるとそれを利用して良からぬ事を企む輩がでてくるのである。
もちろんミルラト神話圏においてもそのような輩から市民を守るべく働く警察のような組織がある訳だが、それが各神々の神殿の聖騎士隊だ。
基本的にそのような事が起こった場合、その地域を担当している聖騎士隊がそれを調査し犯人を逮捕するのだが、問題はその後なのだそうな。
ミルラト神話圏では法による一定の刑罰もあるが、それに加えて利用された神々によって追加の制裁があるとのこと。
もちろん神が直接出てくる訳ではなく、それぞれの神を祀る神殿に蓄積された記録から該当の神がどの程度の制裁を望んでいるかを神官が類推する。
過去に神託という形で神の意思が示されてきたからこその制度であり、今でも偶に神の意思から大きく外れた場合は新たな神託が下されることがあるらしい。
参考として一番振れ幅が大きいのは捧げられた供物を盗んだ場合だとか。
苛烈なものでは斬首という場合もあれば、法による刑罰以上は望まない神もいる。
餓死しかけていて心ならずも供物の食べ物に手を出してしまったなどの情状酌量の余地があった場合には、「供物はその者に
逆に一番振れ幅が少ないのはその資格もない人間が神の言葉を騙って悪事を働いた場合。
大抵の場合は極刑だそうな。
というか、その場合は刑罰以前に神罰が下るらしいが。
問題は
その方面の刑罰は神の意思を上乗せする事を前提とした最低ラインのものであり、単体で見れば比較的軽いものが多い。
つまりそれだけでは犯罪に対する抑止力として不十分なのだ。
そして神官たちも勝手に制裁を決める訳にはいかない以上、法による刑罰以上の罰は科せられない。
なのでどこかのタイミングで一度
とはいえ適当に降臨して語ればいいという訳ではなく、その言葉を実行する神官に必要な権威を与えるという意味でも自身の神殿を構えてそこに降臨するのが望ましい。
以後はそこから必要な情報を発信していくという形になるだろう。
俺は
放っておいたらミルラト神話圏の人々に迷惑がかかるのが目に見えているだけに知らぬ存ぜぬという訳にもいかない。
俺たちが現世に帰った後の事は、受け皿を失った信仰によってその役目を持った新たな神が顕現するそうなので心配しなくていいのが救いか。
「意図は理解しました。こちらとしても異論はありません。とはいえ
マヨイガに建てても意味は無いし。
ラクル村の近くの森で神のいない区域の一部を切り開き、マヨイガ妖怪の力を借りてそれっぽいものを作るのが現実的か。
もっとも、一番の問題は
まぁ、ルミナ神がそれに思い至らない訳がないので、解決案を持ってきているのだろうけども。
「それなら心配には及びませんわよ。カロミラナルに良い場所がありますの。そこなら
この場合の「領域」はルミナ神の影響力が大きい土地の事だ。
ルミナ神を信仰している人間の比率が多い土地、と言い換えてもいい。
それにしてもカロミラナルってどこかで聞いたような。
(あれじゃよ。前に来た吸血鬼の名前に入っておった地名じゃな)
隣に座っているコンがこっそり精神感応で教えてくれた。
そう言えばそうだったな。
確かエルラさんの実家が領主を務めている土地だったか。
「具体的に言うと、この辺りですわね」
ルミナ神が懐から地図のようなものを取り出して座卓の上に広げる。
かなり大雑把なうえに必要最低限の情報しか書き込まれていない手書きの地図だったが、おそらくあえてそうしているのだろう。
元々は軽々しく他人に見せて良いようなものじゃないのよ。
ルミナ神はコンが千里眼を使えるのを知っているので、このくらいまでなら隠す意味がないと判断しての公開だと思われる。
ぶっちゃけ陸地の大まかな輪郭とラクル村周辺と
それによるとマヨイガの起点にほど近いラクル村が地図の右の方にあり、その更に右側は海になっている。
実際にはその間に森や山があるのだが、位置関係から見るに右が東で上が北か。
余談だがここから海を越えて更に右の方へ行くと
そしてラクル村から見て西北西に向かうとサクトリアがある。
そのサクトリアの南南西にある線で囲われた部分、どうやらそこがカロミラナルのようだ。
ルミナ神の指先は、カロミラナルの中に記された一つの記号を指していた。
記号の横にイナリアという文字が見える。
サクトリアと比較するに、この記号はおそらく『都市』を表すものだろう。
記号の線が一本少ないが、これは都市の大きさによって変わる可能性が濃厚か。
なお、文字はミルラト神話圏で使われているものだったが普通に読めた。
以心伝心の呪いの文字バージョンみたいな術をルミナ神が込めてくれていたようだ。
コンも同じような
あくまで込められた意味を相手に伝えられるようにする為の
あと文字の認識を差し替えるものなので、その単語をどれか別の言語の文字で読めないと効果を発揮しないとのこと。
「このイナリアという都市の南側に
あくまで異界神という事もあり、流石に単独でドンと建てる訳にはいかないそうだ。
ミルラト神話圏では複数の神を信仰する事は基本的に認められている。
なので神殿の領域に縁ある他の神の神殿がある事自体は珍しい事ではないのだとか。
ルミナ神はサクトリアの大神殿の他にも十二の神殿と、百を超える小神殿を持っているそうだ。
ミルラト神話圏における神殿とは神の座する場所であり、神を迎える場所でもある。
無理矢理人間の感覚に直すとするなら、ルミナ神にとってサクトリアの大神殿は
小神殿は
あくまでミルラト神族の視点で見れば、の話しだが。
神殿の領域にある他の神の神殿は、特定の神専用の離れ座敷といった感覚が近いらしい。
建物の管理も
扱いとしては小神殿に近いが、眷属神などはそこが実質的な
「なるほど、それなら場所は問題なさそうですね」
実質的にミルラト神話圏での
正直
イメージとしては諸々の施設を含めて現世で言う少し大きめの公民館くらいの広さが欲しいところではある。
「さしあたって一万九千
「いや、ちょっと待ってください」
なんか桁が違う広さを提示された。
単位が『坪』なのはミルラト神話圏の単位で似たようなのがあるらしいので、それが以心伝心の呪いで翻訳された結果だとして。
一坪はおおよそ3.3平方メートルなので、一万九千坪は6万平方メートルを超える大きさになる。
数字だけ聞いてもピンと来ないと思うが、上手い例えが思いつかないのだ。
「それは流石に大きすぎませんか? あくまで
「そんな事はありませんわ。
ルミナ神曰く、むしろこれくらいでないとルミナ神の沽券に関わるらしい。
この辺は日本と比べて人の住んでいない土地が広く、確保が比較的容易だからという面もあるかもしれない。
それにあくまで領域の面積であって、施設等が全域にある必要は無い。
総面積の殆どが裏庭という名目の放置された空間である事も珍しくないそうだ。
場合によっては人の手が全く入っていない、魔獣の跋扈する危険地帯を含んでいるところもあるらしい。
流石に
また、これほどの大きさになっているのは
例えばサクトリアのルミナ神の神殿の敷地は、付属している公園などの関連施設を含めると50万平方メートルオーバー。
しかもサクトリアの神殿は都市機能との兼ね合いから比較的狭く、建物の規模はともかく敷地面積という点ではイナリアの神殿の方が広いらしい。
「神殿を作る為の資金・人員・物資は全て此方で用意いたしますわ。タケルさんにはお好きなように希望を言っていただいて、後はぜんぶこちらに任せて下さいな」
「いや、そこまでしてもらうのは流石に……」
「何を遠慮していますの。あなた方が
そっちの心配はしていませんよ。
それにルミナ神が厚意でそう言ってくれているのは分かる。
しかし神の厚意は人への恩恵と同時に苦労も招く事が多いからちょっと警戒してしまうのだ。
例えばフェルドナ神の劇の時だが、ルミナ神は俺たちがミルラト神話圏に干渉しても他の神に手出しされないように、態々劇中に
そのお陰もあって今のところミルラト神族からちょっかいをかけられた事はない。
そうでなければ面倒事を引き連れてマヨイガに乗り込んでくる
ただまぁ、せめて相談して欲しかったなぁという気持ちはあるのだ。
いきなり現人神にされた俺の気持ちも考えて欲しい。
……無理だろうな。
人と神、それも自然神では考え方が違いすぎる。
俺だってルミナ神の気持ちを本当の意味で理解できているわけじゃないのだ。
「そう構えないでくださいな。ぶっちゃけて言ってしまいますと、今後も影響力が増していく事が目に見えている
そっちでもないのですが。
とはいえ、そんな気はしていた。
厚意で提案してくれているのは間違いないだろうけど、それはそれとしてしっかり自分の利益も確保するように動いているんだろうなという確信に似た何かが。
フェルドナ神の劇の時もそうだった。
友神だと広める事で厄介事から遠ざけてくれたが、その手段として友人だと広めるという方法を取ったのはそれがルミナ神にとって有益だったからだ。
友神であってもそれはそれ、これはこれなのである。
そう考えると遠慮する必要もないかと思えてしまう。
それに、ここまでお膳立てしてもらって断るのも無粋か。
コンが何も言わないという事は、少なくとも反対はしていないのだろうし。
(せっかくルミナ神もこう言っておることじゃし、どうせなら立派なのを作ってもらうと良い。なんせ現世に戻ったらこんな機会はまず無いじゃろうからな)
あ、コンは賛成側なのね。
確かに異世界に
「そういう事でしたら、厚意に甘えさせていただきます」
「ええ、おまかせ下さいな」
「そういえば
ミルラト神話圏式の神殿も素晴らしくはあるんだが、どうせなら日本式の神社がいい。
ルミナ神はどう考えているか分からないが、聞くだけならタダだ。
ダメと言われたらその時はその時である。
「もちろん。むしろ異界神なのですから
それは仕方ないでだろう。
釘を使わず木と木を繋ぎ合わせる『木組み』とか、それこそ熟練の技を要求されるわけだし。
「では改めてタケルさんの希望を……、あ、そうでしたわ。こちらで使っていた紙、確か和紙と言っていたと思いますが、それに希望の完成予想図を書いて欲しいんですの」
「それは構いませんが、何で和紙を?」
「単純に
なるほど。
和紙は上質紙などと比べてインクが滲みやすく細かい描写には不向きだが、別に製図をするという訳でもないし大丈夫だろう。
ひとくちに和紙といっても様々な種類があり、最近では写真の印刷なども問題なくできる和紙が開発されたりしているそうだが、残念ながらそういうのは百重御殿にはまだ無いのだ。
あと、ルミナ神の発言が神殿から神社に変わっているが、これはルミナ神が神殿を日本式で作ってくれるという事で俺の中の認識が神殿から神社に変わったからだ。
ただ以心伝心の呪いによる翻訳結果が変わっただけなので、ルミナ神が言い方を変えた訳ではない。
それでは折角だし、ちょっとは欲張っちゃいますかね。
これがルミナ神にも利があるというのなら、かえって遠慮なく注文を付けられるというものだ。
「前々から上手いとは思ってたが」
「見事なものじゃのう」
「凄いですわね」
「にひひ、照れるのだ」
ミコトの筆捌きによって次々と描かれていく神社の完成予想図。
俺の頭の中にあるそれをコンが幻術によって投影し、ミコトが絵にしていく。
しかも数色とはいえ色付きで、である。
その染筆速度が尋常ではなく、ほとんど手が止まらないのだ。
あれよあれよという間にまた一枚、新たな絵が完成した。
「これは……ミリアレナに見せたら面白い事になりそうですわね」
『地位は人を作る』
地位に就いた人間は、その地位に相応しく成長していく事の例え。
そう言う意味ではタケルはどうでしょうかね。