俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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前回の投稿から半年以上たっているだと!?
大変お待たせいたしました。

今話は話の構成上、他者視点からになります。
タケル視点の御話はまた明日にでも。

今回の語り部はかなり訛りのある喋り方をします。
なるべく読める読めると思う程度に崩しておりますが、読み手側からしたらどうだったでしょうか。
文末にアンケートを用意しておきますので、もし読みにくいという意見が一定以上の割合であれば標準語に近くなるように書き直すかもしれません。

※過去話の地形の表現を一部修正しました。


File No.35-1 彫刻家 オウロの記憶

ある日いつものように仕事場に行くと、完成品の石像の前に一人の男が浮かんじょった。

その男はおらに気が付くと、つつーと滑るような動きでこちらに向かってくる。

それで一つの石像を指さすと──

 

『あれを作ったのは貴方か?』

 

「あ、ああ。そうじゃが」

 

『やはり! この石像の力強さと躍動感、見る者を圧倒する存在感は並の彫刻家には到底真似できる代物ではない。さぞ名のある職人とお見受けした』

 

おらが答えると、その男はおらの作った石像を褒めたたえる。

彫刻家として自分の作品が褒められるのは嬉しいもんじゃ。

 

けど、こいつは誰じゃ?

一瞬盗人かと思うたが、この建物にはしっかりと鍵がかかっとったし、採光用の窓は全て塞がっとる。

入り口は一つだけじゃから他に人が入って来れるところはない。

何より常に宙に浮いちょる。

 

こりゃぁあれか、どこぞから化けて出た幽霊か。

近くで人が死んだっちゅう話は聞いとらんのだが。

どうもおらは霊感とかいうもんが強いらしく、偶にこんな人間を見る事がある。

これほどはっきりと見えるこたぁ滅多にないし、先に相手から話しかけられたんも初めてだが。

 

「それで、幽霊がなんでこんなところにおるんじゃ?」

 

『幽霊?』

 

「そうじゃ。おめぇさん、幽霊じゃろ」

 

そう言うと男は自分の体をぺたぺたと触り始め、やがて足が地についていない事に気が付く。

死した魂は地母神ネティア様の元を離れ、冥府神ゴーグス様のおられる雲の神殿に向かう為に宙に浮くちゅうのは有名な話だ。

 

『おお、本当だ。私は幽霊だったのか』

 

こいつ、自分が死んだことに気付いとらんかったんか。

おらとて幽霊が見えるだけで幽霊に詳しい訳ではなし。

そんな幽霊もおるんじゃろう。

 

「で、おめぇさんは誰なんじゃ?」

 

『あー、私は……私は誰だ? 自分でも分からん』

 

続く問いにも幽霊は首をかしげるばかり。

名前も、生まれも、何者かさえ覚えとらんちゅう。

記憶喪失ちゅうやつか。

こりゃぁまた難儀な。

 

『だが一つ覚えている事がある。私は成すべき事の為にここに来たのだ』

 

「そりゃぁいったい」

 

『…………忘れた』

 

おい!

 

結局覚えとらんのかい。

とはいえ態々こんなところまで来るとなりゃぁ理由はかなり限られるじゃろう。

最初におらの作った石像の前におった事を考えると、他の石像を見せて回りゃぁ何か思い出すかもしれん。

 

「まぁ、せっかく来たんじゃ。仕事の様子でも見ていくか?」

 

『おお、良いのか!? 是非ともお願いしたい!』

 

お、おう。

そんなに喜ばれると何だか歯がゆいのぅ。

 

「そういえばおめーさん、名前を憶えていないと言うが呼び名が無いのも不便じゃ。何か呼び方を決めてくれ」

 

『ぬ、そうだな。ではラダ・ルウム*1──ラダと呼んでくれ』

 

いや、ラダ(名無し)って。

おめーさん、それでええのか。

 

 

 

 

 

それからしばらくの日が経ったが、結局ラダの記憶が戻る事は無かった。

しかもどうやらおれが取り憑かれちまったみてーで、ラダはおらからあまり離れることが出来んようになっちまった。

ラダにそのつもりがあった訳じゃなく、いつの間にか取り憑いてしまっっとた事を謝られた。

今のところは悪い事にはなっとらんので気にはしとらんが。

 

「結局、今日も手掛かりはなしか」

 

『うーむ。私もオウロのように石像を彫ってみれば思い出すかと思ったのだが、(のみ)すら握れないとは、口惜しや』

 

最初こそ何か記憶を戻す助けになりゃぁと色々やってみたが、おらも生活があるでこれ以上仕事を放りだす訳にもいかん。

そう思い作りかけの石像を彫り始めると、ラダがそれに興味を示してきた。

曰く、おらが石を彫っとるのを見ると無性にそれが気になるんじゃと。

 

なら自分でもやってみるかと予備の道具と石材をもってきてみたが、何とラダがそれを手に取ろうとするとすり抜けてしまったんじゃ。

考えてみりゃぁ扉とかすり抜けとったし、母なる大地(ネティア様)の元を離れた幽霊は大地から生まれた物に触れられんちゅう話もある。

神々の作りたもうた神器ならともかく、人が作り大地に還る道具では幽霊が持つこたぁかなわんか。

 

「しかたないさ。幸い今日の分で今請け負っとる仕事は終わりじゃ。明日は他の方法をじっくり考えようじゃないか」

 

『手間をかけさせてすまないな、オウロ』

 

「なーに、気にすんな」

 

既に日も暮れ、月の明りが窓から差し込んじょる。

明日の為にも英気を養おうと床に就く。

 

「じゃぁ、また明日な」

 

『ああ。お休み、オウロ』

 

その声を聞いたのち、おらはすぐに眠りの中へとおちていった。

 

 

 

 

 

 

『オウロ、オウロ!』

 

窓から入る月明りに照らされる中、ラダの声に目を覚ます。

うーん、まだ夜でねえか。

 

「いったいどうした」

 

『どうやらお別れの時が来たらしい』

 

「おい、それはどういう──」

 

その言葉は最後まで紡げんかった。

それよりも先に、認識してしもうた。

月明りに映し出されて、そこに『死の神』が立っとった。

 

とっさに寝床から這い出し、跪き、片手を胸に当てる。

人の姿をしとりながら人ならざるほどの美貌。

思わず膝をついてしまうその圧倒的な神威。

 

初めてお目にかかる。

しかし一目で理解できてしもうた。

 

これが──『神』。

 

幾百もの神像を作ってきたおらだが、本物に比べりゃぁなんと粗悪な事か。

ラダもおらと同じように膝を折って片手を胸に当てとる。

 

『私もゴーグス様の所に向かう時が来たのですね』

 

幽霊であるラダの前に死の神があらわれる。

であるならばそういう事なのだろう。

迷える死者を()()死神なれば。

 

『いいえ。貴方にはまだ成すべきことが残っていますわ』

 

ラダの独白のような言葉に、死の神は透き通る声で答える。

迷える死者を導きに来られたのではないのか。

 

『ここに、(わたくし)の意を告げましょう。オウロ、そして名を失いし魂よ、東へ向かいなさい。そして異界の神に謁見するのです。そうすれば貴方達は成すべきことを知るでしょう』

 

「『はっ』」

 

神託が下された。

成すべき事ちゅぅのはラダが初めて会った時に言っとったやつか。

そうすりゃぁラダの記憶も……

 

おらたちが返事と共に下げた頭を上げると、すでにそこには誰もおらんかった。

詰まっとった息が、ようやっと解放される。

 

「すごかったな。おらは初めて神を見たが、あの方が死者をゴーグス神の許へと導くちゅう……」

 

『ああ、名乗られこそしなかったが一目見て確信した。先の視えぬ闇夜の如き生を照らす月の神にして、役目を終え可能性を閉じた魂を冥府へと導く死の神。()()()()()()()()()、ルミナ様に違いない』

 

「東へ向かえ──と言っとられたが、ここから東というとルミナ様の聖地のサクトリアじゃろうか」

 

『サクトリアであれば東ではなく東北という表現になるはず。とはいえ東に直進すればリーデ山に阻まれる事になるからそういう意味で言えば……いや、ルミナ様は異界の神に謁見せよとおっしゃられたのだよな』

 

「ああ、確かにそう言っておられた」

 

『なら……そうか、わかったぞ。私たちが行くべき場所は、ラクル村。ここからはるか東にある、渡界神(わたりがみ)フェルドナ神の御座(おわ)わす場所だ』

 

ラダは何かを確信したようにそう言うた。

フェルドナ様と言やぁ蛇芋をこの地にもたらした神と聞いた事がある。

そのお陰で冬を越えられず命を落とす人がかなり減ったっちゅう話だが。

 

『フェルドナ神は異界の神であるキツネツキ神に認められ、蛇芋(奇跡の作物)を授かった。その際に再び異界に訪れる事を許され、異界へと渡る渡界神(わたりがみ)となられたと聞いたことがある』

 

「つまり、異界に行くためにはフェルドナ神にご助力いただく必要があると」

 

『おそらくは。それに、伝え聞く所によるとフェルドナ神は人里離れた森の中でキツネツキ神と出会ったという。当時フェルドナ神が信仰されていた範囲を考慮すれば最も有力なのは我が国最東の森林地帯、ツネノスの森だろう』

 

それが何処にあるのかおらにはさっぱりだが、ラダの言いたい事は分かる。

人里離れた森など、素人が簡単に踏み入れられるような場所じゃぁない。

そこに()られるちゅうキツネツキ神の許へ行くためには、必ず森に詳しい者に手引きしてもらう必要がある。

それを探すためにもラクル村へ行く必要があるちゅう事じゃろう。

 

「じゃけど、な。何故お前はそんなにフェルドナ神に詳しいのだ?」

 

おらは蛇芋をもたらした神っちゅう事ぐらいしか知らんかったのに。

もしやラダはそのラクル村の人間だったんじゃろうか。

 

『それは……そう言えば何でだ? 知識はすらすら出てくるのに何処で知った話なのかがさっぱり思い出せない』

 

「そうか。もしかしたらラクル村に行ってみりゃぁば記憶を取り戻す切っ掛けになるやもな」

 

『そうだな。そうなってくれるといいが』

 

遥か東にあるっちゅうラクル村。

おらとラダだけで向かうのは流石に無理がある。

東に向かう隊商に同行させてもらうんが現実的じゃろう。

 

幸いにして今注文が入っている石像は全て完成しとるし、明日にでも納品を済ませりゃぁしばらく留守にしても問題は無い。

偶然にしては出来過ぎとるし、おそらくこれもルミナ神のお導きの結果じゃろう。

 

「なんにせよまだ夜じゃ。詳しい内容は明日起きてから考えよう」

 

『そうだな、おやすみオウロ』

 

「ああ、お休みラダ」

 

 

 

 

 

 

次の日には石像の納品も済ませ、その翌日からおら達の旅が始まった。

まず丸一日かけて徒歩でイナリアへ。

ここはまだ道も整備されとるから危険も少なく、一人旅ができる。

 

イナリアで携帯食料などを買い込み、サクトリアへと向かう隊商の馬車に乗せてもらう。

隊商たぁ言っとるが、これは通称で実際には国が流通と交通網の強化を目的とした交通機関じゃ。

正式名称は国営運輸だそうだが、一般市民は隊商や乗合馬車といった通称で呼ばれることの方が圧倒的に多い。

国の兵士たちが護衛としてついとるし、神殿からも聖騎士隊が派遣されていたりと安全面において優秀なのが魅力的じゃ。

その分どうしても乗車賃は高うなるが、自分たちで護衛を雇って危険な道を進むことを考えれば破格の安さと言ってよい。

 

乗り物も馬車たぁ呼ばれとるものの、実際にそれを引いているのはランッシュという大型の魔獣じゃ。

かつては文字通り馬が引いとったそうじゃが、大量運搬能力に優れたランッシュの家畜化に成功したことで取って代わられたんだと。

ランッシュの引く乗り物を馬車と呼ぶのはその名残らしい。

 

これに同行する商人達もまた国の御用商人(ごようしょうにん)が中心になっとって、そこに大小さまざまな商人たちが寄り集まって形成されとる。

御用商人(ごようしょうにん)達は国からの依頼でこれに同行しとるが、他の商人たちは各々の思惑によって勝手についてきとるだけだ。

 

なにせ国と神殿の戦力によって守られた大規模集団。

野生の獣や魔獣に襲われる可能性はぐんと減るし、野盗なんかもわざわざそんな危険度の高い相手を狙う事は稀じゃ。

商人として費用をかけずに安全を確保しようとすれば、この隊商にくっ付いていく事が一番安上がりなんじゃ。

 

国としても流通の強化ちゅう意味では有意義であるし、勝手についてきとる彼らを兵も聖騎士も護る義務は無いので、最悪の場合は囮になるという判断のもと見逃されているのが現状だ……とはラダの言じゃ。

 

ラダって何者なんじゃろうな。

おらは商人が一緒に来る乗合馬車くらいの知識しかなかったんじゃが。

 

 

 

 

 

 

いくつかの都市を経由し、十日以上かけてサクトリアに到着。

正直馬車の乗り心地は良いとは言えず、尻が痛くなってしもうたが贅沢は言っとられん。

そこから船に乗り、運河を出て大河を下る。

何度か寄港と乗り換えを行い、七日目でまた陸路へ。

ラクル村を通る国営運輸の隊商が三日後に出発するちゅうので乗せてもらう。

 

そこからも順調に旅は進み、各村で行商人たちが商売する期間も含め十五日かけてラクル村へ到着した。

 

「ようやく到着か、(なご)うかかったな」

 

『ああ、しかしここからが本番だ。まずはフェルドナ神の神殿に向かわねば』

 

ルミナ神の神託を受けてから既にひと月以上の時間が経っとる。

ここでフェルドナ神の助力を得られればええんじゃが。

 

村の者に神殿の場所を聞き訪ねてみると、そこには木造の(神殿)があった。

大きさは少し広めの家ほどだが、この規模の村に建てられた神殿と考えりゃぁかなり立派な部類じゃろう。

使われとる木材などの様子から、建てられてそう経っとらん事が窺える。

 

おらとラダは二人で神殿の前に立ち、祈りをささげ助力を乞う。

じゃけどフェルドナ神からの返答(こたえ)は無い。

祈りを終え、そう簡単にはいかんかとラダと話しとると一人の女性が話しかけてきた。

 

「あの、貴方がオウロさんですか?」

 

「そうだが、何でおらの名前を……」

 

この村に来てからまだ誰にも名乗っとらん筈だが。

 

「申し遅れました。私はフェルドナ様の神子をさせていただいております、ルアと申します」

 

「神子様でしたか、こりゃぁ失礼した」

 

慌ててラダと共にルアと名乗った神子様に挨拶をする(片手を胸に当てる)

神の代弁者たる(神託を授かる)神子を軽んじてはならん。

すると神子様も挨拶を返された(片手を胸に当てる)

 

「フェルドナ様の神託を告げます。『今より森へ入り、道の続く限り進みなさい。その先に、貴方()が行くべき場所がある』」

 

まさか、フェルドナ様はおら達の願いを聞き届けて下さったのか。

初めて訪れた村にも関わらず名乗る前から名前を言い当てられた事、神託の内容に『貴方達』とラダも含まれとる事から疑う余地はない。

 

「神命、確かに賜りました」

 

「村のあちらから出て道なりに進むと森に入れます。貴方に神々のご加護があらん事を」

 

そう言うて神子様は去っていった。

 

『フェルドナ神の慈心(じしん)か、こうも早く助言を頂けるとはありがたい』

 

「ああ、正直何らかの捧げものを望まれるかと思っとったが」

 

神々に願いを聞き届けてもらうとなれば、それ相応の代償が必要となる。

それは物であったり、行為であったり、あるいは(にえ)であったり。

じゃけどフェルドナ神はそれを要求せんかった。

それはかの神の慈愛か、単なる気まぐれか、渡界神(わたりがみ)としての役目故じゃろか。

 

『神託は()()()()()()()()という事だったな。準備を整えてという訳にはいかなくなったが、大丈夫か?』

 

「問題は無い。馬車での移動続きで体を動かしたいと思うとったところだ」

 

 

 

それから、お告げに従って森の中を行く。

進むごとに密度を増す木々が不気味さを醸し出しとるが、幸いにも野生の獣や魔獣には遭遇していない。

神託の「今より」という言葉は、今であれば恐ろしい獣に出会わずに行けるちゅう意味だったんじゃろうか。

 

『……おかしい』

 

「どうした? ラダ」

 

『道が、綺麗すぎる』

 

どういう事か。

確かに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()良い道だとは思っとったが。

 

『いつの間にか整備された道に出ている。人の手がほとんど入ってない森の中にこんな道がある筈がない。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ラダがそう言ったとき、急に視界が晴れた。

今までのような鬱蒼とした森ではなく、光が差し込む開けた場所に出たんじゃ。

 

どうやら道はまだ続いとるようで、その先には見慣れない門のようなものが見える。

 

『あれはまさか。ではあの道が迷いの道……いや、それにしては心が迷う事は無かった。そう言えばフェルドナ神が最初に異界に辿り着いた時には──』

 

「お、おい。どうした、ラダ」

 

『──であれば……ん、あ、すまないオウロ。少し考え込んでしまった。ただ、どうやら目的の場所にはたどり着けたみたいだ』

 

「っ!! てぇと、あれは」

 

『あの門の先にはおそらく……異界の神であるキツネツキ神がおられる筈だ』

 

 

 

ルミナ神に導かれ、フェルドナ神の力を借りて、ようやくキツネツキ神の元までたどり着いた。

さてキツネツキ神への謁見を求めるにはどうすりゃぁええだろうかと今更ながらラダと相談しとると、そこに一匹のミシロキツネがやって来た。

 

「そこなお客人、こんなところでいかがなされましたかな」

 

いや、ただのミシロキツネではない。

そのミシロキツネは見慣れぬ仮面を付け、人の言葉を話す。

もしやキツネツキ神の眷属か。

 

「実はおら達はルミナ神から神託を頂き、キツネツキ神に謁見いたしたくヤコーマの地より参じました。フェルドナ神からの御助力もありここまでたどり着いたものの、これからどうすれば良いかと考えていたところでありまして」

 

かの神の眷属とあらば蔑ろにしてはならないと、挨拶をして(片手を胸に当てて)なるべく丁寧に答える。

 

「なるほど、暫しお待ちくだされ」

 

そう言うとミシロキツネは門の僅かに開いた隙間から中に消えていった。

それから百を数える程度の時間が過ぎた頃、ミシロキツネが戻ってくる。

 

「キツネツキ神がお会いになるそうです。私の後について来て下さい」

 

その言葉に、おらとラダを顔を見合わせたのじゃった。

 

 

 

謁見は不思議な様式の屋敷の中で行われた。

相対(あいたい)されるのはキツネツキ神と人のような姿をしたミシロキツネに可愛らしい獣人の娘。

ミシロキツネの方はテンコ神、獣人の方はメグリヒモク神と紹介を受けた。

事前にラダから聞いとった話と合わせると、キツネツキ神の使い(眷属神)と妻だと思われる。

 

ここに来た理由を聞かれ、ルミナ神の神託をそのまま話す。

そして幽霊であるラダについても聞かれたんで今までの経緯を答えるが、要約すりゃぁ記憶喪失である事と妙に博識である事くらいしか分からん。

 

「ラダ、といったか。見たところ君は掬い取られた魂の一部のようだね。魂が十全でないが故にその記憶が曖昧なのだろう」

 

じゃけどキツネツキ神にはそれだけでラダがどうなっとるのか分かったようじゃ。

魂が完全ではないからその分記憶が失われとるのだと。

では残りの魂はいったいどこへ。

 

「もし記憶を取り戻したいのであれば────あぁ、そうか。ルミナもそれで私の所へよこしたか」

 

その時、キツネツキ神は途中で何かに気付いたように一度言葉を止めた。

失われたラダの記憶とルミナ神の神託、それらに何か関係があるんじゃろうか。

 

「うーん、そうだメグリヒモク、あれを持って来なさい」

 

「はい、あなた様」

 

そう言われた奥方が部屋から出ていく。

あれとはいったい。

 

「さて、突然だが君たちに神器を授けよう」

 

その発言に、おらとラダに動揺が走る。

キツネツキ神は試練を乗り越えた者に神器を与えて下さる神っちゅう事はラダから聞いとった。

しかしまさかおら達がその栄誉に預かる事になろうとは夢にも思わんかった。

 

『それは恐悦至極に存じます。しかしながら我々はまだ試練を受けていない筈ですが』

 

思わずといったようにラダが言葉を発する。

それはおらも思った事じゃが。

ここまで来るのは大変であったが、試練と呼べるようなものではなかった。

 

「おや、私がどういう神かは知っているようだね。確かにまだ試練は課していないが、今回ばかりは先に神器を渡す事に意味があるのさ」

 

キツネツキ神がそう言うと、メグリヒモク様が戻って来た。

その手にあるトレイの上には二本の(たがね)*2が乗せられとる。

 

「これを二人に授けよう。近々イナリアに新しく私の神社(しんでん)が出来る。この(たがね)を使って()()()()の神像を彫り、そこに奉納しなさい。それをもって私の試練としよう」

 

そういやぁイナリアで新たな神殿が建造中だとか聞いた覚えがある。

つまり、キツネツキ神が納得できる出来のものを作ってこいっちゅう事なのだろう。

使い慣れた道具では無いのが若干不安ではあるが。

 

じゃけどそんな考えは差し出された神器を手に取った瞬間、吹き飛んでしまった。

始めて触る筈なのに恐ろしく手に馴染む。

それはまるで初めからこの神器がおらの体の一部だったかのようじゃ。

作れる、作れるぞ。

これならおらの最高傑作が。

 

ふと隣を見れば、同じように(たがね)を手に取ったラダが何かを削るような動きをしとる。

流石キツネツキ神の神器、幽霊のラダでも触れることが出来るのか。

 

「その試練、全身全霊を持って挑ませていただきます」

 

そう言ぅておら達は両手を胸に当てて頭を下げた(感謝の意を示した)

 

 

 

その後、キツネツキ神の御厚意でルミナ神も食されたっちゅう異界の料理を頂いた。

オムライスちゅうそうでラダによればルミナ神がその味を気に入り世に広めようとしているほどのもんらしい。

実際に食べてみればこの世の物とは思えないほどの美味であり、天にも昇る至福の時間を二人で堪能する。

この異界の料理は特別らしく、幽霊のラダでも食べることが出来たんじゃ。

さらに蛇芋を使った甘味も素晴らしい味じゃったが、これを表現できるほどの語彙が無いのが悔やまれる。

 

 

 

異界からの帰り道にて。

先頭のミシロキツネに案内されて異界の道を行く。

帰りもまた長い旅路になるかと思われたが、キツネツキ神の御力によってヤコーマの近くまで送ってもらえることになった。

荷物は全て持ってきとったし、国営運輸の隊商は既にラクル村で降りたおら達がおらんようになったところでわざわざ探したりはしないから気兼ねする必要は無い。

 

しばらく歩いとるといつの間にかミシロキツネの姿は無く、気が付けばそこはヤコーマの入り口であった。

 

『疑う訳では無かったが、本当に一瞬で帰ってこられたのだな』

 

これぞまさに神の奇跡か。

一月以上かかった道のりをほんの僅かな時間で戻って来れるたぁ。

 

「ラダ、おらはすぐにでも神像の作成に取り掛かる。おめぇさんはどうする?」

 

『私も神器を授かった身だ。叶うのであれば何か手伝わせてもらえないだろうか』

 

そうじゃったな。

ラダもまた神器を授かったんじゃ。

ならばおら一人の作品で済ませる訳にはいかん。

 

「なら基本的な彫り方から教えたる。試しに一つ彫ってみぃ」

 

『良いのか?』

 

「ああ、幸い材料は十分備蓄がある。いくつか失敗したところで問題ねえさ」

 

 

 

それからラダに指導をしながら試練に挑む日々が始まった。

ラダは物覚えが良く、目から鼻に抜けるように(教えたことをすぐに理解して)その腕を上げていく。

おそらく数年も修行を積めば一人前の職人としてやっていけるんじゃないかと思わせるほどだ。

 

幽霊であるラダは素材となる石や工具に触る事が出来なかった筈だが、なぜか件の神器を持っとる時はそれらに触れることが出来る。

これもこの神器の力の一つなんじゃろう。

 

そんなラダの作品は技術こそ粗削りだが、それを補って余りある熱意が感じられる仕上がりとなっとった。

こんな短期間でよくぞここまで上達したもんじゃ。

 

そこでおらは決めた。

三柱の中心となるキツネツキ神、その制作の根幹を任せることにしたんじゃ。

もちろん高い技術が必要になる部分や仕上げはおらがするが、石を選び、像の(姿勢)を決め、削っていく、その過程を任せた。

 

普通に考えれば暴挙じゃろう。

神に捧げる像を半人前にもなっとらん者に任せるなど。

しかしおらには確信があった。

ルミナ神の神託、キツネツキ神から授けられた神器が()()であった意味、それはきっと……

 

 

 

 

 

 

それからしばらくの月日が経ち、メグリヒモク神とテンコ神の神像が出来上がる。

 

キツネツキ神の妻であるメグリヒモク神は幼い容姿ながら可愛らしく、その穏和な微笑は見る者を引き付ける力があった。

そして艶やかながら不思議な意匠のお召し物を纏われ、子供のような純粋さと大人の艶めかしさっちゅう異なる魅力をその身に宿しておられる。

それを十全にとは口が裂けても言えないが、おらの持てる限りを尽くして表現した。

 

キツネツキ神の使い(眷属神)たるテンコ神の鋭い眼光はまるで心の内すら見通すようであり、人の体にミシロキツネの頭っちゅう異形の姿も相まって恐ろしい印象を受ける。

しかしその内は優れた知性と気品に溢れていることが感じられ、その仕草一つ一つに品があり、優美とはまさにこのことを言うのだろう。

動かぬ石像でどこまでそれを表現出来たかは分からないが、全力を尽くしたこれが渾身の出来である事だけは間違いない。

 

後はキツネツキ神の像だけだ。

そう考えた矢先、ずっと続いていたラダが石を削る音が止まった。

一息ついたんじゃろうと思いそちらの方に目を向けると──

 

「っ!」

 

──そこに、キツネツキ神の姿を見た。

 

まだ粗削りだというのに見るもの全ての心を揺さぶるような存在感。

鼓動すら感じとれてしまうほどに込められた(熱量)

それはまるで生きているが如くそこに鎮座しとった。

 

そしてそれを作り出したラダは像の前で涙を流しながら立ち尽くしている。

 

『そうか、今わかった。私はこの為にここに来たのだ』

 

ぽつりと、ラダの口から言葉が漏れた。

 

「ラダ、凄いじゃないか。よくぞここまでのものを……」

 

『オウロ』

 

流れ落ちる涙を拭き、ラダがこちらに向き直る。

 

『ルミナ神が(おっしゃ)った私の成すべき事とはこれだった。石の中に宿ったかの神の姿、それを解き放つこと』

 

そうか、やはりラダに任せたのは間違いではなかった。

おそらくラダはいくつもの石材の中から捧げるに相応しい石とその姿(かたち)を直感的に見抜いたんじゃろう。

その才たるやいかほどのものか。

これから技術を磨いていけばおらなんぞよりよほど優れた彫刻家になれるに違いない。

 

ただ、残念なんはその時間が残されとらんかった事か。

 

『オウロ、後を頼む』

 

「ああ、任せろ」

 

そう言って、ラダは消えていった。

そんな気はしとったのだ。

成すべきことを終えたラダの魂は、きっとゴーグス神の許へ向かったのだろう。

 

あとは、おらの役目じゃ。

 

 

 

 

 

 

あれから幾日もの時間をかけてキツネツキ神の神像は完成した。

その仕上げはとても骨の折れる作業であったが神に捧げるものとして、なにより相方としてラダの残した(熱量)を損なわせる訳にはいかんかった。

全身全霊をもって挑んだそれは間違いなくおらの生涯において最高の出来であり、ラダと共に試練へ挑んだ証じゃった。

 

出来上がった神像の前でしばし感慨に耽っていると、何やら外の方で物音がする。

何じゃ何じゃと思って表に出てみれば、そこにはなにやら立派な馬車が止まっとった。

 

そして馬車から誰かが降りてくる。

その光景に、己の目を疑った。

何故ならそれは──

 

「オウロ、久しぶりだ」

 

「ラダ!」

 

あの日、役目を終えていなくなった筈のラダじゃった。

しかも、幽霊ではない。

しっかりと地に足をつけた、生きた人間じゃった。

 

「ラダ、一体これは」

 

「ははは、どうやら私が成すべきことはあれで終わりではなかったらしい。それどころか、まだ始まりに過ぎなかったようだ」

 

それはどういう事か。

ゴーグス神に帰されでもしたか?

そんな話を聞いた事が無いでもないが。

 

「オウロ、いや、師匠。私を弟子にしてくれ!」

 

「ラダ……」

 

その眼差しは興味のような生半可なものではない。

決意を込めた、漢の目じゃった。

ならばおらの答えは決まっている。

 

なにより、おら自身が見てみたい。

一端(いっぱし)の彫刻家に成長したラダが、一体どんな作品を作るのかを。

 

「いいじゃろう。おらの技術の全てを叩き込んじゃるから覚悟しておけよ」

 

「望むところだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、こうして師弟関係となったからには口調を改めるべきか」

 

「別にええじゃろ。共にキツネツキ神の試練に挑んだ仲だ」

 

「師匠がそういうなら」

 

「そう言えばあの馬車、もしかしておめぇさん、結構ええとこの出じゃったりするのか?」

 

「あー、それなりには。とは言っても四男で領地を継ぐわけでもないし、結構好き勝手させてもらっているが。そういえばまだ名乗って無かったな。私的にはラダでも構わないのだが」

 

「せっかく名を思い出せたんじゃ。おらにも教えてくれ」

 

「……そうだな、では名乗らせていただこう。私は──」

 

 

 

────私の名はラシェロ。ラシェロ=ドグラムア=ガ=カロミラナルだ。

 

 

 

*1
この国の言葉で名前の分からない人物を指す俗語。日本における名無しの権兵衛のような感じ。

*2
石や金属を削る為の鑿の一種




最初のプロット構成が1ミリたりとも残っていない、超難産な回でした。
元々は異世界転生したら誰かに憑依して憑依先の人格を塗りつぶしてしまい、元の人格を演じて家族を騙している事や憑依先の人物の人生を奪ってしまった事に苦悩する転生者の話だったのですが。
没になった理由はオチが微妙な感じにしかならなかったのと、途中でこの物語でやる話じゃないなと感じてしまったから。
とはいえ憑依系の話は書きたいなと思って設定を弄ってたら転生者要素が消えてなんかこんな感じに。

オウロ氏の語りはいかがだったでしょうか。

  • これくらいなら読む分には問題ない
  • 訛りが強くて読みにくい
  • 少し読みづらいが個性を考えると仕方ない
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