俺と天狐の異世界四方山見聞録   作:黒い翠鳥

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タケル視点。
昨日も更新しているのでご注意を。

いつも『俺と天狐の異世界四方山見聞録』を読んでいただきありがとうございます。
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File No.35-2 『首振り三年、ころ八年』

俺こと陽宮(ひのみや) (たける)は狐憑きである。

 

今回は異界神の神名の方ではなく文字通り(コン)に取り憑かれているという意味の方だが、憑き物は大まかに三パターンに分けられる。

乗っ取り型(宿主を乗っ取るもの)霊障型(宿主に悪影響を与えるもの)共存型(宿主と共存するもの)の三つだ。

もちろん細かく分ければもっとあるし、乗っ取り型と共存型の複合タイプなどもあるのできっちり線引きできるものではないけどな。

 

俺とコンにしても基本的に三番目だが、稀に色々な事情で体を貸したりする事もあるのでその時は一番目になる。

これらはまず自我の有無を問わず憑かれた人間に肉体の操作権があるかどうかで乗っ取り型とそれ以外に分けられ、取り憑いたのが宿主にとって有害か有益かで霊障型と共存型に分類される。

影響力が大きすぎて一見乗っ取り型に見える霊障型なんてのもあったりするから判別は難しいんだが。

 

取り憑いてくる相手も多種多様で、怨霊・生霊・動物霊・荒魂(あらみたま)・妖怪などけっこう何でもありだ。

ただし取り憑いてきたのが和魂(にぎみたま)の場合や能動的に神を降ろした場合はまた別の呼び方があるので憑き物とは言わない。

 

また、個人ではなく家系に憑くようなのもいる。

憑き物がついている家系を憑き物筋といい、有名な憑き物はクダや犬神あたりだろうか。

場合によっては座敷童なんかも含まれる。

とはいえ、そう呼ばれている家系で実際に憑き物が憑いている事は案外少い。

詳細は省くが、それらは嫉妬や僻みからくる偏見である場合がほとんどなのだ。

自分から憑き物筋を名乗っているのでもなければほぼ流言飛語なので、流されないように気を付けて欲しい。

 

なんでそんな話をしているかというと、今回百重御殿が招いた人物が憑き物憑きなそうなのだ。

今回のお客さんは俺の神社の建設予定地であるイナリアの近くにある都市の住人であるらしく、ルミナ神からの推薦があった。

 

どうやら件の人物は彫刻家で、普段は神殿などに置かれる神々の石像を彫って生計を立てているとのこと。

ルミナ神の石像も数多く作っており、その腕は確かだと太鼓判を押されていた。

 

そんな人物だが、現在非常に困った事になっているそうだ。

具体的には先ほど言ったように幽霊に取り憑かれちゃったのである。

現時点ではたいして悪影響は出でいないそうだが、この状態が半年も続けばあまりよろしくない事態になるらしい。

ならばとその腕を惜しんだルミナ神が、異界神(俺達)に事態の解決を依頼してきたのだ。

 

これは別にルミナ神が持て余したという訳ではない。

ルミナ神であれば片手間どころかついでで討滅なり浄化なり出来てしまう。

出来はするが、俺たちに任せた方がより良い結果になると踏んだらしい。

 

というか自然神であるルミナ神が()()()()()()()()とか、普通に凄い事だぞ。

自然神って基本的に人間を『個』ではなく『(しゅ)』あるいは『一族』で見る傾向にあるから。

 

この推薦を受けて百重も招くに相応しい人物であると認め、招くことを決めた。

何故相応しいのかは百重自身にもわからないそうだが、少なくとも善人ではあるのだろう。

百重御殿はそういう怪異(妖怪)だ。

いくらルミナ神の推薦とはいえ、それだけで招くのを認めるほど百重御殿の在り方は軽くない。

 

 

 

と、いう事があったのが大体二か月前。

以前サクトリアに行った時はルミナ神の眷属蟹に乗って行ったので一時間程度の旅路で済んだが、実際にはすごく距離がある。

サクトリアよりさらに遠いイナリアの近くからともなれば準備含めてこれくらいかかるらしい。

あんまり縁が無いから近くまで来てもらわないと百重御殿に呼べないのだ。

将来的にイナリアの神社が完成すればそこ経由で呼べるようになるとは思うのだが。

 

まぁそんな訳で。

ようやく近くまで来たそうなので百重に呼び込んでもらい、経立(ふったち)姿のコンと色打掛(いろうちかけ)を纏ったミコトと共に件の人物を縁側で待つ。

 

しばらくするとのっぽさんに連れられてお客さんがやって来た。

年の頃は四十前後あたりかな。

比較的小柄ではあるががっしりとした筋肉を持つ男性。

ルミナ神の話ではドワーフらしい。

 

男はのっぽさんから俺たちを紹介されると、この世界の挨拶をする(片手を胸に当てる)

ミルラト神話圏だと一部地域を除いてこの挨拶っぽいね。

親しい間柄であればもっと簡素になるそうだが。

 

そして肝心の幽霊はというと、男性の隣で半透明に浮きながら挨拶をして(片手を胸に当てて)いる。

半透明なのは俺が見分けやすくするために霊視を調整しているからだとして、視た感じ悪霊の類ではないな。

多分まだ二十歳になっていないくらいだろうか。

こちらは割と細身な男性だな。

 

ちなみに浮いてはいるが足はしっかりある。

というか、地球でも幽霊に足が無いのは俺が知る限りでは日本くらいのものだったりするのだ。

 

なぜそうなのかは諸説あるが、江戸時代中期の絵師である円山(まるやま) 応挙(おうきょ)が描いた幽霊絵画の影響が大きいとも言われている。

彼の描いた足の無い幽霊絵画はその美しさといいようのない不気味さから「応挙の幽霊は掛け軸から抜け出す」とさえ謳われたそうな。

これが評判を取った結果、彼の弟子や他の絵師たちが真似ていく事で幽霊とはこういうものという認識が出来上がった。

 

実際に江戸時代前期以前は日本の幽霊にも足があるとされていたのだ。

まぁ、それまで足の無い幽霊が全くいなかったわけではなく、『花山院(かざんのいん)后諍(きさきあらそひ)』の挿絵に見られるようにその概念自体はあったようだが。

 

他にも歌舞伎において幽霊を登場させる際に「ひゅうーどろどろ」と笛太鼓を鳴らし、足を隠して人魂と共に現れる演出が客の間で怖いと評判になった事で広まった説や、反魂香という焚くと魂が帰ってくるといわれる伝説上のお香によって戻って来た幽霊の足が煙で隠れてしまっていたからなどの説がある。

 

何にせよ、日本の幽霊に足が無いのは日本人が幽霊には足が無いと思っているからなのだ。

魂そのものならともかく幽霊という精神の影響を受ける霊体は本人の認識によっても姿を変える。

近年では幽霊のイメージの多様化が進んだせいか、足のある生前と変わらない姿の幽霊も多く目撃されるようになってきているようだ。

 

 

 

さて、話を戻して。

筋肉質の男性の方がオウロと名乗り、続いて幽霊の方がラダと名乗る。

こちらも名乗りを返してから話を聞いてみれば、二ヶ月ほど前からオウロさんはラダさんに憑かれているという。

オウロさんは結構霊感があるようで、ラダさんの事もきちんと認識していたのだ。

 

これでラダさんが怨霊だったりすれば相応の対応もしたのだが、特にそんな事もなくむしろラダさんは記憶を失っており、何故自分がここにいるのかもわからないそうだ。

これを不憫に思ったオウロさんは何とか記憶を取り戻せないかと尽力してくれたのだが、そちらに明るい訳でもない彼にはどうにもできなかったらしい。

 

そんな彼の元にルミナ神が降臨し、異界神(キツネツキ)に謁見せよとの神託が下された。

そしてルミナ神の導きによってはるばるこの地を訪れ、フェルドナ神の助けもあって百重御殿までやって来たそうな。

 

ルミナ神の話では時間が経つにつれ悪影響が出てくるとの事だったが。

 

(どうやらラダとやらが無意識に生気を奪っておるようじゃな。大した量ではないし霊体を維持する為には仕方ない面もあるが、塵も積もればというからのぅ)

 

なるほど。

しかしこれどうやったら解決したことになるんだろうか。

ルミナ神は「お二人に皆さんの像を、そうですわね……三躯(三つ)ほど作らせれば解決しますわ」と言っていたが。

 

それに、なんか違和感があるんだよなぁ。

普通の幽霊に比べて魂が薄いというかなんというか。

 

(ああ、それはこやつが分魂じゃからじゃよ。縁を辿って分かったがこやつの体は生きておるし、何なら今も普段と変わらぬ生活をしておる)

 

なるほど、『()()()()』か。

いや、正確にはあくがるの戻りそこないというのが近いかな。

 

(そうじゃな。よっぽど焦がれる何かがあったんじゃろう)

 

(あくが)る』というのは『あこがれる』の語源となったと言われる言葉だが、「心が体から離れてさまよう」という意味がある。

何かに心奪われてうわの空になる状態と言えば理解してもらえるだろうか。

逆に気持ちが離れて疎遠になるという意味もあるのだが、とりあえずそれは置いておいて。

 

ラダさんは生霊だ。

俺には判断がつかなかったが、コンがそう言うのであれば確定とみていいだろう。

 

本来であれば肉体に結び付いていて早々抜け出す事は無い魂だが、強すぎる思いは時にそれを体から引っ張り出してしまう。

恨み辛みなんかがその代表例だが、憧れが過ぎて魂が抜け出ることも結構あるのだ。

 

普通であれば割とすぐに戻ってくるので大事には至らないが、場合によっては魂の一部がそのまま切り離されてしまう。

それが少量であれば問題は無い。

 

詳しくは長くなるので割愛するが、分霊などに見られるように魂にはもともと分裂して増えることができるのだ。

ミコトが『画妖点睛(がようてんせい)』でやっているように切り離してからの再融合もやろうと思えば出来る。

もちろんそれは元々同じ魂だからであって他人の魂との融合は基本的に出来ないが。

 

そんな訳で多少であれば問題は無いが、これの割合が大きくなると問題がでてくる。

魂そのものは二つに分けようが活動可能だが、宿っている肉体の方に影響があらわれるのだ。

具体的には肉体と魂の接続が上手く行かなくなって衰弱し、最悪の場合には死んでしまう。

その為、江戸時代には「離魂病(りこんびょう)」「カゲワズライ」などと呼ばれ恐れられていた。

中には自分と寸分違わぬ生霊と目撃したという話もあり、自分のドッペルゲンガーを見たら死んでしまうという話もこれが原因の場合がある。

 

魂には減った分を元に戻す、あるいはより大きく成長する能力も持ち合わせている為、それが間に合えば持ちこたえられるのだが。

あるいは生霊が戻ってくれば何事も無かったかのように復活できる。

 

そして生霊の性質だが、魂が抜け出る原因となった感情に強く影響を受ける。

怨みであればその相手を祟るし、恋心であれば一緒に居たくて取り憑いたりもする。

とはいえ()()()()()()()()()()()()()()()訳ではないので、本人の自我も大きく影響している。

本人の気が晴れたり恋の熱が冷めたりすれば、その生霊は元の魂の所へ戻っていくのだ。

 

また自我がどれくらいあるかは分けられた魂の大きさによるのだが、割合が大きかった場合は戻って来た時に体の記憶より生霊としての記憶の方が強く残っていたなんてこともありうる。

特に寝ているときに出たりすると、夢という形で覚えていることが多いそうな。

 

さて、とりあえず前提知識として生霊の事を語ったので、それを踏まえてラダさんの事を考えてみよう。

 

まずラダさんは結構自我がはっきりとしている。

それなりに大きな分魂なのだろう。

それでも普通の人間一人分よりは少ないので俺には魂が薄く見えたのだ。

 

続いて本人には記憶がなく、何故オウロさんに憑いているのかも分かっていない。

記憶がない事に関しては分裂時の影響でそうなる事がたまにあるらしいのでそれだろう。

会話は問題なく人格もしっかりしている為、記憶が無いのではなく上手く思い出せないだけの可能性が高い。

そしてラダさんの本体が普通に生活しているというコンの話を踏まえると、それなりに大きな分魂を切り離しても問題ない程度には魂が強い人物と思われる。

 

そしてどうやらオウロさんからはラダさんに面識がない、あるいは会った事があっても印象に残っていない程度の関係なのだろう。

そういう事例もあるっちゃある。

例えば街でたまたま見かけた名も知らぬ相手に一目ぼれして……なんてパターンだ。

 

とはいえ雰囲気的にそっち方面ではなさそうだし、逆に恨んでいるようにも見えない。

まぁ、消去法で「憧れ」だろう。

オウロさんは彫刻家として有名だそうだし、彼の作品を見て感銘を受けたとかそんな感じで。

俺が詳しく聞かなくても『あくがる』だろうと判断した程度にはよくある内容だ。

念のためコンにも意見を聞いてみたが、縁的にも間違ってはいないっぽい。

 

それならまぁ、解決案はいくつか思いつく。

こちらの目的はオウロさんに悪影響が出ないようにする事だし、二人の目的はルミナ神関連を除けばラダさんの記憶を取り戻す事だ。

ならばあくがるをラダさんの元(あるべき場所)へ還せばいい。

本体と合流すれば記憶は戻るだろう。

 

方法は……妖怪獏枕を使って枕返しをするか。

厳密には枕戻しと言った方が正しいかもしれないが。

 

「ラダ、見たところ君は掬い取られた魂の一部のようだね。魂が十全でないが故にその記憶が曖昧なのだろう」

 

とりあえず神様(それ)っぽい感じに口を開く。

立場上下手に敬称をつけられないのでその辺は気をつけなければならない。

 

「もし記憶を取り戻したいのであれば────あぁ、そうか。ルミナもそれで私の所へよこしたか」

 

とはいえルミナ神の面子もあるので、まずは言われた方法で解決を試みる。

異界神(キツネツキ)の試練という理由付けも出来るからな。

 

「うーん、そうだメグリヒモク、あれを持って来なさい」

 

「はい、あなた様」

 

さも今思いつきましたよという体でミコトに指示を出す。

実際には彼らの元へ行くマヨイガ妖怪は彼らが来る前から決まっていた訳だが。

 

「さて、突然だが君たちにマヨイガ妖怪(神器)を授けよう」

 

それを聞いたラダさんが疑問を呈するが、適当に意味ありげな回答で流しておく。

するとすぐにミコトがお盆に二本の妖怪(たがね)を乗せて戻って来た。

オウロさんは石像の彫刻家だし妥当な妖怪(相手)だろう。

 

ちなみに(たがね)というのは石工や金工用の(のみ)のこと。

石の加工には様々な種類の(たがね)が用いられるが、この妖怪(たがね)はどんな(たがね)にも変形し、更に分裂機能まで備えている。

二本あるのはこの分裂能力で増えているからで、基本的に担い手を一人と定めるマヨイガ妖怪には珍しく、増え続けることで師から弟子に受け継がれていく妖怪なのだそうな。

 

「これを二人に授けよう。近々イナリアに新しく私の神社が出来る。この(たがね)を使って我ら三柱の神像を彫り、そこに奉納しなさい。それをもって私の試練としよう」

 

本人的には使い慣れたいつもの道具の方がいいと思うかもしれないが、そこは妖怪(たがね)

一度でも触れればこの上なく担い手の手に馴染む。

 

ちなみに、この三柱というのはもちろん(キツネツキ)ミコト(メグリヒモク)コン(テンコ)の事だ。

コン(テンコ)が眷属神である事は紹介の際に言われていたし、ミコト(メグリヒモク)(異界神)の妻だ。

ミルラト神話圏においては神の配偶者となった者は人間であっても神の末席に座る事になるそうなので、一応ミコト(メグリヒモク)もあちらでは神に分類されるらしい。

まぁ実権があるわけでもなく、そもそも神が人間と夫婦になった話なんてそれこそ神話の時代にしかないそうだが。

 

何にせよ、せっかくだから出来た石像は神社の御神体にでもしてもらうか。

こういう逸話とかあった方が箔がつくし。

異界神(キツネツキ)の試練にて神器で彫られた石像なら、御神体の名目としては十分だろう。

 

 

 

その後、せっかく来てくれたのだからと食事を振舞った。

メニューはオムライスとデザートに大学芋。

 

なんかミルラト神話圏だと異界神(キツネツキ)の料理(イコール)オムライスというイメージが広まってきているらしい。

ルミナ神が好物認定して神託を使ってまでミルラト神話圏に広めようとしているし、神子候補のエルラさんにも振舞った事があるのが原因だろうか。

 

大学芋は丁度作っていたので。

フェルドナ神に授けたサツマイモを使ったデザートともなれば異界神(キツネツキ)のイメージにも合う筈だ。

 

百重御殿の食材は霊体と物体の境界が曖昧であり、そのどちらにも属している状態にある。

なので幽霊のラダにも食事を楽しんでもらうことが出来た。

無意識に吸い続けているオウロさんの生気の代わりにもなるから、多少なりとも猶予期間が延びるだろう。

 

食事を終えた二人はのっぽさんに先導されて帰っていった。

戻ったらさっそく石像の作成に取り掛かるとのこと。

ここまで来るのに移動だけで一か月以上かかったそうだが、帰りは彼ら自身の縁を使って関係の深い土地に境界を繋げられるので一瞬である。

 

「そういえば結局ラダさんは何者だったんだ?」

 

縁は辿れていたようだから特定はできていただろう。

わざわざ言わなかったって事は別に知らなくても問題なかったからだと思うが。

 

「ああ、どうもオウロという男の作品に惚れ込んだが故のあくがるだったようじゃな。その仕事を間近で見ておればそのうち満足して戻るじゃろう」

 

それで『石像を作らせておけば解決する』のか。

念のため様子見は必要かもだが、それなら俺たちが手を出す必要は無いな。

 

「あとは……今神子候補になっておるエルラの兄という事くらいかの。こちらに関係ありそうなのは」

 

そうなの!?

言われてみれば似てなくも……なくもないか?

案外縁ってのは繋がってるもんだな。

 

「そういえばルミナ神の話だと二人に石像を作らせればって事だったけど、ラダさんも彫刻するのかな」

 

エルラさんは貴族令嬢だそうだからその兄も当然貴族だろうし、あまりそういう事をやってるイメージが無いんだが。

実際にはそうでも無かったりするんだろうか。

 

「いや、視た限りそんな様子は無かったのう。じゃが、ルミナ神が導いたとなればそちらの方の才能があったのやもしれん」

 

そっか。

まぁ、キツネツキの試練はあくまで今回限りの話。

それからどうするかは本人次第。

願わくばこれが彼らにとって良き未来に繋がりますように。

 

さしあたっては奉納される石像を楽しみにしておこうか。

 




ちなみにラダ氏がフェルドナ神について詳しかったのは、妹が異界神に神器を授かったという事で異界神の事を調べていたら、関連する情報がだいたいルミナ神かフェルドナ神絡みだったせい。

首振(くびふ)三年(さんねん)、ころ八年(はちねん)

竹製の笛である尺八は、首を振って正しい音程を出せるようになるまでに三年、ころころと良い音が出せるようになるまで八年かかる。
何事も上手くなる為には長い修練が必要だと言う意味。
類例に『ぽつぽつ三年、波八年』などがある。
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